第12話、桃太郎、フェンリルを連れて行く


「あー……ええっと……」


 冒険者ギルドの受付嬢困惑中。うん、しょうがねえな。オレは普段より高い目線から見下ろして思う。


 ギルド内はざわついていた。無理もない。小さくなったとはいえ、虎みたいにでかい狼――フェンリルがいて、しかもそれにオレが乗っているんだから。毛並みのモフモフ感がね、つい離れがたくってな。


「まあ、そんなわけで、このイッヌを相棒として連れ歩くことにしたんだけど、手続きが必要ならやってくんねぇか?」


 カグヤの魔法で一度脱力してから、急に大人しくなって懐かれちまったみたいでよ。


「あー、はい、で、では冒険者証を……」


 おう、そうか。イッヌに跨がったままだと届かないので、名残惜しいが降りる。首から下げている冒険者証を渡す。……受付嬢の伸ばした手が震えていたので、何もしませんよーとスマイルを浮かべてやる。


「ひっ……」


 怖がられた。失敬な!


「で、では、少々お待ちと――」


 受付嬢は他のスタッフに報告するためか離れて、別室へと移動した。オレは傍らのカグヤ――相変わらずフードを深く被っている彼女を見る。


「オレ、コワイ顔をしていた?」

「雰囲気じゃないの? 何せ伝説にも等しい魔獣フェンリルを従えた冒険者なんて」

「……聞いたか、イッヌ。人間様はお前さんの強さにビビってるらしいぞ――おっと!」


 又の下に鼻を突っ込まれ、そのまま持ち上げられると、イッヌの背中まで滑って、跨ぐ格好になった。


「甘えん坊だなぁ」


 よしよし、その毛を撫でてやろう。モフモフモフ――



  ・  ・  ・



 アイバンの町冒険者ギルドの、ギルド長の執務室では、同町ギルドの幹部たちが集合していた。

 受付嬢のコーリンが、昨日、登録したばかりの新人冒険者モモが、フェンリルを従えたので、その手続きをしたいと来ていると報告した。


「フェンリルを従えた、とは。テイマーなのか!?」

「というか、Sランクモンスターをテイムなどできるのか!?」


 幹部たちは、前代未聞の話に驚愕する。


「大丈夫なのか、それ?」

「そうだ。暴れ出したりしないか?」

「制御できているだろう? 実際、ギルドフロアにフェンリルはいるが、まるで借りてきた猫のように大人しい」


 そもそも制御できていなければ、町は全滅している――その言葉と共に、一同は黙り込む。


「……魔獣をテイムし、従えている冒険者はいる。今回もその例に倣い、冒険者証に印をつければ、それで解決だ」


 従えている魔獣が、フェンリルである、というのが前代未聞だが。


「本当に昨日登録したばかりの新人なのか? 見ていたが、暴れるフェンリルに単独で挑み、互角以上に渡り合っていたぞ」

「登録早々、ギルドフロアで先輩冒険者たちを相手に大立ち回りを演じている」

「なに? 戦ったのか!?」

「腕倒しでな。筋肉逞しい野郎たちを、彼女は一人で全滅させた。とても冒険者ランクFにしておいていい人材じゃない」

「どうします、ギルドマスター。目撃者もいますし、フェンリルを従える冒険者がまさかランクFなんて、不自然過ぎますし……」

「それは、つまり、モモの冒険者ランクを上げろ、と?」


 ギルドマスターが言えば、何人かが頷いた。


「Fのままはマズイだろう……」

「実際、この町の冒険者で唯一、まともにフェンリルに対抗できた冒険者だ。異例ではあるが、異例ゆえに特例的な対応も必要だと思うぞ、ギルマス」

「正直不安もある」


 ギルドマスターは一同を見回した。


「フェンリルは、魔獣の中でも賢いという伝説を聞いたことがある。この新人冒険者に従っているフリをして、機会を見て暴れるとか……そういうことにならないかどうか。なにぶん、我々はこのモモという新人のことを何も知らんのだ」


 冒険者として日々仕事をこなしていけば、それなりに人となりは見えてくる。真面目なのか、いい加減なのか。趣味嗜好が見えてくることもある。だが登録してまだ一日も経っていない人間について、その内面について何がわかるというのか。


「しかしな、ギルマス。わかっていることは、彼女が昨晩、冒険者たちを豪腕でねじ伏せ、今日は襲来したフェンリルを撃退し、あまつさえそれを従えてみせた。……これは事実として受け入れねばならない」

「そう、だな……」


 ギルドマスターは渋々頷いた。


「そうなると問題は……彼女の冒険者ランクについてだ」


 一同が、あからさまに視線や顔を逸らした。ギルマスの渋い顔がさらに渋くなる。


「Sランクモンスターと互角にやり合う様を、ここの何人もが目撃した。その実力は、疑う余地はない」

「……」

「先にも言ったが、フェンリルを従えるほどの実力者を、まさか低ランクにはしておけない。……要するにバランスの問題だ」


 ランクが不釣り合いならば、不正を疑われ、周囲からの反発を受ける。そこで従えているフェンリルが暴れ出したりしたら、目も当てられない。


 はっきり言えば、モモがフェンリルを制御下に置いているが、その彼女がフェンリルをけしかけたら、止められる者が果たしているかどうか、ということである。危険である。


「それはそれとして、ランクだが――」


 ギルマスが告げれば、幹部たちは再度驚いた。


「いや、ギルマス! それはさすがに――」



  ・  ・  ・



「おめでとうございます、モモさん。冒険者ランク『A』に昇格しました!」


 受付嬢が、金ぴかになった冒険者証をオレに手渡した。おおおっ、と周りの冒険者たちがどよめいた。


「え、一日でFからAランク!?」

「そんな話、聞いたことがねえぞ!」

「いや、さすがはモモさんだ。おれぁ、昨晩のアレでただ者じゃないと思ってたんだ!」

「フェンリルってSランクの化け物だろう? そりゃそうなるか」

「いやいやいや、そうはならんだろう!」


 あー、後ろ、うるさいなぁ。オレは金色に輝く冒険者証を睨み、視線を受付嬢に向けた。


「ランクが上がるなんて話をしにきたんじゃねえんだけどさぁ? よくわかんねえけど、これでイッヌを連れ歩いても問題ねえの?」


 そのつもりで来たんだから、そっちの答えをもらわないと意味がない。


「あ、はい。そちらの冒険者証に、魔獣同伴の印がありますので、必要な時にそれを見せれば証明になります」

「あ、そう。ならいいんだ。あんがとな!」


 お礼は大事だ。……ようし、イッヌ。これからはどこでも一緒だぞー。撫で撫で撫で――


「カグヤ、ダンジョン巡りに行こうぜ。お宝探しだ」


 パーティーを組んだら、ダンジョン探索をするって、カグヤと約束していたもんな。普通に金銀財宝も嬉しいが、オレは、この世界にはない異世界フルーツ『桃』を手に入れたい!


 行くぜ、ダンジョン!

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