第5話、桃太郎、有名人に出会う


 王都を出て、のんびりブラブラと街道に沿っての一人旅。どこに行くかなんて決めていない。行き先自由の旅だい!


 さすがに王都に近いところは、獣もあまり出ない。


 と、街道が森に差し掛かる。適度に広くて馬車も余裕ですれ違えるのだが、森の木々は、通行人を狙う盗賊たちの格好の隠れ蓑になる。

 護身用ナイフ一本程度しか持っていない、旅人女なんか見かけた日には――


「へへへ、こんなところを、女の一人歩きってのはいけねえなァ」

「大人しくするんだなぁ!」


 ほらな。呼ばれてもないのに、身なりの怪しい盗賊どものお出ましだ。えー、と、斧と、短剣と、おっ、ショートソードか。いいもん持ってるじゃねえか。


「お嬢ちゃん。金を出せば、命を助けてやるぜぇ?」

「美人ちゃんだな。いいなぁ、胸もでかくて。そっちも楽しめそう」

「大人しくれば、優しくヤってやるよォ、グヘヘ!」


 相手は3人か。まあ、所詮は武器で脅せばどうにかなるって考えてる三下だよな。


「一応、確認しておくけど、あんたら『鬼』か?」


 オレは問いかける。男たちは怪訝な顔をする。


「オニだぁ?」

「そうだよ、おれたちゃ鬼だよぉ。おめぇを身包み剥ぎ取って犯しちゃう鬼畜様だよぅ」


 厭らしく笑う男たち。


「よしよし、お前ら鬼かー。じゃ、遠慮はいらねえな」


 オレはニヤリとする。――鬼、殺すべし!


「一体何を――オゲェェ!」


 まず一人の顔面にいっぱぁーつ! 拳骨をぶち込み、男が手放した斧を、空中でキャッチし、構える。


「さあてお兄さん方。武器を捨てて、どっかへ行きな。でないとマジで殺すよ?」

「んなめんなぁ、小娘ぃ!」


 ショートソードを振り回して、斬りかかってくる盗賊男。


「そうか――」


 顔面に斧をぶち込まれ、盗賊はひっくり返る。


「警告を無視したっつーことは……死んでも文句はねえよなっ!」

「ひぃぃ!」


 短剣を持った盗賊が怯んだ。オレは引き抜いた手斧を、そいつにぶん投げて仕留めた。


「武器を手放せっつっただろうが!」


 二人倒した。最初に殴打した奴は生きてるかなっと……あー。駄目だ。こいつも死んでるわ。物々交換で手に入れた手甲でのパンチだったけど、オレの大力が加われば、当たり所が悪けりゃ即死か。


「さて、と戦利品の回収、回収っと」


 盗賊殺しは、前々世で大量の鬼と共にやってきたからな。この世界の、ミリッシュとしては初なんだが、記憶も合わさったオレには、もう何でもないことなんだよな。経験者は強い。


「……で、そこに隠れてる奴! 盗賊の仲間か? 違うなら出てこい」


 街道脇の木の裏から、気配がするんだよなぁ。


「あらあら、バレてしまったかしらぁ?」


 若い女の声――なんだけど、あれー。何で向いている方とは逆の方から出てくるのー? オレは首を巡らす。


 魔女だった。魔法使いの帽子に長い金色の髪がさらさらと背中へと流れている。

 思わず胸が高鳴った。何というか、美女だった。形のよい顔かたち、胸も大きめ、腰回りは細くて、ミニスカートから覗くおみ足。なにこいつ、ただ立っているだけなのに、何か輝いているっていうか、前世のオレだったら一目惚れしそうなスタイルのよさをしている。


 ……というか、前々世のオレが、凄ぇ警告を発している。こいつ、人間じゃねぇぞって。


「あんた、エルフか?」

「あらぁ? 耳は尖ってないわよ?」


 魔女さんはニコニコとした顔を向ける。蠱惑的、男を惑わす表情だ。


「見てたわよぉ、あなた、強いのね! ひょっとして冒険者?」

「ま、そのうちな」


 身分証がねえから、適当な場所で登録をして、冒険者やっていこうとは思ってる。さすがに家を出て、無職やっていくわけにはいかねえからな。


 冒険者は魔物狩りや、ダンジョンや危険場所の探索、その他採集などの何でも屋みたいな仕事だが、腕っ節一つで成り上がれるから、オレには打ってつけってわけだ。


「そのうち、ねぇ……。手際よく盗賊を返り討ちにしているから、盗賊狩りの依頼を受けた冒険者かと思ったわ」

「まあ、出てくるのを狙っていたってのはあるな。戦利品を得るには、それが手っ取り早い」

「あらあら、盗賊から追い剥ぎなんて、相当ねあなた。気に入ったわ。私はカヤ・メンテス。あなたは?」


 ……名乗るってことは、盗賊の仲間ってわけじゃなさそうだな。


「オレか? オレは――」


 名乗られたら、名乗るのが礼儀。しかし、縁を切ってから、もうミリッシュ・ドゥラスノは使えないな。少なくとも家名は使えん。王子様ぶん殴った件で指名手配されてるかもだから、ミリッシュの方もアウトかもしれん。……さて、どうしたものか。


「桃太郎」

「は?」

「前々世の名前、って言ったらどう思う?」


 おかしな奴って思うのが普通か。なーんか、隠れていたこともあって、目の前のカヤって魔女、まだ信用できねえんだよな。


「フフ、面白いわね。前世ではなく、前々世ねえ、しかも桃太郎か」


 あれ、日本風の名前なのに、イントネーション完璧じゃね?


「そういうことなら、私も名乗っちゃおうかなぁ? 私は、かぐや。かぐや姫と言ったら、わかるかしら?」

「!?」


 おいおい、嘘だろう? なんで転生した世界で『かぐや姫』なんて名前が出てくるんだよ。


「フフフ、その反応。どうやら本当に知っているのね、かぐや姫。前世の記憶持ちって話、信じてあげるわ」


 カヤ・メンテス――いや、かぐや姫は妖艶に微笑んだ。


「マジかよ……」


 オレが呆然としていると、かぐや姫はズイと顔を近づけた。


「私の名前を知っているということは、私より後の時代に生まれた子ってことよね、えーと、桃太郎?」

「オレのこと、知っているんじゃねえのかよ?」


 だから名乗ったんじゃねえの?


「知らないわ。日本風の名前だったから、もしかしたら、って思っただけ。ひょっとしてあなた、それなりに有名人だったりする?」

「前世の時には、桃太郎って言ったら一番の昔話だったんだ。……かぐや姫より、な」

「あら生意気。私より知名度があったって言いたいのかしら?」


 少し拗ねた顔をするかぐや姫。しかしすぐにニンマリ笑う。


「同じ日本人同士、まんざら知らない仲でもなさそうね。立ち話もなんだから、一緒にお散歩しましょ」

「いいけどよォ……。あんた、宇宙人じゃなかったっけ?」


 たしか、月面人だよな? 竹取物語じゃ、月に帰ったんじゃなかったっけか?

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