第4話、桃太郎、知らないところで評価される
ドゥラスノ侯爵邸に、王城からオルガノ騎士団長がやってきた。
ミリッシュの父、メント・ドゥラスノ侯爵と、その妻ブリース・ランラノ・ドゥラスノ侯爵夫人は、戦々恐々としていた。
オルガノ騎士団長といえば、泣く子も黙る超武闘派であり、王国の敵を容赦なく倒してきた歴戦の将軍でもあった。
なお、オルガノもまた侯爵であり、ドゥラスノと爵位こそ同格ではあるが、先任のため上下は存在する。
「先日は――」
無骨な老将が口を開いた瞬間、メント・ドゥラスノ侯爵は頭を下げた。
「この度は、娘がとんだ粗相を致しましたっ!」
言われる前に先に謝ってしまえ――王族に敵対する意思はないことを、一秒でも早く伝えようとするメントである。
「いやいや、滅相もない」
オルガノは、その見た目だけで威圧できる厳めしい表情のまま言った。
「ミリッシュ嬢の奮闘ぶり、オーガでさえ、まるで赤子のようであった」
オーガ! 屈強なる大鬼が王都を襲撃し、王城にも攻撃があったとは聞いている。しかし、そこで娘のミリッシュが奮闘とは何の話だろう、とメントは思った。
――戦った? か弱いミリッシュが? そんな馬鹿なことがあるはずない。
常識を考えればわかること。武器を持ったこともない娘が、オーガと戦えるはずがない。一撃で潰されるのがオチだ。
「国王陛下は、ミリッシュ嬢の働きを――」
「も、申し訳ございませんでしたっ!」
またもメントは遮るように言った。
「王子殿下に暴力を振るうなど、あってはならぬこと! 我がドゥラスノ家は、王国に刃を向ける意思はございません! すべて愚かな娘がやったこと! 我が家はまったく関係ございません! 一族から放逐しましたので、もはやあの娘は、我が家と関係ございません! どうぞ、煮るなど焼くなりご随意に――」
「放逐した!?」
オルガノは目を見開いた。
「いやいや、貴殿はちと厳し過ぎないか?」
「何をおっしゃいますか! 王子殿下に暴力ですぞ! そのようなことが許されるはずがございません!」
「その通りでございます、オルガノ様!」
ブリース・ドゥラスノ侯爵夫人が口を挟んだ。
「婚約破棄は当然のこと。あのような暴力娘など、一族の恥。あれももう大人なのですから、処罰される覚悟もありましょうや」
「……」
オルガノは厳しい顔で押し黙る。メントもブリースも、固唾を呑んで、騎士団長の考えを読み解こうとしている。むろん、じっと見つめたところで、何を考えているかなどわかるはずもないが。
「なるほど……功績あれど、しでかした事に対して、決して手を抜かぬ、か。あのミリッシュ嬢の強さは、こういう厳しい家風から生まれたのやもしれぬ。王子殿下がとらぬなら、我が息子と婚約させたいところであった」
「はい……?」
思いがけないオルガノの言葉に、二人は困惑する。
「貴殿らは、ミリッシュ嬢が王子殿下に手を出したことで、罰も覚悟しているようだが――」
いやいや、していない。罰はどうか、ミリッシュに向けてくれ――二人は思ったが、もちろん口に出せなかった。
「我らが主、国王陛下は、ミリッシュ嬢の暴力の件については不問になされた。元々あれは、殿下が勝手に言い出したことであり、非はこちらにある。陛下として婚約破棄など微塵も考えておらなんだ。むしろ、よく馬鹿息子を殴ってくれた、と王は激賞されていた」
「へ……?」
化かされたような顔になるメントと、ブリースである。そういえば、ミリッシュは婚約破棄をされたのは殴る前、と言っていたような……。
「しかし、放逐したということは、もうここにはいないのか……」
オルガノは腕を組んだ。
「そうか……。王城で孤軍奮闘、オーガの軍勢をほぼ一人で返り討ちにした猛者の働きに、ぜひに感謝の言葉と褒美をと陛下は、仰っていたが――そうか、いないのか」
「褒美!?」
「左様。王城の襲撃は、ミリッシュ嬢がいなければおそらく助からなんだ。国王陛下も周辺の者も、おそらく全滅していただろう。言わば、彼女は国を救った英雄である。勲章の授与はもちろん、ミリッシュ嬢の名は、この国の歴史に残るほどの大偉業であろう」
「!?」
おおっ、さすが我が娘、でかした!――メントの表情が綻びかけるが、オルガノは席を立った。
「いや、邪魔をした。ミリッシュ嬢が、ドゥラスノ家と無関係ならば、貴殿らにはもはや関係ないこと。我々は直接ミリッシュ嬢を探すとしよう」
そう言い残すと、さっさとオルガノは退出した。残されたメントの手が空しく宙を漂い、事実を知った、いや受け入れたブリースは頭を掻きむしった。
しかし、後の祭りである。そもそも、ミリッシュは、自らの髪を切り、決別を告げた後である。いまさら親が取り繕うとしても、聞く耳を持つはずがなかった。
「いや、大丈夫だ」
「旦那様?」
「家を出て行ったとは言え、ミリッシュに外の生活などできようものか。どうせ心細くなって、すぐに帰ってくるに違いない」
所詮は貴族の娘。周りに尽くされることが当たり前の生活を送ってきた者が、突然ひとりで生きていくことなどできるはずがないのだ。
どうせ、すぐに家に帰ってきて、泣きついてくるに違いない。メントはそう思ったのである。ブリースも頷いた。
「そ、それもそうね……」
自分だったら、一人で何もかもしなくてはならない生活などできない。ブリース自身がそうなのだから、さらに若いミリッシュにそれができるわけがないと思う。
「それにしても、どういうことかしらね、旦那様。あのミリッシュが、オーガなんていう化け物を倒したなんて……何かの間違いですよね?」
「う、うむ、そうだな」
メントは唸る。オルガノ騎士団長は、ミリッシュが大活躍したと言っていたが、とても信じられなかった。実際に目にしていなければ、信じることはできないだろうと思う。
――しかし、本当にどういうことなんだ……?
考えれば考えるほど、わからなかった。自分がいかに部下の報告任せで、直接娘を見ていなかったことの現れでもあるが、とうのメントは気づいていない。
オルガノ団長が、嘘をついているとは思えなかった。王子を殴った件が不問となり、ドゥラスノ侯爵家に何の被害も出ないのはよかったが、その代わり、大きなチャンスをも取りこぼすことになった。
どうしてこうなった?
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