第2話、桃太郎のオーガ退治
大鬼――オーガは、人間に比べて体格がよい。背が高く、体重もあり、とにかく力強く頑丈だ。
熟練の戦士でも、中々致命傷を与えられず、一対一で戦えば、普通は負ける。オレのような能力がないとな!
ミリッシュ・ドゥラスノ侯爵令嬢の体に転生したオレ――前世、桃園太一郎、前々世『桃太郎』は、その前々世の力で以て、突然現れた鬼どもを、返り討ちにする!
『グガァァ!』
巨大な金棒をオーガは振り上げる。巨腕に超重量物の高速打撃。当たれば床に穴が空き、人間ならミンチだ。
「んなもんに、当たるかよっ!」
加速して懐に踏み込む。あまりに近づけば、振り回し系は使いづらい。武器ってもんはジャストヒットする位置ってものがあるんだ。
スッ――切り上げて、オーガの腕を切断。鬼の顔が歪んだところに、素早く剣を押し込む。
両断――っ、と、兵士の剣が折れた。刃は鬼の喉を半分裂いたところで止まっている。
まあいい。武器ってのは壊れるもんだ。それに得物は、そこら中にある。たとえば今、オレが切り落とした腕が持っていた金棒とかな!
ピタリ、と着地。ちなみにオレは今、裸足だ。ヒールのある靴なんぞ履いて戦えない。即行でヒールが折れて足を痛める。戦場は足が命だ。走れなくなったら終わりだ。
オーガが痛みにのたうつ間に、両断した腕ごと金棒を振り回し、鬼のドタマにぶち当てる。反動で、鬼の手から金棒が抜け、宙で一回転。落下前にキャッチして、次のオーガへ。
どうやら会場にいるオーガどもも、オレに狙いを定めたようだった。周りで鬼相手に立ち回っているヤツがほとんどいなくなったせいだろう。
「かかってこいやぁー!」
こっちにはクソ重の鬼さんの金棒があるんだ。お前らまとめて、肉塊にしてやんよぉ!
向かってくるオーガ。集団でかかってきてもいいのに、ご丁寧に一体ずつか? その攻撃を躱して、顔面に金棒をズドーン! オーガの巨体が宙で一回転。ズゥンと床に落下する。
『人間の女のくせに、なんだ、このパワーは!?』
それはオレが桃太郎の
『く、くそぅ! やれ! 殺せぇー!』
オーガたちがノシノシとやってくる。トロいんだよ、図体ばかりデカい木偶の坊がよぉ。
オレは手当たり次第にオーガを倒す。金棒を打ち付け、壊れてしまえば放り投げ、倒した大鬼から拝借する。大剣で両断。欠ければ牽制に投げ、拾った槍で喉を一刺し。一発で折れたが、次の武器で殴る、斬る、突き刺す!
「この桃太郎さんに、鬼がかなうとでも思ってんのかぁっー!!」
『に、逃げろぉー!』
部屋に踏み込んだオーガの大半がやられ、生き残りがあまりのことに逃げ出した。
「逃がすかこの野郎!」
お前らがここに来るまで殺してきた人間の数に、まだまだ足りねえぞ!
オーガは巨体で、走れば歩幅の分、距離を稼げるんだろうが、オレの足から逃げられないぞ。
逃げるオーガ。会場にいなくて状況が分からず突っ立っているオーガ。今まさに、兵や侍女らを殺そうとしたオーガなど、すれ違いざまにぶちのめして、オレは進む。
鬼、殺すべし! オーガ、殺すべし! 慈悲などかけねえぞ、人間の敵め!
前々世では、こいつら鬼どもに、若い娘がさらわれて殺されてきた。村々から略奪や殺戮もやりやがった。絶対に許さねえ! 人間に手ぇ出した鬼は、皆殺しだこの野郎っ!
気づけば、城の庭――城壁と本城の間の中庭に出ていた。こんなところまでやってきたオーガは、明らかに破壊と殺戮目的だから、片っ端から叩きのめす。
鬼、殺すべし! お前らが殺してきた人間にあの世で詫びてこい!
・ ・ ・
気づけば、荒い息をついていた。ドッと疲れた。この体――ミリッシュ・ドゥラスノ侯爵令嬢も、こんなに派手に動いたことはないだろうことはわかる。
その割に、金棒振り回して、傷めていないとか、桃太郎の能力故だろうと思う。そうでなければ、たぶんこの体、ぶっ壊れてた。
周りは血だらけだ。人間と、そしてオーガの血だ。目につく範囲に大鬼どもの姿はない。目につくヤツは、全部始末した。攻め込んでこなけりゃ死なずに済んだのにな。
何やら後ろが騒がしい。一瞥すれば、生き残りの騎士や兵たちが、勝ち鬨を上げていた。鬼をやっつけたぞー、とか何とか。
無事を喜ぶ者たち。その中にはパーティーに参加していた貴族の子息や子女もいた。
あ、パーティー。
確か、王子殿下の誕生日を祝う集まりだったような……。あー、オレ、その王子様、ぶん殴っちまったんだっけ。
前世と前々世の記憶が蘇って、まだ混乱していたとはいえ、婚約者を裏切って、婚約破棄と浮気――いや、破棄したから浮気ではないか? まあ、誑かされて、オレを陥れた分、最低野郎なのだから、殴られても文句は言えないだろう……。
……あかん。文句は言える。あっちは王族だもんな。こりゃ反逆、不敬罪とか何でも言って、仕返しもできる。
たとえ、原因は向こうとはいえ、王族にグーパンはいけない。
終わった……。うん、逃げよう。
ま、オレ自身、浮気王子のことを微塵も思ってねえし。さっさと消えよう。そうしよう。
かくて、オレは王城から逃げた。後ろでオーガを返り討ちにした『侯爵令嬢、万歳!』などと聞こえた気がしたが……まあ、空耳だろう。王子に暴力を奮ったら、女だからと許されるものでもないのだ、ワハハ! ……やべぇー、やっちまった!
・ ・ ・
王都にも、オーガ集団の破壊の跡が見てとれた。しかしドゥラスノ侯爵邸のある貴族街のほうは、特に被害はなさそうだった。
夜が明ける。侯爵邸に戻ると、警備の兵が増えていた。王都でオーガ騒ぎがあったせいだろう。だとすれば、両親も起きているだろうか。
「お、お嬢様?」
警備の騎士がオレを見て絶句していた。わかる。オーガどもと戦ったせいで、せっかくのドレスが、返り血と破れで、追い剥ぎにでもあったような惨憺たる姿になっていたからだろう。……言っておくが、オレはやられてねえぞ!
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。つか、さすがにこの格好で会うのはまずいな。とりあえず、体を洗っておくか」
従者がやってきて、返り血落としと着替えを済ませる。両親にはオレが帰ったことを伝えてもらった。さっさと終わらせよう。
おやじー、おふくろー!
「――今、何と言った? ミリッシュ?」
ドゥラスノ侯爵は、オレの言葉の意味が理解できなかったらしい。なので、ミリッシュの笑みで言ってやった。
「王子殿下をぶん殴ってやったのですわ、お父様!」
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