スピカという名の弟子


「……」


 あれから私は沢山寝た。死んだように眠った。でも何日かは分からない。いっそこのまま死んでしまえば、少しは償えたかと思えば、そうじゃない気もする。


 誰かの優しい声が聞こえた気もすれば、それは怒号だったかもしれない。


 とにかく、目が醒めてしまった私は一点に意識を集中させていた。


「……」


「……」


 開いているドアから顔を覗かせる女の人。か細い声で私に言った。


「……御主人様が、お呼びです」


「……ご主……じん………?」


 髪が綺麗な使いの人。消え入りそうな声。名前は、知らない。

 ただ。あの場所で私が啞然あぜんとする中、じっと、まるで座っているかのように、重心をしっかりと保って立っていた人だと言うことは判っていた。


 用意された服も、靴も変な感じはしない。普通……らしい。

 私は自分を整えると、髪が綺麗な使いの人の後ろをついていく。


「……お!きたきた!」


「御主人様、銀糸が来ました」


 銀糸と呼ばれたその使いの人は、あのリフーと呼ばれていた人の隣に戻るように進んだ。


「御主人様。純白の神姫レガリア・イノスをお連れ致しました」


 ……………レガリア………イノス……?


「それはお前の呼名だ。本当の名を言え」


「っあ……ローブ………の」


 先手をピシャリ、と打たれて思わず思考が止まる。


「ちょいちょいちょい〜……御主人様、まずは自分から、ね」


 私とローブの間に割って入って自身の笑顔を照らす陽気な執事らしき人。

 ローブは深くため息を着いた後に、改まった。


「…………はぁ………



私は「コーネリアス=トリテレイア」今どきの巷では少々古臭い魔法使いをしている者だ。ただのローブではない」



 ステンドグラスを通ったの寒色の後光がローブの繊維を更に通って、よくえた。


「……」


「うんうん!!…………ほら、純白ちゃんも…!」


「私の、名前は…………………………ナイフ………です」


「「「…………」」」


 私は私の名前を、呼んだ。


「あの………私……ずっと、寝てて」


「お前はこの場リビングに辿り着くまで丸三日掛かったということだ。」


「みっ……!?」


 沢山寝てたとはいえ、みっか……三日…………


「____…………スピカ」


「!……スピカちゃん」


「スピカ様」


「……スピカ、様」


 ……誰の名前を呼んでるんだろうか。

 スピカ……綺麗な音。そんな名前が欲しかった………………かも知れない。


「誰の名前って、君の名前に決まってるでしょー? スピカちゃん? 君って、案外面白い子なんだね」


「…………………?」


「……お前は此の時より私の弟子となった。「スピカ」その名を胸に刻み込め。“魔法使いに成れぬ人の子”よ」


 その人の言い草にはトゲがあった。


 “魔法使いに成れぬ人の子”。素質がない私を弟子にしたのは、魔法のローブだった。


「……すぐにここを発つ朝食を食べて、カバンを持て。スピカ」


「………………はい」


 そして私は、「スピカ」という名で、魔法使いの弟子になったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る