03:姉、石垣蛍の事情。
「『――で、でさぁ? そのカツアゲをしてきたヤンキーネーチャンが何を買ってったと思います? なんとミルクセーキですよミルクセーキ! ――ん? ちょいお待ちを。畏敬にして皆が崇拝している姉上から電話じゃ』」
ゲームを終え、雑談をしている最中に携帯が鳴る。コールの主は石垣
リスナーに一声掛けてミュートボタンを押し、姉からの電話に出た。
「はいあい」
「着替え」
プツッ――。
挨拶も無し。姉弟の会話も無し。一言のみで通話が切られる。
(これは職場でなんかトラブったな)
姉の性格。姉の職業を知っている千寿は今の僅かな情報だけで察する。
「『ワン切りならぬ一言切りされたんで今から急いで姉上の下まで馳せ参じまーす』」
[それは一大事。今すぐに惨状]
[まさに惨状]
[参上にして惨状ってか?]
[骨は拾いまするよ総大将]
[また御上に詰め寄られたい]
「『はいあい。てなわけで、じゃあまた明日。乙ぬら~』」
締めの言葉を告げて、大量の[乙ぬら~ <゜)))彡]のコメントに見送られながら配信終了ボタンを押して配信を終了。
千寿は吐いた息が震えるくらいの深い溜息の後、諸々の支度を済ませて家を出た。
最大手・大手・中堅・弱小と組み分けられるVtuberグループの中で長く中堅の地位を維持している箱である。
運営元――株式会社カラードパレット。
その運営元で千寿の姉、石垣蛍は働いている。統括マネージャー兼スカウトマンとして。
ちなみにグループの顔役とも言える看板ライバーは登録者数30万人と32万人の第1期生ライバーの2人。ただ登録者数トップは41万人の昨年3月にデビューした5期生のリーダー。
最後にフェリスとテレサの間にある
自宅からバイクを走らせて約40分。姉が働く株式会社カラードパレットに到着。認証カードで事務所内へと入るとそこは屍累々。戦闘後の戦地と化していた。
そんな悲惨な状況で黙々とパソコンと向かい合う見知った猫背の女性が1人。
「蛍姉さん」
「! ――遅いよ。姉の一大事には信号を全て無視してでも駆けつけたまえ」
弟の登場後、真顔からワンテンポ遅れて絡みつくような湿度高い笑みを弟に向ける姉、石垣蛍。
「次で免停だから出来ませんよっと。此処まで自転車は勘弁です」
「おやおや。姉がSOSを出す様な非日常に叩き込まれても弟君は日常のルールを曲げずに守ると?」
「非日常がこの上なく似合うお人が何を言ってるんですかね? ――はい。ご所望の品と敬愛するお姉上さまへの
「ありがとう。食べて愛情を感じなかったら殺すから」
「そう言うと思ってお味噌汁には実家から送られてきたスッポンを並々使ってますよっと。愛情ついでに劣情が湧いたらそこらの女性社員で発散して下さい」
「この上なく出来た弟だね全く」
電話でやらなかった姉弟の会話を繰り広げられる中、ふと姉の蛍から何かを思い出したような「あぁ」と言う声が発せられた。
「そうそう。千寿今日カツアゲにあったんだって?」
「あらあら。弟の財布の中を心配してくれるので?」
「心配? ハッ! アタシがその言葉とは無縁の人間だって知っているだろうに。そんな事よりお相手様はどんなのだった? 金をもて余したオッサン共が好みそうな糞生意気な雌餓鬼系かい? それとも反社連中が好みそうなふしだらな淫売系かい?」
「
「へぇ? いいじゃないか。配信ではああ言ってたけどちゃんとお金は巻き上げられたんだろう? 10万もの大金をさ」
「そこは面白い事に配信で言った通りですよって」
「はぁ?」
弟の身を案じる事なくカツアゲ相手にご執心な姉。しかしカツアゲ被害の当事者である千寿から詳しい状況を聞いた事で大きく落胆した。
「全然面白くもないなぁ。チャンスを逃すなよこの愚弟が。折角10万ぽっちでそのおもしれーヤンキーネーチャンの時間と自由を大量に奪えたってのに」
「小銭とミルクセーキの被害は?」
「駄賃なんかじゃ
「カツアゲを出会いの縁と言いますか」
何とも嫌な縁だな、と思う弟。しかし姉らしい発言だとも思った。
なにせ聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院に所属するライバーの半数近くがこの姉によってあの手この手で引きずり込まれ、簡単に逃れられなうよう法と契約と感情で縛られた憐れな人達なのだから。
まぁでも本人達はこの姉に畏怖の念を抱きながらも何だかんだVtuber生活を楽しんでいるので敬愛の念も抱いているとの事でノープロブレム。お金と承認欲求さえ満たしておけば全てにおいてノープロブレム。
「――んじゃ。そろそろ弟はお暇させて頂きますよっと。これ以上残ってたらトラブル対応させられそうだし」
軽く雑談をし、この場を退散しようとする千寿。時刻は23時を回ろうとしていた。
「ん? 姉孝行をしてくれないのかい?」
「このタイミングでの徹夜って事は近々デビュー予定の子達に問題が発生したんでしょう? 一般人にその手の裏話はNGですよって」
「おやおや。一般でもなければウチと関り深い個人が何を言っているんだか。――まぁいいや。時間が時間だから気を付けて帰る様に。補導されてもフラグ回収が無ければ仕事が片付くまで回収しないからね」
「フラグ? ――! あぁもしかしてヤンキーネーチャンの事を言ってます? それは流石に……」
珍しく姉の意図が掴めずに首を傾げる千寿だったが、すぐにその意図に気づいてやや呆れる。しかし姉である蛍はその逆で絡みつくような湿度高い笑みをより一層深めた。
「おいおい。たかがと思って小銭と缶ジュース1本の縁を侮ってはいけないよ。縁ってのは安かろうが軽かろうが結ばれた時点で繋がり合うもの。道理のような在り方だからね。厄介極まるが」
「なら帰りは駅前を通って帰りますよ。公共機関の集合地はトラブルとフラグの温床だからね」
とまぁ此の親にして此の子あり、って具合の血縁を感じさせる笑みを浮かべ合う姉弟。
でもって数時間後、
「本当に居た。しかも補導されていらっしゃる」
たかがと思っていた縁が
「
姉の言葉を口ずさみ、バイクを警察官に捕まっている瑠璃山琥珀の真横で止めてヘルメットを外した。
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