02:石垣千寿の事情。

「マイクチェックマイクチェック……ノイズは無し。――良し。行きますかっと」


 帰宅後、風呂やら食事やらの諸々の準備を終えた石垣千寿は学生という一面からもう1つの一面に成り代わるべくパソコンを操作して【~配信準備中~】の画面を切り替える。


「『――アポンポポンポンバ~ン。はいはい晩ぬら~。今宵もぬらりくらりと始ますよっと』」


[乙ぬら~ <゜)))彡]

[乙ぬら~ <゜)))彡]

[乙ぬら~ <゜)))彡]

[ツイ偉]

[乙ぬら~ <゜)))彡]


 登録者数7万人の個人Vtuber《なまず》。

 これが石垣千寿のもう一つの一面である。



 Vtuber。通称バーチャルライバー。

 Vtuberとは2DイラストをLive2Dと呼ばれるソフトウェアに通して立体的に動かせるようにし、それをもとに配信をする職業で、簡単に言えば自分の顔を出さずに実況する配信者である。


 Vtuber界隈はまだまだ駆け出しだが、近年その人気っぷりは凄まじくVtuberが生む利益はテレビ業界の足元を掴みかけており、更にその人気に比例するようにVtuberの数も右肩上がりで増え続けている。

 

 魑魅魍魎、千差万別、異類異形。夢や希望、欲望や大志を抱いた若者達がこぞってVtuberとなる今現在――世はまさにVtuber百鬼夜行百物語時代。

 そんな時代に個人Vtuber《鯰》として石垣千寿は日々のらりくらりと生き抜いていた。


 個人Vtuber《鯰》。1年前にデビューした男性Vtuber。

 その見た目は日本の妖界の総大将とされている”ぬらりひょん”をモチーフとした人外の立ち絵。

 開幕の挨拶は朝なら[おはゆら!]。夕方以降なら[晩ぬら~]。さっき言った前後は日によって言ったり言わなかったり。


 メイン配信はゲーム。主にノベルゲームを好んでいるが、配信時間は基本的に1時間が限界という今時珍しい短時間配信者。でも事前告知は必ず守り、配信もこれまで一度たりとも休んだ事がなく、更には一緒に住み、Vtuber事務所で働く姉の協力もあってショートや切り抜き動画も豊富に投稿。

 そう言った本人の努力と姉からの手厚い協力のお陰で個人Vtuber《鯰》の登録者数は7万人の域へと至り、今日も今日とて同接数視聴者数200人弱のリスナー達の前に立つ。


「『はいじゃあ今日も今日とてレジェンディアハーツ remember memoryをのらりくらりとやっていきますよって』」


[おうさ!]

[待ってた!]

[待ってました!]


 レジェンディアハーツ remember memory。

 最新作が一昨年発売されたレジェンディアハーツⅢで、初代であるレジェンディアハーツⅠは20年前に発売されたRPG。正統続編であるⅡがその五年後に発売され、千寿が今プレイしているremember memoryはその狭間にあった話のスピンオフ作品。他にも6つのスピンオフがある。

 

 かれこれremember memoryはⅠの発売後8年目で出てきたものだが、正統続編のⅡ冒頭で操作していたキャラクターの話であり、冒頭以外だとそんなに出番が無かったと言うのにファンからの人気が高い。

 故に、そんなキャラをメインとした作品とも相まってこのremember memoryはレジェンディアシリーズの中でトップ3に食い込む程の人気作となっている。

 

 ざっくばらんゲームの評価サイトに載っていた紹介文の一部を抜粋すると、Ⅱの冒頭で操作したキャラクターは敵対していた闇組織の一員で、その時に出会ったスオウとアクシルと共に過ごし、3人は親友と言っても過言じゃないくらいに仲良くなったが闇組織の陰謀でその中を引き裂かれてしまう――との事。

 ちなみに今日のパートで丁度40回目。評価サイトに載っていた通りの展開になっている。

 親友の一人であるスオウが組織を抜け、それを何とかもう一人の親友アクシルが何とか連れ戻したが、2人の不在を見計らって組織の1人が主人公に親友シオンの正体を教えた事で今度は主人公が組織を抜けてしまった。


 ――嗚呼このシナリオを考えた人は人の心が無いね絶対に、と千寿はこのシナリオを考えたライターを訝しみつつ自分にはない方面での文才に嫉妬する。


「『前回で遂に主人公も組織を抜けちゃったねぇ。あれからアクシルも出ないし、スオウもどうなったか分からないし……』」


[そう!]

[滅茶苦茶良い所で区切られた!]

[総大将! ティッシュの枚数は十分か!]

[ティッシュ不可避の神回だァァ!!]


「『! そうそうそれそれ。昨日も神回やらティッシュとかって書き込まれてたし、待機画面の時点で[神回不可避!]って書き込まれてましたっけね? 多くの組員リスナーがティッシュティッシュって騒ぐから最寄りのスーパーでたまたま居たティッシュ配りの人からポケットティッシュを拝借したったで』」


[足りない!]

[足りないです総大将!]

[箱!]

[涙で此処にいる全員と盃が交わせますよ!?]

[俺が・・・俺達がティッシュだ!!]


「『そんな? いやいやそんな訳ないでしょうよ。それにこちとら数百年生きてる大妖怪様やで? 御上や釈迦の説教で涙腺を刺激される事はあれど、人が楽しむ前提に創られた心打たれて心温まる物語なんかで刺激されませんよて。――ほら去年のアレ。テレビで近年最も泣ける映画だって紹介されてた家族ものの映画を見ても泣かなかった上に涙ぐむ事さえなかったし。寧ろ此処をこうして欲しい。こうしてみては? なんて邪推な考えが浮かんでくる始末でしたよって』」


[感動の種類があっちとこっちでは全くの別物です総大将!]

[あっちは努力の末の大団円! こっちはその逆です!!]

[そうですよ総大将! だから今から箱ティッシュを!!]

[俺達がパパだ!!]


「『逆? なら尚更大丈夫よ。悲壮系やら失恋系の悲しみには何故か耐性があるのでよ。あはは』」


[総大将ー!]

[総大将ー!]

[総大将ー!]

[総大将ー!]


 コメント欄が[総大将ー!]で埋め尽くされる中、千寿はリスナー達の忠告を無視してゲームを起動する。

 ――で、約30分後。


「『っ、えぇ!? リスナー達の嘘つき! これティッシュ関係ない!! てかなにこのBGM!? こんな悲壮感増し増しな中で親友と戦わされるんですか!? 嫌だあぁ……っ』」 


[総大将ーッ!]

[総大将ーッ!]

[総大将ーッ!]

[総大将ーッ!]


 推し共々、阿鼻叫喚の大発狂。

 連れ戻された筈の親友スオウが主人公の前に登場し、そこから不味い方向に進んでいく話の展開に”嫌だ辞めて”と震える声で懇願。されど願いは叶わずに海が見える時計台の上で親友と戦闘が始まってしまう。


「『あああアクシル先生っ……アクシル大先生ッ! 倒れてないで助けに来て……二人を止めて!?』」


 鯰こと中の人である千寿は、必死に画面に居ない親友アクシルの名前を叫びながらコントローラーを操作。

 この日は久方ぶりに平日の一時間配信を大幅に突き破ったのだった。

 

「『キッツ……キッツイなぁもう……っ!? 親友同士で争わないでよって!!』」


[総大将ーッ!!]

[総大将ーッ!!]

[総大将ーッ!!]

[総大将ーッ!!]

[ほれティッシュ代:10000¥]


「『赤スパありがどうございまず!!』」

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