その10
にこにこしている少女たち。若干一名ほど無表情の子もいるが、それは笑えないだけであって、喜んでいないわけではないので、実質みんなにこにこと言ってもいいだろう。
「そんなにあの子たちが羨ましいのなら、やっぱりグラビティも一緒に仲良くするべきプルっ!同じ境遇の仲間と何かをする経験は、健全な精神を育むためには欠かせないプルっ!」
「同じ境遇が大切だって言うのなら、尚更私は一緒にいるべきではないね。あの子たちは子供で、私は大人だ。混ざってしまったら、異物にしかならないだろう。あの子たちのためにも、オトモダチ作りを押し付けるのはやめてくれないかな?」
突然ポンッと現れたリンゴが、また僕にお友達を作れと強いてくる。親子ほど年の離れた少女たちの中に、おじさんがひとり紛れ込むなんてことは、こちらからするとゴメンだとしか言えない。あの子たちが普通に過ごしたとして、楽しく過ごしたとして、そのきらきらした日々は僕という異物が混ざるだけで色あせてしまうのだ。どんな高級なワインであっても、一滴の泥がまざればそれは泥水なのである。
「ああ言えばこう言うプル。まったく、グラビティの相手は本当に面倒プル。もっと素直ないい子だったら、アップルンもこんな大変な思いをしなくてよかったプル」
やれやれ、とでも言いたげに、両手を上げて一頭身の頭を左右に揺らすアップルン。何を思っているのか、何を企んでいるのかは分からないけれど、一つだけ確かなことは見ていてとても腹が立つということだ。
「そんなことよりグラビティ、グラビティはどうして喜んでいないプル?グラビティにとって大切な大切な娘が、シンフォニーがちょっと変わったけど戻ってきたプルっ!今日はお祝いに美味しいお酒でも空けたらいいプルっ!」
そんなやつが、僕のことを煽っているとしか思えない言動を取るのだから、僕のストレスも酷いものだ。僕にとってそれが望ましくないことだとわかっているくせに、おめでたいプル!お祝いプルっ!と一人で喋っている。
「素直に喜びもしないなんて、グラビティはとってもシャイプルっ!こうなったら仕方がないから、アップルンがあの子たちのところに行って仲間に入れてって代わりに言ってあげるプルっ!」
ぷかぷかと浮かびながら、アップルンはそんなことを言って、そのまま本当に少女たちの元に向かおうとする。向かおうとするのだが、そんなことを僕が許すわけがない。
魔法の力を使って、リンゴを手の中に落とす。落ちてきたリンゴは、プルー!とか楽しそうに鳴いていたが、笑っていられるのはここまでだ。本気にしろ、止められる前提だったにせよ、今の行動は僕の中で明確にライン超えである。
真っ直ぐ正面からフェイスハグすれば、リンゴは文字通り手のひらの内でモゴモゴ喋る。果実風情のくせに息をしているのか、手のひらがこそばゆいのを感じながら力を込めていけば、リンゴは手足をバタバタし始めた。
「ぷはーっ、楽しかったけど苦しかったプルっ!グラビティ、次はもう少し優しくやって欲しいプル!」
このまま落ちるまで絞め続けようかと考えて、なんだかぐったりしてきたからやめたところ、リンゴが僕にかけた言葉はそんなもの。罰というか、おしおきとしてはなんの意味もなかったらしい。このリンゴに何をするべきなのか、僕にはもうわからなかった。
そんな、意味のないことをしていたせいか、魔法少女たちに意識を戻すと、こちらを見つめる六つの瞳と目が合った。隠れていたし、距離もとっていたのだが、きっと魔法少女のマジカルな力で見つかってしまったのだろう。カスコットが騒いだせいの気もするが、どちらにせよマジカルな妖精の力なので大した差はない。
差がないわけあるかと自分で突っ込みつつ、少し離れたところに落ちてエスケープする。ただでさえいい気分ではなかったところに、アップルンの相手までしていたのだ。キンモクセイもないのにそのまま魔法少女の相手をするのは避けたかった。
そうして、家に帰って変身を解く。あの子たちと仲良くならなくて本当に良かったプルー?なんて未だに言っているリンゴに、普通のリンゴなろ握りつぶせる握力を体験させてあげようとしたらするりと逃げられた。少女状態だと逃げないことを考えるに、この状態で掴んだら中身が漏れるのだろうか。
そんなことを考えながらキンモクセイに火をつけて、気持ちを落ち着かせる。今日はもう、特にやることはない。そんなことを言ったら今の僕は毎日が日曜日なので常にやることがないのだが、そんなことはいいだろう。魔法少女であるためには、仕事や生活なんてものは邪魔でしかないのだ。
誰にしているのかわからない言い訳をしながら、半分惰性で管理局に向かう。目的はいつも通り、意味のないお見舞い。したところで何かが変わるわけでもなく、しなかったところで誰かに責められるわけでもない行為。ただ何かをしている気になれるだけの、結に知られたら怒られそうな時間潰しだが、他にやることなんてないのだから仕方がない。仕事と生きがいを失った僕に残ったものなんて、それくらいしかないのだ。
ほとんど顔パスの状態で入構許可証を受け取って、いつも通り病室に向かう。普段と比べると管理局の中はかなり騒がしかったが、新しい魔法少女が現れたのだからそれも当然だ。
そちらの対処に人を取られたのか、いつもよりも少しだけ人の少ない病室で、結のことを見つめる。管理局の慌ただしさなんて関係ないかのように、いつもと変わることのない寝顔。触れてみても、つついてみても一切の反応を返さないその姿は、体温がなければ生きているとは思えないだろう。そのすぐ横で線香なんか焚いているのだから、尚更だ。
病室の中にキンモクセイが充満して、中にいる人の気持ちを穏やかにする。とはいえ、中にいてかつ何かを考えられるのなんて僕しかいないのだから、そこまで広がる必要はないのだが。
「あの子が、魔法少女になったよ」
聞こえないことは、わかっている。それでも話してしまうのは、結がそこにいると信じたいから。何かの拍子で起きてくれるんじゃないかって、期待してしまうから。
「まさかワルイゾーとの戦いで魔法少女が生まれるなんて、考えていなかったんだ。そういう事例もあるのは知っていたけど、そんなに良く起こることでもなかったから。僕にはどうやら、あの子の体すら守れないらしい」
泣き言を言っても、返事はない。誰かが慰めてくれることもなければ、そんなこと言ってるんじゃないと発破をかけられることもない。結の前で言っているというだけで、独り言と変わらないのだから当然だ。
当然なのに、わかっていたのに、胸が苦しくなってくる。苦しくなって、それがキンモクセイで中和される。もう僕は、これがないとダメなのかもしれない。そう思ってしまうくらいには、伽羅さんのくれたキンモクセイはよく効いた。
そのまま少し何もせずにぼーっとしていて、キンモクセイが数本ほど灰になる頃、部屋の外から足音と声が聞こえてきた。軽い足音、大人のものではない、子供の足音だ。
「おじさん、やっぱりここにいた。たぶんおじさんにも伝えておいた方がいいことがあったから、伽羅伝えに来た」
えらいでしょ、ふふん。と言いながら部屋に入ってきたのは、本人がそう名乗っている通り伽羅さんだ。抑揚のない声と、少し癖のあるしゃべり方は聞けばすぐに誰かわかる。いや、そんな特徴などなかったとしても、いつも話している相手の声だ。聞いただけですぐにわかるだろう。
「伽羅さん。その言い方だと、今日はお見舞いのためだけに来たわけじゃないんだね」
僕に伝えることって何かな?と聞いてはいるが、このタイミングでやってきたのだ。どうせ話の内容は、新しい魔法少女。ハピネスを名乗る、
「おじさん、びっくりしないで聞いてほしい。今日奏が、小幸が魔法少女に変身したの。奏に、シンフォニーにそっくりだった」
だからもしかしたら、シンフォニーはまだいるかもしれないと続ける伽羅さん。教えてくれたことは僕が予想していた通りで、実際にその現場を近くで見ていたのだから、驚くもなにもない。けれども、あの場にいたのはあくまでグラビティであって僕ではないのだから、伽羅さんの前では一応驚いたように振る舞ってみせる。
全く驚かないよりもそういう反応の方が自然だからか、伽羅さんが僕を見る目に疑いはなかった。少し驚き方が不自然だったのではないかと心配だったのだが、この様子を見る限りそういうことも特になかったのだろう。事実の後に希望的観測や自分の予想をつけるのはいただけないが、それはこの子がそれだけ僕に気を使ってくれているということだろうから、目くじらを立てるようなことではない。
「そうか。そうだったら、凄く嬉しいな。ところで伽羅さん、その新しい魔法少女が現れたのなら、顔合わせに行かなくていいのかな?」
きっと、伽羅さんの言葉をプラスに受け止められるのは、キンモクセイのおかげだ。心が動いて治まってを繰り返しているうちに、以前よりも多少感情が鈍化した。きっとこれ自体はいいことではないのだけど、おかげで少女の前で情けないところを見せずに済んでいるのだから、喜んでもいいのかもしれない。
「縁呪と小幸が話しているのを聞いていたら、頭ぐるぐるになった。伽羅はいてもいなくてもどうせ話がわからないんだから後にしてって言われたから、おじさんのところに来た。おくちおめが」
そんなことを考えながら、なんとなしに思いついたことを尋ねてみると、返ってきたのはそんな悲しい言葉。確かに伽羅さんは魔法少女の決まりの話とかを聞いてきたところで暇してしまうだけだろうが、一人だけ仲間はずれみたいになっているのは素直にかわいそうである。いくら本人にわかる気がないと言っても、口がωになってしまうのも仕方がないことだ。
唯一の救いは、伽羅さんが会話の内容を省略しているだけで、実際にはもっとソフトな言い方をされているであろうことくらいか。縁呪であれば、こんなことを話してても伽羅ちゃんつまんないよねとか言うだろうし、説明の責任者である二井であれば、一緒に説明を聞いても繰り返しになるだけですし、伽羅さんは共田先輩のお見舞いに行ってはいかがでしょうかとか言うだろう。二人とも伽羅さんのことが大好きで大切に思っているので、伽羅さんの言うような冷たい言い方はしないはずだ。もしされたのだとすれば、よっぽど怒らせるような何かをしたのだろう。
「というわけだからおじさん、伽羅にかまってほしい。定期的におじさんとおしゃべりするのが、伽羅の健康の秘訣。つやつや」
「定期的にって、一緒にお昼を食べたばかりじゃないか。その理屈で言えば今日は特に話さなくても問題なく健康でいられるんじゃないのかな?」
「伽羅、本当はおじさんとずっと一緒にいたいの我慢しているから問題しかない。伽羅いい子だから何も言わないけど、おじさんは一人で暮らしているだけで伽羅を萎れさせている自覚を持つべき。しなしな」
冗談みたいなことを無表情のまま言う伽羅さんに、揚げ足取りみたいなことを言ってうやむやにしてやろうとしたら、予想の遥か上を行く素直な気持ちをぶつけられて、何も言えなくなる。僕自身、伽羅さんの言葉に嘘がないことを理解しているからこその、反則みたいな手。僕自身のわがままで伽羅さんに寂しい思いをさせてしまっている現状、そのことを盾にされたら僕には何も言い返すことができないのだ。
びっくりしたみたいに大きくなった鼓動を鎮めるために、まだ焚き途中の線香を一本足す。先程までよりも強く嗅覚に作用するキンモクセイが、僕の心を落ち着かせてくれた。
「おじさんがたくさん使ってくれて、伽羅嬉しい。安らぎのキンモクセイはおじさんのためだけに作ったから、必要ならいつでも追加する」
足りなかったら言ってほしいと言いながら、伽羅さんはどこかから取りだしたキンモクセイの線香を一束、僕に渡す。あまり頼りすぎるのは良くないとわかっていてもそれを返すことができないのは、もう手遅れになってしまったからだろうか。
「ライターンは、ライターンはやっぱりやめた方がいいと思うシュポ。インセンス、魔法少女の力は、こういうことに使うためにあるんじゃないシュポ」
伽羅さんのポケットの中からにょっきり生えてきた安っぽい緑色のライター、妖精のライターンが出てきて、僕にキンモクセイを渡す伽羅さんにそう提言する。言っている内容はもっともなのだが、伽羅さんは聞き入れる素振りがない。
「あなたからも、インセンスに言ってほしいシュポ。あなたの言葉ならきっとインセンスは聞いてくれるはずシュポ。それに、あなただって魔法少女の力じゃなくて、人のお医者さんの力を借りるべきシュポ」
伽羅さんが聞く耳を持たないと理解したライターンは、即座に標的を伽羅さんから僕に移した。これまで説得してダメだったから、もう本人にやめさせることは諦めたのか。実はちょっぴり頑固な伽羅さんの性格を考えるに、これまでも何度か説得されては拒否してきたのだろう。それならば、正しくないものを受け取っている僕に辞めさせようとさせるのも、仕方のないことだろう。
けれどライターンには申し訳ないことに、僕も既にこの線香がないと色々とやっていけない状況になっているのだ。いや、むしろこの線香のおかげで何とか人としての尊厳を保っているのだ。それを突然やめろなんて言われたところで、辞められるはずもない。
「ライターンは、もう何回も止めたシュポ。なのに聞いてくれなかったのは、二人の方シュポ。もうこれ以上は知らないシュポッ!」
シュポーッ!と泣きながら伽羅さんのポケットの中に帰っていくライターン。少々奇妙な光景だが、一度正式に契約した妖精たちは、契約した魔法少女の周囲で人目につかないところならどこからでも現れたり消えたりできるのだ。なので別に、ライターンが伽羅さんのポケットに住んでいるというわけではない。
泣きながら帰っていく妖精を見ていて、罪悪感が湧いてきたのは、ライターンが僕の元にいるカスコットリンゴとは異なり、通常の心優しい妖精だからだろうか。そんないい子なライターンがあそこまでこれを止めていた理由が気にならないでもなかったが、それより先に伽羅さんから受けとったキンモクセイをカバンの中にしまい込む。使う量よりも貰う量の方がかなり多いせいか、この線香たちはいくら使っても減っている感覚がしない。僕がやたらめったら線香を焚くようになったのも、残りの量を気にしなくていいということもあるだろう。
「ライターンがうるさくしちゃってごめんなさい。ライターン、真面目な子だから、魔法少女の力を個人のために使うのは良くないって言われてるの。しゅん」
伽羅は家族のために魔法少女になったんだから、それをおじさんのために使うのは当たり前なのにとぼやく伽羅さん。正直なところ、僕個人の意見としてはライターンに同意だ。伽羅さんからキンモクセイを貰っている立場でどの口がほざくのかという話だが、意見としてはあくまでライターン寄りである。
「でも、おじさんはこうして受け取ってくれている。伽羅、おじさんが伽羅のことを必要としてくれていてとってもうれしい。にこにこ」
その事を伝えたら、そう思いながらもキンモクセイを使っているのが嬉しいのだと伽羅さんは言った。この状態が、この関係が、健全なものでないことは、わかっている。魔法少女が特定の個人のために何かをしようとすることも、元々他人だった僕に対して伽羅さんがここまで執着をみせることも、どちらも理由こそわかっていても健全ではない。むしろ、理由がわかっているからこそ健全ではないと言い切れる。
そのことについても、そう遠くないうちにどうにかしなければと思いながら、けれどすぐになにかする気にはなれずに曖昧な態度をとっていると、外の廊下からいくつかの足音が聞こえてきた。一つはコツコツとなるヒール靴、あと二つはスニーカーだろうか。それだけではとても誰か聞き分けることはできないのだが、組み合わせとタイミングなどを考えればなんとなく想像がつく。
「伽羅ちゃん、おまたせっ!やっぱりここにいたのね」
扉を開けて入ってきたのは、案の定縁呪だ。 その後ろから着いてきたのは二井と、少し緊張した様子の奏……ではなく小幸さん。
「重さんもこちらにいらしたのですね。伽羅さんからもう話は聞いたかもしれませんが、こちらの小幸さんが魔法少女として覚醒しました。本来なら話すべきではないのですが、あなたには知っている権利がありますから」
知っている権利はあっても、別に止める権利があるわけではない。それなら知らないままでいたかったと思ってしまうのは、きっと甘えだろう。そんなことを考えたところで、実際に何も知らされなかったら内心穏やかでいられないのは目に見えているのだから。
「あの、私これから頑張ります!貰い物の体で何ができるのかも、どこまでできるかもわかりませんけど、でもみんなの幸せのために頑張りたいんです!……応援、してくれますか?」
ふざけるな。それは奏の体だ。危険に晒すなんて、許せるわけがないだろう。安全な場所で閉じこもって、一切の危険に近寄らずに生きていけ。
そう言えればきっとスッキリしたのだろうけど、そんなことを言えるわけがない。奏の体は僕のものではないのだし、魔法少女に何かを強制することもできない。
「それなら、安全にだけは気をつけてほしいな。君たちは確かにすごい力を持っているけれど、魔法少女である以前に普通の女の子、子供なんだ。たよれることがあれば、大人に頼ってくれ」
僕はもう頼りになる大人ではないのだけど、と伝えることが、僕にできるせいぜいだった。けれど、頼りにはならないかもしれないけど、この気持ちは嘘ではないのだ。管理局に務めるような人間は、そのほとんどが代われるものなら自分が戦いたいと思っている。子供に世界の安全を委ねるなんて、そんな無責任なことはしたくないと思っている。それだけは、変わらないのだ。僕がどんな経験をしても、魔法少女に対して逆恨みをするようになっても、それだけは変わらない。どこまでいっても子供は守るべきで、危険な目にあうのは、矢面に立つのは大人であるべきだ。
ありがとうございます!と、他人行儀なお礼を言う他人な少女の言葉に、笑顔に心を抉られながら、そこにキンモクセイが染み込む。そのおかげで僕は、今日も笑顔を取り繕うことができた。
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