その9

 珍しく普通に忙しくて遅れました(╹◡╹)



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「ワルイゾーが、秘密結社が出てるのは、中学校の近く。ちょうど伽羅たちが通っているところなんだけど、グラビティも一緒?」


 行き先の説明をしながら、ついでに探りを入れてくるインセンス。話の流れ的に不自然ではなく、さらに個人の特定に繋がる質問だ。とてもではないがインセンスがそこまで考えて質問できるとは思えないので、裏で入れ知恵している人が居そうなものだが、管理局なら既に学校くらい探し尽くしているだろうから、この質問はきっとただの偶然だ。何も考えていないインセンスが、たまたまそれっぽい質問をしてしまっただけ。


 多分もう隠してもたいして意味がないから、中学校には通っていないと伝える。通っていない中学校の場所を把握しているのは、この近辺に住んでいると暗に伝えているようなものだが、そもそも魔物の出現から到着までの時間などで、ある程度目星はつけられているだろうから問題はない。


「こんなに早くつくなんて……いつもあたしたちより先にいるのも、なっとくね」


 ぷかぷか浮かせながら横方向への自由落下を経験させると、ジェットコースターに乗った時のように叫んでいたカースが、少しげっそりしながらそうつぶやく。同じ扱いをされたインセンスは、棒読みでキャーと声を出していただけだが、きっとこわがっているのだろう。表情に出ないだけで、インセンスだって何も感じないわけではないのだ。


「グラビティ、今のまたやってほしい。伽羅、ジェットコースターすき」


 こわがっていなかったし、むしろ楽しんでいた。考えてみれば、この魔法少女は何度も自由落下を経験しているのだ。今更こわがるようなことではないのかもしれない。いや、こわがれよ。


 伝わることのないツッコミを心の中ですれば、余裕そうなインセンスは周囲をキョロキョロ見回しながら、ワルイゾーの姿を探す。カースの方はまだまだグロッキーで、回復には時間がかかりそうだ。


「グラビティ、いつもワルイゾーと戦う時には来てくれないから、来てくれて伽羅うれしい。グラビティはワルイゾーに興味無いのかと思ってたから」


 次があればその時はもう少し速度を下げるとか、そういう配慮をしようと一人で決めて、ついでだからとインセンスと一緒にキョロキョロする。そうしていると突然言われたのは、まるで僕がこれから一緒に戦うみたいな言葉。もちろん現時点でそんな気はさらさらないので、戦うのは二人だけだと伝える。


「グラビティ、ワルイゾーと戦うのはこわい?それなら、グラビティのことは伽羅がちゃんと守ってあげるから、安心して。むん」


 僕の言葉をどのように解釈したのか、間違いなく見当はずれな納得をしたインセンスが、ふにふにの両腕で力こぶを作る。作るとは言ったが、インセンスは浴衣を着ているので袖のせいで何も見えないのだが。いくら浴衣でも多少は見えそうなものだが、全くわからないのはそもそも筋肉がないのか、力を入れていないのか。どちらにせよ、毒気の抜ける光景である。


「ごめんなさい、グラビティ。もう大丈夫になったから、あたしもちゃんと探すわ」


 僕がインセンスと、ほとんど意味の無いやり取りをしていると、少しだけ顔色がマシになったカースが立ち上がって、こちらに声をかける。秘密結社の相手なんて体調が悪い時にすることでもないので、休んでいてもいいのだと伝えたが、それで止まるようなら魔法少女にはなっていないだろう。案の定、もう大丈夫だからと強がって周囲を探し始めた。



 その、カースが回復するタイミングを待っていたのではないかと思ってしまうほどタイミング良く聞こえてきたのは、ワルイゾーの鳴き声だ。それと共に、何かが壊れる音が聞こえてくるのは、秘密結社が活動を始めたからであろう。


 その音が聞こえてきたのは、校舎の方から。学校の近くと聞いたからその近辺に来てみれば、実際にいる場所は校舎内。考えてみればインセンスは確かにキョロキョロしながらも確認するのは学校の方だけだったので、最初からわかっていたのだろう。管理局とのやり取りに一度インセンスを挟んでいる弊害がここで出てきた。


「グラビティ、何をしているの!?早くワルイゾーを倒さないと、学校がめちゃくちゃになっちゃうっ!」


 こちらもインセンス同様、僕が戦うものだと思っているらしく、戦わないことを伝えるとびっくりされた。それじゃあなんのために来たのかとも聞かれたが、それはインセンスに頼まれたから、ここまで連れてきてあげただけである。


「目の前で大変な目にあっている人がいるのに、あなた正気なの!?」


 もちろん、何も思わないわけではない。建物が壊れたり、物が壊れたりするのは見ているだけでも心苦しいが、秘密結社が暴れることで得られるメリットがあるのもまた確かなのだ。それがなければ、この世界のために役立つものでなかったとしたら、奏の仇だ。生かしたままにしておくわけがない。


 けれど、それは僕が管理局の職員だったから知っていることで、魔法少女たちは知らないはずの事情だ。それを教えることができない以上、カースの中で僕がひどいやつになってしまっても、仕方がないことである。


「……そう。でもその気がないなら、無理に戦わせることはできないわね。魔法少女は自由勤務だもの、そういう働き方も否定できないわ」


 思うところは多少ありそうだが、勝手に納得してくれたカース。彼女の言うとおり、魔法少女は自分の意思のみで働いている。特例で許容されている児童労働だが、反対する人というのはいくらでも存在するのだ。そういうもののためのいいわけとして一応あるルールだが、魔法少女になるような子が目の前の犠牲を許せるはずがないので、形骸化している決まりでもある。そんなものまでしっかり覚えているのは、カースの真面目さの現れだろうか。まあ、そもそも管理局に所属していないモグリ魔法少女な僕には関係の無いルールなのだが。


「それなら、せめて見ていて。たぶん大丈夫だと思うけど、何かあったら助けてくれると、うれしいわ」


 もしもの事があったら、その時は当然大人として助けるつもりだ。魔物と比べれば比較的安全とはいえ、それは魔法少女たちが怪我をしないということではないのだから。


 二人を見送って、一人で宙に浮かぶ。教室から、窓を突き破って出てきたのは2枚の黒板だ。デフォルメされたような手足が生えていて、その手で黒板消しとカラフルなチョークを持っている。


 ワルイゾー!と、低い声で叫ぶそれを追って、破られた窓から出てくるのは二人の魔法少女だ。このタイミングで知らない子が出てくるはずもなく、インセンスとカースである。


 緑の魔法少女が細長い線香を投げて、紫の魔法少女が転ばせる。転ばせる。平べったい体のせいか、二本しかない足ではバランスをとるのが難しいらしく、ワルイゾーは簡単に転んでしまった。重心の偏りについていけないようだが、それも黒板だから仕方がないことなのだろう。


 転んで隙を晒しているワルイゾーに対してインセンスとカースは直ぐに追撃しようとしたが、それを妨げるのは背後から飛んできた無数のチョーク。最初にでてきた2枚の黒板、2体のワルイゾーの、今転んでいない方の片割れが投げたのだ。ずっと何もすることなく立っていた、月曜日と火曜日の授業予定が書かれたそのワルイゾーは仲間をフォローするかのように、少しずつ正面黒板ワルイゾーから離れるようにチョークを飛ばしている。


「破邪の香、沈香」


 ほとんど効いていない様子の線香を、インセンスが投げる。そこから出てくる白い煙が辺りにたちこめて、多少でもワルイゾーの性能を下げようとしたところで、


「ワルイゾーっ!!」


 ワルイゾーがぼふんと叩いた黒板消し、そこから発生した風によって、全て吹き飛ばされる。煙の代わりに立ち込めたのは、チョークの粉末だ。


 どれだけ勢いがよくても、周囲がそもそも煙だったのだから、全部吹き飛ばすなんてことは無理なんじゃないかと僕は思ったが、実際に起きていることは起きているのだから、文句を言ったって仕方がない。実際に起きた以上、それこそが唯一にして絶対の事実なのだ。どれだけ理不尽に思えても、受け入れるしかないのである。


 白と赤のチョークが多かったのか、ピンク色の煙の中で、インセンスとカースがけほけほと咳をするのが聞こえるが、白煙の時点であまり役に立たなかった視界は、チョーク粉末によって完全に無能に成り果てる。今の僕の位置からでは、魔法少女たちが何をしているのか、そもそも無事なのか、なにもわからない。


 近付くべきか、放置するべきかを考える。伽羅さんに貰ったキンモクセイの影響か、それともただ慣れただけなのか、僕はもう、それほど魔法少女達にストレスを感じなくなっている。いつまでも逃げ続ける必要は、あまりない。


 もちろん管理局に所属するかと言われたらまた話は変わってくるが、現状程度の関係であれば、助けたとしてもそれほど問題はないだろう。僕が秘密結社と戦うことによって、魔法少女たちの成長が妨げられかねないのはあまり好ましくないが、だからといって成長のために苦しめるのもまた、愉快なものではない。


 ただ、しっかり成長させるのもまた、大切なことなのだ。危機感を持たせて、危険を味わわせることでしか得られないものがある。温室栽培で形だけ立派に育てても、魔物との戦いで生きて帰れないのなら、なんの意味もない。魔法少女が、大切な人が戦いに行ったまま帰ってこなくなる苦しみを、僕はよく知っていた。体験としても、知識としても、わかっているのだ。


 わかっているからこそ、軽い気持ちで助けることが出来ないのだ。僕の手の届く範囲で助けたとして、そのせいで手の届かないところで助けられなかったら、その行為にはなんの意味もないのだから。



 ピンクの中から、叩きつけるような音が聞こえる。楽しげなワルイゾーの声と、少女のうめき声が聞こえる。そのどれもが、学校の校庭から聞こえるべきではないものだ。


 インセンスが、カースが、酷い目にあっているのがわかる。秘密結社といっても魔法少女をダメにしたいわけではないから、このまま放っておいても最悪の事態は免れるだろう。そして今日のこの経験を糧にして、少女たちは強くなるのだ。それを理解できていれば、余計な手出をするべきではないとわかる。僕が手を出しても、彼女達のためにならないことは、嫌という程わかる。


 でも、だからといって、子供たちのためとはいえ、子供が苦しんでいる姿を見るのは、ひどく心苦しいのだ。それがどれだけ大切で、必要なことであったとしても、受け入れたくないのだ。頭で理解できても、我慢ができないのだ。



「その人たちに、酷いことをしないでください!」


 助けるために、飛び出そうとした。魔法少女をこれ以上傷つけさせないために、割って入ろうとした。そして、僕が行動に移すよりも先に、小さい人影がその場に現れて、聞き馴染みのある声でワルイゾーの前に立ち塞がった。


 突然のことに、思考が止まる。思考が止まれば自然と動きが止まり、僕は何もできなくなった。なにも出来ないままで、無謀な少女が、福田小幸がワルイゾーに対して啖呵を切っているのを見るしかできなかった。


「こんなことをするなんて、許せないです!みんなのことを不幸にして、何が楽しいんですか!」


 お化け黒板に対して、怒りを露わにする少女。こんなふうに誰かのために怒れるというのは、それだけこの子が善良な証拠だろう。けれども、少女がどれだけ善良だったとしても、そんなことは黒板にとっては関係ない。目の前に立ちはだかるもの全て、ことごとく壊すことのみが黒板の存在意義なのだ。それを果たすべく、黒板は新しいチョークを取り出す。


 それが投げられて、少女の後ろの地面に穴を開けた。魔法少女ならちょっと痛いなーくらいで済むけれど、人が食らったらお陀仏になってしまう攻撃。見た目のコミカルさに対してあまりにも凶悪なその攻撃力があることで、ワルイゾーは人々から恐れられているのだ。


 そんな攻撃がすぐ近くを横切ったことに、少女は腰を抜かした。ようやく正気に戻った僕も、助けに向かおうとした。だって、その少女の体は僕の娘のものなのだ。どんな理由があるにせよ、それが壊されるのをただ見ているなんてできるはずがない。



 魔法少女のピンチでも動かなかった体が、心が、すぐに動いて校庭に向かう。多少距離はあるから、到着まで少しかかるかもしれないが、その気になればワルイゾーくらいすぐに吹っ飛ばせるから問題ない。なんの力もない少女になったのだから、その体はもう休んでいいのだ。十分すぎるほど辛い経験をしたのだから、もう頑張らなくてもいいのだ。


「いたた……いきなり攻撃してくるなんて、ひどすぎ!私も怒っちゃうよ!」


 そのはずなのに、体の持ち主は立ち上がってしまった。自分の安全なんて欠片ほども確保出来ていないのに、誰かのためにとがんばる姿は、失ったはずのあの子とよく似ている。姿は当然ながら、そのあり方までも。


 僕が見ているしかできなくて、失ってしまったあの子にそっくりだった。また見たくて、もう見たくない姿にそっくりだった。そんな少女が、なにかに導かれるように、自身の胸に手をやる。


 そんなことは、起きないはずだったのだ。魔法少女というのは特別で、誰も彼もがなれるようなものではない。誰にでもなれるものじゃないからこそ、一部の限られた少女しかなれないからこそ、魔法少女は特別で、貴重なのだ。


「いくよっ!!」


 そのはずなのに、少女のポーズは、とても見覚えのあるものだった。呼ばれたその名前は、聞き覚えのあるものだった。まるで、時間が戻ってしまったかのように、僕が見ているしかできなかったその光景が、目の前で再現されていく。


 その声に応えるべく現れたのは、ポコポコ喋るでんでん太鼓。ふわふわと現れたそれが、小幸さんの手の中に収まった。まるで、最初からそこにあったかのように、違和感を感じさせない馴染み具合。


「マジカル、オルタレーション!」


 でんでん太鼓を持った右腕をピンと伸ばして、手首のスナップを効かせて鳴らす。テントン、と小さな音が鳴って、一際輝き出したそれは巨大化し、光が弾けるとそこには先端が小鼓になったハンマーが残った。


 その際に弾けた光が、小幸さんの全身を包み込む。腕に着いたものは真っ白のアームカバーに、足のそれは桃色のショートブーツに。光が弾ける度に、小幸さんの服装は変わっていく。体の末端から順番に変化を重ねて、体が終わったら次は頭だ。髪の毛が伸びて、光から髪飾りが作られて、パッと弾けるとそこにいるのはもう先程までの小幸さんではない。


「幸せなこころをみんなのもとに」


 桃色の少女が、目の前に現れた。少し前までよく見ていた黄色い魔法少女の、2Pカラーみたいな姿の少女が、輝く笑顔を撒き散らす。


「シンパシー・ハピネス!」


 その姿を見るのが苦しかった。失ってしまった大切なものによく似ていたから。その声を聞くのが苦しかった。伝えられなかったことを、聞けなかったことを思い出してしまうから。


「幸せな音は、私が届けてみせる」


 僕が介入するよりも先に、その少女は変身してしまった。小鼓を象ったハンマーを、右手でくるっと回すその仕草。衣装にところどころハートが混じったくらいの変化。その姿はどこまでも、変身した奏にそっくりだ。元々体が同じなのだから、変身したあとも似ているのは道理である。



「すごい……これならなんだってできるっ!」


 体から溢れる力に、それがもたらす全能感にやられてしまっているのであろう少女が、ハンマーを握ってにっこり笑う。重さなんて感じていないかのように、くるくる回しながらワルイゾーに近づいて行く。



 やめてほしかった。止まってほしかった。その体は、もう十分すぎるほど頑張ったのだ。これ以上、頑張らなくてもいいのだ。


 けれど、それを止める権利は僕にはない。魔法少女が戦うことは、止められない。たとえ誰であろうと、止めてはいけないのだ。それができるように、僕たち人間は作られていない。


 だから止めるためには、魔法少女になる前に止めるしかない。運命に導かれるよりも先に、妖精と出会ってしまうよりも先に、そのきっかけをなくしてしまうしかない。そのはずなのに、それが出来なかったのはきっと僕の怠慢だろう。だって僕は今回、何時でもワルイゾーを止められる場所にいたのだから。



 やぁぁぁ!!と叫びながら、少女が、ハピネスが黒板を打つ。ポンポンッ!と現れたハートのエフェクトが、ワルイゾーをうっすらと溶かしていく。庇われたインセンスとカースも加われば、ワルイゾーが消えるまでにそれほど時間はかからなかった。


 ワルイゾーを倒した少女たちが、お互いに何かを話しながら笑っている。助けられてよかったとか、助けてくれてありがとうとか、これからは一緒にとか、聞こえてくるのは優しい言葉だけ。本人たちの善性が滲み出ているような、優しくて暖かくて、思いやりに溢れたものだけだ。


 それを見ながら、僕は一人で後悔に浸る。助けていれば、止められていた。したところで一時しのぎにしかならなかったかもしれないけれど、奏の体を少しでも危険から離すことができた。それをしなかったのは、よく知った子供たちに強くなってもらうため。何かあった時に、せめて自分たちの命くらいは守れる力を持ってもらうため。


 それを諦めていれば、僕は奏を守れたのだろうか。守れていたのだろう。温室の中で育てるみたいに、過保護に守っていれば、少なくとも僕がいる間だけは安全だった。


 あの子を守ることだけを考えて、ほかのことはまるっと無視して。そうしていれば、あの子だけは守れただろう。そうすればよかったと、心のどこかで考えてしまう自分のことが、ひどく汚いように思えた。同じような格好をしている少女たちと比べて、比べてはいけないほど汚く思えた。


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 愛をなくした悲しい黒板さん!(╹◡╹)

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