第28話 見慣れた転校生!?新しいおともだち!!

 もっとキュアキュアでわちゃわちゃな魔法少女になるはずだったのに……(╹◡╹)


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 少女に逃げられた伽羅と縁呪は、元々帰ろうとしていたこともあって、少し微妙な気持ちになりながら帰る。本来なら隣の家に住んでいたので、すぐ近くまで一緒に帰っていた二人だったが、伽羅が一人暮らしを始めてしまったこともあって、現在は帰宅方向が別々だ。管理局を出るところまで一緒に歩いて、そのあとはすぐに別れる。


 伽羅が今暮らしているのは、管理局から少し離れたところにあるマンションの一室だ。学校にもそれなりに近いところで、管理局が保有している建物の一つ。価値の高い兵器が家をなくして困っていたら、これ幸いと囲むのは当然のこと……という理由ではなく、単に職員向けの住居と言うだけである。ほかの人たちが支払っているのと同様、家賃は払っていた。魔法少女は高給取りなのだ。


 そのことを嬉しく思うでもなく、伽羅は自分しか居ないファミリー向けのマンションに帰る。3LDKでの一人暮らしはとても広々としたものだったが、少し前まで一部屋すら持て余していた伽羅にとっては孤独感が掻き立てれるだけだ。


 折りたたみ式のテーブルで、ほとんどわからない宿題を相手に頭を悩ませて、ご飯がやってくるのを待つ。本当なら一人暮らしの家でいくら待っていても食べ物などやってこないのだが、伽羅は魔法少女で、魔法少女のわがままを聞くことは管理局の仕事の一つだ。


 ゆっくり時間をかけて、ようやく半分くらい終わらせたところで、時計を見ると針は8と12を指している。そろそろだな、と伽羅が思うのとほぼ同時に、軽快な音を鳴らしたのはインターホン。管理局の建物に不審者が現れるなんて欠片も考えていない伽羅はすぐに玄関を開けに行き、やってきたご飯……を持ってきた二井を出迎える。


「遅くなってしまってすみません。資料の作成に少し手間取ってしまいました」


 一言目から謝る二井に対して、伽羅は気にしていないと伝える。それよりも大切なのはご飯だ。二井が持ってきた、管理局の食堂で提供されているご飯。自分で買いに行っても、なんなら食べてから帰っても良かったものだが、こうして持ってきてもらっているのには理由がある。


 その理由のために伽羅の夕食が遅れたからこそ二井は気にして謝っているのだが、ゆるふわな伽羅は本当にそんなことは気にしていない。それよりも大切なのは、やっとご飯が食べれるということ。ある時を境に食の喜びに目覚めた伽羅にとっては、晩御飯は欠かすことの出来ないものだ。無表情のまま二井を家の中に引っ張って、プラスチックトレーに入れられたご飯をレンジに入れる。


 温まるまでの間、頭をのんびり左右に揺らしながら待って、音が鳴るのと同時に取り出しテーブルに持っていく。そこで待たされていたのは、他に何も無い部屋で所在なさげにしている二井。その対面に座って、伽羅は両手を合わせていただきますをする。


 これが、伽羅がひとりでご飯を食べなかった理由だ。健やかな成長のために、可能な限り朝と夜は誰かとご飯を食べるという約束。こうして何も無い部屋とはいえ、一人暮らしを許すための条件がそれだった。


 しげるの家から出て、少し距離を置いて生活するということで、当初なら誰か信頼できる人のところで居候することになっていた伽羅が、おじさんが一人でいるなら伽羅も一人でいると言って聞かなくて、無理を押し切る形で始まった一人暮らし。貴重な魔法少女が栄養失調になってはいけないからと言う名目でつけられたのが、偶然ちょうどいいところに住んでいた二井である。以前からの仕事と、最近増えたものと、そこにさらに追加で任せられた伽羅のお世話は、普通なら断って当然なオーバーワークだ。少なくとも管理局の中でこんなに仕事が溜まっている人はほかにいない。


「伽羅さん、やはり、私と一緒に暮らしませんか?この部屋にあるものくらいなら、うちにあっても邪魔になりません。伽羅さんが気にするというのなら、寝る時だけここに戻ってきても構いません。やっぱり、こんなところで過ごすのはよくないと思います」


 それでも、二井が文句の一つも言わずにそれをしているのは、心配と贖罪の気持ちによるものだ。もともと、姉としたっていた人と、母のように、父のように思っていた人と別れることになった一因は、管理局にある。そしてそれは、子供たちに危険なことを任せるしかできなかった、大人たちの責任だ。そのことを気にしている二井は、表情に出せないだけで苦しんでいるはずの伽羅の助けになりたかった。少しでも、頼ってほしかった。


「伽羅は、今のままで大丈夫。二井さんのことは好きだけど、伽羅の家はここにはないから。家族のところに戻れるまでの間だけだから、心配いらない」


 けれど、そんな二井の思いを知ってか知らずか、伽羅の答えはいつものもの。こうして暮らすようになってから、何度も繰り返してきたやりとりだ。同じ説得を何度も繰り返すのは、場合によっては嫌気が差しても仕方のない行為だが、伽羅にその様子がないのは、二井の気持ちが正しく伝わっているからだろう。


 またもや振られたことに二井が内心気落ちしながら、二人は夕食を食べ終わる。そのあと少し、伽羅が宿題のわからなかったところを教えてもらうなどしているうちに時間は経って、二井は帰って言った。


 ドアの前で手を振りながらお見送りした伽羅は、静かになった部屋に戻らずにそのままお風呂に入る。ガス代なんて気にせずに、たっぷりお湯を使った贅沢な入り方。髪が湯船に入っても叱られることはない。お風呂に携帯を持ち込んでも何も言われないし、湯船に浸かりながら歯磨きをしていても、注意してくれる人はいない。


 とっても楽で、伽羅にとってはとてもつまらない環境だ。いくらいい子にしていても褒めてくれる人はいないし、いくら悪い子にしていても叱ってくれる人がいない。そうなれば、わざわざ悪い子にしている必要なんてないのだ。ちょっとは気が紛れるんじゃないかと思ってやってみたことだったが、どうやら伽羅に悪い子の才能はないらしい。


 お風呂でできる悪いことに飽きて、伽羅は上がることにした。髪は乾かさないと傷むからと結が教えてくれた通りにドライヤーをかけて、まだ使わなくてもいいと言われた化粧水をぺちぺちする。ただの真似っ子から始めたことだが、何度もやっているうちに伽羅はこの動作を気に入っていた。



 そのままこの日は眠ることにして、翌朝はわざわざ朝ごはんを作りに来てくれた二井に起こされる。まだ眠っていたかったけれど、いい子はちゃんと起きるものだと気合を入れて伽羅は起きた。起きて、カリカリに焼かれたベーコンと卵焼きのトーストをかじる。朝ごはんと言うよりも、ブレックファーストだなと、伽羅は糖分が回っていないせいで普段よりもゆるふわな頭で思った。


 もしゃもしゃとサラダを食べて、温かいスープを飲むと、次第に目は覚めてくる。多少周りが良くなった頭で、しっかり二井に挨拶をしなおせば、二井はもう出勤する時間だ。伽羅のお世話も仕事と言えば仕事なので遅れても全然問題はないのだが、真面目な二井は仕事が溜まっている現状に耐えられなかった。


 静かになった部屋で、二度寝してしまいたい衝動に駆られながら、伽羅はしっかりと学校に行く支度を進める。いい子にしていないと、一人暮らしを停められてしまうかもしれないし、一緒に学校に行く約束を縁呪としていたのだ。


 まっすぐ学校に行くのと比べるとだいぶ遠回りな道を通って、向かうのは少し前まで自分が住んでいたところ。正確にはその隣にある縁呪の家なのだが、場所としては何かが変わるわけではないので気にしない。


 元々は縁呪がいつも先に待っていたところにぽつんと立って待つのは、少しだけ寂しかったが、どうせすぐに出てきてくれるので気にしないようにする。考えれば寂しくなってしまうものであったとしても、考えなければ寂しくはならないのだ。そんなことを考えてしまっている時点で、伽羅は全然考えないでいることなどで来ていないのだが、ゆるふわな脳みそはそのことに気が付いていない。


 こうして待っている間に重が出てきて、お話できたらいいのにななんて思いながら待っていると、すぐに縁呪はやってくる。基本的に、約束の時間より30分早く来て待っているのがデフォルトの少女は、特に時間を決めていなくてもすぐに出てくる。


「伽羅ちゃん、おまたせ」


 今来たばかりだからほとんど待っていないと伽羅は返事をして、一緒に学校に向かう。何度も通って慣れた道だから、周囲を対してみていなくても今更迷うことはない。むしろ、マンションからここまで来ることの方が余程迷いそうだ。


 ポツポツおしゃべりをしながら歩けば、学校に着くのはすぐだ。真面目な縁呪に合わせて伽羅は教科書類の確認をして、何も忘れていないことを確かめる。忘れ物をしたところで貸してくれるような別クラスの友達はいないが、予め先生に伝えておけば何かしらの対処をしてくれるのである。そこで借りるという選択肢を取れないのが、コミュニケーションが苦手な伽羅らしいところであった。


「何かあったの?」


 少し普段よりも騒がしい教室に違和感を持って、クラスのお友達に聞いてみる。無表情かつ抑揚がなくて、さらにはコミュ力に欠ける伽羅ではあったが、クラスの中ではそれなりにお友達もいた。最初からこんなではなかったこともあるし、こうなってからは魔法少女であることで好意的に思われやすいこともある。


「あ、伽羅ちゃんおはよう!なんかね、うちのクラスに転校生が来るんだって。山本先生がちょっと困った顔してたの」


 伽羅の短い問いの、その中にこもった意図を正確に読み取って元気よくお返事をした少女は、特に伽羅を気に入っている少女たちの一人だ。二日に一回くらいの感覚で、お人形さんみたいでかわいー!と言いながらこっそり持ち込んだお菓子で餌付けを楽しんでは、先生に見つかって怒られている。


 少女の話を聞いて、担任の山本先生が困るのは何故かと伽羅は考える。転校生の対応が面倒だ、なんて理由で面倒くさがるような人ではないことを、伽羅はよく理解している。以前転校してきた自分に対しても、とてもよく親身になってくれた先生だったから、転校生が来ること自体は肯定的なはず。


 と、そこで伽羅は、自分たちのクラスが今の時点でもほかのクラスより二人人数が多いことに気がつく。元々のクラス割りで一人分多かったクラスに、転校生として自分が入ってきた。それで人数は二人多くなり、そこにさらに追加が来るとなるとその数は三人。クラス分けとして、だいぶ異質であることは伽羅にもわかる。


 となれば、山本先生の困りごとの原因は、ここにあるのだと伽羅は気が付いた。ほかの人たちはとっくに気がついているとか、そういう野暮なツッコミはなしだ。大事なのは、伽羅が自分で気がつくことができたこと。それだけでいい。


 そこまで気がついても、なんでだろうなぁーで思考が止まってしまう伽羅をよそに、クラスメイトたちは次々に集まってくる。時間はホームルームの10分前。部活動に入っていない学生の多くが、少し余裕を持って登校してくる時間だ。


 沢山挨拶されて、しているうちに伽羅は自分が考えていた内容を忘れてしまう。そのまま席に戻って、思い出したのは先生がやってきてから。


「えーっと、今日は皆さんに紹介する人がいます。ちょっと色々と複雑な事情があるので、皆さん混乱するとは思いますが、どうか仲良くやっていってください」


 普段と比べて、びっくりするほど歯切れの悪い山本先生がそう前置きをして、廊下で待機していた転校生に入ってくるように声をかける。おどおどしながら入ってきたのは、このクラスの、いや、この学校の人間ならば誰だって見覚えがあるはずの少女の姿。


「奏先輩?」「共田先輩?」「うそ」「でもあのリボン」「ほんとに?」


 クラスがざわめく。それもそのはず。転校生として紹介された少女の姿が、見知った先輩のものと全く一緒だったのだから。少し似ているだけとか、よく見たら違うところがあるとか、そっくりとかそういう言葉で誤魔化せるレベルではなく、同一だったのだ。そんなものを見て、驚かない方が無理というものだろう。


 大好きな家族にそっくりのその姿を見た伽羅も、クラスメイト同様驚く。けれどそれは他の子達とは少し違って、姿に関する驚きではなく、どうしてここにいるのかというもの。


「えっと、皆さんはじめまして。今日から転校してきました、福田ふくだ小幸さゆきです!慣れない場所で緊張していますが、お友達になってもらえたらうれしいです!」


「みんなも驚いたと思うけど、福田さんは今休学している2年の共田さんにそっくりですが、別人です。あんまり困らせるような質問はしないであげてね」


 共田というのは、伽羅の大切な家族たちの苗字。別人だと、山本先生は言っているが、それがある意味では正しくて、別の意味では全くの嘘であることを、伽羅はよく知っている。


 だって、その体は間違いなく奏のものなのだ。伽羅が一緒にいたのも、伽羅にたくさんのことを教えてくれたのも、暖かく抱きしめてくれたのも、その体で間違いない。それは確かに、奏の体だった。


 けれども、それが奏なのかと聞かれると、伽羅は違うと答えるだろう。自分にたくさんのことを教えてくれた奏の意思は、そこにはもうないのだから。話しているのも、体を動かしているのも、それは伽羅の知らない誰かだ。そんなものは、伽羅の知っている奏ではない。


 伽羅がちらりと隣に座る縁呪に目をやると、縁呪は伽羅の内心と一緒で複雑そうな表情をしながらその少女、小幸を見ていた。まさかこんなところで見ることになるとは思っていたなかった顔を前に、どうするべきかわからなくなっているのだ。


 何もなかったかのようにはじめましてと伝えるには、その体は大切すぎるし、かと言ってかつてのように接してしまうと、小幸は混乱するだろう。どちらにしても、普通に接することなどできないのだ。


「それでは、福田さんの席は後ろのそこなので、座ってください。伽羅さん、教科書の用意ができるまでの間、見せてあげてくれますか?」


 伽羅はこくりと頷いて返事をする。それを見て、山本先生は安心したように連絡事項を話し始めた。


「伽羅さん、で合ってますか?よろしくお願いします。仲良くしてもらえるととてもうれしいです」


 大切な家族によく似た人が、少し不安そうにしながら話しかけてくる。それを見て複雑な気持ちになるのは、仕方がないことだ。どうしようもないことで、変えようのない事実だ。


「うん。よろしく。あなたのことは伽羅が守るから、安心してほしい」


 けれど、それは必ずしも小幸にとって悪いものとは限らない。だって、どんな事情があれど大切な人の姿をしているものに、きつく当たれるわけがないのだから。ましてや本人には何も罪がなくて、被害者である。


 かつて何も出来なかった時に、自分を守ってくれた人が、同じ姿で目の前にいる。無力に成り果てて、目の前にいる。それだけで、伽羅が守らなければと思うのには十分過ぎた。返せなかった分の恩を代わりに返したいと思うのは、仕方がないことだった。


「えーっと、ありがとう?よろしくね!」


 それが代償行為に過ぎないものだとは、伽羅にもわかっている。そんなことをしても自分が求めているものは手に入らないとわかっている。けれど、それでも。伽羅は目の前で困惑している様子の少女を、守りたいと思ったのだ。守らなくてはいけないと、そう思ってしまったのだ。



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 次回!第29話 再び現れたワルイゾー!小幸の思い!


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