第27話 お見舞いと、知らないあの子

 沈香の匂いを辿って、インセンスは半分くらい瓦礫になっている街を歩く。自分たちが間に合わなかったから、守ることが出来なかった街だ。所々に散らばっている赤い痕は、少し前まで人間だったもの。自分に力がなかったせいで、助けることができなかった命たち。


 インセンスは、もともとあまり他人に対して興味がない。それは誰にも守ってもらえなかった過去の出来事も関係しているだろうが、既に気質として染み付いてしまっているものだ。インセンスが守りたいのは、自分の知っているだれか。関わりがあって、自分に良くしてくれる誰かだけ。それでも、少し前まで人だったものを見て、何も思わないような少女ではなかった。


 魔法少女なのだから、当然と言えば当然だ。人の死をなんとも思わないような倫理観では、魔法少女になることはできない。たとえ全員のことを助けられると思っていなかったとしても、多少の犠牲は仕方がないとわかっていても、何も思わないなんてことはできない。


 だから、“全員を守ろうとした魔法少女”程ではないと言っても、インセンスもそれなりに落ち込んでいる。落ち込みながら、けれども自分の今やらなければいけないことは悲しむことじゃないと考え直して、探し人の元へ向かう。幸い、目的の人物はインセンスの沈香の煙をたっぷり浴びていて、その居場所は筒抜けだった。


 カランコロンと下駄を鳴らしながら歩き、どうやってお話をするべきかと考えるインセンス。その歩き方は、普通の下駄であれば足が擦れてしまうものだったが、幸いインセンスは魔法少女である。魔物からの攻撃を食らっても、基本的には傷一つつかない体のおかげで、多少擦ってしまうくらいでは、全然痛むことはない。


 歩いて、考えて、ぼーっとする。そうしているうちに沈香はどんどん近くなっていって、一つの瓦礫をひょいっと持ち上げる。人が一人隠れてしまえるほどの大きさのそれは、普通の少女であれば持ち上げることなんて叶わないのだが、これでもインセンスは魔法少女だ。パワータイプではないとはいえ、それくらいは容易いものである。


「見つけた。いきなりいなくなっちゃうから、伽羅びっくりした」


 全く驚いていなさそうにこぼすインセンスだが、なんでいなくなっちゃったんだろう?くらいには思っていたので、嘘ではない。自分が今はイノセンス・インセンスであることも、魔法少女の正体は秘密にしておくように言われていることも考えず、いつも通り自分を伽羅と呼びながら話しかけると、探していた黒衣の魔法少女の手を掴む。



「いろいろと、お話したいことがあるの。あなたのこととか、たくさん教えてほしいし、伽羅たちのことも知ってほしい。あと、お友達になりたい」


 そんなことを言ったとしても、行動的には明らかにマイナスになっているのだが、他者からの拒絶に疎いインセンスはそのことに気が付かない。自分の行動が嫌がられている自覚がなく、本当に仲良くなりたいの一心で行動しているのだ。傍から見ると理解のできないものだが、インセンスにとってはその感覚が当たり前だった。


「さっきも言ったけど、私は魔法少女が嫌いなの。お話なんてしたいとは思わないし、もう一人の子のところに帰って私の体を戻すように言ってくれる?」


 ここまで言われると、さすがのインセンスも理解ができる。さっき嫌いと言われた時はあまり気にしていなかったけれど、こうやって一体一で面と向かって言われてしまえば、受け入れるしかない。インセンスはゆるふわ系ではあっても、すっからかんではないのだ。ちゃんとまごころを込めて接することさえすれば、理解できる余地がある。


 そのまま、気安く触るなと言われて、インセンスは少し悲しい気持ちになった。以前よくそう言われていたので、今更それくらいで傷ついたりはしないが、悲しい気持ちにはなってしまう。少女の心は繊細なのだ。


「離したらまた逃げちゃって話せない。おとなしくしてくれるなら離すけど、してくれる?」


 こんなふうに言われたし、言われた通りに話した方がいいかなと少し考えて、けれど自分がカースからお願いされていることを思い出す。この少女をカースの元へ、管理局の元へ連れていくのが、今のインセンスの役目だ。そうである以上、何も考えずに離して逃がしてしまうわけにはいかない。それでも無理やり捕まえるのは良くないなと思ったから、インセンスは逃げないでくれるか確認した。逃げないと言ったからといって本当に逃げないかなんてわからないのだから、するだけ無駄な質問ではあるのだが、インセンスはゆるふわ系だった。


「そう。でも離した方がいいんじゃない?だって、私は動けなくても魔法が使えるんだから、その気になったらあなたのことを魔物みたいに潰したり、振り落とす勢いで飛んでいっちゃうかもしれないんだもの」


 そんなゆるふわ系にかけられたのは、このまま触っていると危ないよ!という注意喚起。少々露悪的な物言いに、インセンスはよく知ったとある人を思い出す。自分が父のように思っている大切な人は、まれにこういう物言いをした。



「できるかもしれないけど、あなたはそんなことしない。だってあなたは魔法少女だから。誰かのために力を使うことはあっても、誰かを傷つけるための力を使うなんて、するはずがない」


 その言葉は確かに有り得るだろうと、インセンスは考える。得意ではないとはいえ、普段から多少なりとも物事を考えてはいるのだ。そんなインセンスが考えた結果出した結論は、この少女は口ではこんなふうに言っているけれど、実際にそれをする可能性はとても低いということ。


 本当にそれをできるのであれば、わざわざわ宣言して警戒させるのは無駄なことだし、何より本当にされたとしても、インセンスにはふわふわ浮く煙を出す線香、しゃぼんがある。一緒に射出くらいであれば、されたところでどうとでもなるのだ。


 そして、魔物みたいに潰すなんてことの方は、魔法少女であればするはずがない。魔法少女になれるものが、そんなことを実行するはずがないのだ。インセンスはそのことをよく理解しているから、全く警戒しなかった。


「そんなことよりも、伽羅はあなたと仲良くなりたい。魔法少女が嫌いって言っているのに、魔法少女をしているあなたのことを知りたい。伽羅にできることがあるのなら、助けになりたい」


 そして、警戒する必要のない相手ならば、インセンスにはこの魔法少女を放っておくことが出来なかった。魔法少女でありながら魔法少女が嫌いだという少女に、何があったのかを知りたかった。そして、かつて自分がそうしてもらったように、助けることができればと思った。


 もともと他人に興味を示しにくいインセンスにとって、不思議と心がひかれた相手。なぜかはわからないけれど、放っておきたくない。可能であれば、近くにいたい。インセンス自身、そこまでこの少女に引かれる理由はわからないけれど、どうしても気になってしまったから。


「話すようなことなんて、何もないよ。私の事情をあなたに知って欲しいとは思わないし、こんなふうに自由を奪われて親切の押し売りをされたって、ただ迷惑なだけ。薄っぺらい同情心ならよそでやって」


 けれど、少女から帰ってきたのは拒絶だった。自分の思いが全く届いていないのだとわかる、完全な拒絶。さすがにここまではっきり言われたらインセンスにも伝わり、インセンスは自分の行動が相手にとって迷惑だったのだと反省する。けれど反省するのと同時に、その言葉の否定、思いの否定だけは認めることが出来なかった。


「第一、こんなことをしてるのに本気で仲良くなれると思っているの?人の話を聞かないで、一方的に拘束して、逃げても追いかけてくる。仲良くなろうとしてるならもっと別のやり方があるでしょう」


 だって、それの否定はインセンス自身だけではなく、インセンスにとってとても大切な人達を否定することになるから。そういう考え方があると理解こそできても、それに対して納得して、共感することは出来ない。けれど、少女の言葉が少しキツめな物言いでこそあれど、間違ったことを言っていないのは認めるしかない。


「……伽羅、お友達ほとんどいないからわからなかった。嫌がっているのに気付けなくてごめんなさい。でも、やっぱり伽羅はあなたと仲良くしたい。あと、場所がわかったのは煙の匂いが付いていたから、それを追いかけてきた」


 だからインセンスは、ひとまず謝ることにした。悪いことをしたらちゃんとごめんなさいをする。インセンスは頭がゆるふわ系だが、その分同年代の子供たちと比べれば素直だった。自分が悪いと思ったらちゃんと謝れるし、謝ることに対して変に抵抗を感じることもない。だからちゃんとごめんなさいをした上で、もう一度仲良くなりたいと伝える。言葉の上では先程までと一緒だが、これまでのそれが願望だったのに対して、今のそれに込められているのはお願いだった。抑揚のないしゃべりかたのせいで全然伝わっていなくても、インセンスの中では全然違った。


「あなたの気持ちはわかった。でも、お願いだから今はひとりにさせて。今は、誰とも話したくない気分なの」


 違ったから、インセンスは少女の思いを尊重することにした。もともと、一緒に戦いたいとか、管理局について来てほしいとか、それらは全部自分たちの都合だ。そう思っていることに変わりはなかったとしても、ゆくゆくはやはり仲間になろうと思っていたとしても、こんなふうに言われてしまえば、インセンスにはそれを拒絶することができない。大切な人から離れることを決めたのと、同じ言葉だったから。今のインセンスにはまだどうしようもないと理解できるものだったから。


 だからインセンスはまたねと言って手を振ると、少女の元を去る。おともだちになりたい、というゆるい気持ちは、助けになりたいという少し締まった気持ちに変わった。変わったからと言って行動に変化があるわけではないのだが、それでも変わったのだ。


 動けない少女をその場に残してカランコロンと歩き、置いてきたカースの元に戻る。一人で帰ってきたインセンスを見て、ダメだったかとカースは少し気落ちしたが、話を聞いたらそれなら仕方がないとあきらめた。


 そしてカースもまた、少女のために何かできることはないかと考える。一人でいたい少女にとっては迷惑かもしれないとわかっていても、そんなふうに助けが必要そうな相手の前で何も行動しないなんて、魔法少女たちにはできなかった。特にカースは、お人好しのお節介焼きなのだ。


 そのまま魔法を解いて、やっと動くようになった体でカースは管理局のお迎えを待つ。お迎えと一緒に帰った時に、二井からいきなり変なことしないの!と怒られることになるのは、まだ知らない。事を荒げたくない魔法少女を相手に、初手から拘束をかましたカースに対して、管理局は少し怒っていた。




 管理局でのお説教が終わって、次の日。縁呪と伽羅はいつも通り学校に通っていた。幸い、昨日の災害は放課後に起きたこともあって、授業の内容が途中で抜けるということも起きていない。そもそも授業の内容にあまりついていけていない伽羅からしてみると大して違いがないのだが、縁呪にとっては大きな問題だった。


 大事な授業を終えて、縁呪と伽羅は珍しく二人揃ってお見舞いに向かう。元々はいつも一緒に行動していたのだが、最近はそうする機会が少なくなっていた。親友である縁呪のことが大好きな伽羅にとってはとても寂しいことだが、そうすることを選んだのは伽羅であったので、それについては我慢するしかない。以前のように隣の家に暮らしていれば、こんなことになることもなかったのだが、家を出ると決めたのは伽羅だ。


 けれどその分、一緒に行動しているあいだの嬉しさは倍増だ。伽羅はきっとこの場では縁呪くらいにしかわからない上機嫌を隠そうともせずに結の眠る部屋に向かい、お見舞いをする。


 お見舞いとは言っても、伽羅たちができる何かがあるわけではない。ただ寝顔を見つめて、届かないとわかっている言葉を話すだけ。本質的には、お見舞いと言うよりもお墓参りの方が近いのだ。ただそこに体があるだけで、意思と呼べるようなものは何も宿っていない。それでも二人がしょっちゅうここに来てお見舞いをするのは、それだけ結のことを大切に思っていて、現状を受け入れられなかったから。それ以上の意味なんて、そこにはないのだ。


「おばさん、伽羅、またおばさんのハンバーグが食べたい」


 届くことのない言葉は、自己満足。それでも、たとえ自己満足であっても言わなくてはならない言葉が、伝えたい言葉がたくさんある。きっとこの先も、伽羅は何度も同じことを言うだろう。大切な人を失うなんてことは、そんなに簡単に乗り越えられることではないのだから。


 しばらくそうしていて、30分も経過していることを理解した二人は、いつまでもそうしているわけにはいかないと立ち上がる。多忙な学生にとって、やらなくてはならないことはいくらでもあるのだ。どれだけお見舞いを大事にしていたとしても、それは他のことを蔑ろにする理由にはならない。してもいいかもしれないが、それをしてしまうと結が目覚めた時に怒らせてしまうだろう。伽羅は、それはいやだった。


 だから切り上げて帰ることにして、不意に扉の前にいる誰かに気が付く。管理局のスタッフであれば、伽羅たちがいたとしても気にすることなく入ってくるだろう。そしてそれはおじさん、しげるであったとしても、きっと変わらない。この場所に入ってこれる時点で結の関係者か管理局の関係者なのだから、わざわざ自分たちがいるからと言って気を使う必要なんてないのだ。


 ということは、この扉の向こうにいるのは、そうではない誰か。管理局にいる以上身元が保証されているのは間違いないのだが、だとすると尚更入ってこない理由がわからない。伽羅は少し警戒しながら、その誰かにバレないように扉に近付く。


「ぴゃあっ!」


 ガラガラっ!と、スタッフさんに怒られそうなくらい勢いよく扉を開けると、そこに居たのは見覚えのある少女。伽羅は危うく安心しそうになって、目の前の小動物みたいな鳴き声を上げたその子が自分の知る人物と一緒ではないことを思い出す。


 いたた、と床にぶつけたおしりをさすりながら、恐る恐るこちらを見つめる少女は、伽羅たちがお見舞いに来ていた結にそっくりだ。それもそのはず、二人は血の繋がった母娘なのだから。


 当然、伽羅もこの少女とは面識があったし、仲もとても良かった。全て過去形ではあるが、姉のように思って慕っていた。


 けれども、それはあくまでこの少女になる前の少女だ。今のこの子のことは何もと言っていいほど知らないし、向こうからすれば伽羅はほとんど初対面の相手。一応、一度顔を合わせたことはあるのだが、覚えられているかは不明だ。


「あ、あの、私怪しいものじゃないんです。お見舞いに来た方がいいかなって思って、でも来ていいのかわからなくて、その……ごめんなさいっ!」


 少女、小幸さゆきはいいわけのようなことをすると、立ち上がってぴゅーっと走り去る。遠くなっていく後ろ姿と、廊下で走らない!と怒るスタッフさんの声。伽羅はどうすればよかったかわからなくなって、困った。


「今のって、奏の声よね?」


 ちょうど伽羅の影になっていて見えなかった縁呪が、声で正体を察して、念の為確認する。それに対して伽羅が言ったのは、奏だったけど奏じゃなかった。という一言。


「縁呪、伽羅、逃げるほどこわい?」


 ああ、確か小幸さんだっけと思い出した様子の縁呪に対して、伽羅が気になったことを質問する。これまで、あんなふうに逃げられた経験のなかった伽羅にとって、今回の経験はとても衝撃的だった。まさか逃げられるとは思っていなかったので、ちょっとショックだった。


 そんなにこわいかな、と自分の頬をむにむにする伽羅。まるで驚かせるためみたいな扉の開け方と、そのあとの無表情ガールのことを考えると、びっくりするのも仕方がないなと縁呪は思う。思うけれども、逃げたのは別の理由じゃないかなぁと、先日のことを思い出した縁呪は考えた。


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次回!第28話 見慣れた転校生!?新しいおともだち!!


みんなのハートをキャッチだよ!

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