第26話 圧倒的な強さ、フューリー・グラビティ!
仲良くなることだけ考えてください、と言われた伽羅と縁呪は、色々なパターンのシチュエーションを考えてみたが、思いついたのはあまりよろしくない方法だけだった。しかも、実際に考えていたのは縁呪だけである。伽羅の軽量級ゆるふわ脳みそでは、お話しする!くらいしか案など出てこなかったのである。諦めた縁呪が一人で考えてしまうのもやむなしだ。
むむむと学校でも悩んでいる縁呪と、その横で何を考えているのかわからない、何も考えていない顔をしながらそれを見ている伽羅。多少勉強を教えてもらって、授業についていけるようになったとはいえまだまだスカスカだ。
伽羅ちゃんももう少し考えてくれるといいんだけどなぁと思いながら、目の前の真っ白頭の少女にまともな作戦を考えることなど無理だとわかっている縁呪は、もう少し頭を動かす。伽羅とは違って中身が詰まっている縁呪は、ひとまず捕まえてからあとを考えよう!なんて蛮族ムーブはまともじゃないと理解できているのだ。
けれど、様々な要因を考えたらそうするのが一番早くて、確実に思えるのもまた確か。自分が遭遇した時の様子だと、人と関わるのが嫌そうだった。そんな子に対して積極的に絡みにいくのは控えめに言って嫌がらせにしかならないのだが、自分たち魔法少女が嫌われるわけないと自信を持っている縁呪はそれに気が付かない。魔法少女というものは、ほぼ無条件に周囲から好感を持たれる“運命”にあるのだから、自分たちが嫌われていると考える方が難しいのだ。
それに、縁呪の視点では管理局はとってもいいところである。名前だけ見るとこわそうで、ちょっと硬い組織のように思えるが、実際のところは魔法少女を助けるための組織だ。学校を休んでもサボりにならないし、お賃金までもらえる。中学生が合法的かつ世間に褒められながらお金を稼ぐ、唯一の手段である。
そんな素敵なところである管理局だ。一度無理やりにでも連れてきてしまえば、きっと気に入ってくれるはずなのである。少なくとも相手が凡そまともな少女であって、魔法少女になる素質があるのなら間違いないと、縁呪は考えていた。
それならやっぱり、無理やりにでも連れていくのが一番だ。この間の災害の時みたいに、魔物の相手をするのであれば、きっとこれからも何度か遭遇する機会はあるはず。もしなかったら、その時は素直に管理局の大人たちに任せておけばいい。そしてもしその機会があれば、自分の魔法なら簡単にどうにかできるという確信が縁呪にはあった。縁呪の、カースの魔法は魔物と戦う時よりも、相手が強くて少ない時に光る魔法なのだ。
そこまで決めてしまえば、縁呪を止めるものは誰もいない。管理局の大人たちに作戦を伝えてさえいれば、そういう乱暴なのは良くないよと止めてもらえたのだろうが、残念なことに縁呪が話したのは、お話したい!くらいしか考えていないゆるふわ系。自分にできない発想を褒めることはあれど、否定することなどしない。
そんな不幸の積み重ね、というにはあまりにも喜劇的だったが、そんなもののせいでまだ名前もわからない魔法少女は拘束プレイを課されることが決まったのだ。
いい考えも出たところだし、一緒に帰ろうとしたところで、伽羅が家に忘れ物をしたから取りに行かないといけないと言うので、縁呪は一人で先に戻る。見知った家であるので、どうせなら自分も行こうかと思ったが、あまりおじさん、
一人で放課後を過ごすことになり、魔法少女ではない普通の友人と遊びに行く気にもなれなかった縁呪は、一人で結のお見舞いに行くことを決めた。自身の伯父であるユウキが、目を覚まさないと言っていたのだから、きっと行っても意味が無いことはわかっていても、お見舞いには行きたかった。
まだ縁呪が幼い頃から、家族みたいにかわいがってくれた結に対して、縁呪がしてあげられることは何もない。専門のスタッフが面倒を見ている体は清潔に保たれているし、体勢を変えられたり、筋肉へ刺激を与えたりもされている。
普通なら、起きないだけで意識がある可能性にかけて話しかけたりするものなのだろうが、結に関してはそれすら望めないのだ。よくわからない装置で奪われてしまった魂がなければ、人は抜け殻になってしまうのだと言う。脳みその存在を知っている縁呪にとっては、魂とかいうよくわからないものがなくなったところで、どうして人が目覚めなくなるのかなんてわからない。わからないが、魂を入れ替えられたことで中身まで変わってしまった人を見たことがあるので、その存在は信じていた。
何をするでもなく、ただ眠っている顔を見る。縁呪にとっては、自分の本当の親よりも見た顔だ。一緒に住んでいるはずの親よりも見た、大切な家族。そんな人の顔を見ていると、また声が聞きたくなる。そのまましばらく楽しい思い出、優しい思い出に浸っていると、いつの間にかベッドの脇には横に人が増えていた。
「伽羅ちゃん!?」
普通に音を立てながら入ってきたのに、全く気付かれることなく親友にビクッとされた伽羅は、少し悲しくなりながら自身も結の手を握る。何かの間違いで起きてくれないかと思いながら、握ったその手はひんやりとしていた。
ちゃんと忘れ物をとってこれたのか、縁呪が伽羅に聞こうとしたタイミングで、突然2人のポケットからけたたましい着信音がなった。ここが普通の病室で、その音がただの着信でしかなければ、間違いなく厳重注意、下手したら出禁になりかねないレベルの騒音。
驚いた職員が駆け込んできて、その場にいた縁呪と伽羅を見て納得したように頷く。管理局の職員は当然管理局の人間なので、魔法少女たちの正体は知っていた。合法的に魔法少女の正体をいち早く知れることもまた、管理局が就職先として人気な一要因なのだから当然だ。
職員に急かされながら、二人は建物の真ん中に向かう。もちろん着信には一度出て、携帯電話は静かにしてからだ。そうじゃないと、耳が痛くて急ぐ所ではない。
沢山急いだ先で、待っていたのは指揮官の二井だ。ちょうどすぐ近くにいたので直ぐに集まり、少しでも被害を減らすために頑張らないとと二人は焦る。
「慌てているところもうしわけありませんが、二人はしばらく待機してください。今回の災害の規模は、あなたたちだけで解決できるものではありません」
大慌の二人にかけられたのは、表面上冷静さを保っている二井の声。子供の前だから不安にさせないようにと気を使ってのものだが、少し落ち着いて観察してみれば冷や汗が吹き出しているのは一目瞭然だ。
実際のところ、内心では二人よりも焦っている二井である。つい先日、魔法少女を一人失うという失態を晒したばかりの管理局で、災害に対応できる戦力は揃っていなかった。無理をして、遠くにいる魔法少女たちを呼ぶことができれば、さすがに何とかなるだろうが、そうするにしても生半可な人員では犠牲者が増えるだけである。だから下手な魔法少女は呼べないし、目の前にいる二人の魔法少女はその下手な方に分類されるから、目の前で待機させておかないといけない。今回の事態には対応できないとはいえ、貴重な魔法少女。投入すれば雀の涙程度の時間稼ぎくらいにはなるだろうが、そんなものの為にこんなところで失うわけにはいかないのだ。魔法少女一人の命は、一般人十万の命に勝る。
だから、無理だとわかっていて魔法少女を向かわせることはできない。十分な戦力が揃うまでは、座して待つしかできないのだ。
幸いなことに、魔法少女がある程度集まれば、どうにかなるだけの見込みはあった。多くの場合殲滅能力が高い魔法少女は持久力に欠けるのだが、今管理局にはそれを補える魔法少女、イノセンス・インセンスがいる。魔物の弱体化と、魔法少女の回復、強化など、サポーターとして必要なものはほとんど揃えているのがインセンスだ。それに、カースが用意する人形を使えば、普通なら致命傷の傷でも軽減することができる。
正面で戦えるものさえいれば、十分な戦力になったのだ。もう一人いて、その魔法少女が戦闘タイプであれば、3人1緒に行動する前提であれば、対応に向かわせることもできた。街を覆う大群を相手に、時間稼ぎではなく露払いを任せることができた。それだけのシナジーを生むだけの素養があって、よりにもよって管理局は、戦闘タイプの魔法少女、エンパシー・シンフォニーを失ったばかりだった。
その事を理解していたから、二井たち管理局の人間は黙り込む。そのことを察したから、縁呪は何も言えなくなる。
「シンフォニーが、奏がいたら、戦えたのに」
言葉を話せたのは、難しいことを考えられないゆるふわ系だけだ。ふわふわな頭で、思ったことを何でも口にしてしまえふ少女だけだ。
お通夜みたいな空気が流れる。みんながみんな、自分の力不足をわかっていたから。自分たちにできることはなにもなくて、ただ増援が来るまでの間、少しでも犠牲が少なくなるように祈っていることしかできないから。
そんな空気を払拭したのは、一人の職員の言葉だ。街が魔物に襲われているのを見ながら、助けにいける時のために少しでも情報を集めようと、無辜の人々が犠牲になっていく姿を見ていた職員は、あることに気がついて声を上げる。
その魔法少女が見つかったおかげで、ほんの少しだけ、その場に希望が宿った。まだ現場に着いただけで、何もしていないように見える魔法少女だが、その少女はとても珍しいことに宙に浮いていたのだ。空を飛べるのであれば、多くの魔物からの攻撃は避けられるし、もし攻撃手段を持っているのであれば、安全な場所から少しづつでも魔物を減らすことができる。
その事実に、小さい希望が点って、それはすぐに大きく燃え広がる。ただ浮いているだけの少女が現れてから、そこかしこで魔物が急死するようになったのだ。
そのペースは、どんどん上がっていく。最初の方は、数体ずつ。そして次第に何体も続けて潰れるようになっていき、最終的には世界の裂け目から降ってくる量程ではなくても、かなりのハイペースで減らしていくようになる。
「二井さん!これなら!」
「伽羅たちも」
自分たちも向かいたい!という魔法少女二人の要望に対して、二井は少し迷う。確かに、映像に写っている黒衣の魔法少女は強力だ。たった一人で戦っていてこれなら、サポートに向いている二人を向かわせて、手伝わせることが出来れば、そのペースはもっと早まるかもしれない。そうなったら、きっと多くの命が、命だけでなく、家財や暮らしも、助かることになるだろう。
「少しでも危険だと感じたら、すぐに切り上げて戻ってきてください。目の前で助けられそうな一つの命よりも、あなたたちの命の方がずっと重いんです。そのことを、絶対に忘れないでください」
管理局は、色々な側面があるとはいえ、魔法少女を支えたいという人達の集まりだ。それは魔物を倒すことだったり、疲れを癒すことだったり、その利益を世間にひろめるためだったりと、色々なものがあるが、共通しているのは人間のために何かをしたい人だということ。
そんな人達の前に、安全性が保証されているかもしれなくて、多くの人のことを助けられる手段が用意されたとしたら、どうするかなんて火を見るよりも明らかだろう。伽羅と縁呪は二井から渡された通信機を持って、管理局の目の前に停められた緊急車両に乗り込む。
けたたましいサイレンを鳴らしながら進む車の中で、二人は掴んだまま持ってきた通信機をセットする。本当はシートベルトをつけないといけないのだが、今はそんな暇すら惜しい。
“魔法少女イノセンス・インセンス、カオス・カース。あなたたちの変身と戦闘行為を、管理局の名のもとに許可します。以降あなたたちの全行動の責任は管理局が持ちます。少しでも多くの人が助かるために、ご尽力ください”
通信機越しに聞こえたのは、冷静さを取り戻した態度でいつも通りの口上を述べる二井の声。まるで自分は最初からこうでしたみたいな声を出しているが、本当は誰よりも慌てていた責任者である。
二井の許可を聞いて、二人はそれぞれ自分たちの妖精を呼び出す。本来なら現地についてから変身するべきなのだが、今回は一人で先に戦っている魔法少女のことがあったので、移動中に変身を済ませておきたかったのだ。
「「マジカル、オルタレーション!!」」
シュッとライターに火をともした伽羅が、薄緑色のそれを自分の身体に移す。全身に燃え広がった火が、揺らめいて、形を帯びていく。一枚の布のように伸びて、伽羅の体を包む。胴体を包んでいた火が消えた時、そこに残っていたのは下に行くにつれて色が濃くなっていく緑の浴衣。真っ白だった髪はくすんだ灰色に、瞳の色は輝かんばかりのオレンジ色に。
「紡ぐ想いは香りにのせて」
ふんわりと周囲に白煙を燻らせ、全方位を壁に囲まれた車の中にそれが充満する。運転席と完全に隔離されている特殊車両でなければ、これだけで大事故だ。自らの全身から発せられる沈香の香りにむせそうになりながら、伽羅はそれを払って煙を拡散させようとして、車の換気を待つ。
「イノセンス・インセンス!」
今はただ、一人で戦っている少女をそのままにしたくなかった。一人じゃないのだと、自分たちがいるのだと伝えたかった。
「みんなの想いは、わたしが守る」
手に持った五寸釘を嫌そうに握りしめて、縁呪はそれを自らの心臓に突き刺す。うっと小さく嗚咽を漏らして、そこから出てきたのは真っ赤な液体……ではなく、粘性の高い紫色の流体。液体とも気体とも判別しがたいそれは縁呪の体を這うように広がる。
「繋がる縁は世界とともに」
ゴポリと音を立てながら膨らんだそれが弾ける。あふれ出てきたのは、毒々しい紫のドレスに包まれた、この歳にしては長い手足。インセンスの白煙と混ざるように紫の気体を撒き散らし、辺りをいるだけでダメージを喰らいそうな空間に生まれ変わらせる。真っ白だった視界に紫が混じった。この車から換気された空気は、周囲からは大層異質に見えていることだろう。変な煙を吹きながら爆走する緊急車両、一般人なら避けるのは間違いない。
「カオス・カース!」
守るための力なのに、自分たちだけではそれすら許されなかった。支える力なのに、誰かがいないと無力だった。失った人の、かけがえのなさを改めて噛み締める。
「終わる時まで、おいてかないで」
変身を終えて、現場に着くのはまだかと焦る。焦ったところで、緊急車両よりも早く走れるわけではないのだからやれることは大人しく待っているだけだ。待ちきれなくなったインセンスが後でばらまくための沈香を袖からボトボト落としているが、できることなんてせいぜいがその程度である。
そのまま暫し車に揺られて、目的地、災害の端にたどり着いたのは数分後。そこにいてもスクラップになるだけの緊急車両は二人の魔法少女をその場に残すとすぐさまUターンして帰っていき、インセンスは先程から出していた沈香の香をまとめて焚く。狼煙でもあげているみたいに、周囲からみやすい白い煙が立ちのぼる。
現場に着いたはいいものの、インセンスにもカースにも、件の魔法少女にそのことを伝える方法はない。魔法少女であるのだから、こちらが出向けばきっと気がついて来てくれるだろうという、楽観的かつ希望的な想定に基づいていて、“助け合い”がないなんてことは一切考えていない。魔法少女というものはそういう生き物なのだから、当然と言えば当然である。
そしてそんな想いに応えるように、空から降りてきたのは黒衣の魔法少女。名前もわからない彼女だが、一つだけ確かなことは味方だということと、協力し合える相手だということ。
「危ないですから、早く逃げたほうがいいですよ。あなた達の力じゃ足手まといになるだけなのはわかるでしょう?」
……協力し合える、相手のはずなのだ。たとえどれだけ近寄り難い雰囲気を発していたとしても、魔法少女同士が協力できないわけがないのだから。
「こんにちは。心配してくれてありがとう、でも、伽羅たちも一緒に戦う」
確かにいきなり押しかけた自分たちも悪いけど、そんな言い方はあんまりじゃないかと思ったカースに対して、何も考えていないゆるふわ系は心配されただけだと理解して返事をする。
「それに、あなただけに任せて何かあったら、悔やんでも悔やみきれない。自分のせいで誰かが犠牲になるのは、もう嫌だから」
続けられた言葉で、少女が一気に不機嫌になったのを、カースは汲み取った。仲良くならないとなのに、いきなりしっぽ踏んでる!と、頭を抱えたいのを我慢した。
「二人共っ!もう魔物が来たみたい!話はあとにして今は協力しましょう!」
ここから仲良くなるって普通なら無理なんじゃないかなと思いつつ、ひとまず矛先を逸らせる相手を見つけて、カースは内心安堵しながら藁人形を踏み潰した。魔物が現れたことに感謝をするなんて、カースの人生の中で初めてのことだった。
「破邪の香、沈香。送りの香、白檀」
その言葉を聞いて、直ぐに動き出したのはインセンス。追加の線香を取り出して、やってくる魔物たちに片っ端から飛ばしていく。対照的に全く動きを見せないのは黒衣の魔法少女。その様子を見てカースは、ひょっとして機嫌を損ねて助けてくれないの!?と思ったが、すぐに全く動かずに魔物を倒していた映像を思い出し、自分の出来ることに集中する。
本当なら、カースが1番にやりたいことは、魔法少女の髪の毛をもらって身代わり人形を作ることだ。そうすることで、この魔法少女に何かがあったとしても助けられるようになり、貴重な魔法少女を危険から守ることができる。
なのだが、件の魔法少女は現状、なぜか管理局に対して好意的ではない。普通に考えたら有り得ないことなのだが、実際に起きてしまっている以上認めるしかない。事情を丁寧に説明しているような暇なんてないし、あったとしてもきっと逃げられてしまうから。
絶対連れて帰ろう、ふん縛ってでもこちらの話を聞かせて、協力しなくても身代わり人形だけは持ってくれるように説得しようと心に決めながら、カースは無心で藁人形を踏みつぶす。そろそろ足が疲れてきたので、踏むのは終わりにしたかった。魔法少女になったことで元の一般女子中学生と比べれば格段に体力があるとはいえ、それでもずっと地団駄を踏んでいられるほどではない。ましてや、人々が怨念を込めて丈夫に作った藁人形は、踏み潰すことすらそれなりに体力がいるのだ。
そんなカースの苦労なんて見えていないかのように、黒衣の魔法少女はただ立っている。もちろん、本当にただ立っているわけではないのは、カースにもわかっている。映像でのものもあるし、あれだけ映っていた魔物たちが、ここまで来る量が異常な程少ないのだ。これしか目に入らない程度の数であれば、管理局が二人を止めることもなかったほどに。
だから、ちゃんとやることをやっていることは、むしろ自分よりも働いているであろうことは、カースにだってわかっているのだ。わかっているからといって不平感を覚えないかといえば、またそれは別の問題であるのだが。
表情が変わらないせいでわかりにくいが、実は結構疲れているインセンスと、藁人形を踏んだり蹴ったりもいだりして疲れ果てたカース。二人の体力が切れるよりも少し前に、少しずつ減っていった魔物が、ついにいなくなる。彼誰時に染まっていた空が、普段のものに戻ったのがその証拠だ。それを見分ける手段として使っているため、時間次第で終わりがわからないことを除けば、一目でわかって楽である。
「そちらの事情は知らないけれど、このまま逃がしてあげるわけにはいかないの。来ればきっと気に入るから、おとなしく管理局にまでついてきてくれる?」
そして、終わったことがわかったのであれば、カースにはどうしてもしなくてはならないことがあった。そう、お話である。しっかりと話して、せめて身代わり人形だけでも受け取ってもらわないといけない。そして、作るのに多少時間がかかるので、それまでの時間つぶしとしても、それ以外の用を話すにしても、一度連れて帰るのが一番だった。
まず逃げられないように、カースは黒衣の魔法少女の動きを止める。本当なら“呪い”の触媒となる何かが必要なのだが、自分自身を媒介にするのであれば、カースにはその制限はあってないようなものだ。誰にでもかけられるそれはとても便利なように思えるが、相手に強制したそれと同じものが自分にも降り注ぐという欠点もある。
本来なら一体の強い魔物を相手に、一時的に動きを封じることで攻撃の不発を誘うとか、相手の動きをタイミング良く阻害することで戦うためのもので、魔法少女の拘束に使うようなものではない。けれど、止めなきゃいけない人がいて、自分の代わりに動いてくれる仲間がいるのなら、この魔法の一番の使い時は今だ。
「大丈夫、管理局は魔法少女にやさしいから、嫌なこととかは何もされない。身元の確認と、魔物と戦ったときのお給料の話をするだけ。あと、お話して仲良くなりたい」
相手の魔法少女の安全のことまで考えているカースに対して、学校で聞いた話くらいしか覚えていないで、自分の気持ちを伝えることを優先するのはインセンスだ。無表情のまま両手をこちょこちょと動かすのは怖いからやめてほしいと、カースは思った。
「確認できるような身元なんて私にはありいませんし、
動きを封じたらこちらのものだから、後はどうとでもなると思っていたカースの予想とは裏腹に、黒衣の魔法少女はそんなふうに言って、とても冷たい目で二人を見ると、そのままどこかに飛んでいってしまう。魔法の行使も止められればよかったのだが、それをしてしまうと自然とカースの魔法も使えなくなる。そうなってしまえば、魔法の効果は解けてしまうので、結局拘束も解けてしまう。魔法少女の拘束なんてほとんどしたことがなかったせいで、魔法のことを考えていなかったカースの失態だ。
「たぶんそんなに遠くには行ってないと思うから、伽羅、ちょっと探してくる」
逃げられちゃったし、素直に魔法を解くべき?それとも探すべき?……どうしよう!?となっていたカースにかけられたのは、何を考えているのかわからないインセンスの声。もし探しに行くのなら、カースはこのまま動けないわけだからインセンスの申し出はありがたい。けれど、大体の方向しかわからないし、そこから方向転換していないとも限らない魔法少女を、ひとりで広い街跡から探し出すのは至難の業だ。
「大丈夫。あの子、伽羅の沈香いっぱい浴びた。匂いがついてるから、どこにいるかはすぐわかる」
一人じゃ無茶だから、応援を呼ぶべきか、諦めるかを選ぼうとしたカースに対して、インセンスが伝えたのはそんな事実。確かに、カースの魔法だって、呪いをかけている相手の居場所は何となくわかるのだ。逆に相手からもわかってしまうだろうから、一方的に探知することはできないが、それでもなんとなくの方向はわかる。
それであれば、インセンスの線香に似たような効果があったとしても、何も不思議ではない。そして、魔法少女の魔法によるものであれば、きっとただの匂いよりも正確に場所がわかるだろう。
そこまで考えて、カースはインセンスにお願いすることにした。
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次回!第27話 お見舞いと、知らないあの子
みんなで幸せゲットだよ!!
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