第25話 黒い魔法少女、あなたはだあれ?
プリキュアが教えてくれたこと!鈍すぎるくらい鈍い子がいてもいい(╹◡╹)
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これまで守ってくれた重と離れて暮らすことになってから、伽羅は慢性的に居心地が悪かった。
自分が、自分たちがしてしまったことが間違っていたとは、伽羅は思わない。あの時に考えられた選択肢の中では、ああするのが最善だと思っていたし、今になって考え直してみても、あれが当時考えられる最前だったのは間違いない。
あの時は、そうするしかなかったのだ。そうすることでしか被害を食い止めることができなくて、実際に解決することには成功した。それが伽羅たちの考えていた最善の結果とはかなり異なったと言うだけで、言い渡された役目は果たしたのだ。
だから、自分たちのことを恨むのは筋違いだと伽羅は思うし、恨むべきものがあるとすれば運用された
そこまでわかっているにもかかわらず、伽羅がずっと同じことを考えてしまうのは、ひとえに寂しかったからだ。自分に温かさを教えてくれた姉代わりを失い、母と呼んだ人は覚めない眠りに落ち、父と呼んだ人は心を閉ざした。いつも温かさに溢れていた家は閑散と静まり返り、大切な家族はバラバラになってしまった。
それが悲しいから、考えてしまうのだ。もっと上手くできなかったのかと。みんな助けて、あの幸せを続けることはできなかったのかと。
「伽羅ちゃん、考え事ばっかりしてないで、集中しないと!もう奏はいないんだから、あたしたちだけでみんなを守らないと!」
もう何度目かもわからない思考のループに再びハマりそうになっていた伽羅を止めたのはもう一人の姉のように思っている親友で、一緒に魔法少女をしている
発破のはずがかけられた側もかけた側も、思い出して悲しくなるという真逆の結果を残しながら車に揺られていると、少しして車が止まる。目的地になっていた、災害の現場に到着したのだ。
“魔法少女イノセンス・インセンス、カオス・カース。あなたたちの変身と戦闘行為を、管理局の名のもとに許可します。以降あなたたちの全行動の責任は管理局が持ちます。少しでも多くの人が助かるために、ご尽力ください”
車から降りて、邪魔にならない特殊な通信機を耳につけると、聞こえてきたのは何度も聞いた声。元は魔法少女補佐官で、そこから繰り上がりで指揮官になったオペレーターの二井の声だ。いつもと同じ言葉に、一つだけいつもあった名前が減っていることに、伽羅と縁呪は言葉にできない寂しさを覚えた。
けれど、そんな気持ちになったとしても、魔法少女として行動するとなれば、当然切り替えなくてはならない。人命に関わることをするのだから、少なくとも作業中はそのことに全意識を注ぐ。その教育を思い出した二人はオペレーターに元気よく返事をして、気を引きしめる。
「来て、ライターン」「おいで、ゴッスン」
二人が胸に手をやってなにかに声をかけると、それに呼応するようにそこが光り出す。眩い光を突破って出てきたのは、安っぽい緑色のライターと、さびた五寸釘のデフォルメキャラ。伽羅のパートナー妖精であるライターのライターンと、縁呪のパートナー妖精である五寸釘のゴッスンだ。
「「マジカル、オルタレーション!!」」
シュッとライターに火をともした伽羅が、薄緑色のそれを自分の身体に移す。全身に燃え広がった火が、揺らめいて、形を帯びていく。一枚の布のように伸びて、伽羅の体を包む。胴体を包んでいた火が消えた時、そこに残っていたのは下に行くにつれて色が濃くなっていく緑の浴衣。真っ白だった髪はくすんだ灰色に、瞳の色は輝かんばかりのオレンジ色に。
「紡ぐ想いは香りにのせて」
ふんわりと周囲に白煙を燻らせながら、伽羅は両足を地面に戻す。自らの全身から発せられる沈香の香りにむせそうになりながら、伽羅はそれを払って煙を拡散させる。
「イノセンス・インセンス!」
戦うのは、誰かのために。一番守りたかった人がもう居なくても、支えたかった人が消えてしまっても、継いだ想いはなくさせない。
「みんなの想いは、わたしが守る」
手に持った五寸釘を嫌そうに握りしめて、縁呪はそれを自らの心臓に突き刺す。うっと小さく嗚咽を漏らして、そこから出てきたのは真っ赤な液体……ではなく、粘性の高い紫色の流体。液体とも気体とも判別しがたいそれは縁呪の体を這うように広がる。
「繋がる縁は世界とともに」
ゴポリと音を立てながら膨らんだそれが弾ける。あふれ出てきたのは、毒々しい紫のドレスに包まれた、この歳にしては長い手足。インセンスの白煙と混ざるように紫の気体を撒き散らし、辺りをいるだけでダメージを喰らいそうな空間に生まれ変わらせる。
「カオス・カース!」
大切な人は、もういなくなった。まだ残っているけど、かけてしまった。それをしたのが自分の力ならば、せめて想いだけでも守りたい。無念だけでも晴らしたい。
「終わる時まで、おいてかないで」
変身を終えて、二人は魔物に向き合う。これまでであれば、三人でなんとか対処出来たはずの数。けれども今は一人減ってしまって、しかも減ったのは一番戦闘力に長けた者だった。そんな状態ではまともに先頭をできるはずもなく、インセンスとカースはそれぞれできる限りのことをする。
例えば、周囲に存在する魔物を弱体化すること。そのものズバリの性能として、魔物たちが本領を発揮できなくする。イノセンス・インセンスの戦闘パターンとしては、ごくありふれたものだ。ダイレクトに魔物を減らせるすべに乏しいインセンスにとっては、敵の弱体化は真っ先にやるべき事。怖いものが来ないように、嫌なものから逃げるために、自分の命と、周囲の安全の保証を優先するために、インセンスは陣地を作る。これより先に魔物を通らせはしないと。ここから先は何があろうと守るという決意を秘めて。
そんな多忙なインセンスに対して、カースができることはあまりない。汎用性の高いインセンスの魔法とは異なり、カースの魔法は使い道が限られている。できることは自傷覚悟の特攻と、一体ずつちまちまと攻撃していくこと。たった一体の強い魔物を相手にするのであればもっと有用な魔法もあるのだが、魔物というものはいつだって群れとして現れるのだ。
自分の無能さを存分に味わっているカースを横目に、インセンスはもくもくと煙を焚いていく。沈香の香りが広がれば、魔物たちの動きが目に見えて鈍くなっていく。
自然と上に昇っていこうとする白煙を操って、魔物のいる範囲に行き渡らせれば、インセンスの最初の仕事は終わりだ。あとはのんびりできるだけ早く、魔物たちを祓っていくだけである。
「送りの香、白檀」
浴衣の袖から当然のように取り出したのは、緑色の線香。一本ではなく束で出されたそれらは、近くにいる魔物に刺さるとそれを内側から溶かしていく。すぐ横で嘔吐きながら藁人形の首を毟っているカースと比べれば、その殲滅速度は劇的だ。
それにもかかわらず、インセンスの顔色が優れないのは、これまではもっと早く数を減らせていたから。もう一人がいれば、もっと安心して戦えていたから。
「インセンス!?一体どうしたの?」
いなくなってしまった一人のことを考えながらできる限りのことをしていると、視界の上の方で、魔物が見えた。インセンス、伽羅にとって因縁のあるハルピュイア。魔物の顔なんてわからないから、かつて伽羅をさらった個体とは別のものだろうが、それでもかつての自分のようにさらわれている少女を見捨てることができるほど、インセンスの心は冷めていない。その少女の顔が、失った大切な人に似ていたのであれば尚更だ。
空の上を飛ぶハルピュイアの頭が飛んだことを確認すれば、少女が落下する。このままでは墜落死してしまうので、インセンスは受け止めるために急いだ。裂け目の向こうに連れていかれるよりはこちら側で死んだ方がまだマシだろうが、だからといって見殺しにして助けた!と言い切れるほどの図太さをインセンスは持っていない。
「浮かしの香、しゃぼん!」
使うのは、これまで使う機会のなかった香の一つ。ふんわり雲のように浮き上がって、物理的に干渉出来る珍しい煙を推定落下地点に送り込む。そこまでやったところで、インセンスは少女のことを見失ってしまった。先程まで確実に空にいたはずの少女の姿が、見えなくなっていた。
冷や汗が吹き出るのを感じながら、インセンスはひとまずカースの元に戻る。少女が助かったにせよ、助からなかったにせよ、インセンスがやらないといけないことに変わりはない。
通信気を使って、ハルピュイアを打ち落としたことと、失敗していなければ少女を助けたことを伝えると、オペレーターの二井からはそこに対応部隊を向かわせると返ってきた。少女が無事であれば、駆けつけた人達に助けてもらえるだろう。無事でなければ、厄介な仕事を一つ増やしただけになる。
助かっていることを心から願って、インセンスは魔物との戦いに戻った。途中から不自然なほど減りが早くなった魔物たちが全ていなくなったのは、それからしばらくしてのことだった。
「だから、知らない魔法少女がいたの。真っ黒い服で、周りの魔物たちをすごい勢いで潰してた。あたしたちが楽になったのは、その子が助けてくれたからよ」
迎えの車の中で、変身を解いて元に戻った縁呪が、自身の見てきたものを伽羅に語る。最初こそ数が多かったので一緒に行動していた二人だったが、魔物が減ってからは別れて行動した方が効率がいい。そのため、縁呪が見たという魔法少女を伽羅は見ていなかった。
縁呪の言葉を聞いて、少女と言えばと伽羅は思い出す。自分が助けたあの子は、無事だったのか。まだ繋がりっぱなしだった通信機で二井に尋ねてみると、少女と思われる痕跡は見つからなかったという答え。少し迂遠な回答だが、要するにミンチ死体も生存者もいなかったよ、ということだ。落ちる直前でまた魔物に捕まったのでなければ、無事に着地してそのまま隠れるなり逃げるなりしたのだろう。無事保護されたという知らせほどではないが、いい知らせだ。
ホッと一安心して、伽羅たちは学校に戻る。授業中に呼び出されたせいで開きっぱなしになっていたノートを机にしまって、今やっている科目のノートを出したところで、授業終了のチャイムがなった。2時間分の学びを失ったことに、縁呪は渋い顔になる。
そのままホームルームと掃除にだけ参加して、再び迎えに来ていた車に乗れば、向かう先は管理局。お昼寝の時間なかった……と落ち込む
後処理よりも授業を優先してくれるなんて、管理局はやっぱりホワイトだなーと考えて建物に入ると、縁呪は伽羅を見失った。直前まですぐ横で話していたのに、こんなすぐにいなくなってしまうなんてかくれんぼの天才かな?なんて現実逃避をして、立ち入り禁止の扉の方に向かって歩いているのを見つける。
突然進路変更をした伽羅の行動は、見覚えのある少女を見つけたことによるものだ。ここが似てる、とは言い難いのだが、どことなく奏に似ている少女が立ち入り禁止の扉から出てくるのが見えた。
「……さっきハルピュイアにさらわれていた人。無事でよかった」
生きている可能性がある、という程度だった少女の無事を確認して、伽羅はほっと胸を撫で下ろす。心配したんだとか、怪我をしていないかとか、聞きたいことはもっとあったが、口から出てきたのはそんな言葉だけだった。
少女が一瞬固まったのを見て、伽羅は不審がられたかな?と考える。表情が固まっているせいでより不信感を与えてしまったかもしれないと思って、その不信感を拭うために、自分が助けたんだよ!と伝えようとする。
そして、実際に言葉にする前に、伽羅はあることを思い出した。いつも縁呪から注意されていて繰り返さないように気をつけていること。ずばり、自分が魔法少女なのだということはなるべく隠さないといけないということだ。危なかった!と内心叫びながら、伽羅はそれを表面に出せずに、伽羅は他の理由を探す。
「魔物に拐われるの、こわい。伽羅も何回かさらわれたことあるからよくわかる。助けられてよかった」
思いついたのは、自分もさらわれたんだよ!とアピールして共感してもらうこと。人と仲良くするには共感がだいじ!と書かれた本の内容を、伽羅は無邪気に信じていた。あまりにも無邪気すぎて、隠そうとしていたこと、魔法少女だということを暗に告げてしまったことにすら気が付かない。伽羅の頭はゆるふわ系だった。
ところで無事だったのならどうして姿を消したのか、そもそもあの災害の中で一人になって無事だったのはなぜなのか、気になって質問したくなったが、災害のことを思い出させるのは良くないかもなと思って伽羅は思いとどまる。変わりに聞いてみたのは、縁呪の話していた新しい魔法少女のことを知らないかということ。伽羅が思いつく中で、あの状況から無事で済むには魔法少女に助けられるか、この少女自身が魔法少女になったかしかない。
「いえ、わかりません。何かわかったら教えますね」
けれど、戻ってきたのは否定の言葉だった。それを受けて、伽羅はそっか……と残念に思う。先程自分が魔法少女だということを隠そうとしたのだから、相手も隠そうとして当然だと、普通に考えればわかるのだが、伽羅は
声がかわいいな、お友達になりたいな、なんて考えながら、わかったら教えてくれるということは仲良くなれるかも!と伽羅はテンションを上げる。どう考えても拒絶の意しか籠っていないのだが、建前というものを伽羅は知らなかった。伽羅にとって拒絶というものは、直接かつ多くの場合において暴力を伴うものなのだ。
悲しいコミュニケーションエラーを発生させながら、そのことに全く気が付いていない伽羅はお友達になれそうだし、わかったときに教えてもらえるようにと連絡先を尋ねる。大切な家族に買ってもらった携帯には、もともと4つの連絡先しか登録されていなかった。そしてそのうちの二つが使われないものになってしまったから、伽羅は寂しかったのだ。
だから、その二つの代わりではないけれど、連絡先が、ひいてはお友達が欲しい気持ちがあって、なんだかこの少女には惹かれるものがあったから、交換しようと思った。けれど、返ってきたのは携帯を持っていないという言葉。がっかりしながらも、それなら自分のものだけでも渡しておこうかと考えていたら、後ろから声が聞こえる。
「伽羅ちゃん!
声の主は、伽羅がぐいぐい攻めていっていることで、少女が困っているのを見かねた縁呪だ。他人との距離感というものをあまり理解できていないゆるふわ系を止めるべく、伽羅にもともとの用事を思い出させる。
「伽羅ちゃん、あの子がさっき言ってた女の子?」
じゃあね、と無表情のまま手を振っていた伽羅が、相手から振り返されてどこか満足そうにしているのを見て、ようやく自分の隣に戻ってきたゆるふわ系を見ながら、縁呪は伽羅に質問する。実際にはところどころ聞こえていたからそんなことをする必要はないのだが、わざわざそれをしたのは伽羅の意識を少女の方から逸らすためだ。
「うん。よくわかんないけど、何とかなって無事だったみたい」
よかったよかったと納得している伽羅だが、ゆるふわ系ではない縁呪にはその異質さがよくわかる。十中八九あの少女が自身の遭遇した魔法少女で間違いないだろうなとしながらも何も行動に移さなかったのは、自分が何かするまでもなくなるようになると信じていたから。あの子が魔法少女なら、いずれ運命に導かれて同じ道を行くことになるのだ。
ひとまず、相手の少女が嫌がっていたことを伽羅に伝えて、縁呪は落ち込んでしまった伽羅のことを慰める。このよわよわコミュ力少女は自分がどうにかしなければならないと、縁呪は心に刻んだ。
その状態のまま二人はエレベーターに乗り込み、程々の階にある管制室に向かう。そこで待っていた二井に今回の災害についての報告をしたら、やることは終わりだ。わざわざ報告なんてしなくても、ずっと繋いでいた通信機で状況の把握くらいできるのに……なんて考えている縁呪は、管理局がこの報告で魔法少女のメンタルケアも済ませていることには気が付いていない。多少周囲と比べれば賢いとはいえ、縁呪はまだまだ子供だった。
「そういえば、もう知っているとは思うんですけど、今回の災害の中で新しい魔法少女に会いました」
報告の中で、縁呪は自身が魔法少女に会ったことを伝える。勿論、その魔法少女が強力な魔法を使っていたことと一緒にだ。今回の災害は、自分たち二人だけでは危なかった。収束できないことはなかっただろうが、もっと長い時間とたくさんの犠牲を要したのは、間違いない。
自分でもわかるようなことを管理局が理解していないなんて、縁呪も欠片ほども思っていないが、それでもあえて言葉にしたのは、そう言えば管理局がより事態を重視割いてくれる、具体的には少女の身元確認を急いでくれると考えたから。
魔法少女の条件の一つ、善良な精神を持つ少女でなければならないことを知っている縁呪は、しっかり話せばあの少女も自分たちみたいに管理局で働いてくれると信じて疑わない。これまで確認されてきた魔法少女たちがみんなそうだったのだから、それも仕方がないことだ。
「こちらからも、可能な限り接触できるように努めます。二人は、これから仲間になるその子と仲良くなることだけ考えていてください」
公的機関である管理局の言う可能な限りというのは、つまり登録されている個人情報やその他もろもろをフルに使って個人の特定をするという宣言だ。普通に生活している一般市民であれば、逃げることはほぼ不可能である。
そのことを理解している縁呪が、どうすれば仲良くなれるかを考える。管理局に努めている大人ではなく、ほぼ同い年であろう自分たちだからできるアプローチもあるはずだからだ。その様子を見て管理局の面々が微笑ましそうにしていることに、真面目な少女は気付かない。
なお、真面目ではないほうのゆるふわ系は、全く話の内容を理解できずに終始頭に疑問符を浮かべていた。
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次回!第26話 圧倒的な強さ、フューリー・グラビティ!
みんな笑顔でウルトラハッピー!
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