第20話 新たな力っ!大太鼓!

 負けられない戦いが始まったとしても、それは別に伽羅が勝てる戦いというわけではない。ただでさえワルイゾーと相性の悪い伽羅が、多少やる気を出したところでその改良型に勝てるわけがない。


 だから、インセンスがするのは徹底した時間稼ぎだ。敗北条件は逃げられることで、勝利条件は助けが来ること。伽羅の足で管理局から歩いて30分のここであれば、しばらく耐えれば奏が来れる。そうなれば、きっとトテモワルイゾーだって倒してくれるはず。


 そのことを期待して、インセンスは線香をばらまく。それがせいぜい豆鉄砲くらいの意味しかなくても、それでも何もしないよりはマシのはずだ。そんな些細な効果を求めて力を使って、トテモワルイゾーが腕を振るう度にその全てが無に帰す。


 けらど、それを繰り返せているうちは、インセンスの作戦は上手くいっているのだ。最初から時間稼ぎが目的なのだから、トテモワルイゾーが、オメラス構成員が、抱えられた少女が居なくならないのであれば、それだけで十分である。そして、十分が経とうとしたころ、赤色灯をつけた自家用車が近付いてくる。


 インセンスにとってとても見覚えのあるその車は、共田家の車であり、走行中のその窓から飛び出してきたのは、一人の黄色い魔法少女。どこからともなく取り出した小鼓をポンっ!と鳴らしたシンフォニーだ。


「インセンスっ!詳しいことはわからないけど、あの人たちが敵ってことでいいんだよね?」


 ある程度通信機越しの二井から情報を聞いていたシンフォニーは、念の為インセンスに確認してからトテモワルイゾーに襲いかかる。見た目が悪そうだから敵!とならないのは教育の成果だろうか。その分、一度敵と認識してしまえばより遠慮がなくなるのだが、それも魔法少女としての適正である。


 ポンポンっ!とシンフォニーが小鼓を振るえば、インセンスでは全く歯が立たなかったトテモワルイゾーの体に小さな凹みができる。まあ、インセンスの線香は通常のワルイゾー相手にも無力なので、比較対象としては不適切ではあるが。


 そんな不適格なインセンスの、線香によるサポートを受けながら、シンフォニーはトテモワルイゾーと対峙する。定期的に吹き散らされて効果の切れるバフが、あった方がいいのか無い方がいいのか少し悩みながら叩き続ける。



 シンフォニーの魔法少女としての適性はとても高いものだった。それこそ、これまで一体一では苦戦らしい苦戦を経験したことがないほどに。一度に対処できるのが一体、相手に連携してこられたとしても数体だったから、災害の時などは手が足りなくなることもあったが、十分な精神的余裕と休養、サポートがあれば、負け知らずと言ってもいい戦績だったのだ。


 そんなシンフォニーにとって、このトテモワルイゾーははじめての苦戦だった。叩けども叩けども、行動に影響が出るダメージを与えられない。それどころか怯みもせず、カウンターを打ってくるしまつ。自分の攻撃は効果がないのに、相手の攻撃はほとんど一撃で終わってしまうものだから、まともに食らうことも出来ない。


 力押しが通用しなくて、避けながらポコポコするしかできなくて、シンフォニーは精神的に追い詰められる。これまでのものが無双ゲーだったとしたら、今やっているのは死にゲーだ。システムが同じであってもコンセプトが違いすぎて、本調子が出ない。


 けれど、そんな状況でも避け続けることが出来るのもまた、シンフォニーの才能なのだろう。横からくる腕をぴょんっと飛び越えて、正面からくる足を受け流して、口から飛び出してきた舌をたたき落とす。


 隙を見つけて小鼓を振るい、それによって生じた隙をインセンスが線香でカバーする。豆鉄砲くらいの効果しかない攻撃でも、気を引くことくらいはできるようで、シンフォニーの後隙を守ることはできた。


 そんなギリギリの戦いを続けながら、シンフォニーは心の中で自分と向かい合う。本当ならそんな暇はないはずなのだが、今のシンフォニーはある種のゾーンのようなものに入っており、自らの言行を省みる余裕があった。


 ポンっポンっ!と響く小鼓と、絶えず繰り返されるトテモワルイゾーの攻撃。とてもピンチだ。とてもピンチだが、シンフォニーが経験したことがないだけで、才能のない前衛型の魔法少女であればよくある程度のピンチでしかない。もしシンフォニーがいなければ、ひとりで魔法少女をしていたのなら、インセンスだってカースだってしょっちゅう陥っていたであろう程度のピンチでしかない。


 そんなピンチでも、シンフォニーにとっては大事だった。これまでの意識が全てひっくりかえってしまうような、大事件だった。



 自分は何をしているのか。

 ワルイゾーと戦っている。


 なんでこんなに苦戦しているのか。

 相手がとても強いから。


 強かったら負けていいのか。

 だめ。


 このままだと負けてしまう。

 だめ。


 負けたら、何も守れない。

 だめ。


 負けたら、誰も守れない。

 だめ。


 このままじゃ、みんなを守れない。

 だめ!



 誰かを守るために、みんなを守るために魔法少女になったシンフォニーにとって、自身が魔法少女である価値とは周囲を守れることである。ふわふわで、ほとんど何も考えていないようなシンフォニーにとって、決して譲ることのできない思い。絶対に否定させることの出来ない思い。



 それが、脅かされた。守るための力が届かなかった。存在意義が揺らいでしまった。


「……誰も守れないなら、たった一人も守れないなら、エンパシー・シンフォニーになんてなんの価値もない」


 その言葉を、両親が聞けば怒るだろう。魔法少女であろうがなかろうが、両親にとってシンフォニーは、奏はかけがえのない一人娘だ。娘が自分の価値を否定して、怒らないような両親ではない。


 けれど今、そんなふたりはここにいなかった。唯一近くにいたインセンスでは、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。大切な人がおかしなことを言っている時にかける言葉を、インセンスは知らなかった。


「かちがないなら、とりもどさないと。つよいわたしにならないと。ちからがいる。ちからがいる。……力をちょうだい、タイコン」


 うわ言のように呟いたシンフォニーは、自身のパートナー妖精であるタイコンに、力を寄越すように伝える。伝えてしまう。


 普通なら、力を求められたところで、妖精にはどうすることも出来ない。魔法少女になる上で、与えられる力は渡しているのだから。妖精たちだって魔法少女を無駄死にさせたくないので、できる協力は惜しみなくする。


 けれど奏は、シンフォニーは普通の魔法少女ではなかった。そもそも普通ではない特別の代名詞である魔法少女の中でも、とびっきりの魔法少女。その血を引く娘なのだ。素質だけで言えば親よりもあったその強い“運命”は、妖精が全てを引き出せないほど大きい。


 そして全てを引き出せなかったタイコンは、お願いされたことで頑張ってしまった。頑張ったら、なんかできてしまった。ピンチになって覚醒するという、アニメみたいなことが実際にできてしまった。


「奏でる心はみんなのために」


 シンフォニーを中心に、黄色い光の奔流が迸る。強大な何かが光としての形をとって、直視できないほどの閃光を放つ。そして次の瞬間、辺りに撒き散らされていたそれは、全てシンフォニーの持つ小鼓に吸い込まれた。


 ドクンと小鼓が脈動して、大きく膨れ上がる。大きさを変え、形を変え、光が収まった時、そこにあったのは持ち手の生えた大太鼓。インセンスとシンフォニーの二人くらいなら、頑張れば入れてしまいそうなくらい大きなそれは、小鼓だった時と比べると取り回しが不便そうである。


 ドォンッ


 けれど、その不便さを上回るほどの威力があった。小鼓の状態では多少凹ませるのがせいぜいだったトテモワルイゾーのボディが、たった一撃で大きく凹む。トテモワルイゾーの動きに影響が出るほど、大きく凹む。


 たったの一撃で、シンフォニーは自分の力が十分に通用することを理解した。改良型のトテモワルイゾーを相手に、以前までワルイゾーと戦っていた時と同等以上に渡り合えることが理解出来た。


 それだけわかれば、シンフォニーを苦しめていたものはなくなったも同然だ。そもそも攻撃が効かないから大変だったのであって、それさえ解決してしまえばトテモワルイゾーだってちょっと固くて強くて厄介なワルイゾーでしかない。


 ドォンッ!ドォンッ!と、一撃ごとにトテモワルイゾーをベコベコに凹ませる。反撃のために振るわれた腕をそのまま殴り返して、蹴りを上から叩き潰して、舌を叩きちぎる。魔法少女の戦闘にしてはいささかバイオレンスだが、そんなのは今更だ。シンフォニーにはこんな戦い方しかできないのだから。


 舌を奪って不意打ちを予防し、足を奪って逃走を封じる。最後に、じたばたするしかできなくなったトテモワルイゾーの腕を奪って反撃を封じれば、そこに残るのはもう何も出来ないただの置物だ。


 そして目の前の置物を相手に、苦労するシンフォニーではない。インセンスであればまだここからとどめを刺すために時間がかかるが、シンフォニーであれば何度かドォンッ!するだけで済んでしまうのだから。もしトテモワルイゾーに自爆装置でも付いていれば話は別だが、ワルイゾーは開発コンセプトからして人道的兵器であるのでそんなものは付いていない。



 表情を変えず、作業のようにシンフォニーはトテモワルイゾーを処理する。完全に壊れたところでようやく満足気な顔をして、シンフォニーはオメラス構成員に向き直った。


「あなたたちの目的がなんなのかなんて知らないし、興味もない。でも、どんな理由があったとしても、街をこんなふうにしたあなたをゆるすことはできない。その子のことも、返して」


 周囲の、窓ガラスが割れた建物たちを悲しそうな顔で見ながら、シンフォニーはオメラス構成員に言う。なお、悲しそうな顔をしているが、トテモワルイゾーのせいで割れた窓ガラスはせいぜいが10数枚程度、残りは全て、シンフォニーの大太鼓の音圧によって割れたものだ。もっとも、秘密結社や災害の対処のために生じた被害は、全てそれらの責任になるのだが。


「驚いたな、トテモワルイゾーをこうも簡単に倒してしまうとは。けれどそれはできない相談だ。我々には大義があり、大望がある。魔法少女の頼みとはいえ、聞いてやるわけにもいかないのだ」


 名前も名乗らないオメラスの構成員……本来秘密結社を名乗っているのだから、自分のことだって隠すのが筋だ。わざわざ丁寧に自己紹介をした小林が異例なだけである。そんな構成員は、シンフォニーの言葉に対してそう返す。


 大義とか、大望とか言われても、オメラスの事情なんかこれっぽっちも知らないシンフォニーには何も響かない。犯罪上等な集団が、少女の拉致を正当化しようとしているようにしか見えない。そしてシンフォニーは、自身の目の前で犯される罪に対しては人一倍敏感な少女だった。


 取り回しにくい大太鼓を、いつもの小鼓に戻して、それなら力ずくで取り返す!とシンフォニーは構成員の元に駆け寄る。人間の一人や二人くらい簡単にミンチにできる魔法少女が戦意をむき出しにしながらやってきて、それにもかかわらず構成員は余裕そうな表情だ。


「なぜわざわざ君との会話に付き合ったと思う?時間稼ぎのためさ。……この子はもらっていこう」


 駆け寄ってくるシンフォニーにそう言うと、構成員とそれに担がれた少女の体が不思議な光に包まれる。


 秘密結社の構成員が逃げる時に使う、瞬間移動装置の光だ。やたらめったら使うわけではないから、ある程度使用にコストがかかることがわかっている、秘密結社構成員の標準装備。コストがかかるくせに逃げる時は必ず使うというのは、秘密結社七不思議の一つだ。きっとそれだけアジトバレを恐れているのだろうと推測こそされているが、その実がどうであるのかは構成員のみぞ知る話である。なお、七不思議の一つ目は“なんで秘密結社ってワルイゾーしか使わないの?”である。


 そんなことはともかく、シンフォニーにとって大切なのは、目の前でみすみすと構成員に逃げられてしまったということ。更には、ただ逃げられるだけにとどまらず、少女を連れていかれてしまったということ。


 守るための力で、守れなかった。連れ去られた少女を取り戻す術は、シンフォニーにはなかった。秘密結社のアジトは、どこにあるのかわからないから。居場所がわかるのならともかく、わからなければ助けようがない。



 新しい力を手に入れても、シンフォニーは無力だった。

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