第19話不思議な少女 伽羅と小幸

 たくさん勉強をしたかいがあってか、伽羅の期末テストは思いの外上出来であった。もちろん上出来とは言っても、少し前まで全くだめだったにしては上出来、という程度であり、手放しに褒められる程のものではない。けれど一つも赤点がなく、追加課題も出されなかったのは、伽羅にとっては満足の行く結果であった。


「お父さん、伽羅いっぱいがんばった!」


 嬉しさで頭の中がいっぱいな伽羅は、一番その結果を報告したかった人が帰ってき次第、わんこのように玄関まで迎えに行って結果を見せる。普段はここまで熱烈な歓迎を受けることのない父が困惑しているにも関わらず、一切気がついた様子がないのは、それだけ嬉しかったということの現れだろうか。


「伽羅さんはよくがんばっていたから、その成果が出たんだろうね。この調子で次も頑張ってみよう」


 伽羅の背後に、ブンブンと振られる犬尻尾を幻視しながら、父は目の前の頭をいいこいいこする。伽羅が褒められたくて頑張っていたことと、毎日必死に勉強していたことを一番近くで見てきた父には、無言でねだられるそれを断ることができなかった。次のテストも引き続き頑張るように言いながら褒めることで、このモチベーションを維持できるように図る。


「それで、そっちで干からびている奏はどうだったのかな?」


 手を止めようとする度に、やめるな!という強い圧を感じて、もう既に疲れているにもかかわらず撫で続けている父が、伽羅の頭から手を離せないまま奏に質問する。とは言え、もし出来が良かったのであれば、伽羅ほどではないにしろアピールするのが奏なので、聞く前から結果はわかっていた。


「うぅ……だめだめだった……。もう少し出来ると思ったのに、多分全部ワルイゾーにやるれた……」


 しくしく、と口に出しながら、全然ダメだったアピールをする奏。次からはもっと頑張れば大丈夫だよと慰める父だが、絶対にお母さんに怒られる……と言いながら奏が出した答案を見ると動きが止まる。


「もう少し、ちゃんと勉強をしようか。僕ももっと奏の宿題とか見るようにするから、頑張ろう」


 動きが止まった腕を手動で動かす伽羅のことはすっかり頭から抜け落ちて、父は奏の目を見ながらゆっくり諭すように言う。次回から頑張ればお母さん怒らないかな?という奏の甘い希望に、それは無理とはっきり伝えて、今回は甘んじて叱られなさいという父は、勉強に関してはそれほど厳しく言わないタイプだ。


 うにゃーと鳴く奏から目を背けて、父は自力で撫でられている伽羅に意識を戻す。動かされていた手を自分の意思で動かし、伽羅が満足そうになったのを見れば、 一度それをやめて伽羅の目を見る。


「伽羅さん、明日なんだけど、どこかに出かけてきたらどうかな?これは僕の勘なのだけれど、そうした方がいい気がするんだ」


 勘、なんて言っているが、実際には奏が明日たくさん怒られることになるから、その間は席を外させようとしているだけである。必要がないのであれば、鬼のように怒る母の姿も、見ていて可哀想になるほど怒られる姉の姿も、見ないに越したことはない。


 けれどそれをそのまま言ってしまうと、奏の尊厳にダメージが入るだろうから、言葉を濁して伝える。これが縁呪であれば多少伝え方を変えたところですぐに真実に気がつくことが出来るのだが、今父の目の前にいるのは伽羅だ。大切な家族から遊んでおいでと言われて、さらにお小遣いまでつけるなんて言われたら、多少違和感を持ったところで素直に聞いてしまう。伽羅は素直ないい子であった。


「奏、伽羅、奏と一緒にお出かけしたい。一緒に遊ぼ?」


 素直ないい子であったので、奏が明日怒られることも、そのために自分が外にいけと言われたことも理解していない。だからこそ、その原因を遊びに誘ったりできるのだ。父もびっくりなゆるふわ具合だが、幸いなことに奏の頭はもう少し詰まっている。


「私、明日はちょっとやらなきゃいけないことがあるからパス……。ごめんね、縁呪誘って行っておいで……」


 大切な妹のお誘いを断り、待っているのはお説教。奏の体がしおしおとしなびている。よくわからないけれど、何か選択を間違えたことだけはわかった伽羅は、ごめんなさいと言って部屋に戻った。それが奏にトドメを指したのだが、そんなことは伽羅にはわからない。


 しばらくお部屋で復習をして、ご飯に呼ばれて下に降りると母が帰ってきていた。どことなく空気がピリついていたが、あえて気にしないようにして、頑張ったって報告したらきっと褒めてくれるはず!と楽観的に考えた伽羅は母に報告をする。お勉強の甲斐があって、テストの結果よかったよ!と伝えれば、母は頑張ったねと褒めてくれた。沢山よしよしされて、伽羅は思わずにっこにこだ。すぐ横にいる奏の顔色が悪くなっていることには、気が付かない。


 沢山褒められて大満足な伽羅は、逃げるように部屋に戻った奏とは対照的に、洗い物やお掃除なんかを手伝う。追加で褒められれば、もう気分は最高だ。明日お出かけする約束を縁呪と取り付けて、そのために早く寝る。伽羅は9時には眠くなる健康優良発育不良児であった。沢山寝ているはずなのになぜか全然年相応に育たず、管理局の保険医からは年齢詐称を疑われているくらいの発育不良児である。



 いい気分で沢山寝て、朝ごはんを作っている母のお手伝いをしてから遊びに行けば、縁呪は風邪をひいたと言って会ってくれなかった。やることもなくなったので家に帰ろうかと思ったところで、今朝から家の雰囲気が少しおかしかったことに気がつき、遅ばせながら父が家から出そうとした理由がそれなのだと理解する。


 そこまで理解出来れば、伽羅の頭だって決して空っぽではないので、今は家に帰らない方がいいなと理解出来る。理解したら、一人でも遊びに行くべきだとわかる。


 そんな経緯で、伽羅のひとり遊びが決まった。これまで能動的に遊びに行ったことは少なく、あったとしても誰かと一緒だった伽羅にとって、初めてのソロ遊び。何をするべきか、どこに行くかとか、全部自分で考えなければならないそれは、伽羅にとっては少しばかり難易度が高いものであったが、何事も経験だとやる気をだす。


 とりあえずどこかに行こうと思って、どこも思いつかなくて、やっと思いついたのは管理局。遊ぶところではないのだが間違いなく誰かが相手をしてくれる場所で、そこで行き先を相談すればいいと伽羅は考えた。管理局の局員からしてみれば本来子供の相談に乗るのは業務外なのだが、魔法少女のおねがいであればお使いまでやるのが局員だ。邪険にされることはないだろう。


 行き先を決めて、電車に乗って移動する。まだ二回目で慣れていないので、駅員さんに教えてもらう。あと2回くらい乗れば1人でも問題なさそうだな、と伽羅は根拠のない自信を持った。


 トコトコ歩いて管理局に着けば、エレベーターで上に上がる。みんながすし詰めになっているものではなく、VIPと緊急事態の時と魔法少女しか使えない、特別なエレベーターだ。


 どうしてここにいるんだろう?という視線に囲まれながらエレベーターを降りて、伽羅はみんなが働く中を歩く。誰かの元に向かっている様子もなく、ただ歩き回る伽羅の奇行に、局員たちは少し心配になった。


「……伽羅さん。今日は呼び出しや用事などはなかったと思いますが、何か管理局に用でもできましたか?結さんであれば今日はおやすみですよ」


 局員たちの心配と疑問を解消すべく、代表して声をかけたのは二井。最初は自分の方に来ると思っていたのに、いつまでも伽羅がチョロチョロしているから声をかけに来たのだ。


「二井さん、おはようございます。お出かけする先に困ったから、どこかいい所ないかなって思って」


 ぺこりとお辞儀をしながら挨拶をする伽羅。伽羅自身の中では十分な情報を込めた言葉ではあるが、今日の経緯なんかを何も知らない二井にとってはちんぷんかんぷんな説明をする。


「……つまり、はじめてのおつかいならぬはじめてのおでかけと。縁呪さんは体調不良と聞いていますし、奏さんは……ああ。そういえばテスト終わりですね。結さん共々今日は忙しいでしょう。であればそうですね、伽羅さんの好みに合うかはわかりませんが、道を歩いてかわいいものを探す、なんていかがでしょう?」


 二井は少し困ったが、これでも少女たちとの連絡相談等を受け持つ責任者。多少言葉が足りないくらいであればある程度解読できる能力が備わっており、問題なく翻訳に成功する。世が世であれば、子供専用の通訳として働けたかもしれない人材だ。


 提案を受けて、伽羅はふむむと思案する。思案する、なんて言い方をするとまるで伽羅が賢そうに聞こえるが、実際にはただぼんやり考えているだけなので、そこにINTは欠片もない。言う通りにする、と、他の何かを聞く、の二択しかない中で、伽羅が選んだものは前者だった。ぺこりと頭を下げてみせ、ありがとうとお礼を口にする。ついでにお土産も期待していてと言えば、周囲は子供のおつかいを待つ親の気持ちになった。


 誰となく口ずさみ始めたBGMに背中を押されながら伽羅がエレベーターで降りて、そのまま出てい……こうとして、結局どこに向かえばいいのか分からないことに気がつく。かわいいものを探す、という目的はできたとしても、伽羅にはどこに行けばそれが達成できるのかわからないのだ。


 少し立ち止まって考えて、そのままだと邪魔になることに気がついて通路の真ん中からはける。一番いいのは二井の元に戻ってもう一回聞いてみることなのだが、あんなに自信満々に出てきておいて直ぐに戻るのは、いくら伽羅であっても恥ずかしいものだ。


 どうしようかと悩みながら辺りをクルクル歩いてみて、小さな徘徊者に周囲が視線を向ける。視線を向けても、その徘徊者が伽羅だとわかればだいたいスルーだ。管理局の中では伽羅のことはよく知られているし、何かあれば二井が何とかすることも知られている。


 少しの間考えてみて、伽羅は突然あることを思い出した。あまり優しくはないけれど聞けばなんでも教えてくれるらしくて、今伽羅がいる場所から近いところにいて、伽羅的には困らせてもあまり心が痛まない相手。そう、縁呪の伯父であるユウキの存在だ。


「いやまさか、そんな理由で僕の元を尋ねる人がいるとは思わなかったな。君のポシェットに入っている板を使えば、そんなことはすぐにでもわかるだろうに」


 伽羅が部屋を訪れた途端に、それともそんなこともわからないほど軽いのかな?とストレートな罵声を浴びせるユウキ。それに対して伽羅は、以前実験で酷い目に合わされたのだからこれくらいは助けてくれてもいいじゃないと返す。


「なるほど、面白い理屈だね。確かにイレカワールの件では実験に付き合ってもらったから、多少のお礼をするのはやぶさかではない。けれど残念なことに、それに関しては既に返していたんだよ。君が大切な“家族”とより仲良くなれたのはなぜだったか、よく思い出してみるんだ。むしろこちらの方がお礼を言われて然るべきだとは思わないかな?」


 このおじさんは一体何を言っているのだろう?と伽羅は疑問に思って、少し考えて自分が父のことをお父さんと呼べるようになったのはあの一件からだったと思い出す。けれど、それは結果の話であって、偶然のはずだ。ああなることまで考えて、実験に付き合わせたわけではないだろう。それならやっぱり、伽羅の主張の方が正し……


「本当に、ただの偶然だと思うかい?僕がなんの意味もなく、ただ魔法少女を実験動物にしただけだと、思うかい?」


 他の人、ユウキの功績を知っている人であれば、この言葉だけで黙らせることができた。何を考えているのかも、何を知っているのかも分からず、まるで未来でも知っているかのように振る舞うユウキ。そんな存在にこんなことを言われたら、その真偽はともかく可能性は考えてしまう。


「思う。お父さんは、ユウキはそういうやつだって言ってた」


 けれど、伽羅の頭の中はスカスカで、そんなに難しいことは考えられない。大切な人が言っていた内容なら、それはどんなものであれ真実だ。


「……ハハハッ、そうかそうか、友がそう言っていたのなら仕方がないな。それならあのことについては、偶然ということにしておこうか」


 心底愉快そうに笑うユウキと、突然笑い出したユウキを奇異の目で見る伽羅。ひとしきり笑ったところでユウキは伽羅に一言二言、向かう先についてのアドバイスを告げる。何かよくわからなかったけど、結果的に目的を達成できた伽羅は満足だった。


「……ユウキさん、イレカワールのこと、もし偶然じゃなかったのならありがとう」


 用が済んだなら早く帰るように言われて、伽羅は帰る前に一言だけお礼を伝える。偶然だったと思っているから感謝はしていないけれど、もし本当に偶然じゃなくて、伽羅たちのためを思ってやってくれたことであれば、それは感謝しないと失礼だと思ったからだ。伽羅の頭は軽いが、決して考えることができないわけではない。特に、それが自分にとって大切な人たちのことであれば。


 お礼を言われてキョトンとしているユウキにぺこりと頭を下げたら、伽羅が向かう先は北の方角だ。北の方に進めば、きっと素敵な出会いが待っているでしょう。ユウキ占いを信じるのであれば、伽羅は行かなければいけない。別に出会いを求めてはいなくても、わざわざ聞きに行ったのだから、それに従うのは当たり前である。


 トコトコと歩きながら時間が経つこと30分。普段まともに運動をしていないせいで、もう歩きたくないなと思い始めた頃、突然路地裏から大きい音が聞こえた。不思議に思った伽羅が覗いてみると、そこにいたのはワルイゾーのようなものと、小林のような人。


 こんなところで暴れるなんて!!と義勇に目覚めた伽羅が変身して追いかければ、管理局への通報は済む。魔法少女は兵器であり、勝手に変身してはいけないから、もし何も言わずに変身した時にはすぐに通知が届くのだ。

 少女たちの性質上起こりえないことではあるが、自分勝手な判断で暴れたりした時の対策と、連絡する暇がないほど緊急性のある事態のためである。今回はどちらでもないが、伽羅が連絡を忘れてしまうこともまた、管理局では予期されていた出来事だ。


「トテモワルイゾー!」


 変身したインセンスが手始めに沈香をばらまくと、まだ動かずになにやらコソコソしていたワルイゾーが、驚いたように声を上げる。普段のワルイゾーと比べて、どこか刺々しいデザインで、凶暴そうな顔つきをしているそれ。本人?の鳴き声の通り、ただのワルイゾーではなく、その改良版であるトテモワルイゾーだ。


「……小林じゃない!?ワルイゾーとも違う。あなた、だれ?」


 勝手知ったるいつもの相手だと思って、話を聞くよりも先に手が出た伽羅。相手が知らない人だと気がついて、勘違いでしたごめんなさいと謝った方がいいかを少しだけ本気で考える。実際に行動に移さなかったのは、目の前にいる人、秘密結社オメラスと同じ格好をしている人が、自分の味方では無いことが確かだったから。


 そして、その人が小脇に抱えている何かが、人の形をしていたからだ。手足が生えていて、頭があって、近隣中学の制服を着ている。自分の来ているものと違うから、それがどこのものなのかこそ伽羅にはわからないが、一つ確かなことはこれが誘拐現場であること。


「破邪の香、沈香!送りの香、白檀!」


 それだけわかれば、伽羅が手加減をする理由は無くなる。元々手加減が必要なほど強くは無いし、最初から本気ではあるのだが、気持ちの問題だ。多々暴れているだけの人と、誘拐の実行犯であれば、後者の方が遠慮なく攻撃できるし、逃がさないためにも攻める気になる。


「……邪魔が入ったか。追い払え、トテモワルイゾー!」


 いまいましそうに男が舌打ちをして、トテモワルイゾーに命令すれば、トテモワルイゾーは元気な鳴き声と共に両腕をブンブン振る。その風圧で周囲の線香、その煙は吹き散らされて、伽羅の行動は無に帰した。


「トテモワルイゾー!」


 自慢げに、ドヤ顔をするトテモワルイゾーと、その陰に隠れながら少女を抱えるオメラス構成員。伽羅の負けられない戦いが、始まった。

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