第18話 ドキドキ期末テスト!今は来ないでワルイゾー!

 伽羅の父を名乗るオジサンが現れてから一ヶ月ほど経ち、伽羅の小さい脳みそからオジサンのことがすっかり抜け落ちてしまった頃、一人の犯罪者が捕まったというニュースがテレビで流れた。罪状は魔法少女搾取未遂で、その他いくつかの余罪あり。画面に映る顔はオジサンのものだったが、父にお勉強を教えてもらっている伽羅は興味がなさそうに無視している。


「伽羅、あの人にそんなに興味がない。そんなことよりも、今は期末テストのほうが大事」


 伽羅がショックを受けていないか心配そうにしていた父に対して、伽羅は赤点取るとお休みのときの宿題が増えちゃうと答える。大事なお休み、長期休暇を存分に満喫するために、今は余計なことに気を取られている暇はないのだと。実の父親に対してそんなことなんて、あまりにも薄情なようにも思えるが、もともと周囲から疎まれて育ってきた伽羅にとっては、大切なのは自分にとって大事な人かそうではないかだ。


「伽羅、お休みは一杯遊びたい。でも今のままの成績だと追加課題が一杯出るって山本先生が言っていたから、頑張ってお勉強するの。お父さんも余計なことを考えていないで、もっとたくさん教えてほしい」


 今度はここがわからない、と言って、父に問題を見せる伽羅。他の人ではなく、わざわざ父に時間を割いてもらっているのは、母の教え方だと相性があまり良くないことと、奏は頼りにならないこと、縁呪は自分の勉強をしていることのせいだ。本来ならば奏でも縁呪と同じ理由になるはずだったが成績のせいで候補にも入らなかった。


「うぅ……、伽羅ちゃんがお父さんのことばっかり頼るよう。私だってお姉ちゃんなんだから、もっと頼ってくれていいんだよ?……あ、お父さん、次こっち教えて」


 ダメダメだった奏が、伽羅の横で文句を言いながらテキストを解いて、伽羅同様に父に助けを求める。伽羅さんに教えたければ、それだけ勉強を頑張らないとねと嗜める父だが、可愛い娘二人に頼られて内心かなり嬉しいのは内緒だ。





「やっぱり勉強するのやだよう……遊んで暮らしたいよう」


 やる気満々の伽羅に触発されて、お姉ちゃんなのに伽羅ちゃんより先に切り上げるなんてカッコ悪いことできないっ!と夜遅くまで勉強に付き合っていた奏が、翌日の登校中に縁呪に向かって愚痴る。ふわふわ系の奏はこれまで、あまり勉強に力を入れてこなかったこともあり、連日のテスト勉強でグロッキーだ。


「普段からちゃんと勉強しておかないから、そういうことになるんじゃない。もう明後日にはテストなんだから、気合い入れていかなきゃだめよ。居眠りなんてもっての外なんだからね」


 日頃から勉強する習慣のある縁呪は、提出物プラスアルファくらいの勉強量でひーひー言っている奏に対してちょっとひんやりとした視線を向け、喝を入れる。ふわふわ系とは違って、ちゃんと日頃から勉強をしている縁呪は、特別なテスト勉強などせずとも余裕だった。(普段から何時間も勉強しているから)テスト勉強なんて何もしていないよー。なんて友だちと話すタイプである。


「私も縁呪みたいに言ってみたい……でも毎日勉強するのはいや……どうしたらいいんだろ」


 勉強しないで点数取りたい!働かないでお金がほしい!と俗そのものな発言を繰り返す奏。それを聞かされる縁呪の視線はどんどん熱を冷めていくが、もとより縁呪の奏に対する扱いはそんなものであるので、ふわふわ系はあまり気にしない。


「……最近は伽羅ちゃんの前だったからちょっとかっこよかったのに。たまにはあたしの前でもカッコつけてくれればいいのに」


 伽羅ちゃんがいないと全然だめね、と小さな声でつぶやく縁呪と、一時的に鈍感系を発症したふわふわ系。伽羅が見ていたら眉をハの字にしそうな光景だが、幸いというべきかゆるふわ系はテスト勉強のためと言って早めに学校に行って自習をしていた。


 ダメダメモードな奏を急かし、縁呪は学校へ向かう。それほど切羽詰まってはいないが、縁呪だってテスト前にはしっかり勉強をしたいのだ。伽羅にお願いされたら教えるのもやぶさかではないが、こんなところで時間を無駄にするのはなるべく避けたい。


 そんな風に奏を急がせた甲斐があって、縁呪が教室に着いた時間はいつもよりも少しだけ早い。普段のんびりおしゃべりしている分の労力を、早くつくことだけに傾けたのだから、当然と言えば当然だ。そしてそんな縁呪の目に映ったのは、シャーペンの尖ってない方でほっぺをぷにぷにしながら問題集とにらめっこをする伽羅。


「おはよう伽羅ちゃん。お勉強の調子はどう?順調?」


 詰まっているようなら教えようか?と声をかける縁呪と、その声を聞いて救いがきた!と目を輝かせる伽羅。伽羅は頭がゆるふわなので、自分だけで問題を解くのが得意ではないのだ。それでも、少しでも自分の力で何とかしようと頑張るのは、大切な人たちに誇れる自分でありたいから。たくさん褒めてほしいから。


 一人でもこんなに解けるようになったのねと、最初の伽羅の悲惨さを知っている縁呪が、よくがんばったねと頭を撫でる。同い年とは思えない、完全な子ども扱いだが、中身が幼子な伽羅にとっては、大切な人から褒められた!と嬉しいものだ。


 んへへ、とくすぐったそうにしながら喜ぶ伽羅と、その油断しきった小動物のような振る舞いに夢中になる縁呪。少し前まであったはずの、真面目に自習をしていた雰囲気はもう欠片も残っていない。自席で勉強していた生徒たちも、伽羅に餌をやろうとお菓子を持って集まり、あたりはにわかに騒がしくなった。


 他のクラスがみんなテスト前で静かになっているのにも関わらず、唯一騒がしい自分のクラスに驚いた山本先生がくるまで、伽羅ちゃんの触れ合い餌やり動物園は続いた。すかすかの頭を必死に動かしたせいで、糖分不足だった伽羅は大満足だ。どこにでもある公立中学校として、この学校はお菓子の持ち込みが禁止なので、伽羅に食べさせていた生徒たちはまとめてお説教がまっているのだが、そんなことは伽羅には関係ない。なんかみんな怒られてて大変そうだなあと、人ごとのように思っているだけだ。本当ならお菓子を食べていた伽羅も一緒に怒られるはずなのだが、山本先生は伽羅への対応が甘々だった。


 みんなが怒られている中で一人、我関せずとお勉強を続ける伽羅。普通なら周囲と一緒に叱られている気分になるはずが、伽羅は悪い意味で特別扱いされながら育ってきたため、自分だけ省かれることに離れている。そのおかげで、気にせずに勉強を続けることができた。




 お叱りだけでホームルームの殆どが終わってしまっても、授業に移ればみんな真剣になる。一部の進度が遅い先生の担当科目を除けば、テスト前の授業なんてものは大抵が追い込みのための自習か、内容を詰め込むためのまとめかなのだ。テストの点で一喜一憂する一般学生が真剣にならないはずもなく、ならないタイプの不真面目な生徒はこのクラスにはいなかった。


 そんな理由で、朝の騒ぎなどなかったかのように授業が進み、いつの間にか放課後になる。以前までであれば授業中居眠りをしていていつの間にかだった伽羅も、今日は集中していつの間にかだった。その報告をすればお父さんも褒めてくれるかな?なんて考えて心を弾ませながら、伽羅はもっと頑張れるはずだと自分に言い聞かせる。


 あんなに何もわからなかった自分が、テストでいい点数を撮ったら、家族はきっと吠えてくれるだろうと伽羅は信じて疑わない。そしてそのためにも、家に帰って早く勉強をしようとしていた伽羅の耳に届いたのは、けたたましい着信音。


 伽羅自身のポケットの中と、一緒に帰っている二人の元から響いているそれは、管理局から支給されている魔法少女用のもので、不快感を感じさせるための音は緊急の連絡だということだ。


 せっかくのやる気に水をさされた伽羅が、代表して電話に出る。三人の位置情報から一緒に行動していることは把握されているので、伽羅が出た瞬間に残り2つの着信も止まった。


『テスト期間中にすみません。管理局の近くで、オメラスが活動を始めました。対応部隊を派遣したのでしばらくは持つでしょうが、急ぎ対応をお願いします』


 電話のスピーカー越しに聞こえたのは、いつもと同じ二井の声。そういえば二井さんはいつもいるけど、一体いつ休んでいるんだろうと、一瞬関係ない思考が頭を過るが、今はそんな状況ではないので棚に上げておく。


 三人で顔を見合わせれば、言葉にせずとも思いは伝わり心は一つになる。すなわち、急いで助けに行こう!ということ。


「ワルイゾーなら仕方がないもんね。勉強をサボってるんじゃなくて、みんなのためだもんっ!」


「大事なテストの前なのに……小林、ゆるさない」


「抑えたいところは抑えてるし、気分転換も必要よね」


 ……結果的には同じ結論になっていたが、思いは何も伝わっていなかった。それぞれがそれぞれを、正気かっ!?と言わんばかりに見つめる。一つになったように思えた心がバラバラだったので、やっぱり気持ちはちゃんと伝えないとだめだな、と伽羅は反省した。


 次からは気をつけようと反省して、すぐに気持ちを切替える。少女たちの足で自力で向かうには距離が離れていて、けれど迎えを待っているほどの余裕もない。そうなると自然と、取れる選択肢は一つだ。


「「「マジカル・オルタレーション!」」」


 二井が定型の文言、魔法少女たちに対する免責のための言葉を話している途中で、投げやりに返事をしながら少女たちは返信を進める。アプリの利用規約を読まず、反射でスクロールして同意ボタンだけを押すような所業に、電話の向こうで二井は心配になった。


 もちろん少女たちも、相手が知らない人であったらこんなふうに何も考えずにはいはい返事をしたりはしない。もうすこし警戒だってしてみせるし、ちゃんと話だって聞く。……少なくとも縁呪は。他のあほの子二人に関しては、もしかすると誰に対しても同じかもしれない。人によって対応を変えたりしない、素直ないい子だ。


 そんなダメな子達が返信を終えて向かったのは、管理局のすぐ近く。魔法少女たちの位置情報は常に筒抜けなので、通話さえ繋がっていればいつでもどこにでも案内できるのだ。プライバシーがないというのは、多感な年頃の少女たちには少々酷かもしれないが、魔法少女になるような少女たちはみんないい子たちなので我慢できる。


「……大切なテスト前の時間、邪魔するなんてゆるさない!」


 いつもより頑張って走った伽羅、インセンスが少し息を切らしながら、破壊活動に励んでいた小林に向けて怒る。突然予想外の方向から、予想外の内容で怒られた小林は思わずビクッとした。


「……まさかテスト期間だったなんて。学生の本分は勉強だし、今日はひとまず引くべきか……?いやでも、そろそろ成果を出さないと査定に……」


 インセンスの言葉を聞いて、何やらブツブツ言いながら自分の世界に入ってしまった小林。そこにインセンスから少し遅れて、シンフォニーとカースが到着する。一人先走ったインセンスとほとんど同じ時間で着いたにもかかわらず、モチベーションがそれほどない二人は余裕そうだ。けれどもそれは決してふたりがサボったからではなく、単純にインセンスの肉体スペックが低いだけである。


「秘密結社の言い訳は聞かない。伽羅は今、とても怒ってる」


 プンスコ!と頬を膨らませてみせるインセンス。その様子だけ見れば小動物のようなかわいらしいものだが、もし殴られでもしたら小林はひとたまりもない。魔法少女は筋力ゴリラで、いくらインセンスが非力な部類とはいえ素手で鉄板くらいならベコベコにできるのだ。


 そんなものに怒っているアピールをされた小林は、果たしてどれだけ恐ろしかったのか、ぴいっ!小動物みたいな悲鳴をあげてワルイゾーをけしかける。


「ワルイゾー!」


 いつも元気なワルイゾーが、小林の命令に従ってインセンスと向き合う。普通ならば好んで魔法少女と戦いたがるものなどいるはずもないのだが、ワルイゾーは自立して動くだけの兵器だ。命令があれば、相手を選ぶことはしない。


「ワルイゾー!」


 車を素材に作られたワルイゾーが、その丸っこいフォルムには似合わない爆音を鳴らしながら体当りを仕掛ける。元となったものの性質上仕方ないのかもしれないが、今回のワルイゾーは攻撃力が高めだ。それこそ、インセンスなら一撃でおめめをグルグル回しながらきゅぅ、と鳴いてしまいかねないほどに。


「破邪の香、沈香!」


 ぴょんぴょんとワルイゾーから逃げながら、インセンスが線香を撒き散らす。自分に有利な環境を作るためのそれは、特に何かを狙うでもなく四方八方に飛ばされて、もくもくと白い煙を吐き出した。


 内燃機関に不純物を取り込んでしまったワルイゾーが、目に見えて動きを落とす。それが不純物のせいなのか、内側から邪気を払われたことによるものなのか、難しいことはインセンスにはわからない。その上多少ワルイゾーの動きが悪くなったところで、インセンスにはまともな攻撃手段はないのだ。魔物に対しては有効な白檀も、非生物のワルイゾーにはほとんど効かない。


 けれど、それで詰んでしまうのは、あくまでインセンスが一人で戦っていた場合だ。インセンスには頼りになる仲間がいて、『ポンっ!』その仲間、シンフォニーにかかれば、動きが鈍くなったワルイゾーなど恐るるに足らない。


「……ええっと、がんばれ〜!」


 ポンッ!ポンッ!と、小気味良い音を鳴らしながら、シンフォニーはワルイゾーの車体をベコベコにする。車好きの人が見たら発狂しかねない光景を前に、何もせず応援するのはカース。おもちゃのミニカーでも持っていれば何か出来ることはあったのだが、魔法を使う媒介がない以上今のカースにできることは自傷攻撃だけ。それを止められている以上、カースはただの無力なゴリラだ。


 そんなカースに応援されて、やる気のなかったシンフォニーはちょっと楽しくなる。普段どちらかと言えば小生意気で、あまり素直じゃない縁呪からの素直な応援。それを聞いてやる気が出ないほど、シンフォニーの心は複雑ではない。


「私、がんばる!」


 てりゃー!と叫びながら、ポンポンポンっ!と小鼓を鳴らすシンフォニー。沈香を撒き散らしてお役御免になったインセンスが応援に加われば、その勢いはさらに増す。ポンっポンっポンっ!が、ぽぽぽぽーん!になって、ワルイゾーはスクラップに成り果てた。


「私、がんばったっ!」


 ぶいっとピースをして見せてシンフォニーは自信満々にアピールする。自分の力では何もできなかったインセンスと、最初から何もできなかったカースに対して、魔法少女としての格の違いを見せつけるかのような、見方によっては残酷なアピール。バチバチの部活動なんかであればそれだけで仲が悪くなりかねない行為だが、一般的な闘争心に欠ける善良な少女たちは気にしない。シンフォニー、えらい、かっこいいっ!と褒めれば、パワー系魔法少女は目に見えて照れる。


「インセンスの沈香と、カースの応援のおかげだよっ!ふたりともありがとう!」


 にへっと笑顔でお礼を言ったシンフォニーが変身を解く。ワルイゾーの対処が終わって、小林も逃げたのなら、魔法少女のお仕事はもう終わりなのだ。今から後処理をするのは管理局の仕事で、少女たちがするべきなのはお勉強。


「テスト前の忙しい時にすみません。あとはこちらでやっておくのでお任せください」


 それを思い出させるために、わざわざ少女たちの下までやってきた二井が、送迎を名乗り出る。ここから少女たちの家まではそれほど離れていないとはいえ、二井の認識ではこの時間は貴重な勉強時間だ。無駄にさせてしまうのは忍びなかったことによる、善意からの申し出。奏がそれを思い出させられて嫌そうな顔をしているのは、縁呪にしか見えていない。


「奏、早く帰って、一緒にお勉強しよう。伽羅、お休みで一緒にいっぱい遊ぶの楽しみ」


 くるりと振り向いて、伽羅がはにかみながら奏に声を掛ける。これからのことが楽しみで、そのために勉強を頑張ろうとしていて、それを大好きな姉にも求めている幼気な少女の言葉。そんな物を見せられて、まだ勉強が嫌だなんて考えられるほど、奏の頭は複雑ではない。


「伽羅ちゃん、私もすっごく楽しみだよっ!一緒に勉強して、一杯遊ぼうね!」


 ペカーっ、笑顔を輝かせながら、奏はやる気をほとばしらせる。今ならやる気は無限に湧いてきて、どんな問題でも解けるような気がした。もちろんそんなことはないのだが、気持ちだけはそうだった。


「……ほんとに、伽羅ちゃんのためなら頑張るのね。……あたしがあんなに言ってもだめだったのに。奏のおバカ」


 小さくつぶやいた縁呪の言葉を拾ったのは、つきっぱなしになっていたなっていた通信機だけだった。

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