第16話 現れる不審者オジサン。伽羅、あなたなんて知らない!

 砂糖卵焼きの悲劇を繰り返さないために、伽羅は積極的に料理のお手伝いをするようになった。背筋をぴんっとのばして待っているだけではなく、食器を運ぶだけではなく、父や母、たまに奏が料理をしている横で、お手伝いをさせてもらいながら、色々なことを教えてもらう。野菜の皮むきからはじまって、切ること、炒めること、煮込むことと、基本的なところから着実に教えてもらったこともあり、ついには丸投げしてもらえるようにもなった。


 やっている事としてはただの雑用で、人によってはつまらない仕事と思うようなものばかりだけれど、伽羅にとってはとても大切なお仕事たちだ。お手伝いという名目で、足を引っ張るしかできていなかったのに、少しは役に立てるようになったのだから。


 そうやって少しずつ伽羅はお料理スキルを身につけて、また並行してレシピを教えて貰っていたこともあり、簡単な炒め物くらいなら自分だけで作れるようになった。とろとろのオムレツはまだ難しそうだけれど、伽羅は満足だ。



「ちょっとそこのお嬢さん、申し訳ないんだけど、管理局までの道を教えてもらってもいいかな?」


 そうして少しずつ名実ともに家族の一員として頑張りつつ、隙間隙間で父に勉強を教えて貰って、優等生になろうと頑張っていた伽羅は、とてもいい子なので道端で声をかけてきた知らないオジサンにも丁寧に道を教えて、学校に向かう。


 知らない人と話しちゃダメだよ!と注意する奏の言葉は、どうせ道を聞かれたのが自分であれば迷わず答えていたのだろうからあまり参考にしない。


 伽羅ちゃんが話を聞いてくれない!グレちゃった!と騒ぐ奏が、この前の奏と同じことしてるだけじゃない、と縁呪に指摘されてそれもそうかと立ち直っているのを確認しつつ、真面目な良い子モードの伽羅は真っ直ぐ学校へ向かう。


 そのまま机に向かって、少し前までなら絶対にしていなかった自習を始める伽羅は、その姿だけを見れば文句なしの優等生だ。まだまだ授業についていけていなくて、たまに居眠りしていることと、成績が少し悲しいことを除けば、完全な優等生である。


 ちゃんとお勉強して、テストでいい点を取れればきっと父も褒めてくれるはず!と淡い期待を胸にがんばっていく伽羅が、山本先生からの不審者に関する情報共有をスルーする。不審者とか、そんな難しいことは伽羅にはまだ少し早かった。ほんの一瞬だけ頭の片隅には残ったけれど、授業が始まる頃にはもう消えていた。何とは言わないが、鶏は三歩分持つだけ賢い方なのだ。


 伽羅がスカスカの頭の中に、中身を詰め込もうと頑張る時間が数時間過ぎる。詰めようとしたものはほとんどこぼれおちてしまったけれど、寝ないで頑張ることが出来たから伽羅は満足だった。ダメだったところは父に教えてもらわないといけないが、優しくお勉強を教えてもらう時間もまた、伽羅は好きなのである。それが相手にとって迷惑かを考えられないのは、まだ伽羅が幼い証拠だろうか。



 放課後になって、奏が迎えに来てくれた嬉しさで今日学んだことのほとんどを吹き飛ばしながら、伽羅は数時間ぶりの家族との再会をよろこぶ。ほんの小さなことで一喜一憂できる少女は、とてもコスパが良かった。


 伽羅ちゃん係が定着している縁呪と、最近ちょっと付き合い悪くない?そんなに妹ちゃんが大事なわけ?大事だよね。うちらの事は休み時間にでも構ってくれればいいよ!とクラスメイトから言われている奏と、真剣な顔であの雲おいしそう……と考えている伽羅。


「ちょっとそこのお嬢さん、申し訳ないんだけど、管理局までの道を教えてもらってもいいかな?」


 三人がお家に向かって歩いていると、どこかで聞いたようなセリフが聞こえてきて、見知らぬオジサンが姿を見せる。なんかどこかで聞いた事、見たことがあるな?と思った伽羅だが、その感覚を言い表す既視感、デジャブという語彙を伽羅は知らなかった。


「……あなた、朝もいた人ですよね?こんなところでうろついて、私たちみたいなのに声かけて、なんのつもりですか?」


 警戒心を全面に出した奏が二人を後ろに隠しながら、通報しますよ?と言葉を返す。それを見て、ああ、この人朝のオジサンかとやっと思い出した伽羅と、山本先生が言っていた不審者ってきっとこの人の事ね。と通報の準備をする縁呪。


「そんなに警戒しないでくれよ。オジサン、ただちょっと方向感覚が鈍いだけなんだ。不審者じゃないから、安心してほしいな」


 不審者はみんな自分のことを不審者じゃないと言うのだと、奏は尚更警戒心をあげる。もしもの時は変身してでも二人を守ろうと、いつでもポケットからタイコンを取り出せるようにして、戦う準備はバッチリだ。怪しいヤツの甘言に惑わされるなという管理局の教育の成果である。


「困ったなぁ。オジサンはただ、管理局に行きたいだけなんだ。生き別れになった娘が魔法少女になったって聞いたから、話をしたいだけなんだ」


 ピクリと、奏の表情が動く。目の前のオジサンは、それを見逃さない。魔法少女に興味があるの?オジサンもまだ会ったことないけど、もしかしたら会わせてあげられるかもよ?なんて怪しいことこの上ないアピールをして、ライン超判定した縁呪によって通報される。魔法少女のおかげで保っている世界において、魔法少女の名で人を騙すのは重罪なのだ。そしてオジサンの言動は、縁呪の目から見てだまそうとしているもののそれに見えた。


 すぐに電話が繋がり、そして二分後にお巡りさんが来る。交番が近いんだから、本当に道を知りたいのなら最初から交番に行くべきだったのよとつぶやく縁呪と、話は署で聞いてもらえることになったオジサン。


 不審者はいなくなって、街に平和が戻った。二人を守るために盾になっていた奏も警戒を解き、仲良く帰る。



「伽羅さん、今日管理局に、伽羅さんとの面会を希望している人が来てね」


 状況が変わってきたのは、その日の夜だ。母のハンバーグ作りをお手伝いすることになっていて、ワクワクしていた伽羅に、少し話しにくそうにしながら父が声をかける。今日と管理局、その二つのワードで伽羅の頭に一人の不審者が過ぎった。


 普通なら本人に伝えることなく門前払いなんだけど、事情が事情だからそうする訳にもいかなくてね、と前置きをする父に、伽羅は何を言っているのだろうと首を傾げる。


「その人が、伽羅さんの父を名乗っていたんだ。そうなるとさすがに、管理局の判断だけでどうにかするわけにもいかなくてね」


 伽羅さんが望むなら面会の用意をするし、望まないのならそう伝えるよと言った父に対して、伽羅はわかっていなさそうな顔をする。その様子に、今の話でどこかに理解できないところがあったのか?と父は逆に困惑した。


「……伽羅のお父さんは、お父さんだけ。お父さんが伽羅のことを捨てないなら、それはずっと変わらない」


 自分にとっての父は、顔も知らない誰かなんかじゃなくて、大変な時に助けてくれて、今も目の前にいる人だけだと、伽羅はストレートに伝える。羞恥心も何もない伽羅にとっては、大切な人に好意を伝えることは簡単だった。


 でもせっかく会いに来たんだから会わないでいるのは可哀想かもなと思った伽羅は、一度会ってみることと、その条件として家族が一緒にいてくれる事を伝える。コミュニケーション能力に欠ける伽羅にとって、顔も知らない人と二人っきりで会うというのはハードルが高かった。



 そんな理由で同席することになった家族たちはと言うと、自分たちの目が届くところということに安心していた。伽羅がいい子なことと、それと同じくらいどこか抜けたところがある子だと言うのは、当然の共通認識だ。そんな認識の中で、得体の知れない人と会おうとしているとなれば、保護者として心配にもなる。身元はしっかり確認されているから、得体は知れているのだが。


「このたびは突然の申し出にもかかわらず面会を受けてくれてありがとう。初めましてだね。私は君のお父さんだ。これからは親子二人、一緒に暮らそう」


 ……おや、初めましてかと思ったら、どこかで見たことのある顔だね。ああ、昨日管理局までの道を教えてくれた少女じゃないか。まさか君が私の娘だったなんて、まるで運命じゃないか。と、伽羅の前でわざとらしく言うのは、伽羅たちが昨日会ったばかりの不審者。通報して、お巡りさんに引き取ってもらったはずの見知らぬオジサンだった。


「あなたが、伽羅のお父さんだって言っている人?」


 そんなオジサンに乗せられることもなく、いつもマイペースな伽羅は今日だってマイペースだ。悪い言い方をすれば、空気や話の流れと言ったものを一切考慮しない。もっと伽羅が驚いたり、人間らしい反応を見せると思っていたオジサンにとっては、少し面白くないものだ。


「……ああ、そうだよ。君に近付くことすら許されなかったから、はじめましてにはなってしまうけれど、間違いなく私が君の父親だ」


 君も、なにか感じるものがあるんじゃないか?ほら、親子は引かれ合うってよく言うだろう?と話すオジサンに対して、伽羅は欠片ほども共感を見せることなく、首を左右に振る。突然父親アピールされても、ただの見知らぬオジサンとしか思えなかった。そもそも実の親なんてものは、伽羅にとっては虐待してくる存在なのだから、最初から親だ!と思われる方が不都合なのだが、オジサンはそんなことは知らない。


「これまでは、君に何もしてあげることが出来なかった。親として本当に情けない限りだ。でもこれからは違う。しっかり君の面倒を見て、君を育てて、責務を果たしてみせる」


 これからは寂しい思いなんてさせないよと言うオジサンに対して、伽羅はコテンと首を傾げる。確かに少し前までは寂しかったし苦しかったけど、今はもう家族がいるから平気なのだ。むしろ大切な人たちと引き離される方が辛いから、オジサンには何も求めていない。


 そんなことを思って、そのまま口に出してしまった伽羅の言葉を聞いて、オジサンが固まる。伽羅に頼まれて着いてきた、どちらかと言えばオジサンを追い払いたい奏ですら、思わず同情してしまう物言い。自分も娘を持つ父親な重に至っては、泣きそうにすらなっていた。


「……確かに、私は君に何もしてあげることが出来なかった。君が一番助けを必要としていた時に何もせず、幸せになってから出てくるのは、きっと気に入らないことだろう。けどね、私だって親なんだ。せめて一度だけ、チャンスをくれないかな?」


 その上で君が望むのなら、僕も大人しく引きさがろう。そう言うオジサンに対して、伽羅は一日ならいいよと返す。一日という時間はオジサンにとってはとても短いものだったが、それでもないよりはマシだ。


 翌週の日曜日に一日時間をもらう、と約束を取り付けて、付き添いが本当に付き添いだけで終わってしまった共田家を残して、オジサンは一足先に去っていく。絶対に満足させてみせると意気込んでいるオジサンに、バイバイ!と手を振っている伽羅。


 早く帰ろう、今日はオムレツが食べたいと要望を告げる伽羅に、人の心を与えるにはどうすればいいかを考えながら、両親は子供たちを連れて帰る。二人だって、伽羅がいなくなることは望んでいないが、ようやく会えた子供が全くの他人を親と呼んで慕っているのを見た時の胸の内くらいは、人の親として想像できるのだ。


 けれど、それを自分たちが理解出来ることと、伽羅にも理解を強いることがイコールではないので、迷っている。もっと人の気持ちを考えなさいと言えばそれで伝わるかもしれないが、少し取られ方を間違えてしまえば、伽羅は二人が自分のことを追い出そうとしていると考えるかもしれない。間違いでも、誤解であっても、そんなふうに勘違いされたくないと言うのもまた親心だ。


 そんな事で悩んでいる二人の気持ちになんてお構いなしで、伽羅は二人に、大切なお父さんとお母さんに甘える。たまに甘えすぎて、メッ!と叱られて、叱ってもらえることがまた嬉しくて。理不尽な理由で殴られることのない、“叱り”は、反省こそするが伽羅にとって嬉しいものだ。


 叱られているはずなのに嬉しそうなのは、最初こそ反省していないのではないかと疑われたが、しっかり行動に移していることを確認してからは両親も何も言わなくなった。流石に外では申し訳なさそうな素振りを見せるようにと指導しているが、そもそも伽羅は誰に叱られても喜ぶわけではないので心配無用である。


 家に帰って、伽羅ちゃんいなくなっちゃうの……?やだよ……と言いながらぎゅっと抱きついてくる奏に、どこにも行かないから大丈夫と微笑んで、すっかりひっつき虫になってしまった奏をくっつけながら過ごしていれば、週末になるのはすぐだ。


 あっという間にオジサンと会う日になって、今日は付き添いはいらないと判断した伽羅は、一人で指定された駅前に向かう。校則を守って制服で出かけようとした伽羅は絵面を心配した父に止められたので、普段お出かけする時に着ている服装だ。父の的確な判断のおかげで、初めての親子の外出が、最初から警察の厄介になることは免れた。


「今日は来てくれてありがとう。宣言した通り、きっと満足させて、私と一緒に暮らしたいと言わせてみせる。……でも実際には、一日じゃそんなにお互いを理解なんてできないだろうから、また会いたいと思ってくれれば大満足かな」


 約束の時間よりも少し前に着いた伽羅に対して、もっと前から待機していたらしいオジサンが、まるで口説いているかのようなことを告げる。何も事情を知らないでここだけ聞いていればかなり怪しいし、伽羅が制服なんて来ていたらお巡りさんが登場すること間違いなしだ。お出かけの出だしは、呑気な親子の知らないところで、父によって守られていた。


「……伽羅、今の生活がとても幸せ。だから、最初からこんなことを言うのはよくないと思うけど、オジサンの提案にはあまり乗り気じゃない」


 だからこんなことをしても、多分意味ないよと伝えるのは、伽羅なりの誠意だ。オジサンが過度な期待をしないように、諦めやすいように予め気持ちを伝えておく。それを受けたオジサンは理解しているのかいないのか、わかったよと言って笑った。


「どこか行きたいところとかはあるかな?あるのならそこに行くし、もし何もないようならこちらでエスコートさせてもらおう」


 このおでかけをそこまで楽しみにしているわけではなかった伽羅に、これといった行きたいところなどあるはずがない。特にないからお任せして、連れてこられたのは遊園地。この日のために年頃の少女の好むものを調べたのか、ちょうど伽羅のクラスでも話題に上がることが多い場所だ。


 なんか聞いたことがある場所だなと思いながら、オジサンに誘導されるままに伽羅は歩く。一般中学生の間で話題になっていることと、伽羅の関心があることは必ずしもイコールでは無い……どころか、ほぼ≠である。伽羅は周囲の話題についていけない系中学生であった。


 そんな伽羅が遊園地に来たところで、特にはしゃげるはずもない。どの乗り物に乗りたい!という希望もなく、遊園地の乗り物は個人の好みが別れるから、オジサンも適当に連れ回すわけにはいかない。子供なら遊園地に連れていけばなんとかなるだろうと考えたオジサンの作戦負けだった。


 ちょっと気まずくなりながら、けれどお金を払ってしまった以上すぐに出ることもできなくて、目に付いたアトラクションに入っていく。一度何処かかに入ってしまえば、そこは人が楽しむために作られた施設だ。娯楽の少ない環境で育ってきた少女が楽しめないはずもなく、伽羅はすっかりご機嫌になる。


 ひとつ残念なこと、物足りないことがあるとすれば、それはこの楽しいものを、大切な人と一緒に体験できないこと。そのせいで少しだけ、引っかかるものがあったのだが、オジサンからしてみれば今の伽羅の家族を連れてこれるはずもない。そんなことをしても、ただ娘とその義理の家族に楽しい旅行をプレゼントするだけで、むしろ自分が邪魔者になってしまうからだ。お礼と謝罪、償いのためと考えるのであればそれも悪くないのだが、オジサンの目的は最終的に伽羅を引き取ることだった。



 そんなわけで二人きり、なんだかんだで楽しんで、時間の経過に従って会話の量も増えて。最初と比べると随分柔らかくなった伽羅の表情に、オジサンも思わずニッコリだ。上機嫌になりながら、一般庶民が食べるのはなかなかハードルが高いお店でディナーを食べ、学生ならこういうものもほしいだろうとゲームや最新の携帯をプレゼントする。


 それまで我慢をしていた子であれば、高額なプレゼント、それも実用性の高いものに弱いだろうとの理屈に基づくプレゼントだったが、残念ながら伽羅は魔法少女なので、欲しいものはだいたい買えるくらいの資産を持っている。それにもかかわらず持っていないのは、それを必要だと思っていなかっただけなので、伽羅は少し反応に困った。


 プレゼントを貰ったら、喜んでみせるのが礼儀?だということは、伽羅でも知っている。けれど、最近の子ってこういうのが欲しいんでしょ?とドヤ顔で渡されても、求められていたであろう反応は見せられないのだ。気持ちは嬉しいけどものはそこまで嬉しくなくて、伽羅が絞り出したのは疑問符の付いたお礼の言葉。オジサンが期待していた、枕元のクリスマスプレゼントを見つけた子供のような反応とは程遠いものだった。



 あまり嬉しくなかったかな?と聞くオジサンと、いきなり貰っても困る、と素直に答える伽羅。正直は美徳だが、時には嘘を混ぜた方が物事は円滑にすすむことを、伽羅は知らなかった。そんな伽羅の様子に、なにか思うところがあったのか、オジサンは深くため息をつく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る