第15話 楽しいお泊まり会と、はじめての卵焼き

 対応部隊に見られて、恥ずかしがった縁呪が手を振りほどく。そのままやってきた部隊に回収され、管理局に連れていかれ、魔法少女になるためのお話が始まる……はずだったのだが、伽羅がお買い物の続きをしたい!とわがままを言ったことと、縁呪の身元が保証されているおかげで一日延期となった。


「それにしても、伽羅ちゃんがそんなにお買い物を楽しんでたなんて思わなかったかも」


 そんなになにか欲しいものでもあったの?と聞く縁呪にたいして、伽羅はこくりとうなずく。もともと、それが欲しいと言おうとしていたタイミングでワルイゾーが出てきてしまったのだ。そのまま管理局に移動して、お買い物が終わってしまうのは伽羅にとって好ましくない事だった。


「伽羅、二人と一緒のものが欲しい。ずっと一緒だから、なにか形のあるものが欲しい」


 形がないのは不安だから。と言う伽羅の言葉に、反対の言葉はない。奏なんかは、私がずっといるだけだと足りない?と言ってからかいたくもなったが、伽羅がきっと“おそろい”に憧れているのだと察すれば、そんな野暮なことはする気もなくなってしまう。


 それじゃあ伽羅ちゃんが欲しいものを買いにいくぞ~、けって~い!と奏が音頭をとって、三人は意気揚々とショッピングモールを進む。歩きながら伽羅の好みを確認して、そのたびにあっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返しつつ、ようやくたどり着いたのはワルイゾーの相手をしていた場所のすぐ近く。さっきから歩いていたのはなんだったんだろうと縁呪が徒労感に襲われる中、奏と伽羅は楽しそうだ。


「これとかかわいいし、こっちもよさそう。……伽羅ちゃんはどっちがいいと思う?」


「こっちは縁呪に似合いそう。そっちは奏に。かわいいものがいっぱいで、すごく迷う」


 ワルイゾーの影響で人がいなくなった雑貨店で、あれもいいこれもいいと話しながら軽い頭をむむむと悩ませる少女たち。この二人に、店員さんがいないからどれだけ迷ったところで買えないのだと伝えるのは自分の役目なのかと、気を重くしながら縁呪が嘆き、最終的にはしっかりそのことを伝える。


「ワルイゾーがさっきまで暴れてたんだから、この辺一帯は今日はもう閉店よ。範囲が狭いから離れているところは大丈夫でしょうけど、近くは建物のダメージとかも調べなきゃいけないでしょうし」


 当たり前のことを当り前のように話して聞かせる縁呪の言葉を受けて、あほの子二人がたいそう残念がって、先ほどまでの楽しそうな様子が嘘みたいにしょげてしまう。ゆるふわ系伽羅ちゃんはともかくふわふわ系はそれくらい理解しておきなさいと縁呪は思ったが、ちょっとかわいそうだったからそれを言うのも憚られた。


「それなら、今日は管理局に行って明日またここに来ればよかった……」


 しょんぼりしながら自分の失敗を嘆く伽羅。おめめをうるうるさせながら眉をハの字にする姿に、かわいそうという気持ちとかわいいという愛おしさを感じた縁呪は、これはよくないと頭をぶんぶん振る。突然の奇行に、奏は少しだけびっくりした。


「そんなこと今更言っても仕方がないんだから、今日はこれからをどう楽しめるかを考えましょう。例えば、今から共田家に行ってお泊り会をするとか!」


 実際は、魔法少女が望むのなら管理局は最優先で受け入れるから、今更も何もない。やっぱり気が変わったから迎えに来てくださいとでもいえば、即座に二井なんかが車を走らせてくれるのだろうが、まだ魔法少女歴一日未満の縁呪にはわからなかったし、あほの子二人にもわからなかった。


「なるほど!それもいいかも!たしかお母さん明日出勤だから、朝連れて行ってもらえばお得だし!」


 縁呪の提案に奏が乗れば、そんなこといきなり決めていいのかと気にしていた伽羅も、奏が大丈夫っていうなら大丈夫!と納得して表情を明るくする。伽羅の表情を気にしていた縁呪も思わずにっこりだ。


 突然人の家に泊まるのを決めたことに関しては、他の家庭であれば大きな問題になったかも知れないが、それが共田家で、相手が縁呪であれば、よくあることである。自分の両親よりも隣のお家の人に育てられてきた縁呪にとっては、共田家は実家のようなものだし、そこの家族だって、縁呪のことを本当の娘のように思ってくれている。文字通りいつでも泊まりに来ていいと言われている縁呪にとっては、自分が泊まりに行くことは珍しいことでも何でもないのだ。


 なんとも奇妙な話に聞こえるが、全ては共田家の善良さと、縁呪の家庭環境の悪さによるものである。昔からの親友の、姪がすぐ隣の家で育児放棄されているのに、それを放置することは奏の両親にはできなかったのだ。そして当然のようにしたはずの通報は、何故か何度しても対応されることがなかった。


 縁呪の家庭がそんな異常な環境だということは3分の1くらいしか理解していないふわふわ系が、その提案を実現するために家に電話をする。ワルイゾー対策のために休日に呼び出された両親がそれに出れるはずもなく、仕方なく父の携帯に電話をすれば、そちらはすぐに繋がった。



 今日これからお泊まり会するね!という報告と、だから晩御飯一人分多くお願い!という要望。それを言えれば父は二つ返事で了承し、なるべく早く帰ると伝える。


「奏、奏。伽羅、おじさ……お父さんがいないなら、代わりにご飯作ってあげたい!」


 父との電話を終えた奏に対して、両手を握りながらそう要望を伝えたのは、その一人称からわかるように伽羅。奏の前で父のことをお父さんって呼ぶのがなんだか気恥ずかしくて、一度これまで通りに呼ぼうとしてから、やっぱり自分の好きな呼び方がいいなと言い直した伽羅だ。


「伽羅ちゃん……その呼び方、とってもいいね!伽羅ちゃんがお父さんのことをお父さんって呼ぶってことは、やっぱり私は伽羅ちゃんのお姉ちゃんってことだもんね!えへへっ、名実ともに伽羅ちゃんは私の妹だよ!!」


 奏から名前を呼ばれ、その直後の間に少しビクッとなった伽羅だったが、お父さんは私だけのお父さんなの!と言われないか心配になった伽羅の想像とは正反対に、目の前の奏は嬉しそうにしている。


 そのことに伽羅はホッと一安心して、遠慮がちに奏の手を掴む。拒絶されることはきっとないと頭では理解していても、やっぱり実際に受け入れてもらえるまでは少しだけ不安だった。そして、その不安がなくなってしまえば、一度に二つのことを考えられない単純な伽羅はとても素直だ。たった一つの心配事がなくなったから、あとは思う存分甘えられる。


 少し予想外のことがあったけれど、全体的に見ればそれなりに満足だったショッピングを済ませて、ほとんど何も買わないまま三人は家に帰る。手は軽いまま、財布はより軽くなっただけだったが、少女たちはそれなりに満足だった。元々、何か欲しいものがあって買い物に来たわけではないのだ。


 ただいまー、と三人で声を合わせながら玄関を開けて、一緒にわちゃわちゃする。実質的になんにもしないまま30分ほど戯れれば、何かがしたかったわけでもない伽羅は満足だ。すくっと突然立ち上がって、奏や縁呪を置いてきぼりにしてキッチンへ向かう。


「伽羅ちゃん、ご飯なら私たちも一緒に作るよ。今日は何にする?」


 確か冷蔵庫の中も大したものないし、ものによっては買いに行かなきゃだけど……との、お家のことはだいたい把握している系中学生の言葉に対して、伽羅が返すのは拒絶の言葉。 一人でできるから奏はあっち行ってて!と言われてしまい、ショックを受けた奏は縁呪に泣きつく。


 伽羅ちゃんも大好きな人に自分が作ったものを食べてもらいたいオトシゴロかぁ……あたしもそんな時期があったなぁ……なんて考えている縁呪が奏の頭をぽふぽふと慰めつつ、こっちは任せろと言わんばかりに、パチリとウィンクするのを見て、美味しいのを作ってね!という意味だと誤解した伽羅は小さく頷く。


 小さな誤解こそあったが、まあ結果は一緒だ。一つ下の少女にあやされた奏が気を取り直してゲームをしているうちに、伽羅は頑張って料理を始める。作ろうとしているのはオムレツで、伽羅の好きな料理だ。作り方は、何度か父が作っているのを見たから大丈夫だと思っていた。本当はハンバーグが作りたかったけれど、そっちは難しそうだと諦めた。


 なお、伽羅の料理の経験は、何回か見たことがあるのと、数回だけ“おてつだい”をしたことがあることくらいである。小学校の調理実習は参加させてもらえなかったので、まともに包丁を握ったこともない。かろうじて猫さんのおててを知っているくらいだ。縁呪がその事を知っていたら間違いなく奏と共に止めていたのだが、当たり前のようにキッチンに立つ姿に騙されていた。


 スカスカな記憶を頼りに卵を割り、ボウルの中にたくさんの殻を撒き散らす。早速悲しくなりながら指を突っ込んで殻を拾えば、また同じように飛散させる。もし奏が見ていたらザルか茶こしを渡してくれただろうが、救いは先程自ら追いやったばかりだ。


 無駄に時間をかけながら何とか溶き卵を用意して、たくさんの砂糖を混ぜてから熱したフライパンに流し込めば、自然と出来上がるのは焦げたスクランブルエッグ。油も敷いていないので、フッ素コートがなければ伽羅には取り出すことも難しかっただろう。


 自分で初めて作ったスクランブルエッグを見て、これじゃない!と思った伽羅は急いで原因を考える。記憶を頼りにした作り方は、基本的には間違っていなかったはずだ。父が作ってくれるのを見て、途中で奏とお話したりしたせいで中途半端だけれどもしっかり覚えた。その記憶に従って作れば、おかしなものにはならないはずなのだ。


 スカスカの頭でむむむと悩む伽羅は、自分が何かを見落としていることにも気が付かない。父のオムレツには牛乳が入っていたことも、油はバターを使っていたことも、伽羅は見落としているのだ。そもそもそれ以前に火加減すら理解していないのだから、トロトロのオムレツにならない……と不思議がっているこの少女は手遅れである。


 もう1回やれば出来るはず!という根拠の無い自信によって、大量に作られたスクランブルエッグ。そしてひとつの卵焼き。伽羅の求めていたトロトロのオムレツは一つもない。もちろん、そんなに使ってしまったのだからもう卵の残りもない。


 やってしまった……と、空っぽの卵室と、一つも上手くいかなかった卵たちを見て、伽羅はちょっとだけ冷や汗をかく。今から卵を買いに行けば何とか誤魔化せるかな?この卵たちはお部屋に持っていけばバレないかな?きっとなんとかなる!と思って、ピカピカのお財布を手に持ったところで、聞こえたのは玄関が開く音。


 ただいま、と、普段なら伽羅を安心させてくれる声が聞こえる。娘たちが思ったよりも早く帰ってきて、おうちでお泊まり会をするからという理由で仕事を早抜けした父が帰ってきた声だ。普通の家庭や職場であれば、そんなふざけた理由で早帰りとかふざけるなと査定が下がるような話なのだが、父の働いている場所は管理局で、家でわちゃわちゃしている娘たち三人はみんな魔法少女である。むしろいつになったら帰るの?と聞かれる環境なこともあり、早退するにおいて支障は一切ない。


 普段であればそのことを幸いに、父に構ってもらおうとウキウキする伽羅であるが、今日は少し、ほんの少しだけ事情が違った。だって、今日の伽羅は冷蔵庫の卵を全部砂糖卵焼きにしてしまったのだから。


 さすがに怒られるかな、怒られるよなと思って、伽羅は何とか父にバレない方法を考える。そうして思いついたのは、父を部屋に入れないこと。入ってくれば卵のことに気がつくであろう父でも、部屋に入らなければ何にも気がつけないはず。


 そう思い至った伽羅は、帰ってきたばかりの父の前で両手を広げて通せんぼする。今は来ちゃダメ、通行止めです!と言って止めようとする伽羅に、なるほど年頃の少女であればそういうこともあるだろうと納得して引き下がる父。もしかしたら何かサプライズでも考えているのかななんて想像しながら、それなら大丈夫になるまでここで待っているよと言う父だが、それに困るのは伽羅だ。


 だって、伽羅が今やろうとしていることは、誰にもバレないように買い物に行くことと、失敗してしまった卵たちを部屋に隠すこと。そのどちらだってリビングから出ないことにはできないし、そのリビングの唯一の出入口の前に父がいたらどうしようもない。


 どうしようどうしようと考えて、うっすらとかくだけだった冷や汗がタラタラ垂れてくる。気持ちばかりが焦って、けれどもどうすればいいのかなんて思い浮かばない。そうしているうちに部屋でゲームをしていたはずの奏たちが戻ってきてしまい、伽羅は八方塞がりに陥る。


「お父さん、奏、ごめんなさい」


 追い詰められたキャラが選んだのは、素直に謝ること。直前までどうやって誤魔化そうか考えていたなんて様子は欠片ほども見せず、わたし反省してます!とでも言っているかのようなしゅんとした姿。


「なんのことかわからないけどいいよ!伽羅ちゃんも悪気があったわけじゃないんだよね?」


 その姿にすんなり騙されて、ころっと許してしまうのは奏。そもそも本当に謝らなければならないような悪いことを、伽羅が自分の意思でするはずがないと信じているがゆえの言葉だ。大好きな姉からの底なしの信頼に、伽羅の胸はキュッと締めつけられる。


「奏、内容もわからないのに許すのは優しさではないよ。それで伽羅さん、一体どうしたのか教えてくれるかな?」


 そんな奏を窘めつつ、しっかり事情を確認するのは父だ。口ではそんなことを言いながら、実際には魔法少女が悪いことなんてするわけないだろうと経験と歴史に基づいた判断をしているのだが、形だけでもしっかり確認しておくのは大人としての責務である。悪いことをしたら怒ってくれるのだと感じて、伽羅は少し安心した。


「伽羅、みんなのためにご飯作りたかったけど、上手くできなかった。卵、全部使っちゃった……」


 しょんぼりと白状する伽羅に、やっぱり大したことじゃなかったなと安堵した父は、卵くらいならまた買ってくればいいから大丈夫だと伝える。これが壁に穴を開けたとかならさすがの父も怒っただろうが、少し買い物にいけばすぐに取り戻せる程度のものなら、父は怒らない。むしろみんなのためにご飯を作ろうとした行動を褒めるくらいだ。


「でも、慣れていないのなら料理は危ないから、誰か慣れている人がいる時にやること。火も包丁も、使い方を間違えるととても危険だからね。今回の伽羅さんの行動で叱ることはそれくらいだよ」


 それに、一緒ならレシピも教えられるしねと続ける父。それを言われて伽羅は、大切な家族とキッチンに並んで、一緒に料理する姿を想像する。


「わかった。伽羅、今度からちゃんとお父さんがいる時にお料理する」


 それは、とても素敵だった。考えるだけで胸がぽかぽかして、うれしくなる。父と、母と、奏と、自分。縁呪もいてくれれば最高だ。みんな一緒で、とてもいい。


 早速実行するために、伽羅は父をリビングに連れていき、ここから美味しいオムレツを作るにはどうすればいいかを聞いてみる。一度凝固したタンパク質を戻す方法を聞かれた父は困って、諦めるしかないよと伝える。何とかなるかも!と無茶な期待を持った伽羅は、再びしょんぼりした。


「でも、オムレツではないけど、これはこれで美味しく食べれると思うよ。伽羅さんは味見はしてみたかな?」


 ふるふる、と小さく首を振る伽羅に、父がスクランブルエッグをひとすくい差しだす。ゆるふわ系は疑うことなく、それを口から迎えにいった。


「……じゃりじゃりする……」


 自分で作ったスクランブルエッグを食べて、早速顔をしかめる伽羅。お砂糖はいっぱい入っていた方が美味しいはず!という、今どき小学生でもしないような考えによって作られたスクランブルエッグには、砂糖の結晶が散りばめられていた。甘いけど、これじゃない……と、伽羅は何事も程々が大切なのだということを学ぶ。


「……うん、砂糖の入れすぎだね。その辺の塩梅も、これから覚えていこうか」


 ひょいっと一欠けつまんで、自分の口の中に放り込んだ父が、卵の殻ではないじゃりじゃりにコメントする。本当なら父は、これはこれでいけるとか、何かしら褒めて伸ばそうとしたのだが、暴力的なまでの砂糖を前には優しさなんてものは無力だった。


 そんなやり取りを見て、少し怖いもの見たさでやってきた奏と縁呪が、それぞれひとつまみずつ砂糖卵焼きを食べ、なんとも言えない表情になる。マズいと言えるほど奇天烈な味ではなく、けれども美味しいと言うにはあまりにも砂糖だ。何とか絞り出された慰めの言葉が、余計に伽羅のことを苦しめた。


「伽羅ちゃん、大丈夫!あたしが初めて作った卵焼きは砂糖じゃなくて殻でジャリジャリだったから!」


 あまりに落ち込む伽羅を見かねて、縁呪は忘れたかった自分の過去を話す。実の両親ではなく、重と結に日頃のお礼の気持ちを込めて作った卵焼きは、とても食べられるものではなかった。縁呪自身も食べるのを諦めるくらいの出来だったのだ。


 その話をすれば伽羅も、自分の失敗はまだマシな方なのでは?と思う。そう思わせるためにわざわざ縁呪は恥をさらしたのだから、当然と言えば当然だ。そして縁呪が自らの黒歴史を開示したところで、重と同様早く帰らされた母、結が帰ってくる。



 そんなにキッチンに集まってどうしたの?と不思議そうにしている母に、父が大体の経緯を伝える。伽羅が頑張って料理をして見た事と、それがあまり上手くいかなかったと凹んでいたこと。


「あらそうなの。伽羅ちゃん、気持ちはとっても嬉しいわ。ありがとう」


 それじゃあ早速いただくわねと言って、母が砂糖卵焼きをつまもうとして、お母さんまだ手を洗ってないでしょ!と奏に怒られて止まる。仕方がないからと父に食べさせてもらえば、奏と縁呪は複雑そうな顔で自然とイチャつく二人を見た。


 母に食べさせて、そのまま自分もひと口食べる父と、そんな二人を心配そうに見つめる伽羅。ゆるふわ系の頭では、さりげなく二人がいちゃついたことや、そんな父と母を見ながら、奏が自分に実の兄弟が居ないことを不思議がっていることなんてわからない。それがわかるほど、伽羅は保健体育を知らないのだ。


「伽羅ちゃん、ありがとう。とっても美味しいわ」


 シャリシャリと卵焼きらしからぬ音を立てていた母が、ごくりと飲み込んで伽羅にお礼を言う。そのままおかわりを父から貰う結と、当たり前のように渡して自分も食べる父を見て、伽羅は宇宙人でも見ているかのような顔になる。


「嘘なんかじゃないわ。カロリーと血糖値は少し気になるけど、本当に美味しいもの。そうじゃなきゃこんなに食べないでしょう?……あのね、伽羅ちゃん。親っていうのは、大切な子供が初めて作ってくれた料理なら、例え炭でも美味しく食べられるものなのよ」


 美味しいわけない、嘘だと言った伽羅に、結がかけたのはそんな言葉。そしてその言葉を証明するかのように、二人は砂糖卵焼きを食べ進める。


「……お父さん、お母さん、だいすき」


 伽羅の口から、思わず漏れたのは、伽羅の本心だ。親からの愛情を、無償の愛を注いでくれる二人に対する、込み上げてきて溢れてしまった感謝と愛情。


 少し驚いた様子を見せた母と、 微笑んでいる父。二人が伽羅に同じ言葉を返すと、自分は呼ばれなくて悔しかった奏が、私だって伽羅ちゃん大好きだもん!とアピールして、それにつられるようにして縁呪も少し恥ずかしそうに言葉を伝える。


 たくさんの“だいすき”に囲まれて、伽羅は胸がぽかぽかになった。これから先なにか辛いことがあっても、もう何も怖くないと思ってしまうくらい、温かくて幸せだった。伽羅がずっとほしくてやまなかった、幸せの全てが、このキッチンにはあった。

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