第13話 変わる二人と一緒にいたい。つながる力、カオス・カース!

 お昼ご飯を食べ終わったところで、三人は腹ごなしに歩き出す。なにか目的地を決めている訳ではなく、普段は余りみないところを、気の赴くままに回ってみようという緩い目的の散歩。


 そう、散歩だ。ここがショッピングモールではなく、緑の美しい公園だったりしたら絵になること間違いなしの、ただの散歩。ウィンドウショッピングなんてオシャレな名前をつけたとしても、やっていることはただの散歩である。ショッピングという言葉に騙されてお買い物する気満々だった伽羅が頭の上にたくさんハテナを浮かべてしまうくらい、お散歩である。


 それでも二人と一緒ならそれだけで楽しいから満足な伽羅を連れて、奏と縁呪は色々なものを見て楽しむ。ただ自分たちが行きたいところに向かうのではなく、また、いつも言っている場所を避けるのでもなく、伽羅が興味を示した場所を見て回るのは、実はこっそり前もって約束していたことだ。


 伽羅がどんなものを好むのか、どんなものが好きなのか。本人に聞けば、ゆるふわ系はなんでも素直におしゃべりするだろうが、本人にも認識していない事実なんてものはいくらでもあることを、二人はよく知っていた。


「伽羅ちゃん、他に何か気になる物とかある?」


 けれど同時に、本人が行きたがっているところに向かえば、好みの把握をしやすいのもまた事実。というわけで、聞けば答えてくれるだろうと確信している奏は、自分たちが見たいものは見終わったからと言って伽羅の意思を引きだろうとする。


「奏と縁呪が一緒にいてくれるから、伽羅、もう他のものは見なくても大丈夫。一緒にご飯食べれただけで、充分楽しかった」


 ほんのりと微笑みを浮かべながら、伽羅は奏の言葉に返事をする。まだぎこちないけれど、以前よりは間違いなく自然になってきた笑顔を見て、奏は思わず伽羅ちゃんかわいい!と叫んでしまう。周囲に沢山あった目がいっせいに自分たちの方を向いたのを見て、伽羅は思わずビクッとしてしまう。


 集まった視線は、突然の声が少女の話し声だと理解したことで、ほとんどがすぐに散る。ほんの一部、散らない視線もあったが、魔法少女を相手に不埒な目を向けるものなどいないので、そのどれもが微笑ましいものを見る目か、奏たちの正体を知っていることによる、輝かしいものを見る目だ。


 集まるものがなくなったことで、伽羅はほっと人心地つく。ちょっとムッとした様子を見せながら奏のことを睨めば、シスコンモード全開な奏はあわあわしながらごめんねと謝った。


「……そんなに怒ってないから、大丈夫。でもびっくりしたから、次からは気をつけてほしい」


 慌てた様子に毒気を抜かれた伽羅が許せば、奏はよかったぁとふにゃりと笑う。見ていて和むような、奏の表情。ころころかわる奏のそれは、伽羅の好きな物だ。



 その姿を見て、伽羅はひとつ、ほしいものを思いつく。なかったらなかったで困りはしないけれど、あったら嬉しいもの。一人でいるときでは買えなくて、二人と一緒の今だから買えるもの。


 お揃いのアクセサリーがほしかった。高いものでなくても、華美なものでなくてもいい。何か一つ、どこに出かける時でも着けていけて、仲良しだということが示せるものがほしかった。


 憧れていたのだ。仲良しグループで、お揃いのものをみんなで身につけていることに。無理やり自分と組まされた子が、同じアクセサリーをつけた友達の元で喋ってばかりで、ずっと無視されていた時の悲しさと、羨ましさと、憧れは環境が変わっても伽羅の中にまだ残っていた。


「奏、縁呪。伽羅、やっぱりほしいものあった」


 ちょっと話が逸れてしまったけど、元々この話をしていたのだから問題ないだろうと考えた伽羅が、一つ前の会話の流れを完全に無視して話を戻す。奏と縁呪は少し驚いたが、元々話していた内容ではあるし、奏の声が大きいことなんかよりもよっぽど大切な話だったのでそちらを聞くことに集中する。



『……ワルイゾー!』


 そうして聞こうとして、代わりに聞こえてきたのは遠くからの元気なワルイゾーの鳴き声と、それが何かを壊しているのであろう音。せっかくの楽しい時間に水を差されてスンッとなる奏と、開いた口をモニョモニョと閉じる伽羅。そして伯父さんが言ってたのってひょっとしてこれのこと?これのどこが嬉しいことなのよ!と何かを察する縁呪。


 すぐに奏と伽羅の携帯からけたたましい着信音が鳴り、ふたりが同時にそれに出る。電話先からの発言に対して、はい、わかりました、すぐ向かいます!と言って通話を終え、奏は縁呪の方を向く。


「私と伽羅ちゃん、ちょっと急いで行かなきゃいけなくなったの!だから縁呪は先に避難しててくれる?」


 本当は一緒に戦いたかった縁呪は、けれどもそんなことを言えるはずもなく、わかったと返事をすることしかできない。自分が行ったところで、何かをしようとしたところで、意味なんてないことはよくわかっているのだ。縁呪は多少賢いからこそ、自分の分というものをわきまえている。そのわきまえた分が、これは自分がどうにかできるもんないではないと教えてくれるのだ。


「それなら、あたしも応援してるから、二人とも気をつけてね。絶対に、絶対に危ないことしちゃダメだよ」


 元気よく返事をする二人。うんっ!というお返事は、まるでよくいいつけを聞いている良い子のようだが、これからワルイゾーと戦うふたりが危ないことをしないわけがない。対面するだけで危険なのに、それと戦うのが危なくないわけがないのだ。


 つまり、二人のお返事はただ縁呪を安心させるための嘘である。そうでなければ自分の危険も理解できない愚か者が二人か。


 それでもなければ、きっと二人の少女は何も考えていないのだろう。騙してやろうとか、今からするのは危険なことだとか、そんなことは何も考えずに、ただみんなの平穏のために戦おうとしている。


 馬鹿げた利他精神だ。普通であれば、そんなことはありえない。けれども縁呪の知っている二人なら、きっとそうなのだろうなと思った。ゆるふわ系とふわふわ系の緩さを、縁呪は信用していた。


 けれども、だからこそ。心がチクリと痛むのだ。大切なふたりが、心配な二人が危ないところに向かっているのに、自分には何もすることが出来ない。二人から、置いていかれることしかできない。


 ふたりが誰かのために頑張ろうとしているのに負けないくらい、縁呪だって二人のために何かをしたいと思っているのだ。みんなのためには動けなくても、何かのためには動けなくても、特定の誰かのためならば、縁呪は動けるのだ。


 変身した少女たちの声が聞こえる。話し声がして、ワルイゾーが暴れる音は止まった。きっと二人が秘密結社の人間と話しているのだろうと、縁呪は想像する。なぜだかいつも律儀に会話をする秘密結社の構成員が話している間は、ワルイゾーは邪魔にならないように大人しくしていることが多いのだ。実際に遭遇したことはなくても、それがどのような存在なのかは、縁呪もおおよそ把握している。ともすれば、よく対面している二人以上には。


「あたし、こんなになんにもできないんだ」


 声が聞こえる。遠くで誰かが話す声。遠くに行ってしまった大切な人の声。本来なら聞こえるはずの悲鳴は、不思議と縁呪の耳の中には入ってこなかった。逃げ出す民衆の足音や叫び声、そんなあるべきものは何故か縁呪には届かない。そのことに疑問を抱くことすらなく、逃げると言ったはずの縁呪は立ち尽くす。


 逃げなければいけないのは、わかっていた。縁呪には何もすることができないから。離れなくてはいけないことはわかっていた。魔法少女の戦闘は、魔物が相手ではなくとも周囲にある程度以上の破壊をまき散らすものだから。逃げもせずに流れ弾にあたって死んでしまうなんて、いちばん情けない死に方だから。



 心がチクリと痛む。それでも、逃げたくないと思ってしまったのだ。逃げようと思う度に痛むこの胸が、逃げるなと縁呪に囁くのだ。


 ずきりと、胸が痛む。何も出来ない自分が、そばにいることすら出来ない自分が、この上なく情けなく思えた。二人はすごくて、自分は駄目で。


 何かが打ち込まれたみたいに、心臓が痛む。誰よりも一緒にいた奏が、自分から離れていくのがわかった。魔法少女は特別だから、仕方がない。守ってあげたいと思った伽羅が、自分から離れていくのがわかった。魔法少女は特別だから、仕方がない。特別じゃない自分が、魔法少女じゃない自分が置いていかれて、大切な人のそばにいられないことも、仕方がないのだ。魔法少女の特別以外のところで、日常で一緒にいられれば、それだけで十分なのだ。


 縁呪の胸が、内側から光る。その中心から、何かが頭を覗かける。


 一緒にいられれば十分だった。一緒にいる人が特別だとは思っていなかったから、自分も普通のままで満足出来ていた。大切な人たちがいてくれるだけでよかった。他人より少し賢かったから、一緒にさえいれば守れると思っていた。


 けれど、違ったのだ。縁呪にとって大切なものは、世界でも飛びっきり特別な存在だった。ちょっと賢いだけの小娘が守れるような、隣に立てるようなちっぽけな存在ではなかったのだ。


「それなら、あたしも」


 それは、憧れではない。幼い頃に抱いていた魔法少女への淡い憧れではなく、キラキラ輝く理想の夢ではなく、ただの手段。そうすることでしか成すことのできない目的を果たすためだけの、ただの手段だ。


 力が必要だ。魔法少女に並べるだけの力が。特別な力が。そんなもの、魔法少女になるしかないじゃないか。天才である伯父でもできないことならば、縁呪に残された可能性はそれしかない。


「あたしは、魔法少女になるの。あの子たちに置いていかれないために、隣に立っているために」


 縁呪が、自分の胸から生えてきた何かを掴む。勝手に飛び出てくるには、まだ何かが足りなかったそれ。それを無理やり引きずり出して、その妖精が何かを話すよりも先に、抜いたそれ、錆びた五寸釘を逆手に持ちかえる。


「マジカル・オルタレーション!」


 使い方は、誰に習うでもなくわかった。その五寸釘を握った瞬間に、どうすればいいのかが流れ込んできた。実行するのは少し心理的に抵抗があったけれど、縁呪はそれを自らの心臓に突き刺す。うっと小さく嗚咽を漏らして、そこから出てきたのは真っ赤な液体……ではなく、粘性の高い紫色の流体。液体とも気体とも判別しがたいそれは縁呪の体を這うように広がる。


「繋がる縁は世界とともに」


 ゴポリと音を立てながら膨らんだそれが弾ける。あふれ出てきたのは、毒々しい紫のドレスに包まれた、この歳にしては長い手足。紫の気体を撒き散らし、辺りをいるだけでダメージを喰らいそうな空間に生まれ変わらせる。


「カオス・カース!」


“みんな”を守るなんて、そんな高尚なことは考えていなかった。縁呪にとって大切なのは、誰ともしれぬみんななんかではなく、小さな手のひらに収まるだけのものだから。ただ大切な人たちと一緒にいるために、大切な人たちと同じでいるために、少女は祈って、“運命”はそれに応えた。


「終わる時まで、おいてかないで」


 日常に終わりなど、来なければよかった。奏が魔法少女になどならなければ、こんなことにはなっていなかったのだ。もちろんその時は、カースの大切な人たちは4人まとめて最高でも死んでいるのだが、その事を知らないカースはそんなことを考えてしまう。



「これが、あたし……。これならっ!」


 これが……とか言っているけれど、カースはまだ自分の全容を確認していない。すぐそこに鏡でもなければ、変身直後の自分を見ることなんてできないのだから、当然と言えば当然だ。


 とりあえず紫だなーと考えながら、今は色より先に力!とカースは気を引きしめる。既にスタートが遅れているのだから、二人は先に行ってしまっているのだから、置いていかれないためにはまず追いつかないといけない。


 そのためにカースができるのは、まず走ること。逆に言えば、走ることしかできないのだ。空を飛べる魔法少女や、瞬間移動ができる魔法少女。魔法少女にはたくさん種類がいるが、残念ながらカースには移動の役に立つ魔法は使えなかった。


 走って、声の元に向かう。幸い、ワルイゾーは自己主張が激しいので、その居場所は容易に掴めるのだ。少しずつワルイゾーの声が大きく聞こえるようになっていき、ショッピングモールの中が壊されて、土埃が目に見えてくる。


 ようやく着いて、目に入ったのは、大きなフライパンの化け物と、修復されたばかりみたいに周辺と色が違うのに、ところどころ壊れている床。そして、手をこまねいてみている魔法少女が二人。




 先に戦っていた二人は、少し困っていた。小鼓ハンマーを振るって攻撃をするシンフォニーと、もくもく煙出てサポートをするインセンス。直接的な攻撃力を持つものと、サポーター枠を担う二人のコンビネーションは、お互いにお互いを信じていることもあって悪くない。


 悪くないのだが、今回に限ればきっと、相性が悪かった。叩いても叩いても、ゴウンゴウンと音を響かせるフライパンボディにシンフォニーの打撃はほとんど効かず、そもそもワルイゾー相手にインセンスの香は効果が薄い。


 そもそも魔法少女の力は魔物相手、魔法の力があれば通常生物の括りを脱しない存在を相手にするためのものであり、ワルイゾーのような無機的存在を相手にするのには向いていないのだ。だから魔法少女がワルイゾーを相手に苦戦するのはそれほどおかしいことではなく、むしろこれまでほとんど苦労してこなかったシンフォニーの方が異質だと言えるだろう。


 そしてそんな風に変わったシンフォニーの力も、魔法である以上何かしらの法則、ルールに則って作用しており、シンフォニーの場合それは音だ。正確には、小鼓で鳴らした音と、それと同時に生まれる衝撃。シンフォニーの力はとても単純なその二つによって成り立っており、それが通用しない相手に対しては何も出来なくなってしまう。


 そして、今回のワルイゾー、フライパンのワルイゾーには、シンフォニーのハンマーは効かなかった。殴っても殴っても、朝民家から聞こえそうな音が鳴るだけで、ワルイゾーは痛くも痒くもなさそうにしている。フライパンなんてものは、昔から調理のためと目覚ましのために使われてきたのだ。今更叩くものがお玉からハンマーに変わったところで、ワルイゾーにとっては関係ないのだろう。


 シンフォニーが攻撃をして、普段なら鳴るはずのポンッという軽い音ではなく、金属を叩いたゴウンという音が鳴る。小鼓の音がかき消されて、邪気を祓う力が損なわれる。状況はジリ貧だった。シンフォニーとインセンスの攻撃は効かなくて、ワルイゾーの攻撃はインセンスによって回復されてしまう。これが続く限り、負けることこそ起きないが、いつまでたっても勝つことはない。


 そして、勝つことが出来ないということはつまり、どんどん被害が広がる一方ということだ。壊すだけでいいワルイゾーとは異なり、街を守らなくてはならない魔法少女たちにとっては、勝てないということはつまり敗北である。


 自分たちの限界を見極めて、シンフォニーは助けを呼ぶことに決める。待っていたとしても、助けは勝手に来ないから、ワルイゾーには効果がある通常兵器を使ってもらえるように要請する。


“魔法少女エンパシー・シンフォニーの要請を承諾します。直ちに対応部隊を派遣しますので、10分間対象をその場に留めてください”


 管理局の仕事は、こういう場合は早急だ。そもそもが魔物への対策のため、魔法少女のサポートのために存在する組織なのだから、こういう場合に役に立ってもらわないと困るのだが、それにしても早い。お役所仕事にありがちな、責任のお見合いやその他を全部ほっぽり出して、現場レベルの即決即断が許されているのだから、それも当然と言えば当然である。


 処罰されても魔法少女のためなら光栄だよね!という思想と、私の首が飛んでも代わりはいくらでもいるもの。という安心感。そんなものによって今の体制が成り立っているとは考えてもいないシンフォニーは、何とかなりそうなことにほっとしている。


 あとは遅滞戦闘に移って、倒すことよりも安全を優先して戦えば、今日のお仕事は終わりだ。責任感の強い少女たちが、自分たちの無力感に苛まれること以外には何も問題なく、楽しい休日が帰ってくる。管理局は大忙しになるのだが、それはそれ。


 その予定をめちゃくちゃにしたのは、突然走ってきた紫色の少女だ。目がチカチカしそうな鮮やかな紫を身に纏う少女は、誰がどこからどう見ても魔法少女だ。魔法少女と誤認されるようなコスプレが犯罪になる現代において、その少女が魔法少女であるというのは間違いのない。



 突然やってきた魔法少女は、二人と一体を見ながらキョロキョロと状況把握に務めて、こんなに時間がかかったのにまだ倒されていないということはピンチなのだなと理解する。


「あたしが来たから、もう大丈夫!ワルイゾーなんかに負けないんだから!」


 一人だけやる気満々な魔法少女、カースは、自分が空回りしていることに気が付いていない。大切な人たちがピンチなら助けないとと思って、その大切な人たちが助けを求めていないとは考えていない。いや、正確には助けを求めてはいるのだが、既にその当てがあるのだ。


 一人だけ空気が読めない子みたいになっているカースは、遅滞戦闘に務めているシンフォニーを見て、なるほど有効打が足りていないのだなとすぐに察する。空気は読めていなくても、カースは元々あほの子二人とは違って賢いのだ。


 すぐに、こんな時自分なら何ができるかを考える。もちろんただの少女としてではなく魔法少女としてなので、考えるのは魔法のことだ。魔法少女として目覚めた以上、産まれたての子鹿がすぐに立ち上がれるのと同様使えるようになっている魔法。知らないはずなのに、当たり前のように知っていることに、カースは言語化できない気持ち悪さを感じたが、それは後回し。


 思いついた魔法に、ひとつも直接攻撃できるものがなかったことにガッカリしながら、唯一ある攻撃手段を実行するために、カースは五寸釘を取り出す。


 投げるのかな?と思っているシンフォニーと、何をするのかな?と思っているインセンス。そんな二人の前で、本当にこんなことしなきゃいけないのと躊躇いつつカースがとった行動は、自分の太ももにそれを突き刺すという蛮行。


 自分の肉の内側に、何かが入り込む異物感。脳をビリビリ刺激する痛み、刺したのではなく電流でも流したのではないかと錯覚するような激痛に対して、カースは思わず悲鳴を漏らす。


 そんなものを見せられて、驚いたのはその周囲だ。シンフォニーは固まるし、インセンスはぎゅっと目を瞑ってしまう。こっそり隠れてワルイゾーを応援していた小林は小さく悲鳴を上げてしまうし、通信機の向こうにある管理局は大騒ぎだ。



 そして、そんな隙を見逃すほど、ワルイゾーは甘くない。周囲のものを、目の前の魔法少女を壊すために暴れているワルイゾーが、目の前で動かなくなった魔法少女を見逃すはずがない。


 そのはずなのに、シンフォニーはいつまでたっても固まったままで、殴られることも蹴られることもなかった。そのことに疑問を持てないくらい今のシンフォニーは驚いているのだが、ワルイゾーの叫び声がすぐ目の前から聞こえて、ようやく正気を取り戻す。


 声が聞こえたから、すぐに襲われると思って構えたシンフォニーの予想に反して、ワルイゾーからの攻撃は来ない。むしろ、先程まで何をやっても平気そうにしていたワルイゾーは今、体のバランスを崩して倒れていた。


 一体何が起きたのかと、シンフォニーは考える。中身の少ない頭でも、少し考えれば新しい魔法少女、カースが何かをしたのだということはすぐにわかった。タイミングを考えても、魔法少女ということを考えても、他に理由なんてあるはずがなかった。


 足を抑えるカースと、転げているワルイゾー。両方を交互に見て、シンフォニーは両者が共通して右足を抑えていることに気がつく。そしてそこまでわかれば、いかにふわふわ系なシンフォニーでも、今がチャンスなことを理解できる。先程まで何をしても効かなかったワルイゾーが、弱点?を晒しながら無防備な姿を見せているのだ。


 ここで決めなきゃ女がすたる!とばかりに駆け寄って、ワルイゾーの右足にポンッ!と小鼓を打ちつければ、先程までの苦戦が嘘のように、簡単に打撃が入り、小さな足がポロッと取れた。


 それと同時に、2箇所から悲鳴が聞こえる。ひとつはシンフォニーの目の前、ワルイゾーの情けない声だ。こっちはシンフォニー的にはどうでも良くて、問題なのはもう一つ。


 それが聞こえたのは、シンフォニーの後ろからだった。声質はまだ若い少女のもので、一緒に戦っていたインセンスのものとは違う。もちろん少女の悲鳴であるので、小林のものでもないだろう。


 そこまで考えて、シンフォニーは現実逃避を辞める。だって、今この場にいた少女は、シンフォニー自身を除けば二人しかいないのだ。そのうちの一人が違うのであれば、自ずと悲鳴の主は見知らぬ魔法少女になるだろう。


 でも、どうして悲鳴をと考えて、シンフォニーは一つのことを思い出す。自分が何をしても無駄だったワルイゾーが、少女が自傷した途端に傷を負った。そしてワルイゾーに攻撃をしたら、少女から悲鳴が聞こえた。


 シンフォニーでもわかるような、簡単な話だ。自分の攻撃が、どんな理由かは分からないけれど、少女のことまで傷つけることになってしまった。その事にシンフォニーはショックを受けて、思わず手に持っていた小鼓ハンマーを落とす。


 ポンッ、ポンッと地面でバウンドしながら転がった小鼓に目を向けるよりも先に、確認しなければならないのは少女の容態だ。悲鳴をあげただけで、それほど問題がなさそうであればそれでよし、傷が深そうであれば、なんとしてでも何とかしなくてはならない。


 そう思いながらシンフォニーはカースの元に向かい、ちぎれかけているその右足を見て、思わず顔を顰める。自分のせいで怪我をしてしまった少女に対する反応としてはあんまりだが、普通に暮らしていた少女であるシンフォニーは、重たい傷になんて慣れ親しんでいないのだ。


 思わずの反応が出てしまったままで、それでもどうにかして治せないかシンフォニーは頭を悩ませる。悩むだけ悩んで、思いついたのはとても人任せな方法。


「インセンス!この子の足の怪我、なんとか治せないかな!?」


 シンフォニーが思いついたのは、自分も何度かお世話になっている、インセンスの癒しの力だ。紫色の線香を刺して、そうするとあっという間に回復しているあの不思議な魔法。この状況から何とかできるとすれば、それくらいしかシンフォニーには思いつけない。



「伽羅、やってみる。……癒しの香ラベンダー!」


 すっと、インセンスが袖の下から数本の線香を取りだして、直接カースの右足に刺す。プスプスと刺された痛みを感じているのか、ひときわ悲鳴が大きくなって、すぐに止んだ。


 足は、繋がっていた。最初から一度もちぎれかけてなんていなかったかのように、あっさり綺麗に怪我は消え去る。そうして、落ち着いた少女と共にダメージから脱却したのは、ワルイゾーの方も同じだ。


 時間だけが経過して、少女が来たばかりの時と同じ状況に戻る。よく言えば充分時間稼ぎに貢献して、悪く言えばなんのためにやってきたのかわからないカースは、先程の醜態を無かったことにでもしたいのか、ずっと立ち上がって二人のそばに立った。


「変なところを見せちゃったわね。でも大丈夫、さっきは初めてだったから上手くできなかったけど、次はきっとうまくやれるわ。ちゃんとやれば、あたしの方にフィードバックが来たりしないはずなのだもの」


 たぶん、きっと大丈夫!と聞いていて心配になるような言い方をするカースに、シンフォニーは悲しそうな顔をする。可哀想なものを見る目ではなく、悲しそうな顔。魔物と戦うために、魔法少女が自傷しようとしていることに対する悲しみだ。


「つぎなんて、ない方がいいよ。あなたが痛い思いをしなくても大丈夫な戦い方を、きっと見つけよう。大丈夫!私も一緒に考えるし、もし何も思いつかなくても助けは来るから!」


 また来ることになる痛みに、少し震えながら耐えようとしていたカースは、シンフォニーのその言葉を聞いて、少し安心し、同時に焦りを感じる。安心してしまったのは、先程の痛みを繰り返さなくてよかったから。焦ってしまったのは、他に自分が貢献できそうなことを思いつかなかったから。何も出来ないというのは、魔法少女たちと一緒にいるために魔法少女になったカースにとっては大きな問題だ。


「大丈夫、きっとうまくやれる。あなたが痛い思いをしなくても、きっと何とかしてみせる。だからお願い、私のことを信じて欲しいな」


 そのお願いは、本当にただのおねがいだ。シンフォニーの気持ちが籠っているだけで、なんの確証もなく、根拠もなく、無責任に自分にかけろという行為。説得すら投げ出した、交渉の風上にも置けないお願いだ。


 けれど、そのお願いはなんの意味も無いものであるのと同時に、カースにとってはずっと求めていたものであった。一緒にいたいと思った人が、自分に何かを望んでくれている証拠。それを前に出されたカースは、普段の賢さがどこかに消えてしまったかのように、考えるよりも早く肯定を返してしまう。

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