第11話 不思議なおじさん、奏と伽羅がイレカワッチャウ!?

 校外学習が終わって、バスが学校に戻る。交通渋滞に巻き込まれたせいで、本来の予定時刻よりも一時間遅れてしまった到着の後、みんなが下校していく中で奏と伽羅は二人、職員室に呼び出されていた。何故か一緒に縁呪も着いてきているが、この子は呼ばれていない。ただ、一人で帰るのが寂しかっただけである。


 職員室について、自分たちを呼び出した奏の担任の先生を探す。奏は、自分が突然いなくなって校外学習に参加したから怒られるのだろうと考えていたが、そうだとすると伽羅まで呼び出された理由がわからなかった。


「……あれ、伯父さんなんでこんなところにいるの?」


 わからないことは聞けばいいや!と考えているふわふわ系と、何も考えることなく歩いていたゆるふわ系が、呼び出した先生の席に向かうと、そこに居たのは縁呪の伯父、ユウキ。


 まるで自分の席に座っているかのようにくつろいでいるユウキに、縁呪が思わず尋ねると、君はここに呼んでいないはずだけどと言い返した後、呼び出したのが自分だと白状する。先生は?と奏は疑問に思ったが、彼なら部活だよとまるで心を読んでいるかのように教えられた。


「それで、君たち二人への用なのだけれどね、一つは注意で、もうひとつは実験だ。とりあえず移動するから、着いてきなさい。縁呪は……来ても来なくてもいいから好きにしなさい」


 説明らしい説明は一切せずに、自分の用だけ伝えて歩き出すユウキ。伽羅は見知らぬこの人の言うことを聞いていいのか不安になったが、縁呪と奏が素直に聞いているのでそれを真似た。


「伯父さん、お金だけは無駄にあるんだからもっといい車乗ればいいのに。なんでこんな丸っこい軽なの?」


 伯父の見た目に合わない、丸くてかわいい車に対して、大きくてごつい車が好みな縁呪が、何度目かわからない文句を言う。一人で乗ってる時は知らないけれど、自分が乗る時はカッコイイ車にしてほしいと、縁呪は度々伯父に言っていた。お金持ちなんだから車を何台も買って、少しでもけーざいを回せと。


 そんなふうに口ばっかり出してくる姪のことは無視しながら、ユウキは奏と伽羅に話しかける。勉強の調子はどうだとか、難しい教科はあるかとか、子供相手に話題に困った親戚が何とか絞り出したみたいなことを聞くユウキと、それに対してにこにこ顔で答える奏。親友縁呪が無視されているのに、やけにご機嫌な奏だが、それもそのはず。ユウキは奏の初恋のおじさんである。そしてついでに、奏はその初恋を中学生になった今でも引きずっていた。


 もちろん、ユウキは父とほぼ同年代なので、ユウキから見たら奏などただのちんちくりんな子供である。間違っても恋愛対象にはならないし、現に何度もお断りされていた。


 にもかかわらず諦めることのできない初恋乙女な奏は、ユウキと会うたびに大好きオーラ全開でアピールするのだ。おかげで年々ユウキの対応が雑になっていくのだが、奏はそれでもいいらしい。


 そんな理由でいつもとは様子が異なるに、びっくりしている伽羅は何も言えなくなっている。ユウキ自身は伽羅と話したそうにしているのだが、暴走状態のふわふわ系は少しばかり空気が読めない子であった。


 そんな、なんとも奇妙な状態の四人が向かったのは、毎度おなじみの管理局。そこまでおなじみになるほどの回数は訪れていないのだが、全く機会のなかったこれまでと比較すると、最近はいつもと言っていいほど来ている。


 縁呪にとってはいつも通りの、奏たちにとっては初めての道を通って、着いたのは、ユウキの部屋。一応、研究室という名目で貸し出されている部屋で、実際にこの場所で様々なものを作ってきたから、あながち間違いともいえない部屋だ。


「それじゃあ、まずどうでもいい方の話題から済ませちゃおうか。奏ちゃん、必要以上に正体がバレそうな行動はとらないこと。変身してから現場に向かったのなら、そのまま帰ってくるかお迎えを待ちなさい」


 適当なところにかけてくれと座るように勧めたユウキは、奏と伽羅が散らかった机の上を気にしていることは無視して話し出す。何度も来たことがある縁呪は、全く気にしたそぶりもなく机のお菓子を勝手に食べていた。


「それから伽羅さん、君の魔法はあまり閉鎖空間では使わないように。健康被害こそなさそうだが、視界が悪くなるとこちらにも影響が出る。とはいえ、効果は間違いないから魔物が相手なら気にせず使うこと」


 ユウキさんが迎えに来てくれるならいつでもどこでも待ってるよ!というふわふわ系と、半分くらいわかっていないけどとりあえず頷いているゆるふわ系。ユウキは前者を無視して、後者にはあとでまとめたメモを用意すると伝える。


「……あれ!?ユウキさん、縁呪がここにいるのに魔法少女の話しちゃダメじゃん!!」


 秘密にしなきゃなのに!と今更慌てる奏と、ほんとだ!とびっくりする伽羅。ユウキはそれはもうバレてるからいいとだけ言うと、本題は別にあるのだと話し始める。


「最近伽羅さん、イノセンス・インセンスの協力のおかげでいろいろと魔法に対する研究が進んでね。それに対するお礼と、あとはその結果で来た試作品を試したいから実験体になってほしいんだ」


 インセンスの協力、変身状態で生成した線香を変身解除後にも効力を残して利用できるかの実験、つまりは線香の提供に関する感謝を先に告げて、ユウキは自分の一番の目的についての話を切り出す。伽羅はお礼に対して頷いた後、実験に関しては少し考えこむ様子を見せたが、奏は迷うことなく協力を申し出た。


「伽羅ちゃん、大丈夫だよ。ユウキさんの言う実験って、絶対失敗しないから。目的通りの結果が出ることを確認するだけだから、心配いらないの」


 ユウキに対して全幅の信頼を置いている奏だが、これは別に恋のせいでも目的になっているわけではない。実際に、ユウキがこれまで行ってきた実験が、どれほど周りからは無茶に想えたとしても、成功させてきたことを知っているからこそ出てくる言葉だ。勿論、実験体になるのは普通であれば成功失敗関係なく抵抗があるものなのだが、そのあたりは盲目になっているのだろう。


 けれど、奏がどのあたりでおかしくなっているのか判断がつかない伽羅は、奏がそう言うのであれば問題ないかと考えた。一応、奏の言葉が本当か縁呪に確認はとったのだが、幸か不幸か奏の言葉も、ユウキが失敗したことがないというも真実なので、止められはしない。


 その結果、ちゃんと話も聞かずに伽羅は協力すると言ってしまった。それを聞いた途端に、にっこりと素敵な笑顔になったユウキが、ふたつのブレスレットを取り出す。


「これをつけた状態で変身してみてほしいんだ。私から頼むことはそれだけで、あとは経過観察をさせてもらいたいくらいだね」


 言われるがままに奏と伽羅はそれをつけて、マジカル・オルタレーション!!する。奏でるこころはみんなのために!と、紡ぐ想いは香りにのせて、で変身が終わった。正式な管理局からの要請もなく、緊急事態でもない状態での魔法少女への変身。ユウキへの協力という名目があるから何も言われないだろうが、規則的にはかなり真っ黒だ。二井や結に見られたら注意されること間違いなしだろう。


 そんな状態で変身して、さて何が起きるのかと期待している様子の二人は、にっこり笑っているユウキに手鏡を渡されると、信じられないものを見たかのような悲鳴をあげる。


 何事かと思った縁呪が二人のことをまじまじと見つめて観察するが、特にこれといっておかしいところは見つけられない。多少顔が変わっていたとしても、魔法少女バージョンはそんなに見ていないのでわからないのだが、それにしてもこの驚きようはなんだろうと縁呪は不思議で仕方がなかった。


「なんで、なんで私がインセンスになってるのーっ!?」


「伽羅、シンフォニーになってる……」


 まるで中身が入れ替わってしまったかのようなことを言う、シンフォニーとインセンス。喋り方や一人称まで変えていて、縁呪は一瞬そういう遊びを始めたのかな?と考える。自分を騙すために、どれだけそれっぽく振る舞えるか試しているのかと。


「ねえ伯父さん、今回は一体どんな実験なの?」


 そこまで思ったところで、縁呪は今が伯父の実験中であることを思い出す。自分自身も何度か餌食にされた、何をしでかすかわからない伯父の実験。その最中に起きたことであれば、きっと説明させれば答えが出てくるだろう。


「簡単に言うと、魔法少女の中身を入れ替える実験だね。中身を入れ替えるだけなら特になんの意味もないのだけれど、それが魔法少女であればひとつの仮説を実証できるかもしれないんだ。それができれば、またひとつ魔法少女の秘密を解き明かすことができる」


 伯父の言葉を聞いて、それなら本当にこの二人は入れ替わってしまったのかと納得する縁呪。ひとまずまだ混乱が落ち着いていない様子の二人を宥め、頭が回っていない様子の二人に説明する。


「つまり、私がインセンスになっちゃったのはユウキさんの実験のせいってこと?……インセンスの体ってこんな感じなんだ……」


「シンフォニーの体、すごい。ぴょんぴょん飛び回れるのも納得」


 ある程度理解した様子のインセンス……の中に入った奏と、よくわかんないけどすごーいってくらいの認識なシンフォニー(伽羅)。伽羅ちゃんにはちゃんと説明してもあまりダメそうだなと理解させることを諦めた縁呪は、少なくとも奏には理解させるために、唯一状況を正しく把握しているはずの伯父を見る。


「なるほど、魔法少女としての力が宿るのはやはり身体の方か。ここまでは想定通りだけど、測定値が基準のものとは異なっているな。精神の方による誤差、にしては性質が変動しすぎている。やはり魔法少女には二つ要素があって、精神と肉体にそれぞれ宿っていると考えるのが自然か。ふむ、なかなかに興味深いが、サンプル数が足りないな。縁呪、君はいつになったら魔法少女になるんだ?三人いればサンプル数が3倍になるから、はやくしてほしいのだが」


 なにかの画面を見ながら、ブツブツ一人で呟いていたユウキが、縁呪に対して無茶な要求をする。成れと言われて成れるものならとっくになっていると縁呪は文句を言ったが、そんな姪っ子の言葉はユウキには届かない。念の為により詳しい検査をしようかと言って二人を連れ出し、円柱型のケースに入らせる。


「ユウキさん、これって何を調べる機械なの?」


 聞いてもわからないことをわかっていながら、インセンス(奏)はぎこちない表情でユウキに尋ねる。わからなくても、説明をする時に構ってもらえるからそれだけで奏は満足だった。


 そんな奏に対して、ユウキは適当に電子レンジだよ、君たちを少し温めたくてねと答える。それを聞いた奏が、そんなことしたら頭パーンってなっちゃうよ!?と言っているのを聞いて、おやおや電子レンジの原理を知ってるんだ。おやおやお嬢ちゃんかしこいねぇと言った。


「そんな冗談は置いといて、実際にはマジカルなことを色々と調べるための装置だよ、MS解析くらい聞いたことがあるだろう?」


 あれはMマジカルなS存在解析の略なんだ、なんて冗談を言うユウキだが、普通の女子中学生がMS解析のことなど知っているわけが無いので、素直に信じられてしまう。このせいでユウキが個人的に作っていたこの装置はM魔法S少女解析装置と、ややこしい名前で呼ばれることになるのだが、それはまだ先の話。


 ケースがシュインシュイン鳴りながら光ったり、回ったり、光ったりする。回っている間は光らないのが、ユウキのこだわりポイントだった。なお、光ったり動いたりするのは何も無いと寂しいからなんてクソみたいな理由である。なんかすごい装置っぽい!とふわふわ系に好評だったのが唯一の救いだろうか。


 五分ほど不思議なケースに収納されていたシンフォニーとインセンスは、三分も経つ頃にはじっとしていることに飽きて、何やらモゾモゾ動いていたが、中に入っていれば起きていようが寝ていようが変わらないので、ユウキは放置する。気にしているものは、装置から繋がっているモニターの表示だけだ。


 時間が経つと、レンジみたいな音を立てながら装置が止まり、ケースが開く。直前までクルクル回されていた二人は、温められたパックご飯みたいな気持ちになったが、そんなことはユウキには関係の無いことなので無視され、一発スッキリして満足した下衆ムーブで帰らされる。想い人に雑に扱われた奏はちょっと泣いた。


 変身したまま、入れ替わったまま放置された二人が、これからどうしようと途方に暮れている。それを見ながら、やっぱりろくなことにならなかったとため息をついた縁呪によって、とれたてフレッシュのデータに夢中な研究者ユウキとは違って、まともな判断能力を持つ大人が呼び出される。


 魔法少女の対応ということで選ばれた二井が、普段は入ることのない部屋に少しビビりながら入ると、そこでしょんぼり待っているのはあほの子二人。勝手に変身したことと、そのせいで面倒なことになったこと、そしてついでに奏は校外学習に合流したことを怒られて、変身を解けるか試すことに。


 変身自体は、解くことが出来た。シンフォニーとインセンスは奏と伽羅に戻れたが、戻ったのは見た目だけ。ブレスレットはつけたままだし、奏は表情が乏しく、伽羅は豊かになる。ユウキが怪しげなことをしたと知っていれば、二人が入れ替わっているのは明らかだった。


 ユウキからと、二井からの二重で叱られた奏in伽羅が一際しょんぼりしながら、車に乗せられる。魔法少女のわがままを聞くのも二井の仕事の一環だから、アホなことをした魔法少女を家まで送るのも当然仕事になる。


 怒られても特に気にしていない伽羅in奏が、しょんぼりした奏を連れながら楽しそうにどなどな歌う。全く反省した様子がないことに二井は少しだけイラッとしたが、考えてみたら伽羅は今回ほとんど悪いことはしていないので諦めた。話を聞いていなかったことや変身をしたことは良くなかったが、それだって大好きなお姉ちゃんにそそのかされてやったことだ。ゆるふわ系な頭のことも考えれば、反省の色が見られないのは当然とすら言えるだろう。


 もう考えるのが面倒になった二井は、無心で車を運転する。幸いと言うべきか、おしゃべりしたがっている伽羅の相手は縁呪がしてくれていた。


 後ろでなにやら相談している三人のことをなるべく考えないようにしながら、二井は三人を家の近くまで送る。家の前まで送らなかったのは、ここで下ろしてほしいとわがままを言われたのが半分、もう半分は二人の保護者に事情を説明するのが面倒だったからだ。聞かれたら答えるし、魔法少女の行動として報告はするけど、その回数をわざわざ増やすのは嫌だった。


 仕事を増やされるのが仕事な二井が仕事をしているのを見送って、奏たちは作戦会議をする。学校から帰るのが遅くなったことに、まずお小言を言われるだろう。理由があるとはいえ、何も言わずに遅い時間になったのだ。心配もかけたから、それについて言われるのは甘んじて受け入れる。ただ、それ以外の部分で怒られるのは嫌だった。怒られてもしかたがないことをしたのはわかっているから、できるだけ最低限で済ませたかった。


 そのために話している伽羅と奏は、ひとまず入れ替わっていることは隠すことに決める。人の中身を入れ替えるなんて信じてもらえるかわからないし、もし信じてもらえなければ、二人は悪いことをしているのにふざけ続けてると思われるだろう。そんなことになったら、父と母は怒るよりも悲しむかもしれない。二人を悲しませるのは、絶対にしたくなかった。


 話し合いに巻き込まれていた縁呪は、きっと伯父さんにやられたって言えば信じてもらえるよと伝えたのだが、奏と伽羅の意見は変わらない。信じてもらえたらもらえたで、今度は勝手に実験体になったことを怒られるはずだ。もし自分たちが怒られなかったとしても、人の娘を勝手に実験体にしたユウキは父から怒られることだろう。当たり前だし、怒られるべきなのだが、奏は想い人が父に怒られるのは嫌だった。伽羅は別にいいかなと思ったが、奏が嫌がっていたので反対しておいた。


 そこまで言うのなら自分も何か考えてあげないとと思った縁呪は、10秒ほどこめかみをこねこねして、キュピーンとひらめく。その内容は、素直にお説教されて、反省して、今日一日とりあえず大人しくしていること。言われる前に宿題をして、嫌いなピーマンも残さないで、お風呂はゆっくり100秒数えてから上がる。寝る前にはしっかり歯磨きをして、夜更かしせずに9時には布団に入る。そうしておけばこれ以上怒られることはないから安心だろうと。ついでに、反省しているのを見せれば、多少口数が減って様子がおかしくても怪しまれることはないだろうと。


 名付けて、今日一日いい子作戦。なんにも解決になっていない作戦だし、作戦なんて名乗るのも恥ずかしいようなものだが、あほの子二人の要望はしっかり満たせる作戦だ。あほの子たちがお互いの真似を上手にできれば、それだけで成功する簡単なものでもある。


 こんなものでいいのかな?と、二人の反応をうかがう縁呪と、理解するまでに少し時間を置いて、完璧な作戦だと褒め称えるあほの子二人。縁呪は褒められたことに照れるが、それよりも2人の頭が心配だった。


 やけに自信満々な二人は、そのまま縁呪にお礼を言って、家に帰っていく。それを見送ってから、二人が遅いと怒られるような時間になったにもかかわらず誰も何も言ってくれない家に縁呪は帰った。おかえりなさいの言葉すら聞こえない家が、その寂しさが心をチクリと刺激するが、縁呪にとっては慣れた我が家だ。二人は上手にできるかなと気にしながら、冷凍庫で固まったおかずを解凍する。



 自分たちの参謀役がレンジとにらめっこしている頃、奏と伽羅はまだ玄関でこそこそしていた。家に帰ったはいいけど、靴が揃っていたことから、両親はもう帰ってきている。そんな状態で、リビングに向かったらまず怒られるだろうし、かと言ってリビングに行かなければ、それはそれであとからより怒られることになるだろう。その事がわかっているから、二人はリビングを開けるのを躊躇っていた。


「……おや。二人とも、おかえりなさい」


 ひっひっふー、と深呼吸をして、伽羅に入った奏がリビングの扉を開ける。角を生やした母が立っていることも想定していた二人にかけられたのは、予想していたよりもずっと柔らかい言葉。ピーマンの肉詰めを作っていた父の言葉だ。


 た、ただいま。……ただいま。と、二人は少しぎこちないながらもお互いの真似をして、帰宅の挨拶をする。どちらかと言うとぎこちないのは伽羅の方で、奏は知らないで見たらまず分からないくらいにはクオリティが高い真似っ子だった。きっと、普段からよく見ていることと、テンションが低い真似をするだけだから比較的負担が低いからだろう。


 奏のクオリティの理由はともかく、料理をしている父の機嫌が良かったのか、二人は思っていたほど怒られることなく、遅くなると危ないから次から気をつけなさいと言われる程度で済む。構えていただけに拍子抜けした二人だが、積極的に怒られたいわけではないので、変に突っ込むことはしない。


 殊勝な態度の二人に、母も心配していたから後で謝っておくようにと伝えて、父は料理に戻って行った。少しするとお風呂から上がったらしい母がリビングに戻ってくるので、二人は揃ってごめんなさいする。


「奏と伽羅ちゃんが無事なら良かったわ。でも、心配するから次からは先に連絡すること。私が上がっても帰ってきてなかったら学校に電話していたし、お父さんなんて料理を作り終わったら探しに行こうとしてたんだからね」


 遊びに行く時は必ず一度帰ってくること!と言われて、もっともなことを言われた二人は落ち込む。それは、悪いことをしたなという反省によるものと、こんなに心配してくれていた二人に、自分たちはどうすれば怒られないかしか考えていなかったのだという罪悪感によるもの。


 もう一度父に、今度はちゃんとごめんなさいをしたら、二人はお風呂に入る。一緒に入る時とバラバラではいる時の二通りがあったが、今日は揃って行動したかったので一緒に入る日だ。


 縁呪からのアドバイス通り、ゆっくり100秒数えて、ドライヤーでしっかりと髪を乾かしてからリビングに戻ると、父がご飯を完成させて待ってくれていた。もう座っている両親をこれ以上待たせないために急いで、みんな揃ってご飯を食べる。奏は苦手なものは最初に、伽羅は最後に食べるタイプだ。


「……おとうさん、おしょうゆとって」


 ピーマンの肉詰めには醤油をかける方が好きな伽羅が、おじさん、と言いかけて、自分が今奏になっていることを思い出して言い直す。お父さん、という響きは、なんだか胸がポカポカした。


 はいどうぞと渡されて、ありがとうと返すと、そこからはあまり会話のない食事になる。普段よくしゃべる奏が、今日は伽羅に入っているせいでほとんど話さないからだ。両親は奏が落ち込んでいると思っているのか、特に怪しむ様子は見せずに静かな食事が終わる。いつもの賑やかな方が好きだな、と伽羅は思った。


 心配かけた罪滅ぼしも兼ねて、伽羅は母がやっている洗い物のお手伝いを名乗り出る。お母さんなにか手伝うことある?と聞くと、それなら食器を拭いてほしいと頼まれたので伽羅はお手伝いをした。


 それが終わると、もう一足先に歯磨きをしている奏を追いかけるようにして、寝る準備を始める。宿題も済ませてしまえば、怒られることも注意されることもない。むしろ今日はちゃんとやってえらいねと褒められて、伽羅はとてもうれしかった。


 明日からも、いっぱいいい子にしようと伽羅は決めて、何とかバレずに済んだねと二人でこっそり話しながら、二人は布団に入る。明日の授業のことは、今は考えないことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る