第10話 嵐の校外学習!おやつにお弁当にワルイゾー!?

 縁呪がひとりで先に帰ってしまった次の月曜日。いつもの奏と伽羅がいつもの場所に向かうと、そこには普段通りの縁呪がいた。普段通りの、とは言っても、奏も伽羅も縁呪の様子がおかしかったことになど全く気付いていなかったのだが、縁呪は賢い子なので心配かけたかもと考えて、今日は殊更に明るく振舞おうと決める。考え自体は真っ当なのだが、いかんせん相手があほの子二人だったせいで、完全に空回りしていた。


「おはよう二人ともっ!伽羅ちゃん、今日校外学習だけど、ちゃんと準備してきた?」


 魔物の襲来、それによる女子生徒行方不明。そんなショッキングなできごとによって、無期延期も考えられていた校外学習だったが、行方不明と思われていた伽羅が普通に登校してきたこと、心に傷を負っているかもしれない伽羅が、誰よりも校外学習を楽しみにしていたこともあって、次の登校日に決行することが決まる。


「んっ!……奏、ちゃんとおやつ持ってきた?」


 縁呪に尋ねられて、自分のカバンをフリっ!と見せながら自慢げにする伽羅。そうしたことで、自分とは違っていつも通りの荷物を持っている奏に気が付き、ちゃんと準備をしてきたのか心配になって尋ねる。


「んー?伽羅ちゃん何言ってるの?校外学習に行くのは一年生だけで、私は普段通り授業だよ」


 たくさん楽しんできてねっ!と笑顔の奏と、なにそれ聞いてない!と驚く伽羅。校外学習に行くのなんて初めてな伽羅は、一学年しか行かないなんて当たり前のことすら知らなかった。何が悪いと言えば、一緒にお菓子なんて買いに行った奏が全部悪いのだが、奏からしてみれば伽羅の勘違いの方が驚きだ。


 奏の制服の端を掴んで、伽羅が甘える。校外学習は、奏ともいっしょに行きたいと。うるうるとした目で見られて、言う通りにしてあげたくなる奏だが、奏には授業が待っている。もし奏が、そんなの知るか!と言えるような不良少女だったら一緒に行けたかもしれないが、魔法少女になれる少女たちは純粋で真面目な子だけだ。その場合、そもそも伽羅は魔物の餌食になっている。


 捨てられた子犬みたいになっている伽羅に、罪悪感をぐりぐりと刺激されながら、奏は教室に向かう。うちの妹、かわいすぎ……と胸がきゅんとして、抱きしめたくなるが、人目に付くので我慢した。お姉ちゃんだったから我慢できたけど、お姉ちゃんじゃなかったらきっと我慢できなかった。奏はそんなことを考えているが、実際のところ奏はリアルお姉ちゃんではなくお姉ちゃんモドキでしかないので、お姉ちゃんじゃなくても我慢できている。ふわふわ系は気が付かなかった。


 そんな奏を見送って、集合場所の校庭に集まる縁呪と伽羅。見るからにしょげてしまった伽羅に対して、縁呪は表情が豊かになったなと思う。ちょっと失礼と言って試しに顔をむにむにしてみると、表情筋が物理的に柔らかくなっていることに気がつく。無表情でお人形さんみたいだった伽羅もかわいかったけど、こうして様々な表情を見せてくれる伽羅はもっとかわいいなと思いながら、伽羅の意識を奏から逸らす。


 ほっぺたをもちもちされながら、うにゅっとか、んにゅっと鳴いている伽羅が列に並ばされて、そのままバスに連れ込まれる。動き出したバス、みんなと一緒の校外学習にテンションが上がって、どなどなーと口ずさむ伽羅。周囲は微妙な空気になるが、当然ゆるふわ系は歌詞なんて理解していないので、揺れてるのが面白くって歌っているだけである。


 運転手さんも微妙そうにしながら、でも誰も突っ込まないからと我慢して、売られて……揺られていること5分、普段口を動かさないせいで疲れてしまった伽羅は、何かをやり遂げたような顔をしながら口を閉じた。お歌上手だったねーと周りの子達に褒められて、実に満足そうである。クラスメイトたちはみな、かわいい子には旅をさせず褒めて伸ばすタイプだった。


 お歌を歌って疲れた伽羅は、窓の外を見ながらぼーっとする。山本先生が何かを話しているが、完全に聞いておらず、奏といっしょがよかったな……と考えている。先生のお話はちゃんと聞かなきゃいけないけど、無理そうだなと理解した縁呪は、自分がしっかりしなきゃっ!とやる気になった。


 それにどれほどの意味があるのかはわからないが、縁呪は伽羅の分まで集中して、熱心に先生のお話を聞く。騒ぎすぎないこと〜とか、○○中学生としての自覚を持って〜とか、なんかそれっぽい注意を話しているだけで、良識のある縁呪であれば聞かなくても大丈夫な内容だ。聞かなくてもいい真面目な子ほど注意を聞いて、聞かせなきゃいけないやつほど話を聞いていない。


 そんな聞かなきゃいけないやつの代表であるゆるふわ系は、先生が話しているのを聞かないままカバンをゴソゴソする。そのまま取り出したお菓子を食べ始めようとしたところで、縁呪からメッ!された。


 伽羅は頭がゆるふわ系あほの子ではあっても、わるい子ではない。メッ!されたらちゃんと反省してごめんなさいもするし、反省するからこそしょんぼりもする。そのせいでただ仕事をしていただけの先生に罪悪感を植え付けながら、一年生の校外学習は進んだ。見る場所自体は、学ぶ内容は、一年生の最初の方に訪れる場所なのだから、たいしたものではない。学習という名目をつけて、クラス内の親睦を深めるのがメインの目的なのだからそれも当然だ。



 数箇所の場所を回り、程よく疲れたところで原っぱに着く。たくさん歩いた後の、ちょっと温まった体にあたる風が心地いい中で、縁呪と伽羅はレジャーシートを出す。学校の校庭なら砂が入ってしまうかもしれないが、綺麗に刈られた芝の中であればお弁当を食べるのにも支障はない。


 食べ始めこそ日光が少し暑いかなと思っていた伽羅も、一度止まって発熱が緩めば、温かな日差しの心地よさを実感する。子供らしく日光、日焼けの事なんて気にすることなく、父が作ってくれたお弁当を食べる伽羅の頭のなかは幸せでいっぱいだ。奏が一緒じゃないことの寂しさなんてものはもう忘れてしまい、純粋に初めての校外学習を楽しんでいる。


 タコさんとカニさん、イカさんのウインナーをにこにこしながら見ている伽羅の、美味しそうにご飯を食べる姿にやられたお友達が、自分たちのお弁当箱の中から一押しのおかずを貢いで、返礼としてウインナーをもらう。おかずとしては不平等もいいところなトレードだったが、自分の好きなものを伽羅に喜んでもらえた少女たちは満足気だ。むしろ、自分のウインナーの種類が減った伽羅の方が少し寂し気なくらいである。伽羅は、忙しい父が自分のために一手間かけて作ってくれた海の無脊椎ウインナーが、かわいくて好きだった。


 けれどもみんなが父のウインナーを喜んでるからそれもうれしいなと思いつつ、献上されたおかずたちを食べていく。どのおかずもおいしいけれど、卵焼きは父の作る甘いのが一番好きだと思った。そうは思っているけど、実際のところ伽羅が好きなのは、自分にとってのヒーローが、父が自分のために作ってくれた料理の味だ。一番おいしいのは結局、大好きな人の愛情がいっぱいこもった料理である。


 そんな自覚は全くもたず、父の料理は今日もおいしいと、父は料理の天才なんじゃないかと考えるゆるふわ系。気持ちは籠っているし丁寧に作ってもいるが、父の料理はそこまでこだわりがあるわけではないので、完全な過大評価である。


 そんなふうにしているうちにお昼の時間は終わって、何もない原っぱで食後の自由時間になる。特段遊べるものがあるわけでもなく、興味を引くものがあるわけでもない野外でできる時間つぶしは子供みたいに走り回るか、のんびりおしゃべりをするくらい。最近魔法少女になったとは言え、変身していなければ女子中学生の中でも最低レベルの身体能力しかない伽羅が前者を選べるわけもなく、それに合わせる友人たちも自然とおしゃべりにふける。


 つい先日学校が災害に襲われたとは思えないほど、平和な時間が流れる。魔物が現れる以前の世界であれば臨時休校になっていたであろう事態でも、こんな時だからこそ教育をやめてはいけないという理由で、授業は平常通り行われるのだ。


 お昼の時間が終わって、みんなでバスに乗り込む。回らないといけないところは多いから、やることが終わればすぐに移動の時間だ。この後は二か所の見学と、最後に軽いハイキングのようなものが待っているのだが、伽羅は最後のものが少し嫌だった。いやだったからといって、特段何かアクションを見せることはないのは、いやなことからは逃げられないというこれまでの学習の成果だろうか。


 けれど、そんなことを気にしているような余裕など、伽羅にはない。たくさん動いて、お腹いっぱい美味しいお弁当を食べて、伽羅はすっかりお眠になっていた。おしゃべりをしている時点でほとんど限界だったその眠気は、バスの心地いい揺れが足されることであらがえないものに進化して、伽羅に健やかな寝息を立てさせる。隣に座っていた縁呪は左肩を貸して、その眠りのサポートをしていた。


 平和な時間だ。普通の中学生、というには少しばかり行動パターンが幼すぎるかもしれないが、そんな子供たちが過ごすべき、愛すべき平穏である。そして、そんな平穏は、魔法少女の“運命”からは遠いものでもあった。



 平和に道路を走行していたバスの前に、突然何者かが飛び出してくる。運転手はとっさにブレーキを踏むけれど慣性の法則を無視することはできず、バスの中は大惨事だ

 。荷物やカードは散乱して、突然の揺れによって頭をぶつける生徒が多発する。


 すぐに気づいて、とっさの判断で頭をかばえた子なんかは、まだ被害が少なかった方だ。逆に、頭をかばうことすらできない、少しとろい子はたんこぶを作ることになる。その中でも一番被害大きかったのは、眠っていたら突然顔面に一撃を食らったもの。つまりは伽羅のことである。他の子たちは授業の一環である校外学習の最中に居眠りなんてしないので、完全な不意打ちを食らったのは伽羅だけであった。


 叩きつけられた猫みたいな、年頃の少女が出すには少々不適切な声を出しながら、伽羅は痛みで目を覚ます。前の座席についている、よくわからな手すり部分がちょうどおでこに当たって、伽羅は目覚めとともに涙目になった。


 伽羅が周囲の状況を何とか把握したタイミングで、運転席の前にいた人影、観光用バスに引かれたはずなのに、全く怪我をした様子のない飛び込み選手が不思議な球体を道路に落とす。落とされた球体は粘性の高い液体に沈むようにアスファルトに入り込むと、ワルイゾー!と叫びながら巨大な人型となって出てきた。


 秘密結社が現れたことを理解した伽羅は、なにかあったときにはすぐにするように言われていた管理局への連絡を行う。ある程度のコミュニケーション能力と状況把握能力があるとみなされている奏とは違い、完全に頭ゆるふわ系少女として認識されている伽羅は、電話ではなく遠隔操作の小型ロボット付きだ。伽羅の説明を解読していたら、助かる命も助からないという判断に基づく、管理局の特別対応なのだが、なんかかっこいいからという理由でゆるふわ系は気に入っていた。



 このバスは~とか、我々が~とか話しているゴクアークの話を聞き流しながら、伽羅は管理局、二井の判断を待つ。ゆるふわ系は自分の意思で動くのが苦手だった。そのまま十秒ほど待って、二井から出された指示の通りに伽羅は変身する。



「マジカル・オルタレーション」


 ポケットから無雑作に取り出した緑のライター、種火の妖精ファイヤーを取り出して、伽羅はシュッシュッと火打石を回す。これまでライターなんて使ったことのなかった少女は、古き良き使い捨てライターに苦戦して、何度目かの挑戦でようやく火花を着火させることができた。


 すぐ横でそれを見ていた縁呪が、突然出てきたライターに、バスの中でそれを使っている伽羅に驚き、とっさに止めようとするが、伽羅の口から出てきた言葉、それが変身のための口上である事、そして目の前の少女が魔法少女であることを思い出して、止めるのをやめる。一応、縁呪以外の生徒たちは伽羅が魔法少女だという確信を持っていなかったし、何なら伽羅は縁呪にも隠せているつもりだったのだが、そんなことはゆるふわ系の頭の中には残っていない。


 そのまま、何も考えていない伽羅ゆるふわ系はみんなの前で自分の体に、そのライターの火を移す。まるで油でも被っていたみたいに、一気に全身に広がる緑の火。すぐ横で人が焼身自殺を図るのを見た縁呪は、それがマジカルな何かによるものだとわかっていても怖かった。ちょっとだけ、括約筋が緩んで布が濡れるのを感じた。


 伽羅の全身に燃え広がった火が揺らめいて、形を帯びていく。一枚の布のように伸びて、伽羅の体を包む。胴体を包んでいた火が消えた時、そこに残っていたのは下に行くにつれて色が濃くなっていく緑の浴衣。真っ白だった髪はくすんだ灰色に、瞳の色は輝かんばかりのオレンジ色に。


「紡ぐ想いは香りにのせて」


 伽羅の体から火が消えて、全身から仄かに煙が立ち上る。どこから出ているのかわからないそれがバスの中に充満して、クラスメイト達はむせた。悪いことは何もしていないはずなのに、伽羅は申し訳なさで胸がいっぱいになる。


「イノセンス・インセンス!」


 少しでも新鮮な空気を取り込むために、クラスメイト達がバスの窓を開ける。靄がかかっていたみたいになっていたバスの中は、それによってだいぶ視界が改善した。


「みんなの想いは、わたしが守る」


 変身の終わりに、バーンと煙を吐き出すインセンス。せっかく戻った車内は今度こそ真っ白になって、口の中まで沈香の香りでいっぱいになる。魔物を寄せ付けず、弱体化させる効果がある沈香の煙ではあったが、今回は相手がワルイゾーなのでそこまで意味はない。みんなを魔物から守るための煙は、むしろ気管や目にダメージを与えるだけになった。


 ちょっと気まずい思いになりながら、インセンスはバスの窓から脱出する。本当ならよくないことだし、転落防止のためにあまり開かないようになっている窓だが、真っ白になっている車内では降り口に向かうこともままならず、またインセンスがちっちゃいこともあって、こちらから出たほうが早く確実だ。自分だけ新鮮な空気を確保したことに、インセンスはちょっとだけ罪悪感を覚える。


「でたな魔法少女!初めて見る顔だが関係ない、おまえを倒して、我々の世界幸福の礎にしてやるっ!……ところで、普通にお願いしたら協力してもらえたりしませんか?組織の方針だから仕方なくこうしているだけで、できれば平和に進めたいのですが……」


 インセンスの姿を捉えて、背後にワルイゾーを従えたゴクアークの構成員が芝居がかったしゃべり方で挨拶をする。挨拶と呼んでいいものなのかは少し疑問だが、これも台本通りに話さないと怒られるのだから、秘密結社の構成員も大変だ。セリフの後に追加でしゃべっているのはこの構成員の本音だろうか。秘密結社の闇が垣間見える。


「魔法少女じゃなくて、伽羅はイノセンス・インセンス。名前で呼んでもらえると嬉しい。あと秘密結社の話は聞いちゃダメって言われてるからごめんなさい」


 構成員の言葉に対して、律義に自己紹介をしてから返事をしたインセンス。魔法少女としての名前を名乗っているのに一人称が変身前のままなせいで、ゴクアークの構成員はどちらで呼べばいいか迷うのと同時に、本名しゃべってるけど大丈夫なのかなこの子と心配になる。


「あ、ご丁寧にありがとうございます。秘密結社ゴクアーク一般構成員、戦闘課の小林と申します。未熟者故ご迷惑をおかけしますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」


 しかし、自己紹介されたら自分も返さなくてはと思ってしまうのが新人。研修で学んだことを思い出しながら丁寧な自己紹介を返そうとして、全く言わなくてもいいことを話してしまう。わざわざ見分けがつかないように目出し帽を被っているのに本名までしっかり口に出してしまう小林がそこにはいた。


 小林の言っていることがほとんど理解できていないインセンスゆるふわ系が、何の指導をすればいいのだろうと疑問に思いながら、よろしく小林と返す。みんなのあこがれな魔法少女に名前を呼んでもらえて、小林は少しだけ嬉しかった。


「ってそうじゃなくてっ!いけっ!ワルイゾー!!!」


 なんで自分は魔法少女に名前を呼ばれて喜んでいるのだと、自分の仕事を思い出した小林が正気に返る。このままだと何を言っても変な方向に向かいそうだと判断した小林は、勝手に台本を一部カットしてワルイゾーをインセンスにけしかけた。


「送りの香、白檀!」


 ワルイゾー!!と元気に叫びながら両手を挙げて、のっしのっしとコミカルに駆けるワルイゾーに、インセンスは浴衣の袖から取り出した緑色の線香を投げる。魔物に当てれば、その邪気を祓い内側から溶かす白檀は、アスファルトでできた人型に刺さることなく、普通の線香と同じように折れてしまう。


 なにかあったかな?とでも言いたげに、ワルイゾー?と体を確かめるワルイゾー。やってしまえ!と後ろから応援する小林の声に従って、インセンスとの距離を詰めると、黒くざらついた腕を振り下ろす。


 ガンッと大きな音が鳴って、つい数秒前までインセンスが立っていた場所が抉れた。それによって割れた道路の破片が、すぐ横にあったバスの車体を打つ。ピカピカの観光バスは、それだけでボロボロになった。窓までは跳ねなかったことで生徒たちは無事なのが不幸中の幸いだろうか。


「破邪の香、沈香」


 自分の使える攻撃手段の中で、唯一まともに攻撃扱いである白檀が効かなかったインセンスは、自力で目の前のワルイゾーを倒すことは無理だと判断する。インセンスは魔法少女ではあるけれど、その能力はほとんどサポートだけだ。ゲームで言えば、バフデバフと回復。それと魔物ゴーストに対する浄化特効があるくらい。邪気でできている魔物が相手であればそれだけでも最低限戦えるものの、物理によってコーティングされているワルイゾー相手にはほとんど無力に近い。


 だから、インセンスができるのは少しでも被害を減らすために、沈香を焚いてワルイゾーの動きを鈍くすることくらいだ。その成り立ちに多少の邪気を含んでいるワルイゾーは、邪気を祓う攻撃でわずかに動きを鈍らせる。


 魔法少女にしては控えめの身体能力で、弱体化したワルイゾーの攻撃を避け続けるインセンス。一つ一つの攻撃は十分に避けられるものだが、何度も繰り返されることでミスが生まれて、アスファルトの破片が当たることも起きる。そうなる度にインセンスはラベンダーを使って傷を癒し、ワルイゾーをバスから離しながら、時間を稼ぐ。



 助けが来たのは、インセンスが戦い始めて10分以上経ってからだった。インセンスが攻撃を躱すのに失敗して、華奢な体が少し離れたところにあるブロック塀まで吹き飛ばされる。叩きつけられたインセンスによって、ブロック塀は崩れてしまい、それがインセンスの食らった一撃の威力を示していた。


 普通の人間ならまず間違いなく即死で、控えめとはいえ魔法少女なインセンスは骨折と打撲くらいで済む。けれどそれも、攻撃がそれだけで終わればだ。追い打ちをかけるためにやってきたワルイゾーが、インセンスを叩き潰すために振り上げた手と道路でサンドイッチにされたら、魔法少女であっても重症になる。


 振り上げられた手からその事を理解して、インセンスは自分の無事を諦めた。疲労が祟ったのか、インセンスの足は動いてくれなかったのだから。自分って全然ダメだったなと言う思いと共に目を閉じたインセンスは、今ここで聴こえるはずのない大切な音を聞いて、目を開いた。



 ポンッと、気が抜けるほど軽い音。けれどインセンスは、その音に込められた凄まじい力を近くで見ていて、よく分かっていた。


 インセンスのすぐ近くにいたワルイゾーが、100メートルは離れたところにあるガードレールに刺さっている。トラックでも突っ込んだみたいに突き破って、奥にあった住宅の壁にまで穴を開けている。


 そんな遠くに行ってしまったワルイゾーの代わりに、インセンスのすぐ近くにいるのは金色の魔法少女。これまで何度もインセンスのことを助けてくれた、大切な少女。やってきたシンフォニーはインセンスのことを見ると、無事でよかったと微笑む。その姿を見ただけで、その笑顔を見ただけで、インセンスは安心できた。大切な人が、自分のヒーローが来てくれたのなら、全然歯が立たなかったワルイゾーだってこわくはない。


「私が来たから、もう大丈夫だよ。インセンス、あなたのことも、みんなのことも、私が守ってみせるから」


 小鼓ハンマーを片手に軽く当てて、ポンッと鳴らすシンフォニー。大切な人が、守りたい人が自分のことを助けるために来てくれたのだ。インセンスだっていつまでも座り込んでいるわけにはいかない。そんな情けない姿ばかり、見せていたくない。


「奮起の香、梔子」


 インセンスが焚いたのは、橙色の香。生まれた煙がシンフォニーとインセンスの体に吸い込まれて、2人の身体能力をわずかに向上させる。ないよりはあった方がいい程度、インセンス一人では使っても意味がない程度の効果だったが、ワルイゾーに有効打を与えられるシンフォニーがいるのなら、攻撃力の変化は大きいだろう。インセンスの魔法は、ひとりで戦うには不向きなものばかりだった。


 梔子の香りを纏ったシンフォニーが、沈香で弱体化されたワルイゾーの元に飛んでいく。100メートルはあったはずの距離は、わずか一歩でゼロになり、家を半壊させたワルイゾーの頭に叩きつけた。吹き飛ばすとワルイゾーが家を壊すと学んだシンフォニーによる、かしこいはんだんだ。


 同じアスファルトでできているはずなのになぜな下の道路しか砕けず、形を保ったままのワルイゾーに首を傾げながら、まあ壊れないなら壊れるまで殴ればいいかと考えるのをやめたシンフォニーが、マウントポジションをとってポンポンッと殴り続ける。以前のワルイゾー戦で、それだけでどうにかなってしまったせいで、シンフォニーはよくないタイプの学習をしてしまった。


「破邪の香、沈香」


 圧倒されながらも、壊れた部分を直すために道路からアスファルトを補給しているワルイゾーに、インセンスが焦げ茶色の線香を投げる。それによって、ワルイゾーは回復すらできなくなってしまった。ありがとうインセンス!と叫びながらポンポンッを続けるシンフォニーに、役に立ててよかったとインセンスは胸を撫で下ろす。


 抵抗できないマウントポジションを取られて、回復手段を奪われて、せめてもの抵抗でした攻撃も、相手はすぐに治ってしまう。そんな状況になっても諦めず、ワルイゾー!と頑張っていたワルイゾーは、その奮戦虚しく一分足らずで塵と化した。残ったものは、ボコボコになった道路と壊れたガードレール、そして家とバス。勝ち目がないことを悟った小林は、ワルイゾーが壊れるのと同時に逃げていた。



 みんなの前で変身を解くわけにもいかず、一度路地に隠れてから元に戻った奏と伽羅は、しれっとそ知らぬ顔をして出てくる。もちろん、みんなの前で変身したインセンスの正体はバレているし、学校で授業を受けているはずの上級生がシンフォニーなことだって、これまで知らなかった情弱生徒にもわかる。


 けれど誰も何も言わないのは、魔法少女がそれを隠しているつもりになっているから。たとえその言い訳が、気付いたらここにいて……なんてありえないものだったとしても、誰も突っ込まない。そのせいであほの子達の言い訳はどんどん適当になっていくのだが、こればかりはどうしようもないだろう。止められるのは管理局だけなのに、その管理局が諦めているのだから。


 そうして戻ってきた伽羅と、何故かいる奏を回収して、車体がボコボコになったバスは動き出す。意味もなく変身を解いたりしなければ、奏には管理局からお迎えが来ていたのでこんな状況にはなっていなかったのだが、ふわふわ系は伽羅ちゃん喜んでるからいいかと考えていた。


 一人増えた状態で、校外学習は進んでいく。一人だけ公共機関で帰らせるのも心配だし、一人のためにほかの先生を呼ぶわけにもいかない。なら、一緒に回らせてしまった方が楽で、持病はどうあれ仲間はずれにするのは体面が悪い。そんな理由で、奏は後輩たちと一緒に校外学習を楽しむことになった。回る班が伽羅や縁呪と一緒なのは、山本先生の配慮によるものだ。他にも一緒に回りたがっている生徒はいくらでもいたが、魔法少女二人の間に入る勇気などない。



 なるべくしてなった班割りで、伽羅は大好きな人達と校外学習を楽しむ。おやつタイムに、一人だけおやつがない奏に自分の分をわけてあげたりして、伽羅はいっぱい買っておいてよかったと思った。

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