第6話 ドキドキ転校生っ!伽羅と縁呪

 キュアミントの変身時のセリフは575になっています。素晴らしいですね(╹◡╹)


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 伽羅が奏たちと一緒に住むようになって、一週間がたった。最初は気を使ってばかりで、食卓につくのにも躊躇いがあった伽羅も、さすがに一週間もすれば慣れる。だからといって遠慮がなくなったり、図太くなったりするわけではないのは伽羅の性分によるものだろうか。


 理由はともかく、少しでも慣れてきた伽羅には次の困難が待っていた。そう、転校である。元々通っていた学校にあまりいい思い出がないこともあり、それなりに距離があることもあり、学校を変えることになった伽羅は今日が初登校だった。父と結は、学校が嫌なら家で勉強する環境を作ると言っていたのだが、ただでさえ迷惑をかけているのにこれ以上はと遠慮したこともあり、伽羅は奏と同じ学校に通うことになった。


「伽羅ちゃんおはよっ!今日から学校だね。お友達、沢山できるといいねっ!」


 にぱっ、と音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべ、朝から元気よく挨拶する奏。学校に行くことが、新しい人と出会うことがいいことでしかないと、楽しみなものでしかないと信じて疑わない純粋な笑顔だ。元いじめられっ子な伽羅からしてみれば、何を言っているのかわからない恐ろしいナマモノである。


 お姉ちゃんが“おともだち”を作れというのなら、いっぱい作らないといけないのかなと思って、ただでさえ緊張していた胃がキリキリしてくるのを感じつつ、伽羅は結が作った朝食を食べる。お腹の調子が優れなくても、朝ごはんは大事だ。たとえ辛かったとしても、おばさんが作ってくれたご飯を残す訳にはいかないと、伽羅はちょっとだけ無理をしながら飲み込む。


「うん、ご飯もちゃんと食べられてるし、大丈夫そうだね。緊張して食べられなかったら私が何とかしないとと思ってたけど、余計な心配だったかも」


 全くもって余計な心配ではないのでなんとかしてほしいと思いつつも、戻さないように頑張っている伽羅は何も言えない。そして、その無表情が祟って辛いことにすら気付いて貰えない。お願い助けてと内心涙目になっている伽羅をよそに、奏はいそいそと支度を進めていく。他に助けを求めようにも、両親はとっくに家を出たあとだった。


 大切なこと体調不良に気付いてもらえないまま、学校に行く準備と時間だけが進んで、奏に急かされながら伽羅は家を出る。転校初日だから早めに出たこともあってか、周囲にはまだ登校中の学生は少ない。


「忘れてはいないと思うけど、念の為確認ね。伽羅ちゃんの事情は、学校の先生たちは知ってるけど、クラスメイトたちには家庭の事情としか伝わっていないはず」


 中学生が知らされるにはショッキングで、センシティブな出来事だから配慮されてるんだって。そんなことってあるんだねーと驚いている奏だが、比較的よくあることであり、ある程度聡い生徒たちであれば直近であった災害などから何となく想像するものである。奏は頭の中ふわふわ系なので全く気付いていないが。


 そんなふわふわ系の話を聞いて、おかげで最初からいじめられることはなさそうだと頷く伽羅ゆるふわ系。育ちも見た目も全然違う二人だが、その頭の中身だけは姉妹と言っても違和感がないほど近いものだった。つまりは、どちらもただのあほの子である。


 あほの子達があほの子なりに色々考えつつ登校して、奏はお姉ちゃんのお仕事として伽羅を職員室までお届けする。そのまま緊張をほぐすためにお喋りをしようとして、用が済んだのなら早く教室に戻りなさいと叱られた奏は、がんばれっ、と伽羅にエールを送って自分の教室に戻って行った。


 客観的に見れば大して助けにならなくとも、唯一の味方を目の前で失った伽羅はもう泣きそうだ。元々は無感動にいじめを受け流せていたはずの伽羅は、奏たち家族のおかげで人の優しさを知ったせいで、むしろ対人的には弱くなっていた。つよつよなままなのは固まりきった表情筋くらいのものである。


「それじゃあ香揺さん、もう少ししたらホームルームだから、移動しましょうか。クラスのみんなはいい子たちばかりだから、心配しなくて大丈夫よ」


 奏から山本先生と呼ばれていた人物に声をかけられて、内心ビクビクの伽羅は小さく頷く。教師の言うみんないい子が欠片ほども信用ならないものだということを、伽羅は知っていた。だって以前の学校ではその“いい子なみんな”に虐められていたのだから。


 なるべく早くクラスの中で立場の強い人を見つけて、嫌われない程度に気にいられないとと、先生の考えていることとは別の心配をしていた伽羅はよろしくお願いしますとだけ言って先生について行き、そのまま教室に着く。これから一緒に過ごすことになるクラスメイトとの初対面だ。みんなの視線が集まる中で、伽羅は早速帰りたくなっていた。


「今日から一緒に過ごすことになる、香揺伽羅さんです。おうちの事情で突然の転校してくることになったけど、みんな仲良くして、困っていたら助けてあげてね」


 それじゃあ香揺さん、自己紹介してと言われて、伽羅は何とか自分の名前とよろしくお願いしますを伝える。本当なら出身とか、好きな物とか、話のきっかけになるような何かをアピールするべきなのだが、伽羅には少し難しかった。


 転校生の必要最低限、かつ無表情で抑揚のない自己紹介に、反応するタイミングを逃した教室が静まり返る。どう考えても伽羅のせいなのだが、先生が察して締めるまでの間、なんでみんな静かなのだろう?とゆるふわ系はゆるふわな頭で疑問に思っていた。


 まばらに起きた拍手が止んで、先生に言われた後ろの席に伽羅は向かう。隣の席の子は活発そうで、元気の良さそうな子だった。罪悪感を持たずに人のことをいじるタイプ、人のことを考えないタイプだと、伽羅は偏見と偏見に基いて判断する。ちょうどこんな感じの子が、自分を率先していじめていたのだと心の壁を作り、嫌われないようにしなきゃと心を決める。


「いじめないでください、よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げながら放たれたものは、伽羅の伝えたいことが全て込められた、端的かつ完璧な挨拶だ。第一印象は控えめに言って最悪である。新しい仲間になる転校生を温かく迎えようと思っていた少女は戸惑った。


「あはは、いじめなんてするわけないじゃん。伽羅ちゃん、冗談とか言う人なんだね。あたし縁呪。よろしくねっ!」


 戸惑いつつも、空気をおかしなものにしないため、伽羅の発言を冗談ということにして流す少女、縁呪。伽羅の偏見とは異なり、人と人の和を大切にする、心優しいいい子である。今も、あれ?あたしなんかしちゃったかな?なんて内心振り返ってやっぱり大丈夫なはず、たぶん……と自信を失いかけているくらいには、心優しいいい子だ。伽羅以外のみんなから同情の目で見られて凹むくらいにはいい子である。


 そんないい子を困らせておきながら、これで大丈夫!とやりきった感を出している伽羅ゆるふわ系は、さっきの発言なんてなかったかのように教科書を見せて欲しいと頼み、縁呪のことを更に混乱させる。クラスのみんなからの第一印象は不思議ちゃんだった。



 そんなファーストコンタクトから少しして、休み時間に学校内を案内してもらったりすれば、いつの間にやらもう放課後だ。ちなみに案内は先生に頼まれたわけでもなく、縁呪が自発的に申し出たものである。早く馴染んでほしい、そして自分もこの不思議ちゃんに早く慣れたいという思いから申し出たものであり、真面目な性格や面倒見の良さの現れでもある。


「伽羅ちゃん、引っ越してきたばっかりって言ってたよね。帰り道わかる?近くのお店とか教えてくれればだいたい案内できるよ!」


 善意100パーセントの申し出に対して、先約があるから大丈夫と返す伽羅。ことごとくBADコミュニケーションだが、悪意があるわけではない。むしろ感謝すらしているのだ。ただ、それを伝えるすべを知らないだけである。


 バッサリ断られたと思って、しょんぼりしながらそっかー、と縁呪が言う。内心、ちょっとうざかったかな?嫌われてないかな?と気にしているのは本人だけの秘密だ。このままここで話しているか、今日は引くかを考えて、何となく感が働いて前者を選んだ縁呪の元にやってきたのは奏。


「伽羅ちゃんおまたせっ!クラスのみんなとは仲良くなれそう?山本先生が大丈夫って言ってたから多分大丈夫だと思うけど、心配してたんだよっ」


 奏がやってきたのを見て、自分のところに来たのだと思った縁呪の予想は裏切られ、昔から仲のいい幼なじみが意識を向けるのは隣にいる不思議ちゃん。奏を見つけて振ろうと上げた手は、所在なさげにゆっくり下がっていく。


「んっ、みんないい人そう。縁呪も、優しくしてくれたし、仲良くなれそう。挨拶もばっちりだった」


 ふふん、と、無表情なのにドヤ顔が浮かぶような言い方で伽羅が自慢げに言っているのを聞いて、縁呪は心の中でツッコミが追いつかなくなる。そもそもどうして伽羅と奏が知り合いなのかとか、伽羅の待ち人は奏だったのかとか、あたしいつも奏と一緒に帰ってるのにそんな話聞いてないけど!?とかから始まって、最後の伽羅の挨拶について。あの危うく教室がお通夜になりかけたあれのどこがバッチリだったのだと、縁呪はツッコミたかったが、仲良くなれそうと言ってくれたのを聞いて全部どうでも良くなった。


「そっかそっかー。縁呪が仲良くしてくれるなら一安心だね。伽羅ちゃん、何か困ったことがあったら何時でも私に言ってくれていいし、私に言い難い事だったら縁呪に言うといいよ。この子ならきっと助けになってくれるから!」


 自分が話に入っていないのに、何事もないように続いていく会話。普段みんなの中心にいることが多い縁呪にとっては、なかなか経験することの無い状況だ。少し新鮮な気持ちになりながらも、これ以上勝手に話を進められてはかなわないと思い、縁呪は二人の間に割って入る。何も悪いことはしていないはずなのに、なぜだかすごく悪いことをしている気分になった。


「二人だけで話してないで、いい加減あたしも入れて!」


 一体どういう関係なの!奏はどこでこの子拾ってきたの!と聞く縁呪に対して事情を話してもいいか、奏が伽羅に聞く。普通なら今日が初対面の相手に話せるような内容ではないのだが、お世話してくれたからいい人!この人信頼できる!と、今日日幼子でもしないような考え方で伽羅はすんなり頷く。伽羅がこれまでだれにも騙されてこなかったのは、ひとえに誰も騙そうとしなかったからだ。言い方を変えれば、だます必要すらない相手だったということでもある。ゆるふわ系にはゆるふわ系なりの由来があった。


 そんな伽羅を置いて、奏は縁呪に自身の知る限りの伽羅の情報を話す。所詮奏が教えられることなので、子供には聞かせにくいような内容は省かれているが、それでも平和に暮らしていた少女たちにとってはショッキングな話だ。


「伽羅ちゃんにそんなことがあったなんて……」


 いともたやすく感情移入してしまった、これまた悪い大人に騙されそうな少女が一人。今この場にいる三人の中では一番まともなはずの縁呪ですらこの始末なので、もし本気になればきっと世の詐欺師たちは一生食事に困ることがないだろう。詐欺の少ない今の世を喜べばいいのか、警戒心の薄すぎる今の子を嘆けばいいのか、微妙なところだ。


「あまりにも悲しすぎる……ねえ伽羅ちゃん、つらいことがあったら、奏だけじゃなくてあたしのこともお姉ちゃんだと思ってくれていいからねっ!」


 伽羅ちゃんのためなら何でもするわと意気込む縁呪と、流石に同い年の子を相手にお姉ちゃん呼びするのは気が引ける伽羅。それでも譲らない縁呪は、誕生日が早ければ自分の方がお姉ちゃんでいいはずだと言って、伽羅に誕生日を聞く。


 伽羅のお誕生日は10月7日で、縁呪の誕生日は月28日だった。むしろその誕生日でよく誕生日差の可能性を持ち出す気になれたものだと奏は内心びっくりしたが、それを口にしたところでだれも幸せにならないとわかっているからだんまりを決め込む。


 結局、奏はお姉ちゃんなのに自分はお姉ちゃんじゃないのは嫌だという縁呪のわがままで、伽羅は姉では無い2人目の姉を手に入れることになる。手に入れたからと言ってなんだと言われてしまえばそれまでの、大した意味もないものなのだが、それでも伽羅にとっては大切な関係だ。本当の家族に愛されないままそれを失って、何も残っていなかった伽羅にとっては、そのお遊びのような“かぞく”がとても大切なモノであった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━━━


 次回!第7話 学校が大変っ!迫る災害っ!!


 みんな笑顔でウルトラハッピー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る