第5話 始まりの二人!?お母さんの秘密!

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 伽羅が奏のことをお姉ちゃんと呼んで、そのことに喜んだ奏が伽羅から離れなくなってしまったあと、少ししてやってきた対応部隊に事情を説明すれば、奏たちはもう帰ってよくなる。緊急時故に管理局が情報を把握するより早く自体が収束したため、正確な記録を取るための協力さえ終えてしまえば、奏は普通の女の子と同じ扱いをされるのだ。


 吹き抜けの下が、ワルイゾーが暴れたことによって少々壊れているが、買い物自体には影響が少なく、建物が崩れる心配もなかったので、そのまま夕飯の買い物だけして家に帰る。三人にとっては慣れ親しんだ我が家で、伽羅にとっては初めて訪れることになる知らない場所だ。


 沢山ある荷物をみんなで協力して運び入れて、布団などの設置をする。元々部屋がいくつか余っていたこともあり、そのうちの一つが伽羅の部屋になった。10数年前までは若かりし頃の父が使っていた部屋が、少女の部屋に生まれ変わる。部屋としての最低限の機能は、物置に置かれていた家具を使うことで果たせた。


「……これ、伽羅が使っていいの?」


 部屋を用意されて、他に必要なものがあればなんでも言うようにとまで言われた伽羅は、これまでの自分の住んでいた家との環境の違いにそう声を漏らす。他に必要なものどころか、現状でも伽羅にとっては少し過剰なくらいだ。


 部屋を壊したりしなければ好きなように使っていいし、画鋲などを使ってもいいと答えられ、細かいところは自分でやった方がいいだろうと一人残される。人手が必要になったら下に呼びに来てねと言われたが、現状で既に満足よりも困惑が勝っている伽羅には、ここからさらに手を加える気は起きなかった。


 与えられた新品の、ふかふかの布団に体を預けて、伽羅は激動の一日を想う。目を覚ましたら知らない場所にいて、知らない人に事情を話させられて、聞かされて。自分が魔物に運ばれている時に助けてくれた人が、引き取ってくれることになった。自分のことをいじめたりしないか心配だったその家族もいい人そうで、一つ年上のお姉さんは自分を心配して、守ってくれた。そして今、こんなに広い部屋を好きにしていいと言われている。


 まるで夢のようだと伽羅は思う。夢のようだし、こんなに幸せなら夢でもいいかなとも思う。これが夢で、魔物にひどいことされる前にゆるされた最後の幸せなら、それだけで自分の人生にしては上出来な終わりだと。そう勝手に満足して、伽羅は目を閉じる。こんなに幸せなのはきっと夢なのだから、できることならずっと覚めずにいたいと思いながら。



 そうして伽羅が普通とは違う形の現実逃避をしている間、下で団欒の時を過ごしていた一家の話題は、魔法少女になった奏のことだった。通常はそのための専門家が着いて行われる聞き取りを、親が専門家という稀な状況を利用して手短に済ませる。普通の女の子が相手であれば、親には聞かれたくないこともあるだろうと言うことで配慮されるのだろうが、むしろお母さん聞いてっ!お父さん褒めてっ!という奏を相手にその手の気遣いは無用だった。


「それで奏、変身妖精とのお話はどんな感じかしら?ちゃんと話し合う、相互理解することが魔法少女には重要なのだけれど、心配事とかはない?」


 母の問いかけに対して、たぶん大丈夫と無駄に元気よく言い放った奏は、試しにとポケットから妖精をだす。いつもポケットに突っ込んでいるわけではないが、お話したいなーと思いながら適当なところに手を突っ込むとそこから取り出せるのだ。


「奏!タイコンのことを呼んだポコッ?」


 取り出されたマスコット妖精は胴体を鷲掴みにされている状態にもかかわらず、元気よくポコポコ喋る。でんでん太鼓のでんでんの部分を糸のような細い腕で持ち上げて、わぁっとアピールする様は、どこからどう見ても無害なでんでん太鼓だ。


「はじめまして。タイコンさん、でいいのかしら?奏の母のゆいです。こっちは夫のしげる


 奏の手の中ででんでんを振り回しているタイコンに、結が挨拶をする。それによって奏以外の存在に気がついたタイコンは、ついうっかりとばかりに後頭部に手をやる。テンッと気の抜ける音がリビングに響いた。


「自己紹介が遅れてごめんポコ。タイコンの名前はタイコン、打楽器のマスコット妖精ポコッ!」


 それにしても、奏のご両親は“運命”の力がすごいポコッ!きっかけがあれば魔法少女にもなれるポコッ!と、続けてしゃべるタイコンに、それはそうよと返す結。


「だって私、元々魔法少女だもの。魔法少女コントラクト・コネクト。タイコンさんも聞いた事くらいあるでしょ?」


 結がそう続けると、タイコンはポコ〜!と叫びながら驚いてみせる。聞いたことがあるなんてものじゃないポコッ!お会いできて光栄ですポコッと口調まで変えたタイコンに、そんなに驚くことかと奏が呑気に尋ねる。


「驚くことポコッ!接続の魔法少女コネクトと言えば、始まりの魔法少女の片割れにして、タイコンたち妖精の救世主ポコッ!人間界ではもう一人、エルピス・デスティニーの方ばかり人気になっているけど、功績で言えばコネクトだって同じくらいすごいポコッ!」


 ちなみにタイコンはコネクト派ポコッ!と、熱心なオタクのように早口でしゃべり、結のことをキラキラした目で見つめるタイコン。自分が想像してた以上に人気があったのだと知らされて、更には無邪気な子供のような目で見られた結は、どこか気恥ずかしそうに頭を搔く。


「へぇー、お母さんってそんなにすごい人だったんだ。なんか意外かも……」


「娘の奏がこんな認識だなんて、まったく人間界はどうかしてるポコ……。奏が今こうしてタイコンと契約しているのも、魔法少女になれるのも、魔法少女たちがみんな守られているのも、半分以上はコネクトのおかげなのにポコ……」


 今にも泣き出しそうな様子で、人間界の現状を嘆くタイコン。その言葉の中に、奏にとって予想外なものが含まれていたので聞いてみると、タイコンは我が意を得たりとばかりに目を輝かせる。


「……はい、ちょっとストップ。その辺の事は秘密だって、長老から聞かなかったかしら?」


 けれど、いざ話し始めようとしたところで、結の少し冷たい声を聞いて、タイコンと奏は揃って背筋を伸ばした。いくら表情が笑顔で、いつも通りに見えたとしても、今の母には逆らってはいけない。十と余年における娘生活の中でその事が骨にまで染み付いた奏は、もうこの話を聞くのはやめようと思い、そんな奏の感情が伝わってきたタイコンも同様に、こちらは人間界に来る時の言いつけを思い出したのもあって静かになる。


「うん、よろしい。タイコンさん、世の中には喋らなくていいこともたくさんあるの。この件に関しては、私の目が黒いうちは広げるつもりはない。わかったわね?そして奏、くれぐれも他の人達に言いふらしたりしないこと。さもなければ……いいえ、やめましょう。お母さんはそんなことになる奏を想像したくないわ」


 にっこり笑顔でそんなことを言う結に、もちろんだよ!と、わかったポコッ!という元気な返事が届く。それを聞くと、結の笑顔は普段のものに戻った。放たれていた謎の圧も霧散する。ふたりは一安心するのとともに、今のやり取りをすぐ横で見ていたはずなのに気にした様子もなくお茶を飲んでいる父をすごいと思った。


「それはそうとタイコンさん、マスコット妖精としては、奏はどのように見える?親としてはやっぱり、娘にはなるべく安全であってほしいと思うから気になるんだ」


 コネクトと結ばれていることからも、この人はただものではないなと確信したタイコンは、さんなんてつけなくてもいいですポコと先に一言付けると、でんでんを顎の下に当ててうむむと考え出す。当然だが、タイコンはでんでん太鼓なので顎なんてない。


「率直に申し上げると、かなりの才能がある部類ですポコ。先日の小鬼はあまり参考にならなかったけれど、今日のワルイゾーはそれなりに強かったはずポコ。それをあんな風に一方的に対処できるのなら、条件次第ではかなり上位の実力がありますポコ」


 最初の登場の時の、どこかふざけたように聞こえるしゃべり方をやめたタイコンに、そんなしゃべり方もできるんだと驚いていた奏が、タイコンの条件次第という言葉に引っ掛かってそのことを聞き返す。


「そのままの意味ポコ。魔法少女と一口に呼んでも、その適正や戦い方なんかから、いくつかにカテゴライズできるポコ。その中には戦闘評価なんかもあって、お父さまが聞かれたのはこのことポコ。例えば奏は、使う武器の特性上、邪気を持つ存在に対して特に力をふるえるタイプポコ。逆に、相手がもし純粋な機械だったりしたら、あそこまで圧倒的な戦いにはならないポコ」


 それを聞いて、ふーんとあまりわかっていなさそうにする奏。事実としてわかってはおらず、返事もただしただけだ。


「あまりわかっていなさそうだけど、これはかなりすごいことなんだポコ。邪気を祓えるのは基本的に魔法しかないのに、中にはその力が弱い魔法少女もいるポコ。そういう子たちなら、小鬼を倒すのにもかなり時間がかかったりするポコ」


 魔力を帯びていない攻撃が効かない魔物の相手をしなければならないのに、その魔力に乏しい魔法少女の戦いは悲惨だ。何度も攻撃をしないと倒せずに、そうしている間にも被害だけは広がっていく。目の前で失われた命の多さに絶望して、変身できなくなった魔法少女もかなりの数存在する。


 だから、奏はすごいんだポコとまとめたタイコンのことを父が見つめて、なにかを言おうとしてやめる。その直後、二階から伽羅が降りてきて、話に入っていいのかわからなさそうにしながらリビングに顔を覗かせた。


「うん、よくわからないけど、つまり私はみんなのことを守れるってことだよね。難しいことはわかんないけど、それだけわかってればいいや!」


 勝手に元気を取り戻した奏が、私がんばると言って張り切る。そして、部屋の入り口で止まっている伽羅のことを見つけて駆け寄った。


「……何も知られてなくて、知らせないままで、本当にいいんですポコ?みんなが知ったら、もっと違うはずですポコ。ちゃんと事情を知ったら、あんな風に無責任なことを言う人もいなくなりますポコ」


 奏と伽羅に聞こえないように気をつかったタイコンが、小さい声で唯に話しかける。先ほど黙らされたばかりなのにまた同じことになるかと思いきや、それを聞く唯の表情は柔らかい。


「いいのよ。何も知られていなくても。本当に知っていなければいけない人たちさえ把握していれば、無理にみんなが希望を失う必要なんてないもの」


 今この瞬間だけ、唯は奏の母ではなく、世間一般ではいなくなったと言われている始まりの魔法少女、コントラクト・コネクトとして話す。最初の魔法少女は、今まで続く魔法少女の始まりになったうちの片割れは、ふつうでは知らないようなこと、知らないほうがいいことまで、たくさんの情報を知っていた。



「でも、タイコンは良くないと思いますポコ。みんなにも、知る権利があると思いますポコ。誰だって、自分が何の上に立っているかくらい、知ってもいいはずですポコ。自分たちの平和が、誰のおかげなのかくらい、知りたいはずポコ」


 人間界ではなく、妖精界で暮らしていたタイコンは、それを知っていた。知った上で、それを受け入れられたはずだったから、ここにいる。けれど受け入れる覚悟なんてものは、実際にそれを見た事によって揺らいでしまったのだ。


「タイコン、さっき結も言っていただろう?知らない方がいいことだって、世の中にはあるんだ。魔法少女の真実なんて、知られていないくらいがちょうどいいのさ」


 タイコンは知っている。どこにでもいる主婦みたいな顔をしているコネクトが、その相方であるデスティニーが、どれだけ偉大な存在なのかを。タイコンは知っている。2人の努力が、献身が、がなかったら、今頃世界がどうなっていたかを。タイコンは知っている。ある時を境に姿を見せなくなった、始まりにして最強と名高い2人の魔法少女が、20年近くたった今でも活動を望まれていることを。そして、どうしてそれが出来ないのかを。


 全部、全部知っている。そして、それらを全て知っているはずなのに、何もしようとしない目の前の男のことが、タイコンには信じられなかった。


「ただいまっ!ねえ、そろそろお腹すいた!」


 信じられなくて、まだ言いたいことがあったけれど、奏が戻ってきてしまったらこの話は終わりだ。どれだけそれが納得できないことであったとしても、コネクトがそう望んでいる以上、タイコンの気持ちだけで話を続けるわけにはいかない。


 必然、黙ることになったタイコンは、隠し事をしなくてはならなくなった自身の契約者を見る。この子には、伝えることのできない話だ。母がどれだけ偉大なのかも、奏がその血を確かに引き継いでいることも、その力が、まだほとんど封印されていることも、タイコンから話すことはできない。


 フヨフヨ浮きながら夕飯の準備を眺めているタイコンは、間違いなく不満で一杯だった。



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 次回!第6話 ドキドキ転校生っ!伽羅と縁呪


 みんなで幸せゲットだよ!!

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