第4話 二つ目の脅威!秘密結社オメラス!

 ショッピングモールにつくと、母と奏は大張り切りで伽羅きゃらのための買い物を始める。やれ、こっちの方がかわいいとか、最近の流行りはこっちだとか言い合いながら選んで、一番の当事者であるはずの伽羅は放っておかれる始末。


「おじさん、なんでふたりはあんなに楽しそうなの?」


 どちらの方がよりいいかなんてことを仲良く主張しあっている光景を見て、あまりにも自分の知る親子のそれと異なることに驚いた伽羅が、苦笑いしながらそれを見守っている父に尋ねる。何が楽しいのかも、何を楽しんでいるのかもわからない伽羅にとって、その光景はあまりにも異質であった。


「二人が楽しそうな理由?そうだね、元々仲が良くて、なんでも楽しめるってのもあるかもしれないけど、伽羅さんに早く打ち解けてほしい、早く仲良くなりたいって思いもあるだろうね。伽羅さんに喜んでほしくて、ああして色々選んでいるんだ」


 だから、伽羅さんが好きなものを伝えたらきっと喜ぶよ、という父の言葉に、あまりピンとは来なかったけれど伽羅は頷く。納得はできなくともそういうものだと受け入れることには、伽羅は慣れていた。


 父の言葉を受けて、どうせなら自分の好みも反映してもらった方がいいと自分を納得させた伽羅が、母と奏に捕まって着せ替え人形にされる。試着室のカーテンを開ける度に増えていく次の服に、伽羅の無表情がどこか絶望したものに見えた父だったが、下手になにか口を出すと自分の方まで飛び火しそうだったから何も言わずにただ無事を祈るしかできなかった。


 しばらくして、買う服を決めた母と奏がそのうちの一つ、シンプルなワンピースを伽羅に着せて、それ以外のものを父に持たせる。楽しそうに買い物をする女性陣と、それによって生まれる荷物をひとりで任せられる父。家族で出かける時の、いつもの光景だ。大量の荷物に気を使ってか、それとも心配してか、自分も少しくらいは持てるとお手伝いを申し出る伽羅が、父の目にはとても優しいいい子に映る。


 体を鍛えているのは半分くらいこのためだから大丈夫だと冗談を言いつつ、伽羅に気にしなくていいと伝えた父は、それよりもふたりと一緒に他のものを選んでおいでと言ったが、伽羅は小さく首を振る。


「伽羅が選ぶと、もっといいのにしなさいって言われる。ふたりの選ぶもの、どれも高すぎて伽羅こわい」


 それを聞いた父は、断片的に伝わった伽羅の過去を鑑みて、なるほどなと納得する。経済的にかなり恵まれている自分たち、いくつか理由があるにせよ居候を即決で増やせる者たちの金銭感覚と、虐待がネグレクト、あるいはそれに近い環境で暮らしていた伽羅のそれは、きっとかけはなれていることだろう。


 それならむしろ選ばせる、金額を見せることは伽羅にとって負担にしかならないだろうと思い、父は車に荷物を置きに行こうかと声をかける。一度車に戻ることと、あまり高そうに見えるものは買わないようにと連絡して少し離れた駐車場まで。伽羅の希望に合わせて廉価なものを買い与えるというのも選択肢としてはあるはずなのだが、この家族にはしばらく家に住まわせる子供を、一人だけ薄い布団で寝かせるなんてことは出来なかった。


 そんな根っこまで優しさと甘さでできた家族が自分の分の買い物をしてくれているのを見ながら、何故この人たちはこんなにしてくれるのだろうと伽羅は考える。ただの無償の優しさというものを信じるには、伽羅の境遇は子供にはつらいものだった。


 今はまだわからなくていいよと、何も言っていないはずなのに考えていることがわかっているみたいに言う父。父が何を思ってそう言ったのか、伽羅にはわからない。わからないけど、わからなくていいと言われたからとりあえず頷いておく。


「伽羅さん、二人はまだしばらく買い物を続けるみたいだ。もう疲れてしまったのなら、車で休んでいることもできるけれど、伽羅さんはどうしたい?」


 一緒に車まで戻ると、荷物をトランクにしまった父が伽羅にそう尋ねる。正直なところ、これまで経験したことのなかった買い物の仕方に、伽羅はかなり疲れていた。そこでこの父からの言葉なので、それを聞いて真っ先に伽羅が思ったのは休みたいなということ。


 それをそのまま口にしても、きっとこの人は怒らないだろうという安心感が、父にはあった。形だけ意見を聞いて、自分の望むものでなければ機嫌が悪くなるようなことも、きっとない。そう判断した伽羅は休んでいたいことを伝えようとして、口に出す直前である事を思い出す。


 それは、自分を着せ替え人形のようにして遊んでいた二人の笑顔。二人のせいでとても疲れたけれども、あの二人が伽羅に意地悪をしようとしていたわけではないことは、伽羅にもわかった。自分があまりうれしくなかっただけで、悪意があったわけではなく、自分のことを思ってくれていたのだということは、これまで逆の気持ちばかり向けられてきた伽羅だからこそ、よくわかった。


 それがわかったからこそ、本当にこうして逃げていいのかと、伽羅は思う。だって、これまでずっとほしかった、ふつうに接してくれる相手だ。自分に優しくしてくれる相手だ。突然降ってきた幻みたいな存在だ。たとえまだ信頼しきれていなくて、少し怖かったとしても、そんな二人のことを信じなくていいのだろうか。


 父から聞いた、二人が伽羅と仲良くなりたがっているという話。伽羅の頭に、昔受けた道徳の授業がよぎる。“おともだち”と喧嘩をしたときには、ごめんなさいを言いましょう。“みんな”と遊びたいときには、仲間に入れてと言いましょう。“おともだち”は、お互いを思い合ってはじめて“おともだち”になれます。


 授業を受けた時は、そのことを素直に信じて、“おともだち”になってほしいとお願いした。お願いして、おまえなんかとなるわけないじゃんと言われ、笑われ、いじめられたから、もう二度と信じないと決めていた授業。


 確かに決めていたはずなのに、伽羅の心は揺れる。いるわけがないと思っていた自分にやさしい人がいたのだ。それなら、もしかしたら自分と“おともだち”になってくれる人もいるかもしれない。信じたい、けれど信じられない。


 その二つの気持ちの中で揺れて、伽羅の頭は一つの冴えた結論を出す。“おともだち”はできないかもしれない。けど、それ以外の形なら。“おともだち”じゃなくて、“なかよし”なら大丈夫だと。伽羅は少しばかり、頭がゆるふわ系だった。


 けれど自分のゆるふわには気付かず、すごいことに気付いたと無表情のまま目をキラキラさせている伽羅は、二人と仲良くなりたいから買い物に戻りたいと父に伝える。父は少し驚いた様子を見せたが、ずっと警戒しているように見えた伽羅が家族に歩み寄ろうとしていることがわかって喜ぶ。家族大好きおじさんである父にとっては、これから家に迎える少女がみんなと仲良くしてくれるかはとても心配していることだった。


 仲良くなりたいと言葉にして決意証明をして、けれど実際にはどうすれば仲良くできるかなんて知らないからどうしようと不安になっている伽羅の相談を聞きながら、父は歩き慣れたショッピングモールを歩く。途中、話をしていて困ったらどうしたらいいかとか、どうしようもなくなったらこうするといいとか、見るからにコミュ力の低い少女に入れ知恵するのも欠かさない。


 そうやって話しているうちに伽羅に米粒程度の自信を持たせたところで、区切りよく話し終わったタイミングで二人と合流。父が伽羅と荷物を積みに行っている間に、また荷物を増やした二人からそれを受け取って、話してごらんと伽羅を促す。


「……あの、奏、さん。結、さん」


 父に促されて前に出た伽羅が、指先をモジモジしながら相変わらずの無表情で、二人に話しかける。どうしたの?とか、なーに?とか、続きを待つような反応が返ってきて、コミュ弱少女は一歩下がった。


「このショッピングモールは我々オメラスが占拠した!おっと抵抗するな、大人しくしない奴らはみーんなこいつ、ワルイゾーの餌食になっちまうぜ!」


 それでも勇気を出して、伽羅が二人に言葉を伝えようとしたタイミングで、辺りに響き渡るのは、伽羅の勇気を吹き消してしまうような、野暮な声。大切な瞬間を邪魔された一行が揃って声のする方を確認すると、そこには黒い衣装に身をまとった不審者と、それに仕えるように後ろで待機している冷蔵庫のお化けの姿。


 魔法少女にとっての、二つ目の敵だ。魔法少女が戦わないといけないのは主にふたつの存在があり、一つ目は人類共通の敵である魔物。何よりも優先して倒さないといけない、危険な存在だ。


 そして、今回出てきたのはそれじゃない方の敵。魔法少女のもつ魔法の力や、魔物たちが持つ邪気を用いて、人々の平和を乱す悪の秘密結社。普段あまり出てこない魔物とは異なり、それなりの頻度で現れる彼らへの対処は、魔法少女に課せられた任務の大部分を占めるものである。


 秘密結社の名前ってオメラスじゃなくてアクヤークじゃなかったっけと奏は思ったが、何の不思議もない。よくある、悪の組織の世代交代である。ちょうど先日、先代の組織が魔法少女に壊滅させられたから、次の組織が台頭してきただけの事。悪の秘密結社は覇権争いが激しいのだ。その割に使っている怪人は統一されているのは、きっとどこかから技術提供でもうけているのだろう。そんなことをテレビで偉い先生が話していたことを奏は思い出した。


「奏っ!正式な要請はまだだけど、秘密結社が確認できたから、私の一存で魔法少女に出動依頼を出すわ」


 魔法少女管理局の偉い人である母からそう言われて、奏は変身を決意する。ルール上、要請がない状態での魔法少女の独断による変身は推奨されていない。もちろんされていないだけでしてはいけないわけではなく、緊急時や災害に遭遇した時など、管理局からの指示を仰ぐのが困難な場合は許されもする。


 そんな魔法少女が原則指示を得ないと変身してはいけないのは、まだ年若い少女たちに、自分の行動の責任を取らせないため。兵器として運用されるというのも、何かあった時の責任を大人が取るための言い訳なのだが、そのことは今はいいだろう。母から言われて、今回の責任の所在が明らかになった。奏は当然そこまで考えていないが、頼まれたから変身するべきということだけはわかった。


 みんなを守りたい。まだ何もしてないように見えるけど、きっと秘密結社は悪いことをするから。みんなに安心を届けたい。こわいものから守って、悲しむことがないようにしてあげたい。奏はいつの間にかポケットの中に入っていたでんでん太鼓の妖精、タイコンを取り出す。


「マジカル、オルタレーション!」


 でんでん太鼓を持った右腕をピンと伸ばして、手首のスナップを効かせて鳴らす。テントン、と小さな音が鳴って、一際輝き出したそれは巨大化し、光が弾けるとそこには先端が小鼓になったハンマーが残った。


 その際に弾けた光が、奏の全身を包み込む。腕に着いたものは真っ白のアームカバーに、足のそれは黄色のショートブーツに。光が弾ける度に、奏の服装は変わっていく。体の末端から順番に変化を重ねて、体が終わったら次は頭だ。髪の毛が伸びて、光から髪飾りが作られて、パッと弾けるとそこにいるのはもう先程までの奏ではない。


「奏でるこころはみんなのために」


 そこに降り立ったのは、一人の英雄。まだまだ知らないことだらけの、けれど希望に満ちた英雄。その小さな胸にいっぱい詰まった希望はきっと、たくさんの人を照らす光になるだろう。


「エンパシー・シンフォニー!」


 ポンっ、と小鼓ハンマーを左手に打ち付けながら、魔法少女は名乗りをあげる。自分の姿を見た人が、自分の声を聞いた人が、いつかそれだけで安心してくれるように。世界からひとつでも悲しみを、不幸を減らすために。


「悲しい音は、私が消してみせる」


 その言葉を真実にするために、シンフォニーは吹き抜けを飛び降りる。普通の人ならば怪我をしてしまうような高さで、行為だが、魔法少女にとっては階段を二段分飛ばして降りるのと変わらない。魔法の力によって落下時のエネルギーを低減して、スっと音も立てずオメラスの目の前に着地するシンフォニー。


「みんなの楽しい週末を、お買い物を邪魔するなんてゆるせないっ!」


 せっかく伽羅ちゃんがなにかお話しようとしてくれてたのに!と、文句を言うシンフォニー。当然だが、八割くらいはただの私怨である。その思いや可憐な見た目とは裏腹に、考えていることはどこにでもいる少女だ。中の人変身前が事実としてどこにでもいる少女なので、仕方がないと言えば仕方がない。


「出たな魔法少女!お前の力を借りて、世界をより平和なものに作りかえてやる!……ところで我々の組織では人類の恒久的な幸せを目指して日々邁進しているのですが、よろしければご協力していただけないでしょうか?」


 やっていることはショッピングモールの占拠、強盗なんかと同じだが、大抵の秘密結社の活動理念は世界平和や貧困の根絶など、尤もらしいことばかりである。舐められないために名前が悪そうなのと、その目的のために選んだ手段が実力行使ということを除けば、基本的には善良なものたちだ。その手段を選んでしまったが故に、テロリストとして後ろ指を指されるわけだが。


「みんなをこわがらせる秘密結社の話なんて聞きたくない!早くお縄につきなさいっ!」


 そして、魔法少女には、秘密結社の言葉を聞かないようにと教育がされている。秘密結社を作ることで、暴力的な手法に頼ることで言葉を聞き入れられた実績ができてしまうと、治安の悪化を招くことになるからだ。法治国家としては当然の理由であり、それを理解しているからシンフォニーは興味があっても毅然とした態度を貫く。


「くうっ、なぜだ!なぜ誰も、我らの話を聞いてくれないのだ!……こうなったら仕方がない、連れ帰ってでも話を聞いてもらうぞ。行けっ!ワルイゾー!」


 テロリストだからである。平和にデモなり集会なりを開いていれば何も問題ないのに、武力行使に走ったからである。ついでに怪物を使って少女の拉致を宣言しているからこそ周囲の視線は冷たいのだが、そんなことには気付かないオメラスにけしかけられた怪物はシンフォニーに襲いかかる。


 ワルイゾー、と、名前のままの鳴き声を上げながらのっしのっしとシンフォニーに近付くワルイゾー。デフォルメキャラのようなその外見から、一部にかなりの需要がある怪物だが、コミカルでかわいらしいのは見た目と声だけ。一歩歩くごとに床のタイルを砕き、被害を広げる。


「みんなのショッピングモールを……なんてひどいっ!」


 ワルイゾーがジャバラ配管のような腕を振り下ろし、シンフォニーがそれを避けて床に穴が増える。地下に駐車場があるショッピングモールなら大惨事だが、このショッピングモールは上にあるタイプだったのでセーフだ。


 もうッ!と言いながらシンフォニーはワルイゾーに向けて跳び、小鼓ハンマーを振るう。ポンッと軽い音が鳴って、音の軽さに見合わない勢いでワルイゾーが後ろに倒れ込む。その隙を逃さずシンフォニーはワルイゾーに馬乗りになり、マウントポジションを取った状態でポコポコ殴る。


「みんなのっ!たのしいっ!お休みをっ!台無しにするなんてっ!許さないんだからっ!」


 ポンッ!ポンッ!ポンッ!と、音だけは平和だが、やられているワルイゾーは金属製の体がベッコベコである。魔法少女のマジカルな膂力の前では頑丈な冷蔵庫ボディも軽自動車の板金と大差ない。


「ワル、イ、ゾー……」


 みんなのためというとても大きな主語による、シンフォニーの怒り八つ当たりを直に食らうことになったワルイゾーは、立派なジャンクに生まれ変わり、そのからだから力を失う。普通、魔法少女はワルイゾーが持つ邪気を払うことで無力化するのだが、今回はどこから見ても物理的なマジカルパワーによる退治だった。


「ふうっ、次はあなたね、オメラスっ!」


 いい汗かいた!とばかりに額を拭って、シンフォニーがゴクアークの男に振り返る。魔法少女は汗なんてかかないので、額から落ちたのはマジカルなキラキラ粒子だ。たくさん攻撃ストレス発散したにもかかわらずまだ戦意十分な様子のシンフォニーに、オメラスの男は怖気付く。


「きょ、今日のところはこれくらいで勘弁してやるっ!次は絶対、話を聞いてもらうからなー!」


 へっぴり腰になりながら、手元の装置を操作して、ワープするオメラスの構成員。どこかからの技術提供により、ほぼ全ての秘密結社が所有するマジカル装置だ。基本的には魔法少女から逃げる時のみ使われていて、それ以外ではほとんど使われることがない。おそらく、それなりにコストがかかるのだろう。その割にはみんな使っているが。


 そんな秘密結社の事情はともかく、シンフォニーは見事ショッピングモールを襲う驚異を退けた。それによって助けられた人々は、揃ってシンフォニーに感謝の言葉を叫ぶ。ありがとう、助かった、語彙力を制限されているのではないかと疑うほど貧困な感謝の言葉に、シンフォニーはお手手をフリフリして返す。助けた人たちに喜ばれて、感謝されて、少女はひどく気分が良かった。


 程々に手を振って、ぴゅーんと人目につかない物陰に跳んで行くシンフォニー。10秒かそこらの時間を置いて、同じところから奏が出てくる。まるで私は魔法少女じゃないですよーとでも言いたげな顔をしているが、その正体に気が付かない人はほとんどいなかった。かろうじて、言葉を話すのもおぼつかない幼子が騙せたくらいだが、奏はそのことには気付かない。そして気付かなかったとしても、魔法少女が嫌がることをする人はどこにもいないので、何も問題はなかった。


「お父さん、お母さんっ、ただいま!」


 ここしばらく1人で生活していたことで溜め込んでいたストレスを十分発散できたのか、こころなしか肌のつやが良くなった奏が家族に帰還を伝える。そして一人だけ名前を呼ばなかった伽羅の方に近寄って、ぺたぺた触りながら怪我がないことを確かめる。


「伽羅ちゃんが無事でよかった……」


 ひとしきり触りつくして、ようやく安心したように胸を撫でおろす奏。突然、先ほどまでは辛うじてあった遠慮すらなくして撫でまわされた伽羅を見て、父は水に濡れたポメラニアンを想起した。


「……伽羅のこと、しんぱいしたの?」


 これはまた心の距離が離れたかなという父の考えに反して、伽羅の出した言葉はどちらかというとプラスに聞こえるもの。それに対して奏がもちろんと明るく答える。


「だって私は、伽羅ちゃんのことを守るって決めたんだもん。ちゃんと守れたか心配だったし、伽羅ちゃんが無事でとっても安心してるよ」


 自分の言葉を心底信じ切っている様子で、恥じる様子もなく伽羅に伝える奏。大人であれば、きっと余計なことを考えてしまって、言えなくなることを、奏は口にできる。そのことに疑いを持っていないから伝えられる、どこまでも真っすぐな思い。それは、少し開きかけていた伽羅の心にすっとしみ込んでいった。


「……伽羅も……かった。」


 自分の心の変化に気が付いて、小さい声でそれを漏らす伽羅。誰かに聞かせようとしたものではないから、それはとても小さい声だ。すぐ近くにいた奏にすらほとんど聞き取れないような、少し離れていた両親にはそもそも聞こえていないような、小さな声。


 けれど、少しだけでも聞こえてしまったから、奏はそれを聞き逃さない。今なんて言ったの?もう一回言ってくれないかな?と、コミュ障を殺す聞き返しを発動して、もう一度伽羅に話させようとした。伽羅は何でもないと言って話を終わらせようとしたものの、複数回にわたるお願いっお願いっの押しの強さと、期待に満ちたキラキラの目に負けて、再び口を開かざるをえなかった。


「……伽羅も、奏お姉ちゃんが無事でよかったって言った!」


 羞恥心で顔を真っ赤にしながら二度目を言って、それでもちゃんと聞こえなかったからと再度ねだられての三度目。もうこの一回で終わらせてやると強い意志を持って、買ってもらったワンピースの裾をいじいじしながら出した言葉は、伽羅自身が想像していたものよりもずっと大きく、管理局に報告の電話をしていた母が驚いて振り返るほどのものだった。


 それを一番近くで聞いた奏は、まさかそんな風に思ってくれるとは想像していなかったこともあり、無表情のまま目を潤ませて自分を見つめる伽羅がかわいかったこともあり、思わず抱きしめてしまう。こんなにかわいい子を、自分は守ることができたのだと。こんなにかわいい子が、自分のことを姉と呼んでくれるのだと。


 感動とうれしさがごちゃ混ぜになって、奏は腕の内側にある温かいものを話したくないと思う。かわいいかわいいその少女は恥ずかしがってか、プイッと目を背けたまま合わせてくれなくなってしまったが、それでもよかった。そんなことなんて、気にならなかった。




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 次回!第5話 始まりの二人!?お母さんの秘密!


 みんなのハートをキャッチだよ!

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