第3話 目覚める少女。奏、お姉ちゃんになる!?

 魔法少女としてこれから活動していくという話をまとめると、母は奏にいくつかのことを伝えて、申し訳なさそうに来賓室を去っていった。奏の前ではあまりそのような姿を見せていなかった母だったが、普段のやさしい姿とは異なり、管理局の中ではかなり権限を持った分類だ。自分の娘とはいえ、兵器としての側面を持つ魔法少女の対応を一存でできることからも、その立ち位置の片鱗を窺うことができる。


「おの、お姉さん、私ってこの後何かした方がよかったりしますか?」


 けれども、そんなことには全く気付いていなかった奏は、お母さん忙しそうだなーなんてことしか考えずに、車から一緒についてきてくれた職員さんに声をかけてみる。お母さんにも何かあったらこの人に聞くように言われたから、聞かないという選択肢はない。


「急なことでしたし、今日はご存知のように緊急事態ですから、とくになにかしていただくことはありませんね。おかえりでしたら車を出しますし、もう少しのんびりしているのであればお茶とお菓子を用意しましょう」


 奏が聞くと、職員さんは最初に一言自己紹介の挨拶を挟んで、そう答えてくれた。よろしくお願いしますと奏が返して、少しだけ考えた後にお父さんのお見舞いに行きたいと続けると、魔法少女補佐官を名乗った二井ふたいはちいさく微笑んで、それならご案内しますと言って先導する。


 奏が後ろから二井のことを観察しつつ、将来は自分もこうなれるかなんて考えながら自分の体をむにむにしていると、連れてこられたのはバイパスで繋がれた隣のビル。その中の一部屋を開けると、そこには全身包帯だらけになった父がいた。


「おー、奏。随分と早く来たなぁ」


 そう言って嬉しそうに顔をほころばせながら、父は奏の訪れを喜ぶ。そのまま二井に対してお疲れ様ですとか、うちの子のことをよろしくお願いしますとかいくつか言って、奏の相手を始めた。


「うん。なんか今日はやれることがないんだって。それよりお父さん、ミイラ男みたいになってるけど大丈夫なの?」


 二井に対して知り合いみたいな対応をする父に、同じ職場で働いているのだから知り合いということもあるだろうと納得した奏が話しかける。奏の言葉通り、父はそこまでやる必要があるのかと言うくらい全身を包帯で巻かれており、隙間から聞こえるくぐもった声さえなければ誰かわからない程だ。


「ちゃんと治療はしてもらったから大丈夫だ。厄介な邪気も、奏が戦っている時についでに祓ってくれていたみたいだからな。こうしているのはただ、傷を残らないようにするためだけだよ」


 必要なら今からでも仕事に戻れるぞ。と自信満々に言う父に、二井の冷たい視線が刺さる。いつもそうやって傷だらけになって、守られた側の罪悪感も考えてくださいというその言葉には、不思議と実感が籠っているように見えた。


「しかしまあ、お見舞いは嬉しいがこんなところで包帯を見てても楽しいことは無いだろう。今日はもう家に帰って、ゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?一人でいるのが不安ならここに泊まっていってもいいだろうが」


 そう言われて、奏は少し考える。奏自身の気持ちとしては、こんなことがあったばかりで両親から離れるのは心配だ。もし自分が家にいる間に、ここに魔物が訪れたら守れなくなってしまうと。けれどもそれと共に、わざわざ普段は奏から離れようとしない父が帰れと言った意味を考える。


 考えられることは、二つ。一つ目は奏が家にいた方が都合がいい可能性で、可能性としてはあるけど当たりではなさそうだ。奏が一人家にいたところで何ができるでもないし、その方がいい都合なんて思いつかない。もう一つは、奏がここにいると都合が悪い可能性。忙しい時に、なるべくわがままを聞かなければいけない魔法少女がいるというのは、それだけで邪魔になるだろう。たとえ奏が端っこで大人しくしていたとしても、必ずそちらに意識を向ける機会は増える。緊急時の戦力に余裕があるのならば、余分な人員は待機してもらった方がいい。


 それに、お父さんだって今は平気そうにしているけど、本当は泣きそうなくらい痛いのかもしれない。すごく痛いのを、お父さんだから我慢しているのかもしれない。そう思うと、自分を遠ざけようとするのも納得だと、奏は考えた。


「ううん、大丈夫。一人でも大丈夫だから、お父さんはちゃんとここで体を治してね?」


 また来るから、二井さん行こっ。と言って、奏は病室から出る。残された父は、気を使われてしまったことを内心情けなく思いながらすごく痛いのを我慢していた。長男だったけれど、それはあんまり関係なくて、かわいい娘に情けないところを見せたくないから気合いで頑張ってた。



 そんな父を置いて帰った奏は、その後数日誰も帰ってこない家で一人過ごす。父は怪我人で、母は今回のことでの対応に忙しい。たまにしてくれる電話で生きていることはわかるけれど、家に帰るのも難しいくらい忙しいそうだ。一人で食べるご飯は寂しくないと言えば嘘になるが、これまで何回かこういうこともあった奏はへっちゃらだった。むしろ、みんなのために忙しく働いている両親を誇らしく思ってすらいた。嘘だ。両親は誇りに思っているけれど、本当は寂しくて、朝起きると目から塩の筋ができていることもしょっちゅうだ。両親に少しでも褒めてほしくて、見てほしくて色々なことを頑張ったせいで、一人で留守番を任せても安心だと思われているのは、皮肉なこととしか言えないだろう。



 そして、奏が魔法少女になったのから1週間。魔法少女になる前と変わらず、学校に通っていた奏が家に帰ると、見慣れない車が玄関の前に止まっていて、そこから二井が顔を出した。


 挨拶をして、車に乗り込むように言われた奏がその通りにすると、少女が目覚めたこと、また、そのことで両親から話があることを二井が伝える。それを聞いた奏は、無事だったことに安心するのとともに、両親からの話とはなんだろうと疑問に思う。わざわざ奏を呼ぶということは、電話ではできないような大切な話ということだ。魔法少女に関する話はだいたい済んだはずなので、心当たりのない奏は何かあっただろうかと首を傾げる。


 文字通り首を傾げている奏に対して微笑ましい視線を送っている二井が、危ないから運転中はちゃんと前を見てと奏から叱られて、顔には出さずにしょげながら運転に集中する。ただ座っているだけで目的地まで着く自動運転であっても、周囲に気を配るのは運転者の義務なのだ。建前上の文言になって久しいことではあるが、車通りのない横断歩道で律儀に手を挙げて渡る系真面目少女である奏はそれを許さない。


 横から感じる圧に耐えていた二井が、若干気まずく思いながら車を走らせて、少しするとビルが見えてくる。地下の駐車場を経由して父のいる部屋に着いた奏達がノックをすると、扉を開けたのは母だった。


「遅かったわね、奏。部活の練習でもあったの?」


 奏は帰宅部である。それを知った上での母の発言は、帰宅じゃない帰宅をした、つまりは寄り道でもしてたの?という意味だ。我が母ながら面倒くさい言い回しに、奏はちょっとムッとする。


「友達と話してて遅れたの。あとお母さん、久しぶりに会って言うことがそれなら、私今度部活の合宿行くかも」


 母の表現に合わせた、グレるぞ、家出しちゃうぞという脅し文句に、母は素直に謝る。ごめんなさいができてえらい、と娘に褒められて、えへへと笑った母は、不意に後ろから突き刺さる冷たい視線に気がついた。


「ち、違うのよ伽羅きゃらちゃんっ!今のはただちょっとふざけていただけで、けして普段から娘に甘えてるわけじゃないのっ!」


 慌てて言い繕う母だが、傍から見たら自分の娘と立場を変えて喜んでるヤバいやつだ。その事に気が付いて振り向き言い訳をするが、その視線の先にいた少女、ようやく目覚めた伽羅には、その想像の通りやばい人として映っていた。


「おじさん、おじさん、おばさんって変な人なの?」


 母の突然の言い訳と、聞き覚えのない声を聞いて、やっと部屋の中に自分の知らない人がいることに気がついた奏が見たのは、自分の父の影に隠れて、顔だけをのぞかせている少女の姿。この子は伽羅ちゃんって言うんだなと思ったのとともに、私のお父さんなのにあんなにくっついて……と思って奏は少しムッとする。


「変な人か、と聞かれると、否定はできないかな。けれど決しておかしい人ではないし、いつも家族のことを一番に考えてくれる優しい人だよ」


 フォローになっているようでなっていないフォローをする父と、そんな父を感動したような顔で見つめる母。心做しか、空気がピンクに色付いたような気がして、奏は口の中が甘くなったように感じた。


「そ、そうだお父さん、私にもその子のこと紹介してほしいな。この前のあの子だよね?目を覚ましてくれてよかった」


 とにかく空気を変えるべく、奏が少し大きな声を出して父に話しかける。直接伽羅に話しかけに行かなかったのは、なぜか父以外には壁があるように見えたから。


「そうだな。まず伽羅さん、この子は僕の娘の奏。伽羅さんと同じ中学生で、学年はひとつ上の2年生だね。少し変わったところもあるが、僕の自慢の娘だ。仲良くしてくれると嬉しいな」


 紹介された奏は変わったところがあると言われたことに少し不満そうにして、そのすぐあとに言われた、自慢の娘というのを聞いて相好を崩す。大好きな家族、尊敬している父から自慢に思われているということは、奏にとってはとても嬉しいことだった。


 それを受けた伽羅は、何を考えているのかわからない無表情で小さく頷き、返す。嬉しそうにしている奏と、微笑ましそうにそれを見ている母を見る目は、どこか複雑な気持ちを抱えていそうにも見えた。


「それで、こちらは伽羅さん。先日の災害で僕らが助けた女の子で、魔法少女の素質がある。少し事情があってうちで面倒を見ることになったから、仲良くしてくれると助かる」


「……伽羅は、伽羅です。おかあさんが食べられちゃったから、おじさんのお家に住ませてもらうことになりました。痛いのは嫌いなので、なるべくしないでもらえたらうれしいです」


 よろしくお願いしますと、伽羅がお辞儀をしたら、部屋の中の時間が止まった。理由は当然、伽羅が無造作に放った、深い闇を感じさせる言葉のせいだ。間違っても、これから仲良くなろうとしている相手に最初に伝えることではない内容と、そのことをなんとも思っていないのだとわかる言い方。予め事情を知っていた父も、なんとなく触りだけ聞かせれていた母も思わず何も言えなくなる中で、ただ一人奏だけが臆すことなく伽羅に近付く。


「もう、大丈夫だよ。私たちは絶対に伽羅ちゃんが痛がるようなことも、嫌がるようなこともしないから。これまで辛かったよね。大丈夫、これからは私が一緒にいて、悲しいのとか苦しいのから伽羅ちゃんを守るから」


 突然伽羅を抱きしめた奏は、涙を流しながらそんなことを伝える。これに驚いたのは伽羅だ。ただ、痛くしないでとお願いしただけなのに、何故か相手が泣き出して、自分のことを抱きしめる。わけがわからなかった。その理由がわかるような環境を、伽羅は知らなかった。


 知らなかったからこそ、わからないからこそ、伽羅は戸惑う。目の前の少女が、なぜ泣いているのかがわからないから。わからないはずなのに、知らない相手に突然抱きしめられたのに、なんで嫌な気持ちにならないのかがわからないから。


「なんで、あなたは泣いているの?」


 わからないから、質問をした。伽羅は自分にわからないことはちゃんと人に聞ける子だった。わからないならわかるまで自分で考えろと、何度叱られても治ることのなかった性分。なんでそんなこともわからないのかと怒られるつもりで聞いた言葉を受けて、視界の端で父が手を上げたのが見えて、伽羅はビクッと首をすくめる。


 そうして構えた伽羅に訪れたのは、想像していた痛みではなくて、背中に感じる温かさ。なぜかはわからないけれど、伽羅はなんだか胸が暖かくなった。


 理由のわからないうれしさ、心地良さに戸惑う少女と、その少女の様子から何となく事情を察して、共感して悲しくなってしまう少女。考えていることはだいぶ異なるのだが、客観的に見れば不思議と噛み合っているように映った。


「その様子だと、二人で一緒にいることになっても問題はなさそうね。なるべくしないようにはしたいけど、2人だけでお留守番してもらうこともあるだろうから、仲良くなれそうなら安心だわ」


 奏は伽羅ちゃんと一緒に暮らしても大丈夫よね?という母の問いに、奏はもちろんっ!と力強く返す。こんな小さな子が、あんなふうに無感動に親の死を話して、痛いのは嫌だと伝えてくるのを受けて、自分が守らなければ!と思ったからだ。確かに見た目こそ小さいけれど、実際は一つしか変わらないことは、奏の頭からはすっかり抜け落ちていた。これは決して奏の頭がザル並にスカスカなわけではなく、直後の発言が衝撃的すぎただけである。


「伽羅ちゃん、安心してね。伽羅ちゃんのことは絶対、私が守るから。私のことはお姉ちゃんだと思ってくれていいからね」


 奏からの圧に負けて、伽羅が小さく頷く。本人の意思を聞かない奏は、少し思い込みの激しい性質だった。頷いたところでようやく、自分の現状を思い出した伽羅は奏に離れるように言って、父の影に隠れる。その様子は、例えるなら来客に猫っかわいがりされた小動物が飼い主の後ろに逃げるようだ。


 明らかに逃げられた形の奏と、そもそも近付くことすら許してもらえない母が落ち込んで、自然と間に入るのは何故か懐かれた様子の父。今すぐは無理でも、なるべく邪険にしないであげてねと言われて、伽羅は素直に頷く。


「それじゃあ、僕もちょうど退院だし、帰りついでに伽羅さんの身の回りのものを買いに行こうか」


 退院とは言っても、ここは別に病院ではないのだけどねと続けて、父はみんなをおでかけに誘う。それに対して乗り気なのは母と奏、自分のものなんて申し訳ないと遠慮してみせるのが伽羅。当然のように伽羅の反対はないものとして扱われ、一家は二井に別れを告げ、近所のショッピングモールに移動する。


 道中の車の中でしきりに話しかける奏と、たしょう素っ気なくはあるもののそれに返す伽羅の様子をルームミラーで確認した父は、思ったほど相性は悪くなさそうだと、母とアイコンタクトを交わした。


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 次回!第4話 二つ目の脅威!秘密結社オメラス!


 ぶっちゃけはっちゃけ ときめきパワーで絶好調!!

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