第2話 奏の決意。魔法少女、頑張りますっ!

 彼誰時かわたれどきの空が元に戻ると、シンフォニーは自身の変身を解き、奏に戻る。身体中を巡っていた不思議な力がなくなったことで、重力その存在を思い出した奏は尻もちをついた。


 おしりに感じた痛みで、奏は自分の生を実感する。ただただ必死に戦っていた。みんなを守るために、悲しい音をなくすために、その一心で戦っている間は、こわさなんて感じなかった。守れないことの方が、助けられないことの方が怖かった。けれど、いざ変身が解けてしまえば、奏はどこにでもいる普通の女の子だ。戦うのは怖いし、あんなふうに何かから、むき出しの害意を向けられた経験もない。


 守れてよかったと、助けられてよかったと思うよりも前に、自分が無事でよかったと思ってしまった。そうして自分の無事を噛み締めると、真っ先に思い出したのは守ってくれていた両親のこと。伝えなきゃいけないことも伝えないまま、飛び出していった奏のことを、きっと両親は心配しているだろう。


 急いで両親を置いてきた服屋に、奏は戻る。途中の壊れた町に、多少の申し訳なさを感じながら、目指すのは数百メートル先。守りきったと思うけれど、守りきれた保証はない。魔物は全部自分の方に来たはずだけど、その途中で両親が襲われていない保証はどこにもないのだ。


 そんな一抹の不安を抱えながら走って、体力のない少女はすぐに疲労で足を鈍らせる。若いのに絶望的なほど体力が無い自身の身体を省みて、無事に帰れたら絶対に運動しようと奏は決心した。


「お父さんっ、お母さんっ!」


 ぜぇぜぇと息を切らしながら、奏は服屋に着く。真っ先に確認したのは、両親がちゃんと無事でいるかどうか。そして、自分と一緒に隠れていた少女の安否。家族は無事だった。全体的にボロボロになっている父と、それと比べるとマシなものの怪我をしている母。傷だらけのそれを無事と呼んでいいものかはともかく、文字通り致命的な怪我は一つもない。父は壁によりかかって呼吸を落ち着かせて、母は更衣室で少女に膝枕をしている。


 その少女、膝枕をされている少女にも、見たところ新しい怪我はない。奏が会った時点で意識がなかったから、無事かはわからないけれど、悪化していないのであれば助けられたと言っていいだろう。


 その事に胸を撫で下ろしつつ、自分以外の人が大好きな母の膝を独占していることに、奏はズレた嫉妬心を覚える。けれどそれはおいておき、確認するのは父の容態。自分たちの怪我を棚に上げた両親は奏の心配ばかりするが、奏からすれば心配しなきゃいけないのは怪我をしている二人の方だ。とりあえず近くにいた父の方に近付き具合を確かめようとして、ボロボロの父に抱きしめられる。


「お、お父さん!?怪我してるんだから動いちゃダメだよ!……助けるのが遅くなっちゃって、ごめんね」


 ゴツゴツした温もりが、奏を包み込む。焦って落ち着かせようとして、鼻に届いたのは血と、汗と、最近少し苦手に思い始めていた父の臭い。どれもいい匂いではないが、守りたかった人の匂いだ。それを嗅いだことでようやく、家族を守れたことを実感した奏は、いつの間にか張りつめていた緊張の糸を緩めて、自分のためにボロボロになるまで戦ってくれた父を抱き返す。


「大丈夫だ。奏が無事なら、このくらい。よかった。本当によかった……」


 奏を抱きしめたまま泣き出した父が泣き止むのを待って、奏は父から離れた。緊張の糸が緩んだのは奏だけではなかったようで、離れた途端、父は思い出したかのように痛みを訴え出す。けれどその様子に緊迫感はなく、奏は少し笑ってしまった。


「奏ー?お父さんばっかり心配してないで、そろそろお母さんのことも心配してくれると嬉しいなーって、おかーさんは思います」


 ずっと父に付きっきりになっていた奏に対して、少しむくれたような仕草をしながら、少女の額に手を乗せたままの母が声をかける。随分のんびりしているように見えるが、奏のためにかなり無理をして戦っていたのは確かだ。


 素直に奏がごめんなさいと大丈夫?を伝えると、母はそれでいいのと満足げにうなずいて、やさしい目で奏のことを見つめる。父とは異なり、ひどい怪我はしていない母に対して、どうしてお母さんは怪我をしていないのと奏が尋ねると、魔法少女は力を失った後でも、そのに守られているから、小鬼くらいであれば触れても問題ないのだと母は答えた。


「その辺の話はまた後でゆっくりするとして、今はあなたのことを急いで報告しないと。これから忙しくなるわよ、新米魔法少女さん?」


 どこかに電話をかけようとして、携帯が少女の頭の下にあるせいで出せないことに気付いた母が、気まずそうにしながら奏から携帯を借りる。少し締まらないけれど、そのままどこかと電話をしている母の姿は、いつも奏が見ている母のそれとは違う、仕事モードのものだ。


 先ほど奏と話していた時の、どこかゆるい雰囲気は息をひそめて、真面目でかっこよく、仕事ができそうな雰囲気になる。奏は何かあったときにだけ見れる、このかっこいい母の姿が少し好きだった。


 母がしばらく電話をしている横で、その会話の内容を聞き流しながら肩に頭を乗せる。真面目な話をしている母がちょっと迷惑そうにしているが、奏にとっては関係なかった。自分が甘えられないのであれば、なんでそこで寝ている少女は許されるのかと、そんなことを考えているからだ。怖い思いをして、みんなのために頑張ってきた一人娘の女の子にとって、戻ってきたら母が知らぬ少女を膝枕している光景は、大好きな家族が取られたみたいな感じ面白くなかった。


 奏が余計なことをするわけではないとわかった母に受け入れられて、奏は人の体温を満喫する。視界の隅に、少女に囲まれた妻を少し複雑そうに見ている傷だらけの父の姿が映るが、さっきいっぱいハグしたからいいやと見えないふりをした。


 そのまま少しすると、緊急車両の音が聞こえてきて、何台もの車が近くに止まる。新しい魔法少女に対する、管理局からのお迎えだ。見たことは何度かあったけれど、乗るのは初めてな奏は、不謹慎だとわかっていながらも、少しだけテンションを挙げた。


 そうして車に揺られること数分間、奏たちは大きなビルの前に到着する。見た目はどこにでもあるような高層ビルだが、上の方に描かれたマークが魔法少女管理局のものであることを、奏はいつも見ているテレビのおかげで知っていた。


「管理局へようこそ、奏。ちゃんと来るのは初めてだったわね」


 ついてらっしゃいと言われて、奏は大人しく従う。以前一度だけ来たときは、父の後ろをついていくだけだった。学校の授業で見学した時とは違って、今回入るのは母の方の職場。心配そうについてこようとした父が、まだ目を覚まさない少女とともに、救護の腕章をつけた人に連れていかれるのを横目に見ながら、奏は母の後ろをついていく。


 管理局の中には、たくさんの人がいた。エレベーターには列ができていて、十以上はあるであろうそれらには吸い込まれるように人が入っていく。その中で一つだけ、だれも並んでいないエレベーターがあり、母はそこに奏を連れていく。


「これは基本的に来客とか、緊急時にだけ使うものね。一般職員はまず使わなくて、普段は魔法少女くらいしか使わないわ」


 あなたがここで働くのなら使うのはこっちになるわねと続ける母に、みんなと同じのは使わないのと聞いてみると、あなたが使ったら潰されちゃうわよと遠い眼をした母に答えられる。普段は朝くらいしかこんなに混まないらしいが、今日は災害が起きたから職員は対応で大変なのだと。今日勤務日じゃなくてよかったわと笑えない冗談を言う母だったが、車から一緒についてきた職員さんに、こんなことになったんだから今から休日出勤に決まっているでしょうと言われたことで表情をなくす。


「……それはともかく、今は説明の方が先ね。ここは少し騒がしいから、奥の来賓室で話しましょうか」


 忙しそうな人の合間を通って、奏は母についていく。たまに職員が母に、今日は休みじゃありませんでしたっけなんて声をかけられているのが新鮮だった。


「みんな忙しそうだけど、お母さんは私の相手なんてしてて大丈夫なの?」


 忙しい母の時間を自分が無駄にしているのではないかと心配になった奏が聞くと、魔法少女の対応は他の全てに優先される事態よと真面目な顔で返される。冗談かとも思ったが、本気よと言われてしまう。


「そのあたりも今から説明していくわね。本当ならもっと言い方を考えるのだけれど、あなたなら大丈夫なので直接言います」


 どうせあなたは、難しい言い方をされてもあまりわからないでしょと、母から傷つく言い方をされる。そんなことを言うなんて私が馬鹿みたいじゃんと文句を言ったら、これくらいは伝わってくれてうれしいわとやさしい目をされた。たとえ思ったとしても、口にしないほうがいいこともあるのだと、奏は不満に思う。


「まずこれから魔法少女として活動するあなたに覚えておいてほしいのだけれど、この国の法律では魔法少女は兵器として扱われます。自由意志は何よりも優先されるけれど、許可を得ない魔法の行使は重罪になるので気を付けるように」


 そのことを筆頭に説明されることは、一般的には公表されていない魔法少女の現実。一般の人が魔法少女に対して害意を持てないようになっていることや、魔法少女にまつわるいくつもの法律。奏には一度じゃ覚えきれない内容を言われて、その中には本当に、一般に知られたらどんな反応になるのかわからないものまであった。


「お母さん、なんかすっごい話してくれるけど、こんなに全部話しちゃって大丈夫なの?」


 もしかするとこれは、母が自分のことを信頼して、本来なら話さないほうがいいことまで話しているのではないかと考えた奏は、同席してる職員の表情を窺う。自分に必要のないことまで伝えたせいで、母の今後にかかわるのではないかという、子供心の心配。


「ああ、そのことね。大丈夫なのよ。だって、あなたは魔法少女になったでしょ?それなら、心配することは何もないわ」


 どういうことなのかと聞くと母は奏に魔法少女の秘密を一つ、話してくれた。始まりの魔法少女が残した二つの奇跡、その瞬間まで存在すら確認されていなかった魔法の力を、を人々に与えたこと。ここまでは、奏も知っていることだった。ただ、知らなかったのは、魔法少女になれるは、よく言えば善良で、悪く言えば自己犠牲的な精神の持ち主にしか宿らないこと。正確には、宿りはするが力としての発現ができないらしい。


 要するに、魔法少女になっているということは、その精神性や人格と言った観点から協力的かつ自発的に人のために働ける人間であるから、口止めをすればそれで十分なのだと。周囲が無理やり聞き出す心配は、魔法少女のみんなから好かれるというによっていらないらしい。まるで洗脳みたいだなと奏は少し怖くなったが、そう思えるから魔法少女になれるし、自分たちも心配しなくていいのだと母は言った。


「ひとまず、話しておかないといけないのはこのくらいね。たぶん半分もわかっていないでしょうけど、ほとんどは説明義務があるからしただけで、覚えられるとは思っていないの。また聞きたくなったらその辺の職員でも捕まえて聞くといいわ」


 どんなに忙しそうにしていても、みんなあなたたちのことを優先するから安心してねと、奏にとっては少し質問のモチベーションが下がることを母は言う。


「ここからは、ただの確認事項。断わられる事はまずないから形式的なものだけど、体裁的にはどうしても必要なことなの。わからなくてもとりあえずはいと言ってくれればいいわ」


 職員さんが母に何かの用紙を差し出して、母がそれにチェックをつけていく。形式的なものというのは嘘ではないのか、される質問はほとんどが今しがた聞いた説明の繰り返しだ。


「まず、あなたはこれからこの国に所属する魔法少女として登録され、兵器としての運用が行われます。期間は妖精との契約が切れるその時まで。管理局はその期間中、あなたに独占的な依頼権を有し、その代わりに魔法少女として活動することにより生じる不利益を可能な限り排除します。また、活動について適切な報酬を支払うのとともに、引退後の雇用や収入についても保証します。また、管理局はあなたの自由意志を侵害する行為の全てを許しません。同意していただける場合は、はいとお返事ください」


 契約内容を簡単にまとめると、魔法少女をしている間は管理局以外の依頼を受ける必要がなく、管理局の依頼も断ることが可能であること。身の回りの事や将来についても心配いらないこと。何かあったら守るから、安心して活動してほしいこと。


 言い回しが硬かったり、少々独特なところはあるものの、管理局から提示している条件はおおむねそのくらいのもの。基本的には魔法少女を法律的に守るためのものであり、魔法少女自身を守るためのものだ。そのことを予め説明されていた奏は特に何も考えずにはいと答える。将来詐欺に引っ掛からないか心配になる素直さだが、少なくとも魔法少女である今は悪意から守られるので安心だ。


 この子はこんなので本当に大丈夫なのかしらと心配になる母と、そもそも母が自分を騙すわけがないと信じ切っているため、警戒なんてはなから考えてもいない奏。そののんきな顔を見て、これもきっと信頼だと自分に言い聞かせた母は、コホンと一つ咳払いをして奏に向き直る。


「それでは共田奏さん。我々魔法少女管理局はあなたのことを歓迎します。これからは一緒に、世のため人のために頑張っていきましょう」


 真面目な表情の母に差し出された手を、真剣な顔になった奏は握る。この手を取るということがどういうことなのかわかっていて、それでも迷わずにとれるだけの思いが、新米魔法少女にはあった。すべては、幼い時からのあこがれのために。そして、大切な人たちを自分の手で守れるように。


「はいっ!魔法少女エンパシー・シンフォニー。みんなのために頑張りますっ!」


 憧れの魔法少女のことを意識した、初めての名乗り。魔法少女に変身したことで自然と理解できた、自分のもう一つの名前。それを笑顔で口にしながら、奏は母の言葉に応える。未来への希望にあふれた少女の何気ない決意に、母はこっそり胸を痛めた。



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 次回!第3話 目覚める少女。奏、お姉ちゃんになる!?


 みんなに幸せフルフルチャージ!

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