第1話 私が憧れの魔法少女!?華麗に変身、エンパシー・シンフォニー!

 ゆるふわ()魔法少女ワールド!(╹◡╹)


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 20年前、世界に危機が訪れた。突然生まれた世界の割れ目、そこから這い出る異形たち。そこから溢れる何かは世界を彼誰時かわたれどきに染めて、空に零れたインクのように広がっていく。


 国語の教科書に、社会の教科書に、道徳の教科書に載っている、とても有名な文だ。世代を超えて人気の物語の冒頭。かつて人の世に終わりを告げた滅びの始まり。そして、誰もが憧れる英雄譚の序章。



 穏やかな昼下がり、普段は忙しそうにどちらか、あるいはどちらもが働いている両親が、珍しく二人揃って休みだったお昼時。少し前までレストランでオムライスに舌鼓を打っていた少女、かなでが思い出したのは、小学校の頃から何度も学校で習ったその文章だった。ちょうど今みたいに、太陽が隠れて暗くなり、昼間のはずなのに、真夜中になったみたいに寒くなる。


 教科書で見た通りの事態だ。教育資料でやっていた通りの変化だ。自分とは縁がないだろうと、近くて遠い世界の話だろうと思っていた奏が感じたのは、初めて未知に遭遇したことによる興奮……などではなく、純粋な恐怖。だって学校では、英雄たちの華々しい活躍に対する賛美と共に、もしそれに遭遇したら今まで通りの生活に帰るのは諦めなさいと言われているのだから。


 人々は少しでも安全な場所を求めて逃げ惑い、奏はその波に流されないように両親から守られ、家族と一緒に逃げ遅れる。


「お父さん、わたしたちも一緒に逃げなくて大丈夫なの?」


 みんなと違う行動を取っていることに、授業で習ったこととは違うことをしている父に、奏はこわくて泣きそうになるのを我慢しながら聞く。泣かなかったのは、叫ばなかったのは、大きな音がを呼んでしまうと知っていたから。パニックにならなかったのは、専門家である両親を信頼していたから。


 割れ目からズルりとこぼれ落ちた何かが、地面に落ちて湿った音を立てた。生き物であれば無事では済まない高さから落ちてきたそれはすぐに立ち上がり、醜悪な笑みを浮かべながら奏たち家族を捉えて、寄っていく。


 落下の衝撃を感じさせない、しっかりとした足取り。前かがみに走りながら喜色を貼り付ける小さな化生の名は小鬼。慣用的にはゴブリンとも呼ばれる、世界の敵、魔物の一種だ。


 明らかに友好的ではない存在。多くの人が、遭遇しただけで生理的嫌悪感と、本能的な恐怖を抱く存在。そんな多くの人と同じように動けなくなってしまった奏とは対称的に、すぐにしかるべき対応を取ったのは両親だった。


 適切な戦闘訓練を積んだ父が、迫り来る小鬼の顔面を拳で打ち返す。何かが折れる嫌な音と、小鬼の、そして父の苦悶の声。打ち返された小鬼は鞠のように弾んで、そして何事もなかったように起き上がる。


 無傷な小鬼とは対照的に、苦しそうにしているのは迎撃したはずの父だ。魔物に対して適切な装備をつけることなく、不用意に触れてしまった素質を持たないものは、触れたところから魔物の持つ邪気によって蝕まれる。先程まで奏と繋がれていた頼もしい右手は、たった一度の接触で皮膚が剥がれ始めていた。


 そんな父と小鬼のやり取りの中で、一人冷静に電話をしていたのは、いつもやさしい憧れの母。母は冷静に、しかし急いで必要事項を連絡する。繋がれた電話の先は、内部関係者用に設置されている対魔物機関へのホットライン。


 異変が起きてから、助けが来るまでの平均時間は15分ほどだ。15分あれば即応部隊がやってきて、その後一時間以内に対応部隊とがやってくる。今まさに傷を負っている父のことを考えれば、その時間はあまりにも長いのだが、それはあくまで平均時間。


 幸いなことに対応部隊の駐屯地から近いこの場所であれば、到着までの時間は3分を切る事だろう。そして、職員が到着した際に最も優先して助けられるのは、その瞬間にも命の危険にさらされているものと、次世代の魔法少女としての素質があるもの。


 幸か不幸か、奏はその両方に当てはまっていた。それは対応部隊の身の安全よりも優先して助けられるということであり、両親はそれを知っていた。知っていた上で、この程度のものであれば自力で最低限の対処が可能と判断したから、他の人と共に逃げることを選ばなかった。


「対応部隊が出払っている!?そんな、それじゃあっ!」


 冷静に話していたはずの母が、冷静さを失った瞬間を、奏はすぐ横で聞いていた。対応部隊がいないことの恐ろしさを、助けがこなかった被災地の悲惨さを、奏は知っていた。理解していた。


 魔物に、魔物による災害にある程度抵抗できるのが、即応部隊だ。条件付きであれば対応できるのが、対応部隊だ。それはつまり、即応部隊もいない今の状況では、一般的に抵抗すら困難、人間は全て魔物の獲物にすぎないということ。いくら父が鍛えていたとしても、まともな装備がなければ、最弱の魔物と名高い小鬼の一匹すら倒せない。


 母の叫びを聞いた父は、時間稼ぎのために戦っていた手を緩めて、二人のもとまで下がると、無事だった左手で奏のことを抱えて逃げ始める。三分であれば躊躇無く時間稼ぎに徹することができる父であっても、どれだけ時間を稼げばいいのか分からなければ、戦い続けられない。ただでさえ、時間稼ぎをするだけでも負傷する相手なのだ。守らないといけない子供がいる以上、無理は避けなくてはならない。


「お父さん、手、手が」


 父に抱えられて、放心状態から回復した奏は、自分を守るその大きな腕が、その先に付いている右手が、目を逸らしたくなるほどボロボロになっていることに気が付く。痛そうで見ていられなくて、でも自分を守るために傷ついたのだからと、目を逸らすわけにもいかない傷。それを隠すために、父は奏のことを抱きしめて、奏は自分の肩が温かい液体でベタつくのを感じた。


 視界を塞ぐように抱きしめられた奏にわかるのは、耳障りな叫び声を上げながら小鬼が追ってきていることと、自分を抱えた父が走っている強い振動と、その父から伝わる早い鼓動。自分がお守りになっているのは、足でまといになっているのは一目瞭然だった。


 揺れの中で何よりも強く感じるのは、無力感。自分がどれだけ何も出来ない存在なのか、迷惑をかけているのか。父はよく、子供は親に迷惑をかけてなんぼだと言ってわがままを受け入れてくれたが、そういうかけていい迷惑と、本当に足を引っ張る迷惑は違うのだと、奏は思った。今かけているのは、後者だと。


 もちろん父からしてみれば、そんなことはとんでもない。むしろ自分の子供を守るための怪我なんて、勲章くらいに思っていた。こんな事態に遭遇した時に、自分が近くにいてよかったと。我が子を守れてよかったと。そんな風には親が思っているにもかかわらず、それが伝わらない奏は、申しわけなさを募らせる。自分が出かけないなんて言わなければ、こんなことにはならなかったのにと。


 しばらく揺られて、何も見えないのが不安だったから頭を出した奏の目に映ったのは、小鬼に運ばれている血まみれの少女。触れただけで体が壊れていくはずの魔物に抱えられて、何故か無事でいる少女。


「お父さんっ!あの子!」


 その少女が魔法少女のなのだと、奏はすぐに気がついた。魔物に触れても傷を負わないのは、魔法少女の素質がある少女だけに見られる特徴だから。魔物が連れて帰ろうとするのは、素質のある子供だけだから。


 奏に言われてその事に気付いた父は、一瞬迷った様子を見せたが、すぐに意を決したように踵を返し、振り向きざまの不安定な体勢で、すぐ近くまでよっていた小鬼を殴り飛ばす。そのまま奏を母の元に預け、走っていったのは先程の少女のところ。


 すぐに少女を回収して、父は元の場所に戻る。先程殴り飛ばした小鬼はもすっかり元気を取り戻して、今は母にあしらわれていた。


 そんな両親の姿を見て、奏の胸に込み上げるのは誇らしさ。ああ、私のお父さんとお母さんはこんなにスゴイのだと。私の事だけじゃなくて、危険な目にあっていたあの子も救ってくれるのだと。そんな両親を自慢に思う気持ちで胸がいっぱいになって、通りの向こうからやってきた小鬼の群れを見つけた恐怖で、踏み潰された紙風船みたいにぺちゃんこに潰れる。


「奏、この子と一緒に、そこに隠れているんだ。お父さんたちは少しでも時間を稼ぐ。大丈夫だ、お父さんが生きている限り、お前には指一本触れさせない」


 父が、誰も入っていない試着室を指さす。そこに入って鍵をしめれば、ほんの僅かな時間稼ぎにはなるだろう。最弱とはいえ魔物である小鬼を前にすれば発泡スチロールのような儚い壁だろうが、それでもないよりはマシだ。そしてそんな薄い壁であっても、父が子供たちを守る支えくらいにはなる。


「奏。大丈夫、きっと助けは来る。それまで、あなたたちのことは守ってみせるわ。……安心して、これでもお母さん、昔はすごかったんだから」


 母が、怯える奏のことを抱きしめて、早く向かうように言う。憧れのお母さん。ずっとこんなふうになりたいと思っていたかつての英雄は、力を失っても立ち向かうのをやめなかった。それはひとえに、大切な娘を守るため。そして見知らぬ可能性の種を守るため。


 奏は、両親に行って欲しくなかった。大丈夫と言っている両親が、本当はとてもピンチなのだとわかっていたから。自分を安心させるための空元気に過ぎず、奇跡でも起きなければ、二人は無事では済まないとわかっていたから。


 だって、魔物に傷を負わせられるのは、魔法の力だけなのだ。そしてその身一つで魔法を使えるのは、魔法少女だけなのだ。父と母がどれだけ強くても、どれだけすごくても、倒すことの出来ない存在を相手に、いつまでも戦い続けることは出来ない。戦うことは出来たとしても、守り続けることは出来ない。


 だからこうなってしまった時点で、奏たちの末路は決まった。このまま両親が魔物に食われて、少女と二人で魔物に連れ去られるか、に導かれて、奇跡的に助けられて、生き延びることができるか。


 確率論で考えれば、まず間違いなく二人は魔物に連れ去られるだろう。奇跡は、滅多に起きないからこそ奇跡と呼ばれるのだ。誰も彼もに起きるようなものは、奇跡ではない。


 連れ去られた魔法少女の種達がどうなるのか、奏は知らなかった。学校では教えてくれなかったから。けれど、その末路がろくでもないことだけはわかる。先生に聞いても、言葉を濁して教えてもらえなかったから。年頃の少女には伝えることすら憚られること。つまりは、そういうことだ。


 試着室の外から聞こえてくる音は、次第に激しさを増していく。小鬼の声が増えていく。音がどんどん、近付いてくる。それは、戦況が芳しくないということ。今どうなっているのかわからない奏にとって、そのことはただただ恐怖を掻き立てることだ。


 少しでも逃げたくて、壁に貼り付けられた鏡にピッタリくっつく。一人でいるのが不安で、なにかに縋りたくて、まだ目を覚まさない血だらけの少女を抱きしめる。


 この少女が目を覚まして、魔法少女になってくれたらどれだけ心強いかと、奏は考えた。この子が自分のことを、両親のことを助けてくれれば、どれだけ嬉しいだろうと。そうなってくれれば、みんな丸く収まるのだ。両親も奏も、それ以外に巻き込まれた人たちも、みんなが助かる。魔物に連れ去られかけていた魔法少女を見つけたともなれば、奏は大手柄だ。きっとみんなに褒められる。この子を見つけなければまだ一緒に逃げられていたはずの両親も、よくやったと褒めてくれるだろう。


 けれど、それはあくまでもしもの話。都合のいい妄想の話だ。今も意識を取り戻さない少女が、突然起きて魔法少女として戦い始めるなんて、少し夢見がちな奏であっても本気で思ってはいない。全てが全て、儚い砦の向こうから聞こえるこわい声と、両親の苦悶の声から現実逃避したかっただけ。


 それがどこまでいっても現実逃避でしかないことは、奏が一番よくわかっているのだ。薄い砦に穴が空いて、ギョロリとした小鬼の目が奏を射抜く。それはすぐ、横から飛んできたボロボロの腕によって消えたが、どんどん終わりの時が近付いているのだけは、よくわかった。



「だれか……」



 誰でもよかった。この状況を、この絶望を覆してくれるのであれば。魔法少女でも、対応部隊でも、即応部隊でも。誰でもいいから、自分のことを、両親のことを助けてくれる人を望んだ。


「だれでも……」


 けれど、ピンチになったら都合よく助けが来るのなんて、物語の中の話だけ。やさしいお母さんが電話をしながら叫んだ言葉の意味が理解できないほど、奏は子供ではない。助けなんて、どこからもこない。


 助けられそうな人なんて、奏しかいなかった。なんの力も持たない、戦い方も知らない奏だけ。助けようと外に出ても、大好きな両親の足を引っ張るしかできない無力な少女だけ。


 全部自分のせいだと、奏は自らを責める。両親が避難できなかったのは、人混みから奏を守ろうとしたから。両親が逃げるしかなかったのは、足でまといの奏がいたから。両親が逃げられなくなったのは、奏が少女を見つけたから。だから、両親が今危険な目にあっているのも、このままだと死んでしまうのも、全部奏のせいなのだ。


 自分を責めて、心が苦しくなる。胸が痛くなる。両親に謝りたくて、謝ったら気が散るとわかっていて、なにもできない。助けるどころか、謝ることすらも、今の奏にはできなかった。胸の中をいっぱいにした悲しみが、少しずつ諦念に変わっていく。自分はもうこのまま、何もできずに死んでしまうのだと。両親の努力は全部無駄になって、自分と少女は魔物に連れ去られるのだ。こんなことなら、自分を置いて逃げてもらうべきだった。いやだ。自分のことを見捨てる両親なんて見たくない。大好きな二人にだけは、捨てられたくない。


 心の中で、黒い気持ちが生まれる。黒くて、暗い気持ち。両親に見捨てられて、一人で死んでしまうくらいなら、家族と一緒がいい。その方が、寂しくないから。この少女を見つけなかったら、もしかしたら命は助かったのかもしれない。それなら、見つけなければよかった。


 違う、と、奏は否定する。そんなことはないと、自分に言い聞かせる。奏の憧れた魔法少女は、英雄なのだ。どれだけ辛く、絶望的な状況であったとしても、最高の結末を目指して抗い続けるヒーローなのだ。決して折れることなく、最後まで戦い続ける意志を持っているのだ。


 だから、そんなことは考えたくなかった。考えてしまったら、深みに落ちてしまうから。落ちてしまったら、もう憧れには届かなくなってしまうから。どうせ死ぬのなら、最後の時まで胸に希望を残しておきたかったから。


 薄い砦の向こうから、大切な家族の苦しむ声が聞こえる。届けたい。たくさんの感謝と愛を、安らぎを。

 穴の向こうから、家族を苦しめる小鬼の声が聞こえる。かき消したい。平穏を奪う者を。頭にこびりつく不協和音を。

 そこらじゅうから、街のいたる所から、苦しむ人々の悲しみが聞こえる。嘆きが聞こえる。止めてあげたい。その苦しみを。


 そう、強く思った。思うことしかできなかった。奏には特別な力なんて何一つなくて、誰も何も救えない、無力な子供なのだから。子どもに許されることなんて、ただ不幸の終わりを祈ることだけなのだから。


 なんの力もない、無力な子供の願い。台風の前のロウソクのように、儚く無造作に消されてしまうのが常なそれ。けれど、その強い思いに、は応えた。


 奏のすぐ目の前の、空間が歪む。渦巻くように歪む。 ビニールを破ろうとする時みたいに、捻じられて、捻られて、光の塊が飛び出してくる。


「……あだっ!」


 質量を持った光が、空間を突き破った勢いのまま、奏のおでこにぶつかる。更衣室の外の、緊迫した空気に合わないどこか間抜けな声が奏の口から飛び出た。


 あまりの痛さに、奏は咄嗟におでこを抑えてうずくまる。抱き抱えられていた少女が重力に引かれて、こちらも痛そうな音を立てて地面にぶつかるが、悶絶している奏は気付かない。先程までの悲壮感が二つの意味で吹き飛ぶような衝撃に、全てのことは些事だった。


「なにをしてるポコッ!今は頭を抱えている暇なんてないポコッ!」


 全てのことは些事である。自分に追突してきた奇妙な光の玉が、デフォルメされたでんでん太鼓のマスコットみたいな姿になって、無理した裏声みたいな声で喋りだしたとしても、気にしている暇なんてない。たとえ今も両親たちが命懸けで戦っていたとしても、そんなことは関係ないのだ。


「早くこっちを見るポコッ!急がないと手遅れになっちゃうポコッ!」


 ようやく周囲に意識を向けれるようになった奏が、頭を抱えているんじゃなくて抑えているんだと少し遅れたツッコミを返そうとして、マスコットの言葉で我に返る。既に赤くなっているおでこは、放っておくとお餅みたいに膨れてしまうかもしれないけれど、今はそんな場合ではないのだ。自分たちが、両親が、そして今この周辺にいるみんながピンチなのだ。目の前の奇妙なマスコットが奏の知っているそれと同じものなら、おでこが痛いのなんて気にしている暇はない。


「自己紹介は後ポコッ!今は何も聞かずに、変身するポコッ!」


 ポコポコ主張の激しいそれに言われるままに、奏はマスコットを掴む。どうすれば変身できるのかは、誰に教わるでもなく不思議と体が知っていた。


「マジカル、オルタレーション!」


 でんでん太鼓を持った右腕をピンと伸ばして、手首のスナップを効かせて鳴らす。テントン、と小さな音が鳴って、一際輝き出したそれは巨大化し、光が弾けるとそこには先端が小鼓になったハンマーが残った。


 その際に弾けた光が、奏の全身を包み込む。腕に着いたものは真っ白のアームカバーに、足のそれは黄色のショートブーツに。光が弾ける度に、奏の服装は変わっていく。体の末端から順番に変化を重ねて、体が終わったら次は頭だ。髪の毛が伸びて、光から髪飾りが作られて、パッと弾けるとそこにいるのはもう先程までの奏ではない。


「奏でるこころはみんなのために」


 そこに降り立ったのは、一人の英雄。今はまだ、誰も救ったことのない、生まれたばかりの新しい英雄。けれどもその存在はきっと、たくさんの人を照らす光になれるだろう。


「エンパシー・シンフォニー!」


 それは、新しい魔法少女だ。人々を魔物から唯一救える、希望の象徴。金糸の髪をなびかせながら舞い降りた、救いの化身。


「悲しい音は、私が消してみせる」


 変身が、終わった。今の自分は先程までの無力な少女ではないのだと、誰に言われるでもなく奏には、いや、シンフォニーにはわかっていた。この力があれば、みんなを救えるのだと。この力を使えば、みんなを守れるのだと。


 そして、それだけわかっていれば、十分だった。先程まで自分を守っていた儚い砦を飛び出して、シンフォニーはハンマーを振るう。ポンッと軽い音を鳴らして、父の後ろにいた小鬼が消滅した。


 それと同時に広がった何かが、小鬼に吹きつけ、後ずさらせる。不思議と、同じものを受けたはずの両親は、衝撃を受けるどころかむしろ楽そうにしていた。


 一度使ったことで、シンフォニーは自分の力の一端を理解する。小鼓ハンマーの奏でる音が、邪気を祓う。その力は距離によって減衰して、つまりゼロ距離で聞かせるのが、直接殴るのが一番効果的だ。


 驚いた顔の母と、なぜか複雑そうな顔をしている父。ずっと自分を守ってくれた2人を守るために、シンフォニーは小鼓を振るう。ポンポンと軽い音に対して、それによる効果は抜群だ。先程までは時間稼ぎしかできなかった小鬼が、最初から存在しなかったかのように跡形もなく消えていく。


「……奏、なの?」


 シンフォニーが四体の小鬼を祓うのにかかった時間は、わずか十秒足らず。たったそれだけで、絶望的だった状況は一変した。これが、魔法少女の力だ。物理的な攻撃のおおよそ全てを無効化する魔物に対する、圧倒的な優位性。まともな運動能力すら備えていない少女でも、一度力に目覚めてしまえば救世主になり得る、魔法という特異な力。


「うん。お父さん、お母さん、私、みんなのことを助けてくる!」


 そして、直前まで怯えていた少女の心に芽生える、大きな勇気。若さ故の、とはいえなくなってしまった全能感に導かれ、シンフォニーは駆け出す。手の届く全てを守るために、みんなを守りたいという純粋な思いを胸に、少女は戦う。


 戦い自体は、ひどく呆気ないものだった。小鼓を振るう事に消滅する小鬼、その事に危機感を感じているのか、火に誘われた虫のように集まり出す小鬼たち。その光景を傍から見ていれば、無双ゲームのようだと感想を抱くことだろう。魔法少女でなければ絶望的な状況を前にそんなふうに思うのは不謹慎かもしれないが、魔物としては最下級の小鬼が相手なので、それもあながち間違いとはいえなかった。


 ポンポンと、軽い音が町に響く。その音を聞くだけで、人々の不安は和らぐ。心做しか痛みも和らぎ、心に希望が生まれる。魔物は不快そうに顔を歪め、その音を止めようと集まる。そうして集まる全ての魔物がいなくなって、音は止んだ。彼誰の空に太陽が戻って、残ったのはたくさんの怪我人と、それなりの数の犠牲者。そして、壊れた街並。


 親を失った幼子の叫びを聞いて、シンフォニーの心はズキリと痛んだ。



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 次回!第2話 奏の決意。魔法少女、頑張りますっ!


 心にハーモニー響かせよう!

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