ep.12 死ぬための子供

警察署の椅子で待つ僕と依頼者の吉岡さんは、ネットに掲載されている行方不明者ファイルに目を通していた。


「探偵さん、前にお見せした浦川さんの記事の事。もしかしたら、見つからないことを家族が気付いたんじゃないかって言ってたあれ。あの時探偵さんはあくまで憶測だって話してくれたけど、やっぱり私本当なんじゃないかって思います」


どうしてですか?


「“親族の依頼で掲載を中止した”っていう言葉を何度も何度も頭の中で繰り返すうちに、どんどんとおかしい気がしてしまって…。だって探偵さんの言う通り、見つかったなら見つかったって書くし、もし見つかったけど死んでしまっているのなら記事やニュースになってるだろうし…。」


では、安心させるため。という訳ではないのですが一つ。

前私は、浦川均さんという名前を検索したが、死亡したというような記事は発見できなかったと言いました。

しかし、実は発見できないようにすることもできるんです。


「どういうことですか?」


警察が、報道に対し公表する死亡事故や、事件の被害者の人名は、ご遺族の方へ了承を得なければ公表できません。

なので、もしかしたら浦川さんご家族が警察に公表をしないでほしいと言った可能性もあります。


「じゃあ、浦川さんは単純に自殺や事故死であって、何かに巻き込まれたわけじゃないんでしょうか…?」


その可能性も、あります。


「違うんですか…?」


んー。では、もう一つお話ししてもいいですか。


「浦川さんについてですか?」


いいえ、違います。

私が今お話ししたいのは、このサイトについてです。


「このサイトですか?」


はい、吉岡さんこの行方不明者の情報を見ていただけますか?


―――――――――――――――――――――


名前:星野 綺羅ちゃん

年齢:2歳

性別:女

住所:北海道K町克羅〇-〇

身長:不明

体重:不明

血液型:O型


―――――――――――――――――――――


※本人写真がないため、イラストにて掲載




「ナンバー63、星野綺羅ちゃん」


はい、まずはざっとでいいので目を通してみてください。

何か、違和感がありませんか?



吉岡さんは2分ほど凝視した後、何かに気付いたように目を大きくした。



なにか、気づきましたか?


「この、身長と体重のところ、不明になっています。」


そうですね。


「あれ、違いましたか。」


いえ、違うことはないです。それも違和感の一つです。

では、浦川さんの情報にあって、綺羅ちゃんの情報に無いものはなんでしょうか?


「無いもの無いもの…。特徴と家族からのメッセージですかね。」


そうですね、それもそうです。


「さっきから間違えますね私…。」


いえいえ、間違いじゃないんです。それも大事なんです。


「無いもの、なんですか?」


浦川さんにあって、綺羅ちゃんにないもの、それは“顔写真”です。


「確かに、綺羅ちゃんのは似顔絵…」


どうです?


「いやどうですって言われても」


吉岡さん、ご自宅に自分の幼少期の写真はありますか?


「え?まぁ、一応生まれた時からの写真がアルバムになってるのでそれなら」


そうですよね。では、ご両親のは?


「あ、見たことあります。おじいちゃんの家に行ったときに見せてもらったことが」


親としてわが子の成長過程というのは、残したいものなんです。

そして、残してきたものを成長してから一緒に見る。

絶対ではないですが、親としての楽しみです。


綺羅ちゃんが行方不明になったのはいつかわかりますか?


「記事の掲載が2年前なので2020年ですね。」


この近年、吉岡さんの両親が幼少の時よりも、成長の過程を残しやすいんです。


「というと?」


スマホの普及です。

12年ほど前から、この日本でもスマホが普及し、今現在携帯電話を持っている人のうち約96%がスマホを持っている時代です。

2年前だとしても、割合はほぼ変わっていないでしょう。

そんないつでもどこでも写真が撮れるこの時代に、我が子の写真が一枚もなかった。ということになります。


「でも、金銭面が苦しくてスマホを持てていないだけじゃないんですか?」


そこで、吉岡さんが気付いたさっきのポイントです。


「身長体重、詳細とメッセージですか」



そうです。


顔写真もなければ、身長も体重もわからない。


行方不明時の服装の記載もない。


メッセージもない。


ぱっと見た印象ですがこの家族、



そもそも綺羅ちゃんを探す気がないように見えるんです。



「探す気がない…?」



はい。ここに載っている情報だけでどう探せというんでしょうか?

ある情報は名前、年齢、性別、似顔絵だけです。

それだけで見つかると思いますか?


「確かにそうですね…」


子どもが自分の名前を言えるようになるのは3歳以上の子が多いです。


子供を持っていない人間は、見た目だけで何歳かを断定することは難しいです。

もし、小さな子をどこかで見つけても判断できる情報は、性別と似顔絵だけです。

せめて、身長体重の記載があって特徴的であれば、身長の割に体重が重いから肥満型だとか、身長の割に体重が軽いからやせ型だとか、判断材料が増えるんです。

加えて、子どもが行方不明になった時に一番大事なのが服装です。

子どもは、自分から着替えるという考えがありません。

汗をかいたとか汚れたとかで、自分から着替えることはないので、すごく大事な情報なんです。

しかし、その記載もない。

それで、探してくださいというのはあまりにも情報がなさすぎます。


「でも、情報はないけど、どうしても見つけたいからこのサイトに載せたんじゃないんですか?」


そうでしょうか?

僕は、そうと思えないんです。


「どうしてですか?」


これを見てください


私はネット検索で「女の子 顔 イラスト」と検索して一番上に表示された画像を見せた。


「え…。これ…って」


そうです。綺羅ちゃんの似顔絵にそっくりです。


「どういうことですか…?」


おそらくこれを投稿した人間は、私と同じようなワードを検索しトップに出てきた画像を模写した。


「っていうことは、似顔絵も、綺羅ちゃんのじゃない…」


そうです。

要するに僕が言いたいことは、

投稿者は本当に娘がいなくなってしまった。

しかし、それはいなくなるとわかった上でいなくなった。

それをわかっていたけれど、いなくなってしまった上で、我が子が消えたのに何も動かないのは変だと思われる。だからこのサイトにあることないことを適当に投稿した。

きっと生まれてきた時点で、いなくなるとわかっていた。

だから、身長も体重も測ることなく、写真も撮らずここまで来た。


「そんな…。生まれてきた瞬間からいなくなることが分かってるなんて…。」




そして、先ほど私が話したこのサイトの違和感です。



「これ以上…。これ以上にまだ何かあるんですか…」


いえ、そんなマイナスな面ではないです。


「なんですか…」


この行方不明者ファイルの情報は上下の線に囲まれています。


そして、下線の下。


米印の部分です。


浦川さんの米印部分、


――――――――――――――――――――

※追記


掲載から2か月後、ご親族の方より、捜索を中止したとの連絡がありました。

ご協力ありがとうございました。

――――――――――――――――――――



そして、綺羅ちゃんの米印部分、



――――――――――――――――――――


※本人写真がないため、イラストにて掲載


――――――――――――――――――――



この米印部分、あくまで補足部分というように見えますが、


このサイト運営者がおかしいと思った部分を強調している部分なのではないでしょうか?


見つかっていないのに、捜索を中断する。


スマホが普及した中で子どもの写真がない。


その違和感を見ている閲覧者に気付いてほしいと伝える場所だったんじゃないでしょうか?


現に、私はそこに引っかかって考えるうちにここまでの考えに至りました。


もし、この運営者が米印でヒントをくれていたら?


「このサイトの運営者は、何かを知っている…?」


その可能性があります。




すいません!お待たせしました!私、刑事課の秋山と申します!

3階に会議室取ってるのでそちらでお話しお伺いしますね!

この警察署エレベーターねくて階段になっちゃうんですけど、大丈夫ですかね?



「私は、大丈夫です。探偵さんは?」


はい、大丈夫です。


「じゃあ、お願いします。」


じゃ、階段なんでこわいと思うんですけど、すいません!ご案内します!


「なんもですよ、慣れてるんで」




方言はよくわからないけど、私たちは会議室へ向かった。











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北海道K町連続失踪事件 名無しの探偵 @nanashi-tantei

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