ゴブリンは抱きしめられました

 先の計画についてはある程度固まったけれどできるならその前に不安要素は排除したい。

 獣人たちがジジイの行方を探してくれたのだけど結局どこに逃げたのか分からなかった。


 ただジジイはドゥゼアに腕を大きく噛みちぎられた。

 パルファンにも殴られたしかなり力も使っていたのでダメージは軽くないはずだろう。


 殴られたところはともかく食いちぎられた腕が自然に治癒するのは難しい。

 そうなるとどこか治してくれるところを頼らねばならない。


 けれどそうしたところを頼れるだろうかとドゥゼアは疑問に思う。

 なぜならジジイが魔王の力を持っているから。


 聖職者などの治療ができる人ならジジイの中にある異質の力に気がつくことができる。

 あれだけ強い力なら隠しようもない。


 じゃあどうしているのかと聞かれてもドゥゼアは知らない。

 結局どこに行って何をしているのか分からない、ということなのである。


 ただジジイの追跡のために留まることにはなったので多少ゆっくりとすることができた。


『明日……行っちゃうんだね』


 お互いの空白だった期間を埋めるようにカジオとカジアは一緒に過ごしていた。

 ドゥゼアが魔力を使って召喚する以上限界はあって短い時間のふれ合いであるけれど、出来るだけ一緒にいようとしていた。


 カジアといる時のカジオは英雄ではなく父親の顔をしていた。

 こうした時間が続けばいいのだがいつまでもこうしてはいられない。


 ジジイの行方は分からないということになったのでドゥゼアたちもそろそろ出発しようとなった。

 もう親子で過ごせる時間は少なく、カジアは寂しげな目を父親に向けていた。


『俺はドゥゼアから離れられない。それだけではなく、俺はドゥゼアに恩がある』


 本来こんなことにドゥゼアが巻き込まれることはなかった。

 しかしカジオの頼みを聞いて獣人の国を探してカジアを助け、獣人の国を救い、カジアに会わせてくれた。


 ドゥゼアに対して大恩がある。

 少しでも力になれるのならドゥゼアに力を貸そうと決めたのだ。


『ううん、行ってほしくないなんて言わないよ。むしろ……ドゥゼアを助けてあげて』


『カジア……』


 息子の心の成長を感じてカジオは感動を覚える。


『僕はもっと強くなる。強くなって……お父さんにも負けないような戦士になる』


『お前ならなれるさ。お前は俺とヒューの息子だ』


『でも…………いつかまた会えるよね?』


 いくら強くなりはしてもまだ子供だ。

 全ての思いを断ち切れるほどには強くはなれない。


『ドゥゼアはきっと王になる。そうなったらこの国の、獣人の友としてここにくることもあるだろう。その時はまた会うことができる』


 ゴブリンが何を成し遂げられるのだ。

 世の中の人は鼻で笑うだろう。


 だがカジオは思うのだ。

 たとえゴブリンでもドゥゼアならやってのけるだと。


 カジオは若い頃に他の全ての氏族の強いものを倒してくるまで帰らないと言って旅に出た。

 笑わなかったのはヒューリャーだけだった。


 誰もが不可能だという中でカジオはひたすらに戦いを挑んだ。

 負けることもあったけれど鍛え直し、不屈の意志で最後にはあらゆる氏族最強の戦士たちを倒してみせたのだ。


 諦めぬ意思があるならば、前に進む勇敢さがあるならば、そしてそれを支えてくれる人が一人でもいるならばきっと何かを成し遂げられる。


『俺は主君たるドゥゼアを支えよう。お前はお前の道を探すのだ』


『僕の道……』


『お前の周りには正しい大人たちがいる。きっと正しい道に導いて応援してくれるだろう』


『ドゥゼアは王様になるんだもんね?』


『ん? ああ、そうだな』


『じゃあ僕も王様を目指そうかな』


 血統だけで王になれるかは決まらないもののカジオの子供というところを考えるとカジアも王になれる可能性はある。

 ドゥゼアが王になるのならカジアも王になる。


 いかにも子供らしい考えにカジオは目を細めた。

 けれどもこれまで見てきた感じではカジアにも才能はある。


 努力を重ねて強くなれば決して夢物語ではない。


『それに……その』


『どうした?』


『僕は……ヒューリウを守りたいんだ』


 カジアとヒューリウは短い時間でも共に苦難を乗り越えた。

 相性も良かったしそうした感情が生まれてもおかしくない。


 カジオはカジアの別のところでの成長に目を丸くした。


『そうか……そうかそうか!』


 カジオは笑った。

 守りたいものができたことは良いことである。


 カジオも最後には守りたいものが戦争で戦い抜く力を与えてくれた。

 カジアにとって守りたいものがヒューリウになったのだ。


 今はカジア一人であるが時にヒューリウも混ざって三人で話したこともあった。

 カジアとヒューリウの関係はカジオの目から見ても悪くない。


『あの子は良い子だ。大切にしろよ』


『……うん』


『そろそろ時間だな』


 なんとなく召喚していられる時間も把握できてきていた。


『ドゥゼア』


「どうした?」


 召喚の限界は近いがまだもう少しなら出していられる。

 あまりカジオから離れすぎると召喚しているのも大変になるので部屋の外で待っていたドゥゼアの横にカジアが座った。


「……カジア?」


『ありがとう、ドゥゼア』


 カジアはドゥゼアのことを抱きしめた。

 ドゥゼアがカジアを助けたのはカジオのことがあったからかもしれない。


 でもドゥゼアはカジアを助けてくれた。


『ドゥゼアは命の恩人で友達だ。僕の大切な友達』


 驚いた表情を浮かべたドゥゼアだったけれどすぐに優しい表情を浮かべてカジアのことを抱きしめてやる。


『死なないでね……がんばってね……』


「ありがとな、カジア。立派な大人になるんだぞ」


 言葉は通じていない。

 だけど思いは通じている。


 ゴブリンになって初めて抱きしめられた。


「獣人は良い奴らだな」


『そうだろう』

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