第5章
ゴブリンは壮大な計画を持っています1
ドゥゼアの感覚が正しいか、それともユリディカの感覚が正しいのか。
あるいはその両方か。
魔王なのか、破壊の神なのか、あるいはその両方か。
それはまだ誰にも分からない。
けれど仮に魔王だった場合先に待ち受ける影響はどの生き物にとっても避けることのできない大きなものとなる。
このことを話すかドゥゼアは悩んだ。
しかし話すのなら信頼が最高潮になっている今しかないと思った。
『魔王だと?』
終身名誉獣人という不思議な地位を与えられたドゥゼアは獣人たちの会議に参加していた。
半ばドゥゼアが集めたようなものであるが王であるカジイラを始めとして獅子族や犬族、鳥族、それに戦争で活躍した強力な希少種族の巨象族や炎虎族なんかが参加している。
議題はドゥゼアが主張する魔王復活の兆しありということについてだった。
ドゥゼアの席の横には薄く透けた姿のカジオが座っていた。
座れるのかと思ったけど座れるらしい。
ドゥゼアにも原理はわからない。
「ジジイがまとった黒い魔力……魔王の力の可能性がある」
ドゥゼアの話した言葉をカジオが伝えてくれる。
『つまりはなんだ、あいつが魔王ということか?』
すっかりドゥゼアのことを認めたパルファンは巨象族の代表として席についている。
「違う。魔王は封印されている。それにあれが魔王だったら今頃獣人の国はなくなっている。直接ジジイが魔王ではないだろう」
『ではどういうことなのか?』
「封印されてはいるが勢力を広げようとしているのかもしれない。破壊の神を名乗って戦いをもたらし、封印を解こうとしている可能性もある」
ドゥゼアは魔王と破壊の神は同一の存在なのではないかと思っている。
破壊の神の行動は神としてあまりにもおかしい。
他の神を信仰している民を侵略して滅ぼすなど冷静に考えると異常である。
昔のことなのであまり気にしなかったけれど魔王が神に偽装して世界に混乱をもたらそうとしているのだとしたら分からない話ではない。
どこかで魔王が暗躍している。
そこはかとない不安がドゥゼアの胸の内に渦巻いているのだった。
『ドゥゼアの話を事前に聞いて調べてもらった』
他の人を招集するにあたってカジイラには先に話をしてある。
荒唐無稽な話のはずだがカジイラはしっかりと話を聞いてくれた。
そして魔王について調べていてくれた。
『図らずも人の国を手に入れることができたから情報も手に入った。およそ100年前人間の勇者が魔王に負けて仕方なく聖女の力で封印を施したらしい』
「100年……」
ドゥゼアは絶句した。
自分がゴブリンになってからそんなにも時が経っていたのかと驚かざるを得なかった。
『魔王の封印という特殊な環境下にあるために聖女たちがどうなっているのかは分からないが、それだけの時間が経っていたら封印そのものにガタがきていてもおかしくない』
『次の生まれないのか?』
『勇者というのもそう簡単には出てこないらしい。それに生まれながらというだけでなく途中から使命を受けるような人もいて、使命を受ける前に死んでしまう場合もあるようだ』
『ふん、軟弱な人間など勇者にするからだ。我々獣人を勇者にすればいいのに。俺ならば魔王ぐらい倒してやろう』
パルファンは腕を組んで大きく鼻息を吐き出した。
基本的に獣人は魔王という存在に関して疎い。
なぜなら魔王と戦うのは人間であって獣人に助けを求めることなどないからだ。
かつて勇者が魔王に負けて封印もできずに世の中を荒らし回った時には獣人も人間と共闘したことがあるが、それは遠い歴史のお話である。
『いや……勇者だなんだと待つこともなく俺が倒してやろうか』
『それはできない』
『なぜだ?』
「魔王は人間……いや、勇者にしか倒せないからだ」
『なんだと?』
「因果、とでも言おうか。魔王は勇者一行にしか倒せないんだ」
勇者と魔王はある意味表と裏のような存在である。
魔王がいるから勇者が生まれ、勇者は魔王を倒すために使命を受ける。
たとえ勇者より強い存在がいて、魔王を倒しうる力があったとしてもその人では魔王を倒せないのだ。
『なぜそんなめんどくさい……』
「さあな、誰も知らない。だが誰も逆らえない」
魔王は勇者にしか倒せない。
これは世界のルールであり人である獣人もそれに縛られることになる。
「だが俺は魔王を倒そうと思う」
『……なに?』
『今自分で魔王は倒せないと言ったばかりじゃないか?』
「魔王と勇者のルールに縛られるのは人間と魔王だ。俺は人間でも魔王でもない」
だからドゥゼアは魔物となった。
勇者に選ばれずとも魔王を倒せるのは勇者の他に世界のルールに縛られない魔物という存在がいたのだ。
「魔物の俺は魔王を倒せる」
『だがどうやって倒すつもりだ? お前に倒せるとは思えない』
パルファンがキッパリと切り捨てる。
ドゥゼアは弱い。
ゴブリンにしては強いのかもしれないが、パルファンでもドゥゼアのことは簡単に倒せるぐらいの強さしかない。
だいぶ歯に衣着せぬ物言いであるけれど正しい。
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