ゴブリンは勝利を祝います1

 仮に人間側から見て出来事に名前を付けるとしたらなんだろうか。

 血の1日、最大の失敗、獣人に降伏した日。


 後々なんと呼ばれることになるかドゥゼアは知らないけれど歴史に刻まれる1日だったことは確かである。

 ジジイを撤退させた獣人軍は人間軍を大きく押し返すことに成功した。


 押し返された時点で勝敗は決していたようなものであるが数で優っている人間軍は引かずに交戦することを選んだ。

 しかしそのタイミングで南からの援軍が到着、人間軍は数的な優位を失うことになる。


 人間軍が撤退を迷っている間に今度は獣人側から攻撃を仕掛けた。

 黒狼族の青年と氷豹族の女性が競い合うように敵陣に突っ込み、敵将の首を討ち取ったことで勝敗は完全に決した。


 蛇族をやられた恨みもある。

 人間軍がいた位置はまだかなり獣人の国だったので敗走する兵士もほとんどが追いかけられて帰れた者はごく一部だけとなった。


 しかしそれで獣人たちは終わらせなかった。

 そのまま軍を維持して侵攻してきた国に逆に侵攻した。


 兵の多くを失った人間の国が獣人たちを止められるはずもなく獣人は首都を占拠し相手国の王城を包囲した。

 カジイラは判断を迫った。


 国民の皆殺しか、王族全ての首を取った上での属国か。

 人間たちは自らの手で王族全ての首を討ち取った。


 そうすることを選んだ勇気ある賢い者を一時的に国の首長として選び、その国は獣人の国の属国となったのである。

 王族たちの首は王城の前に並べられた。


 腐り落ち、骨になるまで誰も触れることは許されず、凄まじい光景は人間に獣人たちの恐怖を刻み込んだ。


『勝利の宴だ! 英雄を称え、死者を慰めよう! 此度人間は愚かなる選択の果てに大きな代償を払った! 我々獣人は一つにまとまることで人間に勝利したのだ!』


 王城の前の広場でカジイラがお酒の注がれた杯を掲げて周りにいる獣人たちを見回す。

 カジイラの後ろには檻に閉じ込められた敵国の王子がいる。


 南の国の方の王子である。

 全ての戦いが終わった獣人たちは国に帰ってきた。


 そして勝利を祝う宴が開かれることとなった。


『勝利の雄叫びを!』


 カジイラが咆哮し始めると周りの獣人たちも一斉に吠え始める。

 さまざまな種族の咆哮が一つになって大地を揺るがす。


『飲め! 食え! 戦いの疲れを癒やし、傷を治すのだ!』


 カジイラが掲げた杯から口にお酒を流し込む。

 横にいる獅子族が持っているトレーの上から大きな肉を鷲掴みにして噛みちぎる。


『さあ、宴を始めよ!』


 カジイラの言葉を皮切りに獣人たちが酒を飲み肉を食らい始める。


「すごいものだな……」


 ドゥゼアたちにはちゃんと貴賓席が与えられていた。

 ゴブリンの英雄についてはすでに話が広まっているものの酔った獣人の中に小さいゴブリンがいてはどうなるか分からないからだ。


 喜ぶことも無理はない。

 一つの国と戦うのでも命懸けなのに二つの国から同時に戦いを仕掛けられ、勝利を収めることができたのだから。


 決して獣人たちの被害も軽いものではなかった。

 勝利を喜び、亡くなった者に感謝を捧げることも生きる者の責務である。


「はいどうぞ」


「ありがとう」


「これもどーぞ」


「おう」


 ドゥゼアも両肩やられて地面に叩きつけられたりとダメージ的には危険な状態だった。

 しかしジジイの腕の肉を食ってユリディカのヒールを受けて回復した。


 初めての人の肉があんなことになるとはドゥゼアも予想外である。

 ドゥゼアはレビスとユリディカに挟まれて座っている。


 レビスとユリディカはドゥゼアの前に取ってあげた料理を山のように乗せて甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 ドゥゼアも体力を回復させるためにと遠慮なく肉を頬張っているのだけど、レビスとユリディカに供給されるスピードの方が早くて皿の上の料理が減らない。


「ほら、お前らも食え」


 直接戦いこそしなかったもののレビスとユリディカの支援がなければドゥゼアは今頃やられていた。

 ドゥゼアは両手に肉を刺したフォークを持ってレビスとユリディカに差し出す。


「ドゥゼアがくれるなら食べる」


「あーん、パクッ!」


 レビスもユリディカもドゥゼアに食べさせてもらえるならと喜んでお肉を口にする。


「私も頑張ったんですよ」


「ほれ、じゃあ食べろ」


「にゅ……食べます」


 レビスの隣、ドゥゼアとは逆隣の位置に座るオルケはちょっと不満そうにしている。

 それに気がついたドゥゼアが同じく肉フォークを差し出す。


 ちょっとためらったけれど食べないなら食べるよっていう顔をレビスがしたのでオルケもあーんに応じた。


『ガハハッ! これも食べるがいい!』


 パラファンがドゥゼアの前に塊の肉を置いた。


『男ならワイルドにいかんとな!』


 レビスやユリディカ、オルケの正体も明かしたけれどパラファンは魔物だからと差別することはなかった。

 ドゥゼアの仲間ならば信じようとかなりサバサバと心を変えてくれた。


 こうしたところは獣人らしい気持ちのいい性格をしている。


『一つ頼みがある』


「頼み?」


『カジオに会わせてほしい。うちの親父が言っていることが本当なのか聞いてみたいんだ』


「だってよ」


『祭りの席だ。お前がいいのならいいぞ』


 頭の中でカジオに聞いてみる。

 どう答えるのかは分かっていた。


 そもそもカジオが祭りの雰囲気に当てられてかドキドキとしていることもドゥゼアには感じ取れている。

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