ゴブリンは獣人の底力を思い知ります4

『まあいい、遊びの時間は終わりだ』


『ふふふ……遊びか』


『何がおかしい?』


『遊ばれているのは私か、それともお前か』


 不敵に笑うカジイラにメクーンは嫌な予感を覚えた。


『ゲゴー!』

 

 早く倒してしまわねばならない。

 そうメクーンが思った瞬間悲鳴が聞こえた。


『イボモト!』


 メクーンが悲鳴の方に振り向くとカエルの獣人が倒れていた。

 正面から深々と切り付けられていて死んでいなかったとしても助かる見込みもないように見えた。


『待たせたなカジイラ』


『遅いではないか』


『無茶を言うな。どいつもこいつも隠れて過ごしているような奴ばかりだからな』


 切り倒されたカエルの獣人の前に立っているのはトラの獣人。

 しかしただのトラではなく尻尾の先や全身の毛のところどころが赤い。


 トウについたカエルの獣人の血を振り払い、トラの獣人はカジイラにニッと笑ってみせた。


『え、炎虎族だと!?』


 メクーンは驚いて目を見開いた。


『貴様、よくもイボモトを!』


 ウサギの獣人が仲間をやられたことに逆上してトラの獣人に襲いかかる。


『はははっ、でかいウサギだな』


 ウサギの獣人がハンマーを叩きつけ床が砕け散る。

 けれどハンマーの下にトラの獣人はいない。


『ラトビ、後ろ!』


 黒い犬の獣人が叫んだけれど遅かった。


『お返しだ!』


『グアっ!』


 トラの獣人の剣が真っ赤な炎にまとわれる。

 ウサギの獣人は体をねじって剣をかわそうとしたけれど脇腹がざっくりと切り裂かれる。


 切られたダメージだけでなく炎による焼けたような痛みで思わずハンマーを手放して膝をつく。


『ラトビ!』


『おお、速いじゃないか』


 そのままウサギの獣人の首を切り落とそうとしたトラの獣人に黒い犬の獣人が切りかかった。

 二本のトウを巧みに操って隙のない攻撃を繰り出すが、トラの獣人は軽く笑いながら回避する。


 完全に見切られている。

 黒い犬の獣人はいくら振ってもかすりもしないことに虚しさすら感じずにいられない。


 しかし攻撃を止めることはできないとトウを振り続ける。


『悪いな』


 トラの獣人が二度トウを振るう。

 すると容易く黒い犬の獣人のトウが弾き返されて大きく胸をさらけ出すような形になった。


『女の子を切る趣味はないんだ』


 殺されると黒い犬の獣人は思ったけれどトラの獣人は黒い犬の獣人の頭を鷲掴みにすると床に叩きつけた。


『死ぬほど痛いだろうが死にはしない』


 床が割れるほど強く叩きつけられた黒い犬の獣人は呼吸すらできないぐらいに悶絶している。


『なぜ炎虎族がこんなとこにいるのだ!』


 やられていく仲間たちを見てメクーンは怒りの表情をカジイラに向けた。

 このことがわかっていたかのようにカジイラは冷静な目をしている。


 炎虎族も獣人である。

 しかし他の獣人と関係を持つことが少なく、隠れ住むようにしている少数氏族であった。


 戦争の時にも炎虎族は参加せず、獣人の国にも炎虎族がいるだなんて話をメクーンは聞いたこともない。

 ただ炎虎族は強力な力がある。


 名前の通りに炎を操る力を持っていて戦争の時にいてくれたらもっと楽だったのにと口にするものもいる。

 こんなところにいるはずがない。


 ましてどうしてカジイラの側で戦っているのかメクーンには理解できなかった。


『俺には力があると言ったな』


『……なに?』


『昔から俺は戦うことは苦手だが人当たりが良く、口が上手く、根気強かった』


『それがどうしたいうのだ?』


『俺は王になった時からどうやってこの国を守っていくのか考えた。そして獣人にはまだ表に出ていない英雄たちがいると思ったのだ。忙しい中でも時間を作り自ら足を運んだ』


 カジイラは強くなかった。

 でも国を守らねばならない。


『何度も何度も、断られても、国のためを思い説得を続けた』


『……それが炎虎族というわけか』


『いや違う』


『……何が言いたい?』


『黒狼族、巨象族、氷豹族、大鷲族……』


 カジイラが口にしたのはどれも強い力を持った少数氏族たちだった。

 どの氏族も俗世から離れて過ごしていて獣人でありながら獣人としてのコミュニティーには参加していなかった。


 だが、それは過去のことだった。


『今や彼らは我々獣人国の仲間である』


『……まさか』


『俺に対して、こんなところで引っ込んでいいのかと言ったな? お前はどうだ? 今頃……戦場で何が起きていると思う?』


 強力な力を持つ氏族たちが戦いに参加していたらどうなることだろう。

 戦争を先導するはずの族長もおらず、後ろは人間と逃げ道を塞がれた猫族たちがどうなっているのか。


『貴様!』


 メクーンは心臓が握られたような冷たい思いを抱きながらカジイラのことを睨みつけた。


『お父様!』


『ヒューリウ!』


 そこにヒューリウが駆けつけた。

 とっさにメクーンは考えた。


 連れてきた仲間たちは1人の炎虎族に倒されてしまった。

 メクーンだって獣人の中では強者であるので炎虎族1人には負けない自信があるが、カジイラも兵士たちもいる。


 もはやここから逆転の可能性はない。

 けれどヒューリウが来た。


 ヒューリウを人質に取ればと考えた。

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