ゴブリンは獣人の底力を思い知ります5

『ヒューリウ!』


『……なっ!』


 メクーンがヒューリウの方に走り出したのを見てトラの獣人も動こうとした。


『行かせるかよ……』


『くっ、放せ!』


 しかしトラの獣人は走り出せなかった。

 まだ死んでいなかったウサギの獣人がトラの足を掴んでいた。


『ヒューリウに近づくな!』


 ヒューリウを走って追いかけてきていたカジアが飛び出してきた。


『邪魔をするな!』


 カジアが振るったトウをかわしてメクーンが爪を振り下ろす。


『カジア!』


『……うっ!』


 思わず飛び出してきたけれどカジアはまだまだ弱い。

 乱雑にトウを振り回して乱れた姿勢では防御も回避もできない。


 カジアはギュッと目を瞑った。


『……ん?』


 すごい痛いことも覚悟していた。

 なのにいつまで経ってもなんの衝撃も来なくてカジアはそっと目を開いた。


『お前は……』


『よう……久しぶりだな、メクーン』


『お父さん!』


 目を開けると広い背中。

 カジオがメクーンの腕を止めていた。


『うちの息子に手ぇ出すのやめてもらえないか?』


『なぜ……お前が!』


『息子のために蘇ったんだよ!』


 カジオがメクーンを殴り飛ばす。


『兄さん……!』


「どうにか間に合ったな」


 カジオを召喚するのが遅れていたらカジアはズタズタになっていたかもしれない。

 ギリギリのタイミングだった。


『クソッ……』


『もうやめよ、メクーン』


 トラの獣人、カジオ、兵士たち、ドゥゼアたちや獅子族、カジイラに至るまでメクーンを取り囲んでいる。

 完全にメクーンの敗北であった。


『……認められるかぁぁぁぁ!』


 ここまで来て素直に負けを認められない。

 もう引き返せない道を進んでしまった。


 連れてきた仲間たちはやられてしまい、もはや降伏などできないメクーンは再びカジイラに襲いかかった。


『そうだな、それも率いるものとしての責任かもしれないな』


『こ……こんなところで……』


 メクーンの爪はカジイラには届かなかった。

 カジイラに迫った爪は目前で止まっている。


 あと一歩なのにそれ以上メクーンは動けない。

 メクーンの胸から炎をまとった剣が飛び出していて、メクーンの口からダラリと血が流れる。


 トラの獣人が剣を引き抜くとメクーンは力なく床に膝をついた。


『最後に伝えておきたいことはあるか?』


『謝罪はしない……だが猫族にも罪のないものは多い。寛大な処置を……』


『猫族を滅ぼすようなことはしない。責めは受け、償いは必要だろうが共に生きる獣人を排他することはない』


『感謝する……』


『獣人であるお前に不満を抱かせてしまった私も悪いのだ』


 獣人的な強い者が上に立つべきだという考えは根強い。

 どうにか国を安定させるためだと誤魔化してきたけれど不満があることはカジイラも理解はしていた。


 どこかでそれを解消しきれなかったカジイラにも責任はあるのだとメクーンだけを責めるつもりはなかった。


『それに今回は人間も悪いのだろう』


 メクーンだけだったらこんな謀反を起こすことはなかった。

 そそのかして、メクーンを駆り立てた人間がいるのだ。


『人間どもに忘れられない恐怖を植え付けてやろう。二度と我々に手を出せないような』


「おー、良い王様だな」


 すでに事切れているメクーンから視線を外してメクーンは兵士たちを見た。

 たとえ弱くとも堂々としていればそれだけで強くは見えるものだ。


 仲間の裏切りにも動揺した態度を見せず、メクーンを非難することなく、恨むべき共通の敵を提示する。

 しっかりと人を治めるやり方をする立派な王の姿である。


 力あるものでもただの力だけでは王にはなれない。

 メクーンは古い考えに固執して、周りが見えなくなっていたのかもしれない。


 勝者と敗者。

 裏切りの将メクーンはカジイラの前に敗北したのであった。


 ーーーーー


『なんだと!?』


 一難もニ難もなんとか退けたけれどまだまだ獣人に危機が迫っていた。

 現在獣人たちに迫っている大きな危機は二つ。


 南から猫族と共に人間が攻め込んでいること、そして北側から蛇族を倒しながら人間が攻め込んでいることである。

 それぞれの国に挟撃するような意図は見られないがともに獣人の弱体化の隙を狙ったもので、とても運の悪いことに侵攻のタイミングが重なってしまった。


 そのことをカジイラに伝えると流石に動揺したような様子が見られた。


どちらの国にも怪しい動きがあるのはわかっていたが……まさか重なるとは。いやどちらかがどちらかの動きを見ていたのかもしれないな』


 焦りを落ち着かせるようにカジイラは息を大きく吐き出すとどうすべきかを考え始めた。


『ヂュー! 王様にご拝謁いたします!』


 兵士たちがメクーンらの死体を運ぶ横で落ち着く間も無くカジイラが考え事をしているとネズミの獣人が走ってきて膝をついた。


『挨拶はいらん。どうした?』


『ご報告でございます!』


『何があった?』


『……我々が大勝いたしました!』


 ニヤリと笑ったネズミの獣人が高らかに告げた。

 おおっ! っと周りの獣人から思わず声が漏れる。


『巨象族と黒狼族が競い合うように人間どもに突っ込み、相手の大将でもある王子3人を黒狼族が1人殺し、巨象族が1人を殺して1人を捕らえました!』

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