ゴブリンは人の記憶を思い出します2

「とりあえず、お祈りしに行こう?」


「そうだな」


 自分がゴブリンであったことが急速に遠い時のことのように感じられる。

 いつかは忘れて消えていく夢の出来事であったのだとドゥゼアは思い込んでベッドから起き上った。


「そのまま行くつもり? ちゃんと着替えなきゃ」


「あっ……」


 ドゥゼアは寝る時用の薄いシャツ姿だった。

 ゴブリンでは服を着替えることもないので忘れていた。


 ドゥゼアは服を着替えた。

 真っ白な生地で作られた飾り気のない服に剣を差して、少し寝癖を整える。


「あら、聖騎士様のお越しね」


 部屋を出たドゥゼアの姿を見てエリザが微笑む。

 ちゃんとすればもっとカッコいいのにと思った。


「からかうな」


「いいじゃない。あなたは聖騎士で、私は聖女」


「どっちも見習いだけどな」


「もう叙勲されるでしょ? そしたら正式に聖騎士になるじゃない」


 ドゥゼアは軽く笑ってエリザと並んで歩き始める。


「さあな。俺を聖騎士にするかどうかは上の考え次第さ。ただ魔物が多い今……1人でも聖騎士が多い方がいいからな」


 ドゥゼアとエリザは大聖堂にやってきた。

 すでに大聖堂では聖職者たちが朝のお勤めであるお祈りを捧げている。


「先輩」


「あ? ああ、レビス」


 槍を持った背の低い女性騎士が大聖堂の入り口横でドゥゼアのことを待っていた。

 感情の読めない目がドゥゼアのことをまっすぐに見つめている。


「今日、約束」


「……そんな日だったか。覚えてるよ」


「本当?」


「訓練つけてやる日だろ? 忘れちゃいないって」


 ドゥゼアはレビスの頭を撫でてやる。


「……ならいい」


 レビスはほんのりと頬を赤くして撫でられている。


「むっ、いつもそんなことしてたっけ?」


「あ? ……んーなんとなく?」


 そういえばレビスの頭など撫でたことなかった。

 なぜ撫でたのだろうとドゥゼアは自分の手を見つめた。


「すまないな、嫌だったか?」


「ううん、もっと褒めてほしい」


 レビスはうっすらと笑顔を浮かべて首を振った。


「……訓練頑張ったらな」


「うん。また後で」


「ああ、後でな」


 言葉少なく感情が表に出にくい。

 でも冷たいわけじゃなく、どこか愛嬌がある。


「……なんだ?」


 ふと誰かを思い出しかけた。

 でもそれが誰だったのか思い出せない。


「何怒ってるんだよ?」


「ふん、別に!」


 不機嫌そうな顔をしてドゥゼアのことを睨みつけるエリザにドゥゼアは肩をすくめる。

 なぜエリザが不機嫌になったのか分からないまま朝のお祈りを始める。


 訓練をして、またお祈りをして、レビスにちょっと指導なんかをして。

 時に魔物を退治に出たり、村の手助けをしたり、聖女見習いであるエリザの護衛をしたりと日々が忙しく過ぎていく。


 ドゥゼアは自分がゴブリンであった不思議な夢を忘れていった。

 季節は進み、空気が冷えるようになってきた。


「いよいよ叙勲だね。これでちゃんとした聖騎士だ」


「お前も聖女になるんだろ?」


「うん、そうなんだ! 他にも何人か任命されるようだけどね」


「よかったじゃないか。おめでとう」


「……魔物の数、増えてるけど大丈夫だよね?」


 祝福ムードから一転エリザの顔が暗くなる。

 最近魔物の討伐に駆り出されるのが多くなった。


 以前から多くなったと言われていたけれど特にひどいような気がしている。


「分からない。だが俺たちは俺たちのできることをするだけだ」


「そうだね……」


 ーーーーー


「ここは……」


 急に時間が飛んだ。

 思い出そうと思えば何があったのか思い出せるのにドゥゼアはその間にあった全ての出来事が勝手にスキップされたように感じていた。


「そうだ……エリザ!」


 何があったのかはともかく今はそんなことを考えている暇はない。

 ドゥゼアは走り出した。


 そこら中に魔物の死体が転がり、ひどい血の臭いがしている。

 よく見るとところどころに仲間だった聖騎士や聖職者の死体が転がっている。


 ドゥゼアも血だらけ。

 ただその血は全部返り血だった。


「エリザ!」


 森の中を駆け抜けていくとエリザの後ろ姿が見えた。


「……空間が、割れている?」


 なんと表現したらいいのかドゥゼアには分からなかった。

 空間が割れているのだ。


 中には紫色の空間が広がっていて異様さが恐怖心を掻き立てるようだった。

 エリザはその亀裂の前で手を伸ばし、神聖力で亀裂を覆っていた。


 エリザだけではない。

 少し前に聖女に任命された女性の2人も同様に神聖力を送り込んでいる。


「枢機卿!」


「むっ? 君は誰だ?」


「聖騎士のドゥゼアです!」


 ドゥゼアは近くにいた責任者のところに駆け寄った。


「アレは何をしているのですか!」


「……勇者が負けたのだよ」


「勇者が……負けた」


 その瞬間ドゥゼアはどうしてこうなったのかを一気に思い出した。

 魔物が最近増えていたのは魔王と呼ばれる存在が復活しそうになっているからであった。


 そのために教会では聖騎士などを増やしていて対応していたのだが、魔王に対抗するために神が力を与えた勇者が現れた。

 勇者は仲間と共に魔王を倒しに挑み、ドゥゼアたち聖騎士や聖女はそのサポートとして周りの魔物と戦っていたのだ。

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