ゴブリンは人の記憶を思い出します1
「とりあえず……逃げるんだ」
ユリディカに背負われてドゥゼアは逃げていた。
あまり恐怖などを感じないドゥゼアでもジジイは脅威である。
多少逃げたところでジジイなら追いついてくる。
もっと速く逃げねばならない。
ジジイが人間側として参戦しているのならより万全の準備をする様に伝えることも必要だ。
『ねえ……あれって。あの獅子族の人って』
逃げながらもカジアは動揺していた。
カジオの後ろ姿を見て、そして声を聞いてカジアは父親であると本能的に悟っていた。
子と親の絆。
もしかしたら寝ている時に少しでも意識があってカジオのことをどこかで意識していた可能性もある。
『あれがお父さんなの? ……でもお父さんは死んでるって』
『分かんない……でも僕はあれがお父さんだと思ったんだ』
『じゃあきっとお父さんだよ。あんな危ないところに助けに来てくれたんだから』
答えたくとも答えられない。
それはカジオの口から話すべきことだから、なんて理由ではなくドゥゼアがいくら説明しようとも今は魔物の言葉で伝わらないからだ。
代わりに慰めるようにヒューリウが答えてくれた。
『そうだね……ドゥゼア、後で説明してね』
「ああ」
『そういえば……なんだけどさ』
『なに?』
『ゴブリン……だよね?』
ひとまず勢いに任せて一緒に逃げてきたヒューリウであったが、冷静になってみるとドゥゼアは完全にゴブリンだった。
犬の獣人の被り物が取れてしまったので顔が出てしまっている。
ユリディカやオルケはギリギリ獣人とみなしても、流石に顔が出たドゥゼアは獣人には思えない。
けれどドゥゼアの仲間であるレビスたちはもちろんのこと、カジアすらドゥゼアの正体を見て動揺した様子もない。
むしろこの中で疑問を抱いているのがヒューリウだけという不思議さがあった。
『ドゥゼアは魔物だよ』
『えっ……じゃあ』
『でも悪い魔物じゃないんだ。僕を助けてたし、今も助けてくれてようとしてくれてるんだ』
『でも』
『気持ちは分かるよ。顔怖いしね。でも人間より信頼できる』
『ん……分かった』
カジアは真っ直ぐにヒューリウの目を見返した。
ウソのない澄んだ目をしている。
その視線に顔が熱くなるような思いを抱きながらヒューリウはひとまずドゥゼアが魔物であることを忘れることにした。
「うっ!」
「ドゥゼア!?」
急に胸が痛んでドゥゼアはひどく顔を歪めた。
「なんだ……」
『済まない、やられた』
「カジオ?」
胸、正確には心臓に痛みが走った。
その直後にカジオの声が聞こえてきた。
『何者なんだあの年寄り。化け物のような強さをしている』
「負けたのか?」
『ああ、胸を大きく切られた』
「そうか……そういうことか……」
カジアが負ったダメージの一部がドゥゼアにも返ってきた。
「みんな……とりあえず獅子族たちと合流するんだ……」
「ドゥ、ドゥゼア!?」
ジジイから受けた攻撃のダメージも大きい。
すでにギリギリのところだったドゥゼアは心臓が弱って、そのまま気を失ってしまった。
ーーーーー
「ドゥゼア……ドゥゼア、起きて!」
「ん……なんだ?」
「もうお祈りの時間だよ」
「お祈り? 誰が神になんか……いや、誰だ?」
「私はエリザよ? 毎日一緒にいるのに忘れちゃったの?」
「エリザ……エリザ!?」
ドゥゼアは体を起こした。
少し前までユリディカの背中に背負われていたというのに今はふかふかのベッドで寝ていたことも忘れてベッド横に顔を向けた。
さらりとした白髪の女性が柔らかな笑みを浮かべていた。
「どうしたの? 本当に忘れちゃった?」
「いや……忘れるわけないさ……」
ただ何故か思い出そうとしても思い出せない時が長く続いていたような気がした。
「自分の手なんか見ちゃって……なんだかおかしいよ?」
ドゥゼアは自分の手をまじまじと見ている。
ゴブリンの手じゃない。
普通の人間の手をしている。
顔に触れてみるとほんの少しだけ伸びたヒゲが指先に触れる。
「俺の顔……ゴブリンじゃないよな?」
「何言ってるの? あなたの顔がゴブリンなら世の中の人はみんな見ていられない物になっちゃうわよ?」
変な質問に驚いて目をぱちくりさせていたエリザがドゥゼアの頬に触れて笑顔を浮かべる。
触れる指先が温かくて、ドゥゼアは不意に泣きそうになるような感情が胸に込み上げてきた。
頬に当てられたエリザの手を取って優しく口づけする。
「ドゥゼア……」
エリザの頬が赤く染まるけれどドゥゼアはエリザの手を離さない。
「会いたかった……エリザ」
「ほ、ほんとにどうしちゃったのよ? 昨日もあったでしょ?」
「夢を見たんだ……俺のそばには君がいなくて、長いこと囚われた人生を歩む。死んでも死んでも、苦痛に満ちた人生を繰り返すんだ」
「ゴブリンにでもなっちゃったの?」
「そう……俺はゴブリンだった」
「よほど悪い夢でも見たのね。あなたがこんな風に甘えてくるだなんて」
愛しいものを愛でるようにエリザの手を頬に押し当てるドゥゼア。
エリザは耳まで顔を赤くしている。
「少しずつ君のことを思い出せなくなっていた。このままでは本当に君を思い出せなくなりそうで怖かった……」
エリザにはいつも堂々としていて、怖いものなんてないようなドゥゼアがひどく小さく感じられた。
「エリザ?」
「悪い夢を見たのね……大丈夫。私がいるから」
少し恥ずかしいけど。
そう思いながらも今にも消えてしまいそうな雰囲気のドゥゼアをエリザはそっと抱きしめた。
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