ゴブリンはカジアを追いかけます5

『ぐっ……待て!』


『おっと……行かさないぞ』


 ふらつくジジイの前にカジオが立ち塞がる。


『なぜ魔物の味方をする? それよりどこから現れた?』


 獣人にとっても魔物は敵である。

 むしろ人間だろうと獣人だろうと無差別に攻撃してくることを考えれば魔物の方が敵である。


『なぜ、だと? そんなもの決まっているだろう。我が子をさらって人質にする人間と我が子を助けようとしてくれる魔物。どちらが俺にとっての味方か考えるまでもない』


『なに?』


『お前ら人間は卑怯な手を使って我々を攻めている。恥を知るといい』


『話が通じないな』


『元より話すような中でもない』


『その通りだな!』


 殴られたダメージから立ち直ったジジイがカジオに切りかかる。


『はっ!』


 カジオは剣をかわしてジジイに拳を突き出す。


『速いな!』


 ドゥゼアが相手にしていたら一瞬で切り裂かれていただろう速度で動くジジイにカジオは食らいつく。

 激しい攻防が繰り広げられるが互いに攻撃が当たらない。


『こしゃくな!』


『むっ!』


 ジジイの剣がカジオの腕をかすめた。

 通常時の能力としては生前とほとんど変わりがない。


 しかし心臓が無いせいか全力というものが出せない。

 強者と戦って分かったのだが、カジオが引き出せる能力は生前よりもやや低いものとなってしまっていた。


 仮に心臓の力が使えていても勝てるだろうかとカジオが思うほどにジジイは強かった。


『ふぅ……』


『剣を使うのか?』


 カジオは倒れた兵士の横に落ちている剣を蹴り上げてキャッチする。


『我々とて武器も使う。鋭く研がれた剣は牙にも劣らないからな』


 心臓の力も使えない状態において素手で剣を相手にするのはリスクが大きすぎる。

 たとえ普通の剣だとしても無いよりもあった方がいい。


『だがもう実力の差は分かっただろう。そこを退くんだ』


『はっ……力に差があるからと俺が逃げるとでも? それにここを退いたところでもう逃げられもしないではないか』


 すでに兵士が駆けつけてきていてカジオを取り囲んでいる。

 カジオとジジイの戦いが激しくて手を出しては来ていないが、カジオを逃すつもりはなさそうだった。


 ならば少しでも時間を稼ぐのがカジオにできることである。


『貴様をさっさと倒してあのゴブリンを殺しに行かせてもらう』


 カジアを追いかけるのではなく、ドゥゼアの方を狙っているのかとカジオは気づいた。


『ふん……厄介な相手に目をつけられたものだな』


『どの道お前たちも倒す予定なのだ。それが少し早まっただけだ』


『くっ……!』


 カジオがジジイの剣を受け止める。

 力の強い獣人にも劣らないジジイの力にカジオがわずかに押される。


 ジジイのスピードとパワーがさらに上がってカジオは防戦を強いられる。

 体の切り傷が増え、だんだんと対応しきれなくなってきた。


『ぐあっ!』


 カジオの胸がジジイによって大きく切り裂かれて膝をつく。


『さっきから血も出ない……貴様なんなのだ?』


 ドゥゼアによって呼び出されたカジオは実体がありながらも普通の存在ではない。

 心臓ないし、当然血も流れていない。


 だから切られても出血もしないのだ。


『ふっ……俺か? 俺はただ子を思う父親さ』


 時間は稼げただろうかとカジオはジジイを睨みつけながら考える。

 ジジイが本気で追いかけたらまだ追い付かれる可能性がある。


 けれどこれ以上戦って時間を稼ぐのも限界。

 そもそも残された召喚時間ももう長くはない。


『逝け。子もすぐにお前の元に送ってやろう』


『そうはさせるか!』


『なんだ!』


 強い殺気を感じてジジイはとっさに飛び退いた。

 直後ジジイがいたところに黒い何かが飛び込んできた。


『ジャバーナ!』


『よう、その様子ならあの子たちは救い出せたようだな』


 やってきたのはジャバーナだった。


『何をしている。早く逃げねば……』


『時間を稼ぐ必要があるのだろう?』


 ジャバーナはジジイを睨みつけた。

 ジジイからここにいる人間の中で最も強い力を感じていた。


 子供を連れて逃げるのは簡単なことではない。

 たとえ夜更けでも血眼になって追いかけられたら追いつかれてしまうかもしれない。


 ジャバーナは獅子族が撤退した後も暴れていた。

 ドゥゼアたち、そして獅子族が逃げるための時間を稼ぐつもりだった。


 そんな時に強い力を感じた。

 これは危険でここで止めておかねば被害が出ると思ったのだ。


『すでにお前もボロボロではないか!』


 人間側も激しく抵抗していた。

 ジャバーナは傷だらけでとても万全の状態ではない。


 仮に万全だったとしてもジジイの相手をするのはキツいとカジオは戦った印象から感じている。


『いいのさ……』


 ジャバーナは大きく息を吸い込むと空に向かって咆哮した。

 自分を鼓舞するため、そして人間にまだ自分はまだここにいるのだと伝えるため。


『俺は選択を誤った。軽薄な言葉に騙されて獣人を危険に晒した。失われた誇りを取り戻すことなどできないが……これが俺にできる償いだ』


『…………なら、任せたぞ』


『息子のこと済まなかったな』


 限界がきた。

 カジオの体が透けて、消えていく。


『なんだと? あの獣人は一体……』


 カジオが消えたのを見てジジイも驚いたように顔をしかめた。


『結局、あいつの勝ち逃げか。まあいい。老兵は未来を繋ごう』


『またも邪魔を……』


『獣人に手を出したこと、後悔させてやる!』


 ジャバーナがジジイに向かって走り出した。

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