ゴブリンは人の記憶を思い出します3

「エリザは……彼女たちはどうするおつもりですか!」


 勇者が負けたのなら手の打ちようはない。

 それならば退くしかないはずだ。


 なのにどうして戦いの中心地に留まる必要があるのだろうか。

 エリザに何をさせるつもりなのかとドゥゼアが枢機卿に詰め寄ろうとしたら鎧の聖騎士が間に割り込む。


「彼女たちは……人柱になるのだ」


「人柱……?」


「魔王は倒せなかった。ならばどうする? このまま魔王の復活をただ指を咥えて見ているつもりか?」


 一度見たことがある枢機卿は貧しい人にも優しくしている人格者であった。

 しかし今の枢機卿はどこまでも冷たい目をしている。


「魔王が復活すれば多くの犠牲者が出る。倒せないのなら少しでも時間を稼ぐしかない復活する前に復活を先に伸ばしにするのだ」


「なんだって……まさか、そのためにエリザを」


「あの中にエリザという聖女がいるのか。光栄に思え。あの聖女たちは平和のための礎となるのだ」


「ふざけるな!」


 枢機卿に食ってかかろうとするドゥゼアの胸を聖騎士が押して止める。


「平和のための礎だと! 勇者の失敗をなぜエリザが背負わねばならないのだ!」


「誰かがやらねばならないのだ。魔王の復活を阻止するためには大きな神聖力が必要だ。彼女たちは神聖力で魔王を封印し、そしてその封印を維持してもらうのだ」


「そんなこと……許されるはずがない! うっ!」


 聖騎士の手を弾いて枢機卿に近づこうとした。

 しかし聖騎士がドゥゼアのことを地面に組み伏せた。


「なぜお前の許しが必要となる? 彼女たちが犠牲になることで多くの人の命が救われる。かりそめの平和のためだとしても誇るべきことだ」


「彼女たちの幸せはどうなる!」


 きっと進んでそんな使命を背負ったのではない。

 多くの人を救うため、やらねば死人がたくさん出るとでも脅したのだろうとドゥゼアは思った。


「たった3人の幸せと、大勢の幸せ……比べるまでもない」


「……エリザ! やめろ、そんなこと止めるんだ!」


 逃げればいい。

 次の勇者が選ばれるまで辛いかもしれないが逃げて、戦い、耐えればいい。


 ドゥゼアの声が届いたのかエリザは振り返って寂しげに笑顔を浮かべた。


「エリザ……?」


「彼女たちはすでに使命を受け入れている。それに封印はもう始まっている。止められはしない」


「…………俺が止めてやる! エリザ、エリザぁ!」


「チッ、やかましい。口を塞ぎなさい。いや、気でも失わせるといいでしょう」

 

「うっ、ぐっ!」


 聖騎士が腰からナイフを鞘ごと取り外してドゥゼアの頭を殴りつける。


「う……エリザ……」


「いい加減黙れ!」


 忌々しく言葉を吐き捨てながら聖騎士はもう一度ドゥゼアを殴りつけた。


「……悪いことをしたとは思います。ですが他に方法はない。次の勇者が選ばれる前に被害に遭う人は3人どころじゃ済まない。必要な犠牲、恨むのなら力のない勇者と力のない自分を恨むことです」


 水の中にでもいるように音が歪んで聞こえる。

 枢機卿の言葉を最後にドゥゼアはそのまま気を失った。


 そして、エリザも失ったのである。


 ーーーーー


「先輩……」


「まだあいつのこと気にしているのか?」


 食事を乗せたトレーを持ってレビスはとある部屋の前に立っていた。

 ちょっとノックをして声をかけるだけなのに勇気が出なくて立ち尽くしていると知り合いの年配聖騎士が声をかけてきた。


「神官が祈祷室使えないってキレてるが俺にしてみれば部屋一つであいつが大人しくしてるなら安いもんだがな」


 レビスがいるのは個人的にお祈りなどをすることができる祈祷室の前であった。


「まだ出てこないんだろ?」


「うん……」


「……まあ気持ちは分からなくもないがこうして心配してくれるやつだっているのにな、ドゥゼアの野郎」


 祈祷室を使っているのはドゥゼアであった。

 聖女たちの献身によって魔王の復活は阻止された。


 しかしその代わりに聖女たちは魔王の封印に囚われてしまったのである。

 良き行いを邪魔しようとしたドゥゼアは一定期間懲罰房に入れられた後祈祷室に引きこもってしまった。


 人と仲良くするタイプではないが真面目で正義感があるドゥゼアは他の人にも慕われていた。

 心配して声をかける人もいたけれどドゥゼアは頑なで、いつしかほとんどの人が祈祷室を開かずの間でもあるかのように無視し始めた。


 みんな心配はしているがどうしようもないと諦めてしまったのである。

 レビスは今でもドゥゼアのことを心配して諦めない数少ない人である。


「ユリディカは? まだ何か方法はないかと調べてんのか?」


「うん。聖女をどうにか封印から引き剥がせないか考えてくれてる」


「そうか……イセオラはまた別の手段でやろうとしてるしな。……だがお前も無理はするなよ?」


「ありがと」


「いいさ。俺も声はかけないがドゥゼアは心配だからな」


 年配聖騎士はレビスの肩に手を乗せると自分の仕事に戻っていった。

 レビスはふぅと大きく息を吐き出すと祈祷室のドアを控えめに2回ノックした。


「ドゥゼア、私」


「……レビスか」


「今日も、出てこない?」


「悪いな」


「じゃあ食事置いとくから食べて」


「……ありがとうな」


「うん」


 レビスはドア横にトレーを置く。

 本当は出てきて欲しいけど今は生きているということが確認できただけでもいい。

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