リザードマンはナンパされました

 旅はひとまず順調だった。

 時折すれ違う人はいたけれど町の外の道端で会う分にはフードを被った人がいてもあまり気にはされない。


 オゴンの足の都合もあるのでややゆっくりめではあるが着実に進んでいた。

 馬車などがあればよかったのであるが、獣人は強い威圧感があるためか馬が怯えてしまう。


 そのために小さい頃から獣人が飼い慣らしたものでなければ獣人の国では馬は使えない。

 そのために馬車そのものは手に入っても馬を手に入れることが困難なのである。


 そこらで売ってくれと言っても人間の国のように簡単には売ってくれないのである。


「犬ばっかだな……」


 出来るだけ大きな都市は避けたいところであるが食料を買ったり道の都合では避けられないこともある。

 西側は犬族の領域なので町中には犬の獣人が非常に多くいる。


 犬族や猫族は他の氏族に比べても見た目の違いが同じ氏族の中でも大きい。

 毛の色や耳の形、鼻の長さまで様々。


 フードの下から覗くドゥゼアとレビスの被り物の鼻の先を見る犬族もいるが特に何かを指摘されたことはない。

 一回だけ鼻乾燥してるから気をつけた方がいいぞと犬のおじさん獣人に言われたことはあった。


 町の人を見れば国が分かるなんて言うこともある。

 善政を行えば国民は明るく、悪政を行えば国民は暗くなる。


 町行く人々の目は明るい。

 笑顔が溢れて町中には活気がある。


 獣王、あるいは犬族の族長は国民を圧迫するするようなことはしていないようである。


『あっちの店が安いらしい』


 今はそこそこの規模の町に立ち寄り、食料品の買い出しを行っていた。

 ドゥゼアたちも結構食べる方なのだが最近カジアがかなり食べるのだ。


 心臓の使い方を教えて修行を始めてからというもの、食べる量がグッと増えた。

 動くようになった分体がエネルギーを欲しているのかもしれない。


 オゴンがいい店を人に聞いて向かう。

 今いるのはドゥゼアとオゴン、それに荷物持ちとしてオルケが来ていた。


 他のみんなは宿で留守番をしている。


『まとめて買うから少し安くしてくれないか』


 オゴンのことを少し世間知らずだと思っていたけれどお店で物を購入する時にはちゃんと相手と交渉する。

 値札を出していないお店では初見の相手に多少ふっかけた値段を提示することも少なくない。


 そこから交渉して安くすることで買う方はお得に買えたように感じて、売る方もさほど値下げしないで売ることができるのだ。

 獣人は全体的な傾向としてお肉が好き。


 なので店に並ぶものも肉類が多い。

 肉を買って食べることにはドゥゼアたちも異論はないのでむしろ商品のラインナップとしては好ましいぐらいである。


 オゴンとしては割と多めに買っていくことで一つ当たりの値段を下げてもらおうと交渉している。

 買ってくれるならと相手も値下げしてくれやすい交渉方法だ。


『お嬢さん』


「えっ?」


 荷物持ちなドゥゼアたちはそんな交渉の様子をただ眺めていたのだが急にオルケに声をかけてきた人がいた。

 見ると背の高い爬虫類系の獣人であった。


 トカゲとは少し違う容姿をしているがそちらの系統の獣人であることはドゥゼアにも分かる。


『俺はグリグアナ。立髪蜥蜴族の戦士だ』


 灰黄色の肌をしていて頭の後ろから背中にかけてタテガミのような突起が並んでいる。

 グリグアナはオルケの手を取ると目をジッと見つめる。


『美しい蜥蜴族の戦士よ。あなたの名前を聞かせていただいてもいいですか?』


 オルケの正体がバレたのか。

 そう思ってナイフに手をかけたドゥゼアであったがどうにも事情が違うようである。


「え? ええっ?」


 とにかくしゃべるなと言われているオルケは明らかに動揺している。


『おや? 緊張しているのかな? 無口な人なのかな? ……それとも俺と同じ気持ちなのかな?』


 正体がバレたのではない。

 むしろオルケは完璧に馴染んでいると言ってもいい。


 このグリグアナという獣人はオルケをナンパしにきたのである。

 真白な美しき蜥蜴族の戦士であるとグリグアナの目にはオルケの姿が映っていた。


 本来ならこんなことはしないのだがどうしてもこの機会を逃したくなくて声をかけてきたのだ。

 蜥蜴族ならオルケに違和感を感じるのかもしれないが立髪蜥蜴族なるグリグアナはオルケがリザードマンだと気づいていないようだった。


 それだけオルケの容姿が殆どの獣人にとって違和感がないのだなと思うのだけれど、この状況どうしたものかとドゥゼアは頭を悩ませる。


『この出会いは運命だと思う。よければ今日食事にでもいかないか? この町にもいい昆虫食の店があるのだ。好みならば肉でもいいし野菜の店も知っている』


 中々情熱的なお誘いである。

 出会ってすぐにデートの約束をしようとは男らしく出たものだ。


『ああ、ちょっとすいません』


 オルケにはナンパされた経験もない。

 どうしたらいいのかも分からずただ固まって困惑していると事態に気がついたオゴンが間に入ってくれた。


『なんだ、貴様は?』


『この子の保護者とでも言おうか』


『保護者だと? 獅子族がか?』


『ええ、知り合いから預かっている子でして。こうしたことは不慣れなので勘弁願えますか?』


 獅子族と蜥蜴族がどうして一緒なのかとグリグアナは少し疑うような目をしたが、オルケの手前印象の悪いことはしたくなった。


『そうか。すまないことをしたな。せめてお名前だけでも聞かせてもらえないか?』


『この子はオルケと申します』


『ふふ、無口な子なのだな』


 オゴンが答えたことにもグリグアナは気を悪くした様子もなく笑う。


『改めて自己紹介しよう。立髪蜥蜴族の戦士グリグアナだ。俺はこの町で活動している。オルケ、君が俺に興味を持ってくれたならいつでも来るといい』


 引き際もスマート。

 グリグアナはどっさりと野菜を買うとお店を後にした。


「モテると辛いな」


「……私の好みではないんですけどね。でも性格は良さそうでしたし、あんな風に声かけられると意外と嬉しいですね」


 グリグアナがいなくなった後のオルケは人生で初めてナンパされたことに喜んでニッコニコであった。

 ドゥゼアもリザードマンにしては綺麗な容姿をしていると思っていたけれど、その感覚は間違っていなかったのだなと思っていた。

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