ゴブリンはちょっと怒りました

 フードを被った怪しい集団は中央の獅子族たちの元に向けて出発した。

 幸いまだ田舎町なので道を歩いていてもすれ違うような人もいないので平気だけれど、もっと大きな都市に近づいた時にどうなるのかは心配である。


 けれどもう途中で投げ出すこともできないので出来る限りバレないようにするだけだ。

 旅の進行速度はやや遅い。


 カジアはだいぶ歩き旅に慣れてきたし、若いからか体力もあって付いて来ることができるようになった。

 けれどオゴンが少し問題だった。


 長時間歩いていると足が痛んでくるのだ。

 そのためにあまり無理のかからない速度で移動しなければならない。


 ユリディカの力で治すことも考えたのだけど、ヒールの力は貴重である。

 単なる希少性というだけでなくユリディカの能力はドゥゼアたちにとって切り札にもなり得る。


 ドゥゼアはオゴンを信用しきっていない。

 だからユリディカの能力についてはまだ使わないで隠しておく。


「……上手いものだな」


 しかし足を引きずられていても邪魔ではある。

 少しでも足の調子を保つためにドゥゼアはオゴンの足を揉んでやる。


 オゴンの方も最初の頃は抵抗があったようだが今は普通に受け入れている。

 それどころかドゥゼアは結構マッサージが上手い。


 獣人はあまりマッサージなどの文化がない。

 柔軟な体をしているので凝ったりすることも少ないからで、オゴンも足を軽く揉んだりはしていたがドゥゼアに揉んでもらった方が足が楽になる。


『ふむ……』


 オゴンは焚き火の方に視線を向けた。

 オルケが拾ってきた枝を折って焚き火に投げ込み、ユリディカとレビスはカジアと共に一足先に眠りについていた。


 不思議な魔物だと改めて思う。

 カジオを宿す奇妙なゴブリンが言葉を理解して理性的に行動している。


 ドゥゼアについてはカジオを宿しているからそうしたことが可能なのかもしれないが他の魔物たちも非常に理性的である。

 魔人として知能を持つことがあるリザードマンはともかくワーウルフまで理性的なことには驚きを禁じ得ない。


『お前たちは一体何者なのだ……』


 オゴンがポツリと疑問を漏らした。

 理性的な魔物の集団など聞いたこともない。


 成り行きでこうして一緒にいるが冷静に考えてみるとかなり異常な状況である。

 けれどドゥゼアはチラリとオゴンの顔を見ただけで答えない。


 マッサージもしているのだし文字に書いて答えようもない。

 それにドゥゼア自身もその答えを持ち合わせていないからだ。


 何者だと聞かれても魔物だとしか答えようがない。

 レビスやユリディカが普通とは異なった魔物の状態であることにドゥゼアの影響がないとは言い切れない。


 じゃあそんな風に影響を与えたドゥゼアは何なのだというと分からないのだ。

 自分が死んでもゴブリンに生まれ変わることは分かっているけれどもどうしてそうなったのか、その始まりは何なのか思い出せないのだ。


 何かがあったということはぼんやりと胸の内にあるのだけどなぜそうなったのか記憶を拾い上げられない。

 いつか自分が何者なのか思い出すことができるのだろうかとドゥゼアも不安になる時がある。


 ただ自分が何者なのかを思い出そうとしてもできないし、立ち止まって考えるにはゴブリンの生は短く過酷すぎるのである。


『まあいい……何者であれ、今信頼できるのはきっとお前たちの方だからな』


 裏で陰謀が渦巻いている。

 他の氏族は信じられない。


 獅子族も今は何を考えているのかオゴンには把握できていないので信頼できるか不明である。

 ドゥゼアたちはただカジアを助けようとだけしてくれている。


 その一点においては確実に信頼できると言っていいとオゴンは思っていた。


『カジオ兄さんも聞いてるんだろ? 一つだけいいか?』


「好きにしろ」


 ドゥゼアはオゴンの目を見て頷いてやる。

 聞きたいことがあって、それが答えられることなら答えてやる。


『カジアには会わないのか?』


 ずっと思っていた。

 カジアはカジオのことを知らない様子である。


 一応顔を見せて会うことはできるのだからそうしてやればいいのに。


「同感だ」


 それに関してはドゥゼアも同じ気持ちだった。

 基本的には男らしいカジオなのだがカジアのこととなると急にウジウジとし始める。


 会うのもなんだかんだと理由をつけて先延ばしにする。

 もうこの際カジアの前で召喚してやろうかとドゥゼアも考えていたりするのだ。


『……もうこうなったら顔を見せない方がカジアのためではないかと思うのだ』


「また言い訳か?」


『カジアは父親のことを知らない。長く一緒にいてやることもできないのならこのまま知らずにいた方が幸せなのかもしれないと……』


「チッ、くだらねぇ」


『なっ……』


 また女々しいモードに入ったカジオに思わず舌打ちをしてしまう。


「カジアはまだガキだが何も分からないような幼子じゃない。何が幸せなのかもう自分で考えられる年だ。会うのが幸せかどうかはお前が決めることじゃない。それに……会った後でどうするかがカジアの幸せってもんだろう」


『……それは』


「幸せは自分で掴み取るもんだ。カジアを言い訳に使うな」


 カジオの複雑な感情がドゥゼアにも伝わってくる。

 しかしそこに怒りのようなものはない。


「まだ迷っているようだ」


 ドゥゼアは近くにあった木の枝を手に取ると地面に文字を書いた。


『兄さん……変なところで臆病だからな。姉さんのこともそうやってうじうじとしてたの思い出すよ』


「人は変わらないか」


『その話やめさせてくれ』


「やだね」


『最初にデート誘う時も……』


『頼む!』


「あー、意思を伝える手段がなーい」


 ドゥゼアは持っていた枝を焚き火に投げ込んだ。

 頭の中でカジオが邪魔をしようとしたけれどオゴンはそんなこと聞こえもしない。


 だからドゥゼアはしっかりとカジオとヒューリャーの馴れ初めを聞いたのであった。

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