ゴブリンは生きるものの未来を進みます1

 フォダエがブツブツと呟きながら杖を振ると床に魔力で作られた光る線が伸びていく。

 まずは丸く伸びて円を描き、円の中に伸びて複雑な模様を形作っていく。


「本当はもっとしっかり準備して安定性を高めたかったんだけど……」


 オルケと白いリザードマンが寝かされた台の下に大きな魔法陣が出来上がる。


「いくよ。

 心の準備はいい?」


「い、いつでも大丈夫です」


「……今君たちは世界で初めての禁呪を目にすることになる。

 魔塔の連中じゃなくて残念だけど光栄に思うといい」


 フォダエが何かの液体をオルケと白いリザードマンに振りかけた。

 振り上げた杖を突き刺すように地面に叩きつける。


 魔力の感知に疎いゴブリンですら感じられるほどの濃い魔力がフォダエから溢れ魔法陣が輝き出す。


「あ、ああああ!」


 オルケが苦しそうに声を上げた。

 長らく感じていなかった痛みが全身に走っている。


 骨の体がカタカタと音を立てて激しく震えて胸をかきむしろうとするけれどそこに肉体はない。

 魔法陣の光がだんだんと強くなって目を開けているのも辛くなっていく。


「な、なにあれ……」

 

「あれが魂ってやつなのか……」


「魂……」


 やがてオルケの体から光の粒子みたいなものがにじみ出てきた。

 それらの粒子は1つに集まると光の球となった。


 なんとなく触れてはいけない神聖なもののような感じするそれは魂であった。

 骨の体はパタリと動かなくなり不思議と繋がっていた骨がバラバラになった。


 ふよふよと宙に浮いていた魂はゆっくりと白いリザードマンの体の方に移動をし始めた。


「くぅ……」


 フォダエも少し苦しそうに声を漏らした。

 体の魔力がとんでもない勢いで持っていかれている。


 準備の足りない部分を魔力で補っているのでしょうがないが辛いところがある。

 しかし少しの集中も切らすことができない。


 今この状態で集中力が途切れてしまったらオルケの魂はどこかにいってしまう。

 移動する魂がゆっくりと、沈み込むように白いリザードマンの胸の中に吸い込まれていく。


 手を出してはいけない生命の神秘の領域。

 ドゥゼアは魂を他の体に移すという恐ろしくも美しい禁忌の目撃者となった。


 今度は白いリザードマンの体がビクンビクンと跳ね出した。

 まるで体が他の魂が入り込んでくることを拒否しているように。


「お願い……!」


 魂を抜き出して他の体に移すことはおそらく問題ないとフォダエは思っていた。

 しかし問題はそこからである。


 体は料理を入れる器のようなものであるがただの器ではない。

 平たい皿に水は注げないように魂との相性もある。


 さらに体は本人以外の魂を受け入れ難い性質というものがある。

 こればかりはなかなか外から魂と体の相性も分からないのだ。


 よほど相性が悪くない限り移せるようにも研究していたがそこまでは大成していなかった。

 だからこそ体が強靭で魂にも柔軟に対応出来そうなリザードマンならいけそうだと考えていた。


 やがて跳ね上がっていた体の動きが落ち着き始める。

 魔法陣も光を失って消え、静かな静寂の時間が流れた。


 フォダエは白いリザードマンに近づくと震える手を伸ばした。


「オ、オルケ……?」


 ピクついていた白いリザードマンの体が完全に止まった。

 フォダエは呼吸を確認する。


「う、うそ……オルケ、ねえ!」


 白いリザードマンは動かない。

 目を閉じたまま呼吸もしていない。


「オルケ……オルケェ!」


 フォダエは白いリザードマンの肩を掴んで揺する。


「そんな…………魔法は完璧だった!

 なのに、どうして」


 いかに受け入れられる可能性が高くともあくまでも可能性の話。

 体が魂と合わなかったのかもしれない。


 体が耐えられなかったのか、魂が耐えられなかったのか、あるいは別の問題なのか。

 泣きたい気分。


 でも涙も出ない。

 リッチの体だから。


「お願いよ……うそだと言って」


 膝から崩れ落ちるフォダエにドゥゼアたちもかける言葉が見つからない。

 全てをかけた研究。


 こうしてこの場に残り、決死の抗戦を試みたのもオルケのためだった。

 失敗という文字が頭を支配してフォダエは動けない。


 これからどうしたらいいのか。

 どうやったら挽回できるのかを考えようとするのに頭が回らない。


 まだ魂を移したばかりだから救えるのだろうか。

 それとももう何の手も打ちようがないのか。


 必死に手立てを考えても考えても押し寄せる後悔と悲しさの感情に思考が流されてしまう。

 こんな時ほど冷静にならなきゃいけないことは分かっている。


 何かの手を打つにしても早ければ早いほどいい。

 むしろ早くなくちゃいけない。


 なのに何も考えられない。

 泣いて、悲しみの感情だけでも表に流すことが出来たなら少しは楽だったのかもしれない。


 けれど泣けないリッチの体では全ての感情をただ飲み込むしかない。


「ハァッ!」


「フォダエ、オルケが!」


 もはや魂を移すことはダメだったかと思われた瞬間白いリザードマンの胸が大きく上下した。


「オルケ!」


 白いリザードマンの呼吸が始まった。


「お、お嬢……様?」


「よかった……オルケ」


 白いリザードマンの目がゆっくりと開いてかすれた声を出した。

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