ゴブリンはワーウルフと出会いました3
『ゴ……ゴブリン……どうしてここに……』
レビスに腹を貫かれた男はまだかろうじて生きていた。
いるはずのないゴブリンが音も立てずに近づいてきて奇襲してきた。
理解できない状況に夢か何かなのではないかと疑いたくもなるが腹部の痛みと流れ出る血は本物だ。
『死にたくない……』
男の目から涙が流れる。
本来事故率の低いはずのダンジョンで死んでいく。
まだまだ冒険者としてこれからであるというのに、活躍を夢見ていたのにこんなところでゴブリンにやられてしまう。
『誰か……助け………………』
どこにでもなく伸ばされた手がパタリと力なく地面に落ちた。
何が悪いというならば警戒もせずにいた男たちが悪い。
ほんの少しでも周りに気を張っていれば容易くドゥゼアたちの接近には気づけたはずだ。
ついでに運も悪かった。
ドゥゼアたちがたまたま今日この時にここにいたことが相手にとっては不幸であったと言わざるを得ない。
生気を失いうつろになった目を閉じてやる。
ここはダンジョンなのでそのうちダンジョンに吸収されるか、早めに見つかれば死体は外に運び出してもらえるかもしれない。
ドゥゼアは油断しない。
3人ともちゃんと息がないことを確認しておく。
生きていれば手負いでもゴブリンぐらいならやれてしまう。
「レビス、ケガはないか?」
「だいじょうぶ」
事前の指示通りしっかりと動けていた。
無理はしないしレビスも全くの無傷である。
「おい、大丈夫か?」
ドゥゼアは黒い塊に近づく。
わずかに上下していることが見て取れるので生きてはいそうだ。
「どうして……」
「あっ?」
「どうして助けたんですか!」
「なんだと?」
色々な意味で驚いた。
声が聞こえていたので話せる可能性があるとは考えていたけれど普通に意思疎通が取れている。
ただしその反応は全くの予想外だった。
感謝されるだなんて楽観的には考えていなかったがまさか助けたことを非難される様なことを言われるとは思ってもみなかった。
むくりとそれが起き上がった。
全身が黒い毛で覆われていて、顔は獣系統のマズルの伸びた形をしている。
造形的にはウルフなどに近い。
しかしそいつは二足で立ち上がっていてそこにウルフとの違いがある。
ワーウルフである。
そういえば強化個体にワーウルフであるがいたことをドゥゼアは思い出した。
これまでの会話でも強化個体にやられた冒険者がいることや強化個体の魔物を狙っている冒険者がいることが出てきた。
「あのままやられていれば楽になれたのに……
なんで私のことを助けの!」
「チッ……めんどくせえな」
感謝されずとも構わないがこんなことで批判されるのは気分が悪い。
「なんで助けられたくない?」
特に思い入れもない相手だ。
どうやら倒されたいようなので倒してやろうかとドゥゼアは思っていたがレビスは純粋に理由が気になった。
敵意も感じないので男から槍を引き抜いて、少し警戒しつつワーウルフに近づく。
「もう……もう嫌なの!
戦うのも、傷つけられるのも、頭の中で声がするのも、全部何もかも!」
「意味分からない。
もっと聞かせて」
これに関してはレビスの理解力の問題ではない。
ドゥゼアも話が断片的すぎて判断出来ない。
「もう……もう嫌なのぉー!」
泣き出してしまったワーウルフ。
ドゥゼアは一体なんなんだと深いため息をついたのであった。
ーーーーー
ワーウルフはダンジョンで生まれた。
いや生まれたというのかも分からない。
気づいたらダンジョンにいた。
ダンジョンに生み出されたのか、その瞬間に理性が生まれたのかワーウルフにも分からなかった。
「他の魔物は意思がない。
ただ入ってきたものと戦うだけ」
通常馴れ合わない魔物同士でもダンジョンに生み出されたからかワーウルフは他の魔物に襲われることはなかった。
けれどどれだけ話しかけようが反応はなく、触れたりしてみても空気のように扱われた。
奇妙で気味が悪い。
それでもワーウルフは特に疑問も持たずにいた。
冒険者が来れば生き残るために戦う。
知恵が使えるようになったので逃げたり、こっそり襲いかかったりした。
「そうしている時に初めて意思の疎通が取れる魔物に会った」
同じくダンジョンで生まれた魔物で、ゴーストと呼ばれる低級の弱い魔物だった。
その魔物もまたワーウルフと同じようになぜなのか理性的で物を考えることができた。
ワーウルフとゴーストは仲良くなった。
暇があれば話して、それがこの何もないダンジョンでの唯一の楽しみだった。
けれど未熟な知恵でも集まって話すようになると少し深くなる。
ポツリとゴーストが疑問を口にしてしまった。
そこからはもう止まらなかった。
何のために生きて、何をさせられていて、ここはどこで、どうしてこんなことをしているのか。
存在そのものにすら疑問を抱いてワーウルフとゴーストは怖くなった。
これまで何の疑問も抱かなかったのに急激に自分という存在のあやふやさに気づいてしまったのだ。
飢えることもなく、ただやってきた相手と戦う日々が突如としてひどく歪んだ世界に感じられたのだ。
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