ゴブリンはワーウルフと出会いました4
そのうち頭の中で声がし始めた。
戦え、殺せと。
抗いきれない声に意識を奪われるように戦って気づいたら周りで人が死んでいた。
それはゴーストも同じだった。
自分の存在を疑いながらも声に操られるままに戦う。
苦しくて救いもない日々。
それでもゴーストと共になんとか耐えていた。
「でもゴーストもやられた……」
先日唯一の話し相手であったゴーストが倒された。
近くにいなかったワーウルフには助けることもできず唯一の友人だったゴーストの最後も分からない。
「もう死にたい……死ねば終わる。
死ねばいつか私は別のワーウルフになる。
意思もなく、ただ戦って殺されるだけの。
でもそれでいいの。
もう辛くてたまらない……」
自分から死ぬことはできない。
冒険者を前にするとまた戦わざるを得ない。
どうしても多少強い冒険者に倒してもらわねば止まらないのだ。
ようやく死ねると思った。
なのにドゥゼアたちが冒険者を倒してしまったのだ。
「そうか、悪いことしたな」
「えっ……?」
「なら殺してやるよ」
ドゥゼアはメソメソとするワーウルフの話を聞いておもむろに立ち上がった。
ナイフを手に怖い目をして一歩ずつワーウルフに近づく。
ドゥゼアは怒っていた。
死にたいのなら殺してやる。
まだボロボロのワーウルフの首に手をかけて地面に押し倒す。
「死ねば終わるんだろ!
なら死んで終わりにしろよ!」
ドゥゼアには死んでも終わりは来ない。
次のゴブ生が待っているだけ。
死んでも痛いだけでまた苦痛に満ちた次のゴブを歩まねばならないのだ。
だからって諦めたことはなかった。
最後まで足掻いて、努力して、生きるために必死になった。
それでも結局ゴブリンになるというのに、このワーウルフはそんなドゥゼアの前で死ねば終われるから死にたいと言い放った。
無性に腹が立つ。
「やだ……死にたくない!」
「ドゥゼア!」
ドゥゼアの本気を感じてワーウルフが怯えた。
振り上げられたナイフを持つ手をレビスが握って止める。
「死にたいたとか死にたくないとか……ワガママだな」
「だって……どうしろって言うの!
私はここに囚われている!
ただ戦って死ぬしかないの!
どうしたらいいのか分からない……」
「やったのか?」
「へっ?」
「全部やったのかと聞いているんだ!」
ワーウルフの胸の毛を掴んで引き寄せる。
生きるため、あるいは今の状況を抜け出すために手を尽くしているようには見えない。
全部やってどこまでもぶち当たっていってボロボロになってもそれでも立ち上がって。
そうまでしてダメなら諦めることだって必要かもしれない。
何もしていないくせに何をしたらいいか分からないと流れても同情の余地すらない。
「だ、だって……」
「だってなんだ!
ただあるがままの状況で何ともならないから何もできないなど何かしたうちに入らない!
何も変わるはずがないだろうが!
何でもやってみろよ!」
まるで自分自身に叱責するような言葉だった。
諦めかけていた自分に浴びせるようにワーウルフにドゥゼアは吐き出した。
戦っても強くなれない。
団結しても弱い。
人里離れてもどこからか見つけて殲滅される。
よっぽど救いがない。
「じゃあ……私はどうしたらいいの……?」
一息に吐き出してほんの少しだけ冷静になってみるとワーウルフの顔が泣きそうになっていた。
このまま何の代案も出さずにいたら自分の感情をぶつけただけになってしまう。
「本当にダンジョンから出られないのか?」
「えっ?」
「ダンジョンから出たことあるのか?
あるいは試したことはあるのか?」
まず浮かぶのはこれだろう。
ワーウルフはダンジョンに囚われていると言ったが別に閉じ込められているのではない。
入り口は開かれているのだから出られるはずではある。
ワーウルフは目を白黒させた。
これまで自分の頭の中には全くなかった発想だった。
単純明快でシンプルな考えなのだけどなぜなのかまるで考えてこなかった。
出られない、出ていけない、一生死ぬまでここにいる。
勝手にそう思い込んでいた。
「ダンジョンの外に……出る」
考えてみれば不可能なことはない。
ダンジョンは長期間放置されたりするとダンジョンブレイクという現象を起こして中から魔物が溢れてくることがある。
あまりにその魔物の勢いが強くてその地域一帯がダンジョンから溢れた魔物に支配されてしまったなんて場所もあった。
そいつらがダンジョンの魔物と違うのか知らないけれど少なくともダンジョンの外に出られるということはダンジョンブレイクが立証している。
「うっ……!」
ワーウルフは急に頭を押さえた。
ドゥゼアがワーウルフから飛び退くとワーウルフは体を丸めるようにして苦しんでいる。
「なんだ……?」
「違う……敵じゃない。
魔物……倒す相手じゃない。
いやだ……もうこの声に従いたくない……」
話に聞いてきた頭の中の声が聞こえているようだ。
なんとなく空気が重たくなった。
まるでダンジョンそのものが不快感を示しているような、そんな気がした。
「助けて……嫌……もう嫌…………」
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