ゴブリンの痕跡を探しました

「一体何が……?」


「さあな、少なくともゴブリンはいなさそうだ」


 ギルドから上がってきた報告。

 とある依頼を受けた冒険者パーティーが戻ってこない。


 不確定な情報に基づく依頼なため本来想定されるよりも高いランクのパーティーに依頼したにも関わらず想定遂行日数を超えて数日が経っている。


 何か事故が起きた可能性有り。速やかな調査を求める。


 冒険者ギルドからの要請を受けて現場に駆けつけてみると状況からだけを見ると依頼を受けた冒険者パーティーは依頼に成功していたように見える。


 多数の腐りかけたゴブリンの死体があちこちに転がっていてそれに異常はなかった。


「焼け跡なので正確なことは言えませんがこれは……異常ですね」


 ギルド所属の事故調査パーティー。

 弓を背負った中年のアーチャーが少し渋い顔をしている。


「何が? ゴブリンの小屋が燃えただけにしか見えないけど」


 家とも言えない建物だから小屋。

 そう表現したのは赤い髪を持つ剣士の女性。


「燃えてしまったので小屋だったかどうかは分かりませんがどう並んでいたのかは推し量れます。


 見てください」


 アーチャーが前に出る。


「ゴブリンの集落で粗末な家が建っていることはありますが建て方……建っている場所に知性を感じたことは一度もありません。


 それが見てみてください」


 スッとアーチャーが両手を広げてみせる。


「だから何?」


 分からないと剣士のが首を傾げる。


「焼け跡は四角く、焼け跡と焼け跡に程よく間が開いています。

 下から見ていると分かりにくいですが少し上から見ると分かりやすいでしょう。


 ここには整然と区画整備されて家が建てられていました」


「あっ……」


 剣士はハッとした。


 そう言われれば見える。


 正面に道があり、その左右に対面するように家が並んでいる。

 しっかりと作られた町の一部を切り取ったかのよう。


 ゴブリンの数が多くなかったのか、まだ発展途中だったのか路地一本程度の規模しかないが確かに異常と言っていい知性を感じることにようやく気づいた。


「少なくとも何かが指導していたと推測はできます。


 しかし……」


 しかしゴブリンの装備類は相変わらず貧相。

 知性があることは別にいいのだけどそうした結果にまず家を建てるぞ!とはそれもまた可笑しい話だ。


「こりゃひどい死体だな」


 若い男性の聖職者は同じく聖職者であった者の死体を見て顔をしかめた。

 背中がひどく焼け焦げ、前面は血だらけ。お世辞にも綺麗な死体とは言えない。


 他の死体はまだマシ。

 ひどく周りが焼けて焦げた匂いがひどいから魔物に食い荒らされず、虫が集っているぐらいで済んだ。


「2人は目をナイフで1突き。こいつは腹と喉か」


 腐敗し始めているが致命傷は見て分かりやすい。


 死体は武器でやられている。

 爪や牙、魔法ではない。


「腐敗が進んでて分かりにくいが刺し跡は下からに見えるよなぁ……」


 それこそゴブリンぐらいの高さから攻撃されたように見える傷跡。

 他の魔物の介入を疑ったが武器を使う魔物なんてそうそういるものでもない。


 なら冒険者が、とも考えられなくないがナイフや槍は刺さったままである。

 槍は綺麗なものだったけれどナイフは錆び付いているものもあり、ゴブリンが使っていたことは想像に難くない。


 わざわざゴブリンから武器を複数奪って冒険者が冒険者を襲う、そんなことを言えば頭がおかしい奴の妄言にしか聞こえない。


 しかし状況から推測できることもふざけているのかと思われることが目に見えている。


「それに……」


 聖職者が視線を向ける。

 その先には異様とも言える光景。


「何このオブジェ?」


 妙齢の魔法使いの女性が鎧を着込んだ騎士の男性に声をかける。


 目の前にあるのは1体のゴブリン。

 胸を貫いた剣が地面に刺さっているために支えとなり、死んでいるのにゴブリンは立っているようになっていた。


 全てのものが倒れているこの戦場において唯一立っていた存在がこのゴブリンであった。


 人よりも腐るのが早いゴブリンにはひどくハエが集っていて、かろうじて形を保っていた。


 剣は死んだ剣士のもの。剣士はゴブリンのすぐ近くで倒れていた。


 口に出すのもはばかられる予想が誰の頭にも浮かぶ。

 相手がゴブリンだから信じ難く、仮に人だったとしても有り得ない予想。


「……そんな怖い顔しないでよ」


 握りしめる騎士の手から血が滴る。

 

「この剣士の子、あなたの甥っ子だったかしら?」


「こんなところでゴブリンにやられるやつじゃなかった……」


 新手の魔物か、はたまた第三者か、ゴブリンにやられるわけがないと調査に志願したけれど現場に来てみると際立つゴブリンの異常さばかりが目についた。

 考えたくもないが、ゴブリンにやられた。


 明らかに異常な個体がここにはいた。


 けれどもいくら異常さを説いたところで人々は嘲笑するだろう。

 ゴブリンにやられた冒険者と。


「ここにあなたに逆らう人はいないわ。

 あなたが望むなら何か……別の何かがいたことにも出来るわ」


 状況から推測される冒険者たちの結末も非常に疑わしく推測の域を出ない。

 ならばゴブリンなんかにやられた可能性があるというより正体不明の敵がいたと報告でも上げたほうがまだ上も納得するかもしれない。


「それは……」


 騎士はゴブリンを見る。


 なぜか笑っているようにも見えるゴブリンが騎士には妙に気になった。

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