ゴブリンに転生しました1

 ゴブリンについてどんな印象を抱いているだろうか。


 少なくとも良いイメージを持つものはいない。


 くすんだ緑の皮膚を持ち、人でいえば2桁になるかならないかほどの年齢の子供ぐらいの体躯、醜悪な顔面、尖った耳、キツい体臭、やたら尖った歯……。

 繁殖力が強く、中途半端に知恵があり、臆病なのに狡猾で、広く世界中に存在する。


 汚い物の比喩として使われたり早く寝ないとゴブリンにさらわれるよ!なんて子供を軽く脅す言葉としても使われる。


 倒したところで細く小さい体は素材に使えず魔石も最低品質。  


 1体1体の戦闘力は低いために軽視されがちな厄介モノ、それがゴブリンである。


 調べたところで何も成果が出ないと学者は考えているのでゴブリンの生態は謎に包まれている。

 知りたくもないし知ったところで利用の価値もない。


 仮にゴブリンに転生したとしたら。

 そんなことを考える人はいないと思うが、仮にしたとしたらだ。


 最悪。


 それ以外に何を言う。奴隷として屈辱にまみれたって路地裏でのたれ死んだってまだマシと言える。

 なんでそう言えるか簡単に答えられる。


 ドゥゼア・フェン・ルミリオンはゴブリンに転生したからだ。

 それも記憶を失ってただのゴブリンになるなら良いがドゥゼアの記憶を持ったままゴブリンになった。


 死んだことでこれ以上の不幸はないと思っていたがゴブリンになったことはドン底もドン底と断言しても過言ではない。

 体の持つ生存本能故か自殺も出来ずただ悲しみに明け暮れた。


 そもそも死んで魔物になるとは何事か。

 そんなことを聞いたり話したり出来る人も魔物もいないので分からないけれど常識的な出来事ではない。


 そして異常な事態はずっと続いていた。


「うーん……」


 洞窟の1番奥の空間。ドゥゼアは考え事をしていた。


 上手くいっていたと思っていた。

 ゴブリンの中でトップを取ってリーダーになり、人里離れたところに簡単な村でも作ろうとした。


 ドゥゼアがリーダーになってからは人は襲わせなかったし特に人を刺激する行動も慎んでいた。

 村もどきも見つかりにくいようにしていたのに何が悪かったのか。


 やはり1人では限界がある。

 これまで何回も挑戦してきた。

 1人でどうにかできやしないかと足掻いてみたけれど1人の力ではどうにも出来ないことが多い。


 不本意だがしょうがない。


 ドゥゼアは横を見る。

 泣きわめくうるさい赤ちゃんゴブリンが何人もそこにいる。


 ちょうど出産ラッシュで生まれた子ゴブリンの1人がドゥゼアであった。

 ドゥゼアは転生した。


 ゴブリンに。

 しかもそれは今回が初めてじゃない。


 何回目かは数えるのをやめたから知らない。

 子供のまま死んだり、数ヶ月で死んだり、大人になってもあっけなく死んだりしてドゥゼアのゴブ生は度々非常に短い時間で幕を閉じた。


 なのに、ドゥゼアが再びを目覚ますとゴブリンになっているのだ。

 場所も時間も違う。


 全く違うゴブリンから生まれた全く違うゴブリンとしてまた生を受けるのだ。

 ある種の拷問だろう。


 死んでも死んでもゴブリン。

 神がいるとしたらドゥゼアは何かしらの罪でも犯したのかと問いただしたくなる。


 もうゴブリンに転生し続けることに関して考えることはやめた。

 時間の無駄なのだ。


 ゴブリンの生はあまりにも短くゴブリンに生まれたことの意味を考えていてはその間に死んでしまう。

 別のことを考えよう。


 前のゴブ生について。

 結局のところ冒険者に見つかり滅ぼされた。

 

 対話の試みも失敗して反撃もほとんど叶わずゴブリンたちは死んでいった。

 せめてもの敵と多分相手も同じく全滅させてやったと思うけど何者にも脅かされず平穏無事に暮らすことの難しさを改めて思い知った。


 必要なものは強さだ。

 弱いものとわざわざ対話する必要はない。


 対等な強さでなくてもいい。

 争いになった時に勝てなくても相手が嫌がるほどの損害を出せるだけの強さがあれば相手も交渉のテーブルに乗ってくれる。


 しかし強くなるにも強さが必要。

 数などの規模も必要で、それを維持するためにも色々と必要になる。


 どだいゴブリンには無理な話である。


 人に戻りたい。


 ドゥゼアは巣となっている洞窟の天井を冷たい目で眺めながら思った。

 せめて体格的に人ぐらいあれば戦いも楽になる。


 救いがある点を挙げるならゴブリンには進化の可能性があるということか。

 何回も経験したゴブ生で、人間の知能を持つドゥゼアですら進化出来たのは一度だけだった。


 希望はあるが狙って進化出来るものでもない。

 そもそもどうやって進化するのか、進化したことがあっても分からない。


「ほら、子供たちよ。


 食べなさい」


 粗末ながらも作り上げた家をバカにしてくれた冒険者に対してイラつきを思い出していると大人のゴブリンが部屋に来た。

 腕には虫を大量に抱えている。


 ゴブリンは人のように子を産むのだけど人のように乳をあげることはない。

 生まれた瞬間からサバイバルである。


 ただ流石のゴブリンでも生まれてすぐに狩りなど出来はしない。

 だから大人のゴブリンがお手軽に取ってこれる虫をまだ動くこともできない子供たちに与えるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る