第55話 最後の弾丸
────またも、アタシの手から大事な人が離れていく。
「ダメ……!!リリ!!!」
カーチャンの手があと僅かで届かない。
足場を失ったアタシ達は空中に囚われて思うように動けない。
もがいても前に進めず、ただ落ちていくのみ。
それは皆同じ事のようで。
「ママ…………」
届かない。届かない。届かない。届きやしない。
「もう二度と、離さないんだから……!!」
カーチャンは必死にアタシを捕まえようとしてるけれど、その手は何も掴めないし何も得られない。
真っ逆さまに落ちていく。不安も絶望も無い事に疑問を覚えた。寧ろ安心感すらも得ている事に理解が及ばない。
空から地へと落ちていく心地よさ。
もしベッドというモノで寝られたら、こんな気持ちなんだろうな。
何も身動きは取れないけれど、何も不自由な事はない。
今では母の温もりも父の勇ましさも知る事が出来た。アタシはなんて幸せなんだろう。
贅沢も出来なければ便利も知る事もなかった。
けれどそんな世界でもアタシは笑う事が出来たんだ。
──ああ、アタシは満足してしまったんだ。
「リリーーーーー!!!!!!」
瞼を閉じて寝ようとしたのに、誰かがアタシの名を叫んだ。これはカウルの声だ。
速度をつけてアタシの元へと落ちてくる。そのままガシッとアタシを掴んだかと思えば、突拍子もない事を言ってきた。
「リリ!ブレイズを倒して!!!!」
「は……!?アンタ、何を言ってんだ!?もう皆このまま落ちて死ぬから関係ねぇだろ!?」
「いや、ブレイズはこの高さから落ちても生き延びる。あいつは皆共々落下死するって言ってたけど、その"皆"にあいつ自身は入っていないんだ!あの身体の性能ならこの高さ位どうって事はない!」
「でもアタシ達が死ぬ事には変わりはねぇじゃねぇか!そんなの意味がねぇ!」
「それは大丈夫!みんな僕が助けるさ!だって僕は救世主だから!……だからリリ。お願いできるかい?」
カウルはアタシの手を両手で強く握ってくる。
無遠慮だけど、とても温かい。心臓が妙にドキドキして顔が熱くなる。
カーチャンに抱きしめられた時とは違う温もり。
もっとこうしていたいと思える、そんな温かさ。
その中でふと、いつか聞いた感情の昂ぶりの名前をふと思い出した。
「…………ったく。しょーがねぇ。じゃあアタシがあのキノコ野郎を撃ち抜いてやるから、アンタはアタシ達を助けろ!」
アタシはカウルに
「──えへへ。リリならやってくれると思った!うん。任せて!みんな僕が救ってみせる!」
「…………ああ、頼んだぜ。カウル」
全く。カッコイイったらありゃしない。
満面の笑みで離れていくカウル。
もう大丈夫だ。諦めて眠る必要もない。
「だから、アタシにはアタシに出来ることを、やり遂げる……!!!」
仕舞っていた拳銃を取り出す。
アタシに許された弾数はたったの一発。
「あの野郎はどこにいやがる……!」
そのターゲットを探すと、案外射程範囲内に存在していた。
奴も皆と同様に死の落下に身を委ねていた。
「──ン?ナニをするつもり?まさか、ワタシをヤろうって訳じゃないよネェ!?どうせ皆死ぬのにサア!」
「しらばっくれんじゃねぇ。アンタはアタシが撃ち抜く。ただそれだけだ」
再び瞼を閉じる。
地面と衝突して肉塊になるまで後少し。
もう時間がない。
これに全てを賭けろ。
外すなんて思考を捨て去れ。
緊張を叩きのめして狙いを定めろ
全神経を束ねて引き金を引け。
「ケド、この空中でどうやってワタシを撃つの?ワタシとキミの間には無数の瓦礫があって射線は通りにくい上に、落下しながら的に当てるなんて神業にも等しいよネェ?」
確かに。この状況でたった一発で敵を仕留めるなんて不可能に近い。
理論上可能だったとしても、成し遂げられないのが世の常だ。だが、ふと、とーちゃんの言葉が脳裏に浮かぶ。
『銃の扱いが気持ち悪い程上手い』
…………うん。アタシなら出来る。そんな気がする。
根拠のない自信を胸に秘めたまま、瞼を開けて奴の顔をしかと見つめる。
「……今度こそ終わりだぜ。キノコ野郎。言いてぇ事いっぱいあるけどよ。全部この弾に込めて撃ち抜いてやるから、精一杯受け取りやがれぇ!」
アタシと奴の間に存在する全ての瓦礫の合間を潜れるその瞬間を待ち、そして────、
「……あばよ。クソッタレ」
放たれた最後の弾丸は、瓦礫の合間を縫ってピエロの額を撃ち抜いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます