第56話 生還を望む
「母さん!!!!」
私を呼ぶ声が聞こえる。
ごうごうという風切り音の中で、確かに私を呼ぶ声が。
迫り来る
生にも死にもあまり関心がない私は、今際の際でも恐怖を抱かない。むしろ、あの子に会えるというささやかな喜ばしさすらあった。
だがそれをカウルが引き留める。
「カウル一体何を……」
「母さん!!手伝って!!!皆を助けるから!!」
「助ける……!?この物量と共に落下する大勢の人をか!?」
「そうだよ!一回でいい、バラバラになった皆を一箇所に集めて!!」
カウルの表情は深刻でありながら希望を失ってはいない様子。
だが彼一人では助けられないと言い、私の力を借りたいと言ってきた。
先程ブレイズを拘束した魔法も、かなり身体に鞭を打って行使したものだったが、この人数を一箇所に集めるとなると、魔法行使の反動で地表にぶつかる前に死んでしまうかもしれない。
「…………魔女に命令をするとは。いつからお前はそんな偉くなったんだ?」
「魔女に命令してるんじゃない!!母さんにお願いしているんだ!!……だから、別に断ってくれても構わないよ。けど、やってくれたら嬉しいな」
「な────」
そんな顔をするのは卑怯だ。
家で添い寝をねだられた時を思い出す。
庇護下に置いてる者に甘えられて、年長者が断れる訳がなかろう。
「……全く。仕方のない奴だ。一箇所に集めるだけでいいんだな?」
「うん!ありがとう!!ママ!!」
花が咲いたような満面の笑みでカウルが離れて行く。
カウルを裏切る事はしないが、世界の嫌われ者である魔女を心から信用してしまっているらしい。
もうここまで来たのなら、諦めて死を受け入れる事は許されない。カウルの笑顔を裏切らない為に。
あの子に会うのはもう少し先だ。
「さて」
魔法の行使にどれだけ身体が持ってくれるか一瞬考えてみたが、やると決めた以上、愚問に過ぎなかった。
深く息を吐く。落下していく中で上手く呼吸なんて出来ないけれど、精神を落ち着かせられる最も簡単な手段だ。
そして、私は魔の言葉を紡いだ。
「────大いなる薔薇よ!我が理論には無く。我が銘にも従えず。許されざる狂気を受け入れ、今一度咲き誇るがいい。
ギシ、と身体が歪んだ音がする。
どうやら詠唱に呼応した魔法が起動したらしい。
瞬く間に私を苗床にして薔薇が四方八方に咲いていく。
私の胸の中心から際限なく伸びて行く薔薇の蔓。
今落ちて行く人々全てを、その蔓で捕まえ私の元へと集めていく。
その蔓の末端には赤黒い薔薇の花。美しくも恐ろしい薔薇。触れてはいけない禁忌の花が咲いている。
一階と二階にいた大勢の人々も、三階のドグと若い青年も、四階の刃が突き立てられた老兵も、薔薇の蔓によって集められて行く。
「きゃ!?」
「……こりゃオバチャンの仕業だな」
もちろんリリとリリの母親も逃すことなく。
「お……!?今度は一体なんじゃ……!?」
いつか出会った老人も引き寄せ、さらには死したブレイズまでも保護する。
これで全員私の元へと集まることができた。
「くっ…………!!これで、十分、か……。──カウル、後は……頼んだ」
私のカラダがビキビキと音を立てて今すぐにでも瓦解しそうだ。
次第に耳鳴りがして五感が遠ざかって行く。
役目を終えて薔薇が散った時には、魔法の反動に身体が耐えきれず、
そして、集められた皆の頭上に、一人の影が存在した。
「ありがとう、皆。生きて帰ろう」
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