第54話 アルビオンの瓦解

 彼女リリが今までしてきた戦いとは一線を画す戦いだった。


 確かに彼女がしてきたその戦いも、容赦など無く一瞬の気の緩みが命取りとなる、殺伐とした戦いだった。

 だがこれは格が違う。次元が違う。


 四方八方に飛び退いては瞬きが終わる前に距離を詰める。

 繰り出される拳は銃弾より早く、振り払われる蹴りは剣より切れる。


 それを両者共に避けたり受け流したりしているのだから、理解が追いつかない。

 一秒後に命を繋ぐ為に必死に今を生き抜いている。


「チッ…………!!」


 とうとうブレイズにも余裕が無くなってきた。

 いくら身体の四割を魔法武具に置き換えようと所詮は人間の身体。疲労も溜まれば、ダメージも残るだろう。

 筋力ではなく魔力で身体を動かし大きな力を得ている為、その反動も大きく、ソレを受け止めきれる限界も近い。


「そろそろ終わるか……」


 夜の魔女ダレルがそう呟く。

 ダレルに刻まれた傷は一瞬でも忘れられる程、決して浅い訳じゃない。

 しかし、それでも二人の戦いに惹かれていた。

 それはリリもサラも、アルビオンの創設者である老人も同じ。


「……君、どれだけ身体を改造したの」

「アァ?むしろまだまだ足りないヨ……!」

「まだだって?一体何が君をそうさせるんだ!答えて!」

「………………キミには、カンケイない!!!」


 誰にも聞こえる事のない、二人だけの会話。

 一体何がブレイズをそこまで突き動かすのか、カウルには分からなかった。

 金を稼いで帰るだけと言っていたが、どうにも腑に落ちない。

 しかし、これ以上彼と対話するのは無理だ。


「いかん……!もうアルビオンが、持たない……!」


 ビキビキと僅かながらも確かに崩れていく瓦礫の塔。

 目に見えて亀裂が走っていく。綻んでいく壁や天井は皆にこの塔の終わりを告げていた。


「なんだと……!いや、考えればそうか。瓦礫が積み重なっただけの塔。ここまで持ったのが凄いということか」

「かーちゃん!!!」

「リリ──!!」


 激闘を繰り広げる二人の向こう側にリリの母親は

存在している。

 この塔が崩れて皆共々瓦礫の下敷きになるのは火を見るよりも明らかだった。


「チッ……!ウデばかり攻撃してきやがって!!ケド、キミも魔力の出力が落ちてきたんじゃない……!?」

「それはお互い様でしょ!……本当なら、僕が君を倒す筈だった。けど、その前にこの塔が崩れちゃうみたい」

「ハ────それがナンダって言うの!?」


 磁石の様に引かれあい、ぶつかり続けてきた二人にも距離ができる。

 両者共に疲労困憊でブレイズに至ってはアドレナリンが減少したのか、両腕が使い物にならなくなっている。

 肩から吊るされた両腕はただのお飾りと成り下がった。


「まあ、どの道皆揃って落下死するヨ。……ケド。キミと、キミだけは殺す」


 潔く諦めたブレイズが睨むその先にはリリとリリの母親がいた。


「リリ!!」

「しまっ──!」

「遅いヨォォォ────!!!」


 さっきまでブレイズの瞳にはカウルしか映っていなかった筈なのに、そのカウルには一瞥もくれず一目散にリリへと向かっていくブレイズ。

 両腕をプラプラとさせながら走る姿は、見た者に生理的嫌悪感を抱かせる。

 醜い、という言葉では表しきれないが、それが一番近い言葉だろう。


「ダメだ!母さん──!」


 カウルも一拍遅れて反応するもすぐに追いつかない事を悟る。

 一丁前に両足は無事で、魔力でブーストされた脚力には追いつけない。


「クソッタレが……!!」


 リリは父より受け取った拳銃を乱射する。

 だが焦りから狙いが定まらず一発も当たらない。

 六発分入っていた弾倉はあっという間に無くなり、もう残り一発分しか無くなった。


「アハハハ!当たらなかったネェ!?それじゃあ、サヨウナラァ!!」

「させるわけが無かろう!」


 今一度ダレルは魔法を行使し、現れた薔薇によって拘束されるブレイズ。

 小時間しか拘束出来ないが、今はそれで十分。

 そしてリリを抱きかかえてサラの元へと走るダレル。


「アハハハハ!何処にも逃げ場はないヨォ!?」


 もはや焦点の定まらないブレイズはケラケラと高笑いをしている。

 自らの手で殺めることはできなかったが、塔が崩れて皆共々死ぬという結果には変わらない事に妥協したらしい。


「リリ!!!」

「カーチャン!」


 ダレルはサラの元へと走った後、サラへリリを手渡した。

 その際に更に魔法を用いて、サラが繋がれていた鍵の無い鎖を無理矢理解錠する。


 二人は束の間の抱擁を交わした。およそ一年振りに抱き合う二人の光景は何よりも尊い。

 親子の絆は固く、こんな世界であっても輝かしいものだった。


「ああ、リリ!私の大切な子……!貴方とまたこうして会えるなんて!」

「アタシこそ!カーチャンを助ける為にここまで来たんだ!」


 終始それを神妙な面持ちで見守るダレル。

 やや厭世的なダレルであってもこの景色には感動を覚えるらしい。

 もしくは過去の記憶が蘇ったが故か。


「再会は喜ばしいモノだが、死にたくなかったら立ち上がれ」

「……そうだな。ようやくカーチャンとまた会えたんだ。だからこんな所で死ぬ訳には行かねぇぜ」

「ええ、そうね。私も諦めてはいない。……というか、リリちょっと口調変わった?」

「な……!なんでもないわい!!」

「わい?」


 呑気な二人をよそに、轟音を立てて崩壊していくアルビオン。

 一度落下が始まれば死までは秒読み。

 この状況で助かる手段は誰も思いついていない。

 ダレルでさえ、言葉ではああ言ったものの今この瞬間も助かる方法を模索している。


 だがしかし、塔が都合よく時間を待ってくれる訳でもなかった。











 結果、足場が崩れ、全員まとめて瓦礫と共に落下するのだった。

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