第42話 救いとは

 それこそ、魔法がかかったようだった。


 魔力で身体強化を図った筈の体はなまくらと化し、ダズの剣を存分に受けてしまう。

 幸い致命傷だけはどうにか避けているが、それでもなお切り傷が体に刻まれていくのみ。

 いつか野犬に襲われた事を思い出させる痛みだ。


「貴様は誰か殺す覚悟など持てやしない……!誰かを救うには決まって必ず、他の誰かを手にかけなければならない事を知れい……!」

「っ────!!!」


 全身がとても痛い。切り裂かれた皮膚は、身体が攻撃を避けようと捻るたびに、さらに裂かれていく。

 滲み出る血潮が汗の代わりとなって体を伝わる。


「……ワシは許せん。許せんのだ。今貴様に生きてもらっていては、ワシが今まで殺してきた命の重さがあやふやになる。だから、死ぬがいい。──いや、死ね」

「っあああああ…………!!!!」


 ついには、左肩に刺突を受けてしまう。

 深くはないものの、痛みの波紋がそこから全身へと伝わっていく。

 声が出てしまうのは当然。


「……誰かを救う前に、誰かを殺す覚悟をしろ。その者の全ても、その者と築き上げた友人達も、その者が愛しいもの達も犠牲にし、全て凌駕できる覚悟をもて」

「──はぁ、はぁ……はぁ、ぁ。……じゃあ君にも、そんな人達がいるの?」


 カウルの問いかけに、ダズは表情ひとつ変えず答えた。


「無論。ワシはワシの帰りを待つ者の為に戦っている」

「君にもそんな大切な人がいるのに、大切な誰かがいる誰かを殺すの?」

「そんな葛藤なぞ、とうの昔に飲み込んだわ。同じ事をやり返されても文句は言えぬ。……カウルよ。この世の全ての人を救う事など、出来やしないのじゃ」


 ダズのその言葉はカウルにとって酷く重い言葉だった。


「……そんなこと、は」

「お主はまだ幼い少年。世界を知らぬだろうから、そんな甘い夢を見れるのじゃ。全てを救ってくれる救世主などどこにも存在しない……!」

「な────」


 救世主として自覚した彼に向かって、救世主など何処にもいないなど、彼自身を否定する言葉に他ならない。


 ダズの言う殺す覚悟というのはまだ納得できる。しかし、救いすらも否定されるとカウル自身の存在意義が揺らいでしまう。


「だって、僕が──ぼく、が……」


 カウルは救う為に世界に呼び出された。

 何を救うかは未だ分からないけど、何の為に呼ばれたのかは分かる。


 彼は理想だけを夢見ていた。

 彼が何かを、誰かを、全てを救って、みんなを笑顔にする。


 そこに、誰かを殺す事なんて考えてもいなかった。

 何かを代償にして何を救うことなど、それは果たして救いなのだろうか?


 それは救いでは無く、ただの選択。

 本当の救いは犠牲を出さない事だ。


 しかし────


『この世の全ての人を救う事など、出来やしないのじゃ』


 ダズの言葉が何度も脳内で再生される。

 だが確かに、カウルの行動には矛盾が見受けられた。

 救いの定義も明らかにせず、自身が正義であると思い込み、理想を語っては同じ人類である相手と戦ってきた。


 そして今、救いとは何か。救う為にはどうすればいいのか。

 それを明確に突きつけられた。


 気付かないフリをしていた。

 気付いていないフリをしていた。

 気付いてしまうのが、怖かった。


 理想と現実との齟齬で吐き戻してしまいそう。

 必ずあると信じ続けたモノは無く、都合の悪いものは無視して仕方のないものと吐き捨てた。


 きっと、時間の問題だったのだろう。

 神は万能でも無く、仏は全能でもない。

 うん、認めよう。


 救世主を名乗りたくば、救いとは何かを知っておかねばならない。

 他の誰かを救いたくば、他の誰かを殺す覚悟を持たねばならない。


 この世全ての人々を救えないのなら。

 この世全ての幸せを願えないのなら。



 ────なら、僕は。









「僕は救いを求める人と、僕を大切にしてくれる人を救うよ。例え──何を犠牲にしても、ね」

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