第43話 四階の決着

「目が、据わったな。小僧」


 猛攻を受けてもなお、倒れない少年。

 現実を直視し、を決めた彼の眼差しは、先と見違える程変わった。

 その変化は一目瞭然。当然、ダズもそれに気付く。


 カウルは鮮明かつ明確な意思を持った。

 ならば、力を入れる拳に迷いも矛盾もない。


「ごめん。君にも無礼だったね。だけど、ここからは対等だよ」

「よい。その志をゆめ忘れるな。それを忘れない限り、お主にはお主自身の正義を掲げる資格があろう」

「えへへ。ありがとう。大事な事を教えてもらった。──でも、


 そう、はっきりとカウルは告げた。

 以前まで口に出す事を避けていた、その言葉を。


「カカカ。良かろう。殺せるなら殺してみせるがいい!このワシを!」


 皺がれた笑い声と共に、突撃するダズ。


「僕は君を殺して、前に進む────!!」


 決して受け身に回らず、カウルもダズへと向かっていく。

 両者は磁石のように引かれ合う。


 老体と言えど未だに闘志は尽きず。

 少年は新たな覚悟をここに示さん。


 もう、後腐れない思いが両者の背中を蹴り飛ばす。


「小僧──!!死ぬがいい──!!」

「君こそ!いい加減退場してもらうよ──!!」


 蝶が舞うような、鳥が踊るような摩訶不思議なダズの刃筋。

 曲線で描かれたソレは、対象を刀の檻で囲ってしまう。

 逃げ道を作らずに、着実に相手を追い込んでいく技。避けきれなくなりバランスを崩したが最後、心臓を貫いて終いだ。


「く……!!!」


 カウルはまんまとその檻に囚われてしまう。

 身体を捻らせ避けた先にまた次の曲線を描いて刀がやってくる。

 そしてそれを避けてもまた更に次の刀がやってくるのが繰り返されていく。


 戦いの主導権はダズが握っていた。

 武器を持たないカウルには打開は困難だろう。


「しぶといのう、小僧……!」


 しかしダズは直感していた。カウルはここで終わるような者じゃないと。

 こんな技でカウルを仕留められてしまう程、甘くはないと悟っていた。

 だからこそ、早急に、この檻で包んだ後の一刺しで終わらせてしまいたかった。


 自身が、逆転されてしまう前に。


「僕はまだ、終わらないよ!!!」


 ソレは一瞬の隙を突いたものだった。

 およそ偶然でしか叶えられない一発を、彼は確信を以って放ったのだ。

 刀の檻の穴を穿ったのは、ただの右腕。


 檻と言えど、その瞬間に存在するのは一本の刀のみ。

 ダズの技巧により、対象者からは檻に入れられたように感じるが、実際は緻密に計算して刀を振る事で成し遂げられる神業だった。


 カウルはその刀の軌道、リズム、タイミングを瞬時に把握し、逆転の一発の為にあえて刀を避け続けていた。

 ダズの癖を見抜き、いつかくるその刀の檻の綻びを待って。


「な、に────!!!!」


 カウルの放った正拳は、確かにダズを捉えた。

 胴体の弱点、即ち鳩尾に渾身の一撃を食らわせる。


 痩せ細った老いた身体は、いとも容易く吹き飛んでしまう。

 魔力が上乗せされたその拳は決定打となり、ダズは背面から地面に衝突する。


「ぐはっ……!!」


 しかし、カウルにも左肩を刺突を受けている。

 拳を打った反動が傷口を襲った。


「っ…………!」


 ギリギリと奥歯を噛んで、涙が溢れないように我慢するカウル。

 ドクドクと抉られた傷が蠢いているのが分かる。

 なんて、気持ちの悪い感覚だろう。


 ダズは起き上がってくる様子は無い。

 いくら実践を積み重ね技術を養おうと、老いには勝てないらしく、他に伏したままだ。


 左肩を抑えながら、ダズの元へと歩み寄るカウル。


「……君の、負けだよ。ダズ」

「カカ。……どうやら、身体が限界を迎えたようじゃな。」


 天を見上げるダズ。

その先に想うのはどんな風景なのか。それは誰にも検討はつかない。

 ダズだけの走馬灯。


「……何をしておる。さっさと殺せ」

「死ぬ覚悟はいい?ダズ」


 カウルは、ダズの愛刀を拾い上げる。

 長年共にした刀に終止符を打たれるのはなんとも皮肉な話だが、今ダズの命を刈り取れるのはこの刃物しかない。


「カカカ。お主こそ、殺す覚悟は出来ているのか?」

「もちろんだよ。ありがとう」


 最後に血を流したのは、ダズだった。

 カウルは覚悟を持って、ダズの心臓を貫いた。


 彼の戦い続けた人生はここで幕を引いたのだ。

 帰りを待つ者を置いて、彼の目から光が消えた。

 彼に訪れたのは久方ぶりの安らかな眠り。


 悪行を悪と知りながらも己の意志に従って戦い続けた。ならば、それは勇者であり戦士だ。

 己の正義に従い、信念を貫き、覚悟を決めた彼はとうに善悪の天秤を捨てていた。


 だからこそ、人一倍命を奪うことに想いやこだわりがあった。

 殺す覚悟と死ぬ覚悟。それは表裏一体で、生半可な精神では決めることの出来ない、戦場における唯一の礼儀とも言えよう。


 律儀な彼はそれを貫き通した。

 誰も彼を笑う事はできない。

 最期まで戦い続けた彼に喝采を。


、彼の人生は賞賛に値する。








 瓦礫の塔、四階勝利。

 生存者、カウル。

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