第41話 命の重さ

「そこの小僧よ。このワシを止めるつもりか?」

「君が何もしなければ、僕も何もしないよ。けど、そういう訳にはいかないよね」


 背の高い老人と背の低い少年が対峙する。

 互いに侮ってはいないが、どちらもその相手に負ける未来が想像つかない。


 老体に御されるほど未熟では無いし、小童に斃されるほど落ちぶれてはいない。


「ワシにも譲れぬものはある。お主にも、それはあるのじゃろう?」

「もちろん。僕は君を倒す。恩人の大切な人を助ける為にね」


 カウルが淀みのない声でそう言うと、しわがれた声で老人はカカカと笑った。


「……若いのぉ。未だ現実を直視できていない様子じゃな。綺麗事を捨てきれない甘さが漏れ出てるぞ」

「何の話、かな」

「倒す、じゃなくて、とはっきり言ったらどうじゃ」

「言い方が違うだけだよね、それ」


 カウルのその返答を待っていたのか、ニヤリと口角を上げる老人。


「そうじゃ。ただ言い方が違うだけじゃ。……じゃが、そこに大きな違いがある。覚悟があるのかどうかのな」

「どういうこと?それに、僕はあまり酷い言葉を使いたくないんだ」

「言葉だけで納得は出来まいよ。ならば、その身を以って教えるのみじゃ」


 徐に杖を持ち替え、仕込まれていた刀を引き抜いた。

 カランカラン、と軽い音を立てて杖を模した鞘が捨てられる。


「……ケインソード。かつてある国で生まれた、刀を杖に仕込んだ武器じゃ」


 あの老人には身体を支える杖など要らなかった。

 殺気に満ち溢れている訳ではないが、ここから生きて返すつもりも見受けられない。

 感情のない殺意だけが、あの老人から感じ取れる。


「小僧。お主の名を聞いておこうか」

「僕の名前はカウル。君の名前は?」

「ダズ・ステーリア。……では、死ぬ覚悟は出来たか?カウルとやら」


 ゆっくりと構えの姿勢をとるダズ。

 その刀身の長さはおよそ五十センチメートル位だろうか。

 命を刈り取るには少々短いが、彼の豊富な経験と技巧が不足分を補う。


「うん。もうとっくにそんな覚悟は出来てるよ。──まあ、死ぬつもりなんてないけどね……!!」


 先に飛び掛かったのはカウルの方だった。

 後手に回るのは不利だと判断したのだろう。


 疾風の如く駆け、ダズとの距離を埋めていく。

 自前の腕のみが奴に立ち向かえる唯一の武器だ。ならば、一撃でも早く、多く打ち込むしかない。


 型も何もない完全な我流だが、カウル自身の奴を倒すという心意気が大きな力を呼ぶ。

 具体的には魔力を使い身体強化を図ったのだ。


 足りない技術力を魔力で補うカウルと、足りない力を経験と技巧で補うダズ。

 自身に無いものを上手くカバー出来たものが、この場を制する事を二人は直感した。


「小僧……!」


 人間には到底あり得ない速度で迫ってくるカウルを見て、只者ではないと感じ取ったダズ。

 ダズの懐に入ったカウルは正拳突きを喰らわせた。


「ぐ、ぅ……!!」


 暴力は老体には響くのか、歯を食いしばって痛みを堪えるタズ。

 思わず膝をついてしまう。


「僕はあまり君を傷つけたくない。ここさえ通してくれれば、君を傷つけたりしないよ」

「……小僧が。敵に情けをかける事ほど侮辱行為はあるまいに。死ぬ覚悟も殺す覚悟も碌にできていない未熟者に、かけられる容赦などない……!!!」


 仕込み刀を杖のように使い、身体を支えどうにか立ち上がるダズ。


「僕は救う為にここにやってきたんだ。決して誰かを傷つけるつもりで来た訳じゃ無い。けど、誰かを救うその過程に誰かを傷つけてしまったとしても、仕方ないと思ってる」


 凛とした姿でダズを捉えるカウル。

 一切の油断を棄ておいた構えには、自身の信念を貫き通さんとする気概が感じられる。


「仕方がない、じゃと……?」


 一瞬、ダズの眉がピクリと跳ねた。

 それは勿論、カウルの言葉に対する脊髄反射。


「?……だって、そうでしょ?誰だって人を殺したく無いはずだよ」

「小僧。貴様は人を仕方なく殺すのか?」

「出来る事ならそんなことをしたくない。でも、譲れないモノの前に立たれたらそうするしかないよ!」

「貴様は人の命を仕方なく扱うのか?出来る事ならそんな事させないでほしいと?」


 ダズの顔がより深く翳っていく。

 赦せぬ怒りに震える肩が止まらない。


「甘すぎるわっっっ……!!!!!」


 塔全体に響きかねない大声。

 その絶叫じみた一喝はカウルを怯ませる。


「人の命を奪うことに迷いや遠慮が有るなど言語道断!!!貴様の言っている理屈は正しいが……あまりにも人の心がない!!!」


 彼の声が矢となって鼓膜を突いてくる。

 彼は、ダズは、殺しにおいて仕方なくと述べたカウルに対して怒りを露わにしたのだ。


「……ワシとて人なんぞ殺めたくはない。だが、殺めなければ生きていけないのなら、もうそうするしかない。じゃがな、そこに迷いなぞあっては殺される命も死にきれなかろう……!!!」


 命を殺めるとはその者の全てを奪うということ。


 今まで得た経験、そこから至る思想、養ってきた技術、築き上げてきた過去、関わった人全ての人が抱く情。

 命とは単一のものではなく、その者の全ての要素が絡み合って出来ている。


 その者を一番愛する者もいるだろう。

 その者を子として愛した者もいた筈。

 その者を慕う友と創り上げてきた想い出は、何にも変え難い大切なモノだ。


 その者の全てを奪い、それに関わる人の当たり前を奪っていく。

 殺すということは、たった二文字で表せていい程、軽い出来事ではないのだ。


「貴様はそれを仕方なくと言い、適当に命の芽を摘みあげる。……だから覚悟がないと言ったんじゃ!」


 カウルに反論の余地は無い。


 こんな世界だと誰しもが命を奪うことに何も感じなくなってしまった。

 帰り道に小石を蹴るような遊び心で銃を撃つ世界だ。それも当然といえよう。


 だがダズ一人だけは、真摯に命と殺しに向き合ってきた。

 そんな彼だからこそ、カウルが許せなかったのだ。


「──覚悟とは。この世の全てが敵になろうと、自分一人が世界の敵になろうと、どれだけの人を殺めようと、それでも貫き通す決意の事を言うんじゃ」


 ダズから放たれる、剥き出しの殺意を全身に浴びるカウル。

 満ち溢れた渦巻く忿怒が、ダズから痛みや疲労を忘れさせる。


 ダズは剣先をカウルに向け、もう一度問うた。









「死ぬ覚悟は出来たか?愚かなカウルよ」

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